プロローグ
まだ添削途中の物語なのでちょくちょく変わりますが気長に見て頂けたら嬉しいです!
ひゅううぅぅ…… ひゅうぅううぅ……
少年の腹にはそこから呼吸ができそうなほど深い傷がパックリとあいていた。夜の森の冷たい風がすきま風のように傷穴から吹き込み臓器に染みる。
(死にたく…ない、、死にたくない……)
ひゅうぅううぅ… ひゅうぅううぅ……
掠れる呼吸音が、森の木々のざわめきなのか自分の口から出ているのか、もう区別がつかないほどになっていたが、「死にたくない」という気持ちは少年の頭で反芻されていた。
少年はもうすぐ追いつくであろう刺客にとどめを刺されて死ぬ。救世主の森など名ばかりで、光ささない鬱蒼とした森の中は、王族である少年には見合わない最期の舞台であった。
(あぁ…愛しい、ルシャナ…どうして王を、父上を殺したんだ……)
美しい碧眼の目は濁り、何も映さない、固く目を閉じると一筋涙を流して森の闇の中へ少年の意識は消え去っていった。
(どうしてこんなことに)
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それはまだ日が沈む前のこと。
始まりはアムール王に国での祭典について相談があるため玉座の間に謁見しに行った時のことだ。
私の目の前には血塗れになって倒れたアムール王___父上とナイフを持ったルシャナ王女____妹が立っていた。
最初は何かの間違いかと思ったが、ナイフを固く握りしめ、鼻息を荒くさせ返り血を浴びている妹を見た時、現実だと絶望した。
頭がぐちゃぐちゃになり、足元に妹と王の遺体の影が差す。
(何があった?)
普段温厚な妹がこんなふうに逆上して人を殺すなんて、ありえないことなのだ。
確かに妹は亡きスラマ王妃の連れ子であり、私とも父上とも血は繋がって居ない。が、それを理由に妹を蔑んだことは無いし、ましてや、血を繋がらない娘を父上は溺愛すらもしていた。
そして、その溺愛されていた娘も王を愛していた。
幸せに暮らしていたはずだ。
「…シャナ…」
驚きで声が出ない。
「ルシャナ、どうしたんだ」
震える声を絞り出し状況を理解するために妹に駆け寄る。
「何があった?」
妹はらんらんと目を白く光らせて、ただ王の亡骸を睨んでいた。
「ルシャナ、ルシャナ!おい!」
私は妹の頬を少し強めに打った。妹に初めて平手打ちをした。しかし、当の本人は私に一瞥もくれず、何かをボソボソと話している。
不気味だった。
人が変わる、とはこのことで、すぐにでも立ち去りたいような、腹の奥がゾッとするそんな不気味さを感じた。
「……はは」
「ルシャナ?」
「あはははははははははははは!!!!!!」
ルシャナがピッと両手を開きいきなり高笑いをした途端、彼女の足元の影がうぞうぞと動き出し、綺麗な金髪の髪が真っ黒に染まっていき、エメラルドグリーンの瞳は恐ろしいくらい美しい碧眼へと染まっていった。
目を見開き、狂ったように笑い続けるルシャナにはあの優しい妹の面影は見られなかった。
「ルシャ__」
ひゅ……
呼吸が止まった。
何をしても私を見なかった妹が顔を動かさずにちらりと、私を見た。刹那、妹の足元から影が伸び、私の腹を貫いた。
一瞬だった。
衝撃で、玉座の間の扉からはじき飛ばされる。
壁に打ち付けられた時、骨が折れた感覚が鮮明にした。
ドアを破って弾丸のように壁に打ち付けられたこの国の王子に、衛兵たちはギョッとした。
「王子?!どうなされました?!」
「敵襲か?!」
「医務官を呼べ!誰か、だ、れ、、」
「か?」
駆け寄ってきた衛兵と目が合った。正確には落ちる首と目が合った。衛兵は状況を理解出来ておらず、キョトンとした顔で床に落ちる。
「ひっ!!!」
と同時に他の衛兵の首も床に落ちた。
妹の足元の影から伸びたツタみたいなものが、壁ごと首を切っていた。
(妹は悪魔に取り憑かれたのか?!正気じゃない!逃げなきゃ…、私がここで殺される訳には行かない、何とかして逃げて、)
思考を巡らさせていると
「王子!!!」
壁を割る大きな音に城の騎士団が駆け寄ってきて、私を囲むように陣営を組む。
「お逃げ下さい!王子のことは安全な場所まで、このイクムが運びます!」
イクムは腹の傷に障るでしょうが、医務官も退避させておりますのでそこまで暫し!と私をがっしり背負い込んだ。
「魔女め…よくも王を…」
騎士団達は同胞の、そして敬愛していた聡明な王の惨状を見て憤怒し、妹に刃を向けていた。
「ま、待ってくれ!あれはルシャナ王女だ!妹なんだ!」
私の声は届かず、騎士団達は玉座の間に駆け込んでいく。
(ルシャナ…!)
やっとの事で、城の外に出ると、そこにはさっきまで玉座の間にいた妹が騎士団長の首でお手玉をしながら座っていた。椅子にしているのは首の無い医務官達だった。
「っ?!ルシャナ王女?!」
イクムは近くの馬を呼び、私を乗せて、しっかりと手綱を握らせると
「遠くへお逃げ下さい!!!騎士団がやられてしまった今、恐らく城は落とされます。私は大丈夫ですから、近くの村にお逃げ下さい!」
そう言って、イクムは強く馬の腹を叩くと、馬は声を上げて猛スピードで走り出した。
「イクム!イクム!」
私はなんて無力なんだ。落とされないように手綱を掴み必死に振り向く中でイクムの首が落とされ、そこにまた別の衛兵たちが挑んでいくのを見た。
それから、どれくらい走ったことだろう。
森の中をずいぶん長いこと走っている。
腹から血は垂れ流され、必死に手綱を掴んでいるだけの私は、馬を操作する事も出来ず、村のあかりは一向に見ることは出来なかった。
どっぷりと沈んだ夜の中、痛みと熱さと不安だけが何度も何度も回転する。手ももう限界で意識も朦朧としてきた時、馬はいきなり止まり、私を投げ出した。
折れた背骨が地面に打ち付けられ、臓器に骨が刺さった感覚がした。
(ああ、きっとこれはもう助からない。)
私は冷静に絶望していた。
動く気力もなく、そもそも動ける身体ではなく、静かに横たわる。
浅い呼吸を胸で繰り返す。
ひゅうぅううぅ……ひゅうぅううぅ…
(死にたくない)
若き王子は救世主の森という皮肉の聞いた地で生涯を終えるのだ。
(いや、追手に殺されるのが先か。)
なんて考えて見たが頭がもう回らない。
涙が溢れる。衛兵たちは無事だろうか、城はどうなったんだろうか、国民たちは無事なのだろうか。ルシャナは、、どうしてああなったんだろうか。考えるべきことは沢山あるのにぐるぐる回って気持ち悪さだけが残った。
(死にたくない…ルシャナ…あぁ、ルシャナ…)
遠くから、鈴の音が聞こえた気がする。
そんなことはどうでもいい、とても、眠い、眠いのだ。
(ルシャナ、お前は私の最愛の妹であったよ)
そうして私の意識はそこで終わった。