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ライフログ ―桜の少年の戦い  作者: 浜辺海
一章
5/12

始まる生活

「ふう……」


 自動ドアをくぐったオウカが息をつきながら襟元を緩める。ここはオウカに与えられた自室であり、その立地は学園区域からそれほど離れていない特別居住区と呼ばれる場所にあたる。


 結局オウカが測定した後はごたつく現場から逃げるようにロキ、カノンと一緒に立ち去った。ロキとカノンはオウカの元素測定の結果についてとやかく言うことはなかった。いろいろ詮索されたくはないオウカにはそれがありがたかった。


 それからどうしようかという話になったのだが、ロキとカノンは互いに用事があるようでひとたび解散することになった。そこでオウカは自分が暮らす空間を確認しておきたく思い、この部屋へとやってきたのだった。


 制服の上衣を脱いでクローゼットに掛けるも億劫で、目についたソファの背目掛けて放り投げた。するとソファが声を発した。


「こら、服の型が崩れるでしょう」


 正確にはソファに座っていたリラが発した言葉だった。彼女はオウカの上衣を手に取って丁寧にクローゼットに掛けた。


 リラは学園長付補佐として本日付けで着任している。立場的には学園関係者と賓客の中間になるようだ。つまりある程度自由に学園内を行動できて、それでいて学園側から行動をあまり束縛されない存在となる。こういった立場の者はアーベリア学園にはそれほど珍しいものではない。例えば名の知れた、いわゆる名家の子息令嬢などが申請をして執事やメイドなどを護衛役として学園に連れている場合がままある。


「シルはいないの?」


 オウカが尋ねながらシャツに手をかけた。オウカが着替えていようとリラは顔を背けるような気づかいはしない。それをオウカ自身も分かっているので咎める気も起きない。


「お嬢様はまだ学園長としての業務に奮闘しているはずです」


「その手助けはしなくていいの?」


 リラの肩書は一応補佐なのだ。普通であれば補佐らしくシルフィの手伝いでもするのが道理というものだが……。


「私にはまず居住空間を整えるという使命があるから」


「だから先に部屋にいたのか」


「お嬢様の能力なら散々文句を言いながらもすぐに片付けるでしょうから、私の出る幕はないわ」


「確かに……」


 オウカはシルフィたちと出会って五年の時間を共に過ごした。その中で性格は少々変わった面があるが、シルフィという人物がいかに多才多能であるかを知った。世間的に言わせれば間違いなく“天才”と称されるだろう。一緒に暮らしていてもオウカからシルフィに何か手伝ってもらうことはあれど、逆は一度たりとてなかった。


「それよりも、元素測定はきちんと終えたのかしら?」


「ああ……。まあね」


「どうせ空属性が測定されてひと騒ぎ起きたのでしょう」


「最後のほうだったからそこまで騒ぎにはならなかったよ」


「そういう問題ではないのだけれど……。そういえばあなた宛てに手紙、届いてますよ」


 そういってリラは腰元のポケットから一通の封筒をオウカに差し出した。それを受け取ったオウカは表裏を二度ほど繰り返して見た。表には宛名、つまりはオウカの名前のみが直筆で書かれていた。裏は朱色の封ろうで閉じてあるのみで、差出人の名前がどこにもなかった。


「今時手書きだなんて、古風な人から手紙をもらうのね」


「心当たりはないんだけど……」


 そういいながらも封ろうを破ろうとオウカが手をかける。しかし、


「ん? この手紙、タイムラプス機能がついてる」


 タイムラプス機能とは、封をした者が秘匿性のため、指定した時間にならなければ機械でできた封ろうが破られないというシステムである。力まかせに開封しようとすれば封ろうに含まれた幽核が反応を起こし手紙全体が自壊するというものだ。


「新入早々そんな怪しいものをもらうなんて。一体何をしでかしたのかしら」


「別に何もしてないって……」


「ふふっ……」


「ははっ」


 リラは悪戯っぽく笑った。オウカもつられて笑い返した。家族――オウカにとっての本当の両親は分からない。知らされてもいないし知ろうとも思わなかった。だが確実に、オウカの今の家族はこのリラ、そしてシルフィだった。それがオウカにはありがたかった。



