ホワイトデー
前回投稿したバレンタインデーの続きとなります。
気になった方、併せて読んでいただけると幸いです。
でも前作読まなくても内容がないような話なので多分読めると思います。
数週間前、俺はとある女性に恋をした。
彼女は俺を屋上へと呼びだしてきたのだ。そこで俺は彼女の想いを聞いた。彼女は俺のことを好いていたみたいなのだ。
肌寒い風が吹き抜ける2月の学校の屋上で俺は彼女に告白された。
その日以来、彼女の顔や声、そして無駄のないフォームから繰り出される右アッパーが脳裏に焼き付いていて離れないのだ。
その日以降、俺たちは会話を交わしていない。なんといって声をかけていいか分からないし、向こうも俺に話しかけてきたり、前みたいに机に便箋を入れてくれたりなんかはせずに、むしろ避けられている気さえする。
なんとか彼女と仲良くなりたいのだが、これと言ってなにも思い浮かばない。せめてチョコレートのお礼でも言いたいのだが…。
そう思った俺はとりあえず悪友へと相談を持ち掛けることにした。
「んでお前から話ってなんだよ。珍しいな」
この砕けた日本語を使うのが俺の悪友。別に音は悪い奴ではない。
「ああ、ちょっと相談があってだな。数週間前にチョコレートを貰った女性に対してそのお返しがしたいんだ」
ストレートに言い分を伝える。いや俺が彼女に告白されたり、俺が彼女に恋慕を抱き始めていたりしていることは隠しておいたが。
「えっ、お前バレンタインにチョコ貰ったの!?」
悪友は驚愕の表情を見せる。チョコレートを貰うという行為はそんな大層なものなのだろうか?
「なんだそのウァレンティヌスみたいなやつは?」
「なんだよそれ!こっちこそ知りたいわ!」
「ウァレンティヌスはキリスト教の聖職者だ。それでそのバレンタインとやらは?」
「おまっ、バレンタインデー知らないのかよ!?2月14日には女性が男性にチョコを上げて好意を示すって行事があんだよ。学生にとっちゃ一大行事だぜ?」
そんなイベントがあったなんて知らなかった。じゃあ彼女もそのイベントに乗じて俺にチョコレートを渡してきたのか…。俺に好意を伝えるために。
「学生というのは主に大学生だ。高校生は生徒と呼称する」
彼女が俺を想っていたことを考えてしまい、顔が赤くなりそうだった故に眼前の悪友に対して悪態をついて誤魔化す。
「お前のそういうとこめんどくせーよな。まあいいやそんなことより、チョコ貰ってどうなったのか気になるわ」
「それが、それ以降一言も会話をしてないのだ」
「いやいやいや!それはあきまへんがな!」
どことなくひな壇を仕切る大物MCのような口調になった悪友。あきまへんと言われても避けられている気がするのだからしょうがないだろう。
「せっかく女の子にチョコ貰ったんだから返答しなきゃいけないだろうよ!」
「いやそれはそうなのだが…如何にせんそのバレンタインデーとやらを契機に一切彼女との繋がりが絶たれてしまったのだ。もともと話したことない相手だったけど」
「ほーん。バレンタインにチョコを上げただけで満足してしまったんかな?相手って誰なんだ?俺も知ってる人?」
おそらく彼女はチョコレートを渡してなお、俺に対して強烈なアッパーを繰り広げたから気まずくなり、それ以降顔を合わせづらくなっているのだろうが…。俺はそんなこと気にしてない故、彼女とせめてもう一度は話してみたい。
「クラスメイトだから知っていると思うぞ。一番後ろの窓際の席にいる前髪が目に多少かかっているあまり目立たないタイプの女性だ」
あの日以降クラスで彼女の姿をよく目で追う故に彼女の外見的特徴はすらりと答えられる。
「そんな子いたっけ?わっかんねえなー。名前はなんて言うんだよ。そっちで教えてもらった方が一発でわかるでしょ」
「それが俺も把握できてないんだ」
「いやクラスメイトだろ!なんで名前分かんねえんだよ!!」
「俺は名前なんてものより本質を見たいからな。今、名前と言われて虚を衝かれた気がした」
眼前の悪友はなにか解せないといった表情をしている。呆れているというよりは困惑しているように思える。
「名前って一番重要じゃん?そこは知っておくべきだと思うよ」
「たしかに、名は体を表すとも言うからな。彼女がどんな名前であるか興味が湧いてきた」
俺の言葉を聞いた悪友がちらりと一瞥した。ギラリと目を光らせて。
「その言葉を聞く限りだと、さてはちょっとその子に興味があるんだな?」
悪友はにやりと口元を緩ませる。
