デュラジウム
その部屋は白く、殺風景な部屋であった。座るべき席や、物を置く机も存在しない。明らかに座学には使われない場であろう。オウカらが入室して間もなく、ぞろぞろと明らかに生徒ではない者の集団がやって来た。ヒューマノイドと人間の混ざったその団体はなにやら準備をしているらしく。生徒らをそっちのけできびきびと動いている。その中から一人女性がやってきて皆に語り掛けた。
「これから新入生には“デュラジウム反応式五大元素測定”を受けてもらいます」
そんな言葉を前にした新入生各々の反応は様々であった。多かったのは、
「デュラ……、なんて言ったの?」
「俺に聞くなよ……。何かで五大元素を測定するんだろ」
というやり取りを交わすカノンとロキの様に彼女の意図を掴めないものであった。しかしそれは言葉を発した当人も織り込み済みのようで、
「五大元素理論は皆さんよく理解していることと思います。幽術師が幽力を行使する際にそれぞれ異なる現象があらわれますが、それらは元を辿れば世界を構成する五つの元素――既に観測されている火・風・水・地に加え理論上、そして現実として存在するはずの幽層を示す『空』に大別されるというものです。幽術師はそれぞれが幽力を通じて引き出す元素に対して得意な分野を生来もっています」
背後の設営の時間稼ぎも兼ねているのか説明を交えた話を始めた。
「今回行うデュラジウム反応式五大元素測定とは“大崩壊”の当地より産出されるデュラジウムが、幽力を吸収してある一定の反応を示すという法則を用いて皆さんの得意な元素分野を特定するというものです。現在確立されいる中でも幽術師の得意元素判別の精度が高く、また吸収後のデュラジウムが幽力との触媒へと転用できるため個人の専用デバイスに最適と言えます」
そこで生徒の集団の中からひとりが誰ともなくこう尋ねた。
「それって……、私たちに専用品がもらえるってことですか?」
「そういうことになります」
間髪入れずに返ってきた肯定に一同がざわめく。最後方にいたロキたちもたいそう気分が高まっている様子だった。
「ねえ、専用のデバイスだって!」
「ああ、たいそうな入学祝だな。そろそろこいつにも限界を感じてきたし」
ロキが自身の袖をまくる。そこには白く無機質な装飾のないブレスレットらしいものがあった。ロキだけではない。この場に集められたすべての生徒――唯一オウカを除いて――がこのブレスレットをつけているはず、そしてつけていなければならないのだ。
Stabilized Elemental Equilibration Device――通称“S.E.E.D”とそれは呼ばれている。幽術師のもつ幽力が影響した元素を安全かつ効率的に引き出すためのものであるが、現在幽術師はこのシードがなければ幽力を使うことを認められていない。
「専門的な話も多分に含まれるので残念ながら大部分を割愛しますが……。今皆さんが装着しているシードはすべての幽術師に対応するための汎用型であることはご存じの通りです。その中には幽核と呼称される幽力に共鳴反応を起こす鉱石が触媒として利用されています。術師が行使した幽力を受け、幽核が共鳴して同様の幽力を撃ち出す。それによって術師の負担は少なく、それでいて安定した力を引き出せているのです。単純に言えば増幅器ともとれますね。しかし汎用型シードには欠点が存在しています。中心となる幽核には一度に単一の元素にしか共鳴反応を示さず、かつ受けた幽力の一部を自身に保持してしまうという性質があるのです」
得意の分野なのか、まくしたてるように説明を続けていた女性に一機のヒューマノイドが近づいてきた。そして、
「設営が完了しました」
とだけ告げる。女性の方も一度話を打ち切って応えた。
「そう……、ならもう始めてしまおうかしら」
「了解しました」
ヒューマノイドが離れていくのを一瞥して彼女はオウカら生徒たちに向き直った。
「話の途中でしたが準備が整ったので早速測定を始めていきます。続きはその中でしましょう。では最初は……そうですね、あなたから」
指名されたのは彼女から手近な生徒だった。
「デュラジウムを持ってあの円形の台の上に立ってください」
そう指示されたものの、生徒の彼は困った様子で、
「ええと……そのデュラジウムってどこに?」
と尋ねた。オウカたちはデュラジウムを今の今まで知りもしなかった。当然見たこともない。そこを問われた彼女もうっかりだと言わんばかりの表情で手をぱちんと叩いた。
「そう言われてみれば教えていませんでしたね。デュラジウムは皆さんの胸についているその赤いコサージュです」
「えっ、これがそうなの?」
オウカの横にいたカノンが驚きながらコサージュを取り外した。オウカもロキも同じく胸から外して手に乗せてしげしげと観察する。外見はどう見ても花のそれであったが、触れてみると確かに鉱石のように硬い。しかし不思議なのは硬さに見合うだけの重さを一切感じないことだった。羽か、もしくはそれこそ一輪の花のように軽い。だからこそオウカは造花であることを疑うことなく身に着けていたのだが……。