 次の日、オウカはロキやカノンと共に市街に出かけていた。この日も新入生は午前中しか学園に主だった用事はなかった。計測したデュラジウムを加工して専用のシードを用意しているということと、カリキュラムの説明程度で終わってしまったのだ。そこでロキはオウカに街を案内してくれると言った。カノンも一緒に行くと言ってきかなかった。


「この辺りは学園が近いこともあってだいぶ開発が進んでいてな。欲しいものがあればこの通りをまっすぐ歩けば大体見つかる」


「あそこの店のおばあちゃんは面白い人でね! いつも買い物に行くと変な話を聞かせてくれるの」


 左右からインプットされる情報を耳にしながら人通りの活発な大路をオウカは歩いてた。見渡せば同じ制服を着ている者も多い。この時間に歩いているということは新入生だろう。皆目を輝かせながら一店一店を眺めて回っている。


「……んで、ここがアーベリア幽術大学。旧アーベリア防衛学院だな」


「ロキのお父さんが学院長をしてるんだよ」


「さすがアーベリアの盾だね。ロキも将来はここの運営に?」


 するとロキは歯切れの悪い声を出した。


「あー……、まあそのへんは複雑でな。俺以外にも姉弟がいるからな。……おっと、すまん。ちょっと行ってくる」


 ロキが大学の方へと小走りに行ってしまった。その先にはスラっとした背丈の高い男がいた。髪を後ろで結い、鋭い眼差しでロキと会話をしている。騎士、もしくは侍といった表現がぴったりと当てはまりそうな人物だった。オウカがその姿を見ているのに気が付いたカノンがオウカにすっと小声で話しかけた。


「ゼスティン・シュトゥルムさん。ロキの師匠みたいな人でクイーン等級の選士なんだ」


「それで挨拶に行ったわけか」


 クイーン等級、それは世界基準で定められた選士の格を、チェスのピースで表す“ポーン”から始まる五段階の位。その頂点に他ならなかった。ゼスティンというその人と話すロキの顔には明らかな憧れの色が浮かんでいた。


「あ! ごめん、ちょっと私も挨拶する人がいた」


「大丈夫。ここで待ってるよ」


 駆けだすカノンと、いまだピンと背筋を伸ばして話しているロキを見てオウカは自然と口の端が上がった。微笑ましいという感覚が一番当てはまるだろう。するとオウカに声がかかった。


「もし、そこのあなた」


「……うん?」


 オウカが振り向いた目の前には仮面で顔を隠した何者かが立っていた。声からして男であるが、白い仮面からのぞくのは二つの眼のみ。その表情は分からない。


「あなたには満たされるべき杯がありますか?」


 抑揚のない声でオウカにそう問いかけながら、男は懐からチェーンで首に掛けられた杯を取り出した。


「なにを――」


「もしもあなたに満杯を望む杯があれば、我らと共に満杯の地へと行きましょう」


 不気味ささえ覚えた。言っていることが意味不明だ。正体すら隠して何がしたいのだ。オウカの中を様々な思いが渦巻いた。


「おっと、すまないが他所でやってくれないか。こいつは俺たちと用事があるんでね」


 考えているのを困っているととったのだろう。ロキがオウカと仮面の男の間にやや強引に割って入った。仮面の男は、


「ええ。貴重な時間を割かせてしまって申し訳ない」


 とオウカに一礼して去っていった。そのあっさりとした態度もまた、オウカには不気味に思えてしかたなかった。ロキが心配そうにオウカをのぞき込む。


「悪い。何も分からないのに放っておいて、大丈夫か?」


「あ、うん。ちょっと見た目に面食らっただけだよ」


「だろうな。俺も最初はそうだった」


 彼も話しかけられた経験があるようだった。


「あれは一体なんだったの?」


 オウカが仮面の男の正体を尋ねると、ロキは肩をすくめて言った。


「“聖杯(カリス)教”、ここ最近アーベリア内外でも目立ち始めてきた新興宗教さ」


「杯がどうとか言ってたけど……」


「だろ。教理が独特らしくてな。仮面なんぞ付けて気味が悪いし、俺たちからすれば話も何のことやらさっぱりだ。まあ拒否すればすんなり立ち去るし、強引さのない布教だから皆寛容なのさ」