「なにを言っている。俺はただチョコレートを貰ったからそのお返しがしたいだけだ」
若干心の中では狼狽したものの、それを表には出さずにあくまで俺は返報性の法則に則りただお返しがしたいだけと言い張る。しかし勘が鋭いな。
「そこも怪しいよなぁー。なにかお返しを返したがるなんて。お前が誰かに自分から絡みにいきたいなんて」
「返報性の法則だ。なにかを貰ったら返さなくちゃいけない。そうだろ?」
「まあそういうことにしといてやるよ。そっちの方が面白そうだし」
「どういうことだ?」
なにか意味ありげなことを含ませて再びにやりとする悪友。
「とりあえずその子にお返しがしたいんだろ?ならどんな手段を用いてもお返しをちゃんと渡そうぜ」
「それがそうなのだが…3週間たった今頃いきなりお返しを渡すって言うのもなんか中途半端な気がする」
そこが今回の一番の悩みどころである。
「ちょうどな2月14日にチョコレートを貰った男性は3月14日にホワイトデーでお返しをしなくちゃいけないんだぜ」
「なんだと?そんな風習があったのか!?それはタイムリーだな。…だがどうやってコンタクトをとればいいのかさっぱりわからないのだ」
「そもそもあんたはどうやってその子に呼ばれたんだ?」
そう問いかけられ、3週間前のことを考える。そう、あの時は…最初は机の中に手紙が入っていたのだ。赤い便箋が。最初は果たし状だと思ったそれは、バレンタインとやらでチョコレートを渡すために俺を屋上へと誘いだすための手紙だったのだ。
「机の中に手紙が入っていた。当日の昼間に、俺がお手洗いから帰って来た時に気がついた」
「なるほどね~。せっかくバレンタインのお返しを返すのなら、彼女のやったこと全部返してみるってのはどうだ?」
「つまり、手紙を書いて屋上に呼び出して、そこでお返しを渡すということか?」
「そうそうそんな感じよ。あんたにもっといい案があるってんだったら俺の意見なんてスルーしてくれて構わんけど、なんにも思いつかないんだったらそっくりそのまま返してみるってのも悪くはないんじゃね?むしろ自分のやり方が肯定されてるような気になってプラスに働くかもだし」
こんな私情に対して真摯に答えてくれるとは…悪友だと思っていたが、やはり音はいいやつなのだな。最後にまた顔をにやりとしたのが気になるが。
「まあ頑張ってくれよ。俺は応援してるぜ」
そう台詞を吐いた悪友は俺の肩を一度ぽんと叩くとそのまま横を通ってスッとどこかへと消えていった。ことがすべて上手く運んだら彼にもなにかしらのお礼をしなければいけないのかもしれないな。だから吉報を届けなければ…。吉報を届けたら俺が彼女とお付き合いを始めることをバラシてしまうということじゃないか…?まあ上手くやろう。
俺は悪友に教えられた3月14日のホワイトデーとやらに合わせてお返しと、そして彼女を屋上へと呼び出すために手紙を一通書いてきた。
何文字書けばわからなかったから最初は原稿用紙3枚分の文字数になってしまったが、ただ屋上に来てほしい旨を伝えればいいということに気づいたから、結局先月彼女からもらった手紙を模倣して簡素に一言。『16時に屋上で待っています。』とだけ書いて昼休みに彼女の机に入れておいた。彼女は昼休みの間ずーっとひとりで自身の席へ座っていたからいつ入れようか当惑していたのだが、昼休み終了5分前にようやく離席した故にすかさず手紙を入れに行った。
そして放課後。15時57分。俺は先月の彼女を模倣するように屋上の出入り口のある建物の影に隠れて彼女が屋上へ来るのを待つ。彼女は来てくれるだろうか。
相変わらず吹奏楽部の奏でる少し抜けた楽器の音だったり、運動部の声だったり、野球部の打ち込む硬球の音がステレオで耳へと届く。
時間が一秒、一秒と過ぎていくたびに俺の鼓動はとくんと跳ねている。早く来てくれと思う気持ちと一生来ないでくれという気持ちがせめぎ合う。
いてもたってもいられずに、陰に隠れるのをやめてドアの前へと移動する。もし来てくれた時のために真正面から相対する。
先月彼女がしたことをすべてやるとなると、俺も彼女に対して告白をしなければいけなくなる。彼女は俺のことを好いている。今は避けられているからもう俺のことを好いていないのかもしれないけど…。
そしてこの一か月彼女を目で追っていた俺も段々と彼女に惹かれてきている気がする。この屋上から眺めると見える少年少女のように俺も青春とやらに興じてもいいのかもなと思案する。だとしたら彼女に俺の気持ちを伝えて交際を認めてもらうしか…ないか?
そう、彼女が俺に恋心を伝えたように。俺も彼女に想いを伝えなくては。
16時の鐘が鳴るのと同時に屋上のドアが開く。おそる、おそると。その隙間から見えるシルエットは、隙間から入った風によってふわりと揺れるスカート。女子だ。そして1ヶ月間、彼女の姿を目で追っていた俺なら分かる。彼女が来てくれたんだと。
その事実を受け入れると、心臓が一度ズキッと痛む。思わず諸手で心臓を押さえる。こんなことで緊張してどうするんだ。先月の彼女はもっと凄いことを俺にしてくれたんだぞ。
この時が来てしまったのならしょうがない。徐々に開いていく扉を正面から見つめる。やがてしっかりと彼女の顔を確認する。どことなく俯いていて申し訳なさそうな顔をしている。
一呼吸置く。
そして俺の眼前へとやって来た彼女を直視して彼女に語りかける。
「来てくれてありがとう」
そういうも彼女の反応はない。もともとおとなしいタイプの人間である故こういう態度を取ることは既知なのだが、それでもなにか言葉を発してくれないと不安になってしまう。二の句が継げない。でも継がなきゃいけないのだ。
「先月のお礼がしたくて呼んだんだ」
とても、はっきりとした口調とは言えないものの、言葉を紡いでいく。
二言目に関しても彼女の口は真一文字を極めている。ただ、若干俯いていた目線が上がった。これは好感触か…?まあもともと俺のことを好いていた子なんだ。俺に興味があることは明白なんだ。とにかく自分に都合よく言い聞かせて奮い立たせるしかないんだ。
まず用件をしっかりと伝えたことでまず一段落肩の荷が下りる。そしてお礼の品として用意したクッキーを手に取る。別の自分で作ったわけでもない既製品ではあるけど、なにか物を貰ったお礼なのだから相応の物で返すのが礼儀だろう。というか悪友に教えを乞うてクッキーとか当たり障りのないものでいいだろもう!と強い口調で言われた。俺は俺でいろいろ提案したのだがな。
「この前のチョコレート、美味しかった」
目を逸らしながらそう呟きつつ、すっと彼女の眼前にクッキーを持った手を差し伸べる。彼女はそれを見て受け取ろうか受け取らまいか思案している。
「どうぞ」
と呟くと、これは受け取らなければいけないと判断した彼女はおそるおそる手を伸ばす。
クッキーを渡した俺と、受け取った彼女は何故か一歩ずつ後退した。そしてお互いにふぅと息を吐く。
気まずい空気が流れ始める。なにかを言わなければいけないのにそのなにか、適当な言葉が見当たらない。あるいは自分は彼女に好意を持っていることを伝えたいがために、上手く話を誘導してスムーズに好意を伝えたいのだが、なにを切り出せばそのゴールにたどり着くのかも分からない。
俺がそのように思案して2分ほどが経過した。するとしびれを切らしたのか彼女の方から口を開いた。
「先月なんですけど…殴ってしまって、ごめんなさい!」
そう、バレンタインデーとやらで屋上に呼び出されてチョコレートを貰って好意を伝えられ、極めつけに素晴らしいパンチを打ち込んでもらったのだ。
人間は好意を伝えられた人に段々と好意を抱いていくようだが、俺もあの時に好意を伝えられ、虚を衝かれて、でもそれをしっかりと受け取って、なおかつ腹パンまで受け取った。あの時に打ち込んでもらったパンチは体の動きに一切の無駄のないフォームから繰り出されてしっかりと力が最大限に伝わるように放たれていて、ある種なにか俺の中の琴線に触れたような感覚さえ覚えた。
そして気づいた時には彼女を好いていた。
「いや、殴ってくれてありがとう」
ハッと気づく。あれ俺へんなこと言ってないか?