「へえ……」


 仮面の男が歩いて行った方を見ると、すでに男はどこかへ立ち去ったようでどこにも見当たらなかった。



「いやあ~。ごめんね、買い物につき合わせちゃって」


 カノンの言った通り、あれからオウカとロキは終始カノンの気の向くままのショッピングに付き合っていた。雑貨や洋服をあれこれと品定めしているカノンに、ロキも気に入ったものがあればそれを購入していた。


「どんな店があるのか参考になったよ」


「素直に言ってもいいんだぞ」


「はは、本当だよ」


 オウカはにこやかに返した。実際それほど長い時間ではなかった。気に入れば即決断で購入する二人の姿は名家らしさ(・・・)がうかがえた。


「じゃあね!」


 元気に手を振るカノンと、軍人の挨拶のように手を上げるロキに応えながら、オウカは学園の方へと戻った。時間はまだ夕刻には早い。オウカの方から用事があると言って案内を切り上げてもらった。なぜなら、


「……開いてる」


 昨日送られた手紙のタイムラプス機能が解除されていたからだった。気が付いたのは二人の買い物に付き合っていた途中だった。オウカは前方を確認しつつも封筒から便せんを取り出して中を見た。


(地図?)


 そこには学園のある地点を指した地図とただ一言、


 あなたに必要な物を一緒に探しましょう。


 とだけ添えられていた――。



*



(へえ、ここに学園長室があるんだ)


 オウカは手紙に書かれていた地図をたよりに学園の敷地内を進んでいた。校舎の中に入り、今朝までは行ったことのない道を歩く。職員待機室やサーバー管理室の前を素通りし、学園長室の真横に当たる部屋の前で立ち止まった。


(ここか……?)


 地図に従えばここが目的の場所のはずだ。部屋名のない真っ白に閉ざされた扉。その横には掌紋セキュリティ認証のための無機質なパネルがあった。


「……まさかね」


 とオウカは声に出して、ものの試しに手をパネルに合わせてみた。


『登録者情報承認しました』


 そんな音声が流れて扉が開いてしまった。そこには下へと向かう階段と、オウカを待ち受けていたかのようにひとりの女性が立っていた。


「ああ、来てくださったのですね」


 その人はにこやかにオウカを迎えた。白い絹のような髪と合わせたかのような白衣姿。丁度昨日見た、測定の時にいた研究者然とした者たちのようだった。


「私はジェーン・ドゥー。この学園の常任研究員です」


「あなたが手紙を?」


「はい」


 ジェーンはオウカに自身の身分証をさっと見せた。確かにそのように書いてある。彼女は階段を下り始めた。オウカもその背中を追う。


「僕に必要な物を探すとありましたが……」


「ええ。空の元素に反応したデュラジウムを採取します。もちろんあなたの力なくしては見つかりません。あなたの元素反応パターンを用いてトレースします」


 なにやらオウカには難しいことを言っている。


「しかしデュラジウムは僕の幽力に触れると消失してしまいました」


「はい。まさか完璧な存在であるはずのデュラジウムにあのような反応が起こるなんて私も目を疑いました。しかし、それは無刻印のデュラジウムであるからでしょう」


「無刻印……?」


 やがて階段の最下段にたどり着くと、またもひとつの扉が待っていた。そしてその扉を挟むように人影がいた。首元には特徴的なクリスタルの印。


戦闘用(バトル)ヒューマノイドを二体も)


 戦闘用に特化した武骨なシルエット。それはこの扉が、たとえ武力を行使してでも護りたいものであるということを表していた。


 二体のヒューマノイドはジェーンを確認したようだったが、一切の戦闘態勢を見せなかった。すでに何かしらの手続きがすんでいたのか、オウカにも反応を示さなかった。そうして自動扉を通った先に待っていたものは、


「これは……」


 自然だった。学園やその周辺の街並みとは正反対の大自然。人の手が一切入っていない緑に川、そして地下であることを忘れてしまいそうな日差し。何から何までオウカにとっては衝撃的な光景だった。


 その彼の内心を見抜いたのかジェーンはくすりと不敵な笑みを浮かべる。


「ようこそ、すべての始まり――大崩壊の地“リッチグラウンド(豊穣の大地)”へ」

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