「あ、違うぞ。別にマゾという訳ではなく…目が覚めたんだ」
思わずじたばた取り繕ってしまう。
彼女はそれを聞いて一度言葉を咀嚼するように頷く。
「マゾに…ですか?」
「あーそうか。目覚めたとかいうとそうなってしまうのか。違うんだ目が覚めたというのは、生まれ変わったというか、新しい思想を手に入れたというか」
その言葉に嘘偽りはない。実際に俺はこの一か月間で、恋心という言葉が分かってきた気がするし、恋愛というものに興じてみようという新たな思想も手に入れた。
「だから、気持ちよくて、清々しかったんだ」
「やっぱマゾですよね?」
ダメだ。言葉がすべてそっち方面に直結してしまう。
「いや俺はドSだ」
条件反射で答えてしまったけどこれはこれで痛々しい奴ではなかろうか…?
一度咳ばらいをする。
「まあ、あれだ。とにかく殴られたこと俺は気にしてない。だからお前も気にしないでくれ」
「わかりました」
彼女は溜飲が下がったようで表情が一段階明るくなった。
さて、一段落してしまった。これでもう俺と彼女の間にあった変な空気感、隔たりは取っ払われた。だからここからは先月以前の関係に戻るのではない。ここから先は逆に関係性を築き上げていかなければいけない。S極とS極だった俺たちをS極とN局にしなければいけない。
その第一歩を、歩み出さなくちゃいけない。
どんなことでもその一歩を踏み出すということは億劫で、ちょっと気が引けて、恥ずかしくて、こそばゆい。だけれどそんな一歩を踏み出さなくちゃ二の足は踏んでしまっている。
次に、大きなフォローの風が吹いたら潔く語り出そう。それまで精神統一をしてその時をまと…強風がきちゃぁぁああああああ!!精神統一する時間なんてなかったけどもう言うしかない。吐き出す言葉も考える余裕もなかったけどストレートに気持ちを伝えるしかない!
「…好きだ!」
大きな風が俺たちの間を吹き抜ける。その風に俺の言葉を、気持ちを乗せて彼女の耳と心に贈る。
だけれどそんな大きなフォローの風は、俺にとっては逆にアゲインストだったみたいで…。彼女のスカートがふわりと風で押し上げられる。
もちろん相対している俺は彼女の紺色のスカートの中の様子が伺えてしまった。ホワイt…。
瞬間的に目を逸らすも、多分見てしまったのはバレただろう。
暫時、唖然としていた彼女だったが、いきなり我に返ったようで頬を赤らめまるで猪のように猪突猛進。
これは先月もみた。…到来る…!最高の右腕が。
ある種俺はこの時を待っていたのかもしれない。彼女の最高の右腕と対峙するこの時を。
彼女は恥ずかしさを誤魔化すために俺目掛けて殴りかかってくる。先月はあまりにも美しいフォームから繰り出された、しっかりと力が乗ったパンチに反応も出来ずにまともに喰らってしまっておまけに流血までしてしまうという大恥をかいたが、今回ばかりはそうはいかない。
これは俺にとっての挑戦状。絶対にかわして見せる。
彼女の動きがスローモーションに見える。どうやらゾーンに入ったみたいだ。前回同様素晴らしくきれいな無駄のない一撃。だが無駄がないだけに軌道が読める。
…避けた。それでもギリギリ制服をかすめていった。
だが、なにか違和感がある。右手に微かになにかに触れたのだ。
何が起きたのか分からずに周囲を見回す。…あれ、彼女がいなくなって…る?…ん?
いなくなっているわけではない。
何故か彼女は床に倒れていた。それはまさしく先月の俺のようだ。俺の右手にはなにかを擦ったような熱い感覚がある。
あれ…?
これ…。もしかして…。俺…。殴ってしまったのでは?
吹き抜ける3月の風、ステレオの学園生活の音、屋上から見える夕焼け、倒れる彼女、立ち尽くす俺。
これが青春って奴なんだな。…甘酸っぱいな。
「よぉ!結局付き合い始めたんだってー?俺のアドバイス効いたかー?」
悪友がトンと俺の肩を叩いて挨拶してくる。
「ああ、おかげさまでな」
「なんだぁその彼女持ちの余裕みたいなのはー。まあどんな感じだったか教えてくれよ!」
「それだけは嫌だ!!」
思わず悪友の言葉を聞いて1秒も待たずに反射的に答えてしまった。その圧力に気圧されたみたいで、若干ひきつった顔を見せた。
グーパンから始まる恋物語。そんなの誰にも話せないし、話しても信じてくれないだろう。真っ赤な思い出しかない。もっとホワイトでありたかった。
けど。…それでもいいか。
今日はこどもの日ですね。
ホワイトデーとはまた時期外れなものを書いてしまいましたね。
ネトゲにハマりすぎて創作意欲がガンガンに吸い取られていく…。
でもこれからもいろいろなものにチャレンジしていきたいです。