前方ではすでに測定が順に行われている。初めて目にする行為の目新しさからか、それとも自らの番が待ち遠しいのか人垣ができている。もともと最後方についていたオウカたちはそれに混ざることをあきらめて大人しく、おそらくは最後になるであろう自分たちの番を待っていた。
「デュラジウムねえ……、初めて聞いたな。ワンオフ品を作れるほど正確に元素を判別できる程の代物なら俺の家に何かしら情報が入ってきていてもいいと思うんだが……。カノンのとこはどうだ?」
ロキがデュラジウムを弄びながらそう口にした。カノンは分かりやすく大げさに首を横に振ってみせた。
「ううん、私も知らない。お母さんたちも同じだと思う。というよりオウカ君の方が詳しいんじゃないの? 学園長がお姉さんなんでしょ」
「うーん。学園長本人は知っているかもしれないけれど、僕は何も伝えられてないかな」
「そうなの?」
「立場を考えろって。身内だからってなんでもかんでも教えるかっての」
ロキの言葉の通りでもあるが、それ以上の理由もあった。
「というより僕がアーベリアに来てから……。一週間くらいかな、学園長とは話せてないんだ」
話そうと思えばこのご時世。いくらでも手段はあろうものであるが、なぜかシルフィはオウカとリラどちらにも学園長としてアーベリアに先入りしてから連絡を取らなかった。忙殺されていたと言われればそれまでであるが、オウカもリラもシルフィの風変りな性格をよく知っているので何か企んでいるのではと考えていた。
測定の完了した生徒が退出していき幾分か人垣が減ったようにも思えるが、やはりオウカたちに番が回ってくるのはまだ先になりそうだ。
「しかしこの細工よくできてるよなあ。わざわざ花の形に成型したのか?」
ロキがそう問いかける。彼の視線はいまだに手元のデュラジウムにある。相当興味があるようだ。
(確かに……)
オウカも内心で同意しながら彼にならってデュラジウムをしげしげと観察する。薄く白みがかってはいるがかざして光が奥に透き通るような外見をしている。複雑に花弁を模しているにも関わらず加工した形跡も塵ほども残っていない。これではまるで――、
「まるでそのまま咲いてたって感じ」
カノンが二人を眺めながらポツリとそう漏らした。その感想を抱いたのはオウカとロキも同じだった。それほどにこのデュラジウムというものに不可思議で、神秘的な印象をうけたのだ。すると意外なところから闖入者が現れる。
「正解。デュラジウムはその形状のまま採掘されるのですよ」
「あ……、さっきの」
生徒たちの前でおおらかに説明をこなしていたあの女性だった。測定開始時は生徒についてアシストをしていたはずだったが、いつの間にやら最後尾にいるオウカらの話を耳にしていたようだ。
「ああ。 そういえば自己紹介をすっかり忘れていました。私ダリアと言うのですが……、まあ殆どの人の関心は完全に別のところに移りましたし、構わないでしょうね」
いたずらっぽい微笑に飄々とした物言い。自らをダリアと名乗る彼女は先ほどまでオウカや他の生徒たちに向かっていたときとはどこか雰囲気が異なっている。こちらが本来の顔ということなのかもしれない。
「さっきの話なんですけど本当に咲いてるんですかぁ?」
カノンはそんなダリアに親しみを覚えたのか諸々のあいさつややり取りを飛ばして真っ先に本題に入った。オウカの時もそうであったが、カノン自体が人付き合いに対して物怖じしない性格なのもあるだろう。
「鉱物が咲いているという表現は多少ロマンティストかもしれませんが、実際に見ると大地に花びらを開いて群生しているように思えるのですよ」
するとロキが話し合うダリアとカノンの背に向けて言葉を放った。
「そこらの地面に落ちているということではありませんよね? 私共はデュラジウムという代物については耳にしたこともないのですが……、ご説明頂けますか?」
彼の口ぶりはカノンとは対照的に実に距離感のあるものだった。というよりもどこか厳格で、まるで権威者が問いただしているような口調でもある。その表情もオウカたちと会話していた時のような穏やかなものではなかった。ロキの家の立場を考えてみれば、彼の言う“私共”が誰を指しているのかは想像に難くない。要するところ。
アーベリアの盾たるシュナイドが存ぜぬ物をなぜお前達が持っているのだ。
と暗に批判しているのだろう。この瞬間だけはロキはロキ個人ではなく、シュナイドとしての顔を見せている。そうオウカは感じた。
オウカは出自柄、こういった問題にはどうしても疎い。一応リラからあらかじめ、アーベリア学園に通う生徒の大半はロキのようなバックボーンがあり、時として家柄としての衝突が生まれると説明を受けている。
しかし当のダリアはどこ吹く風。
「デュラジウムは非常に限定された条件下でのみ採掘されます。そして……」
すっと彼女の眼差しがごくわずか、鋭く細められたのをオウカは見逃さなかった。
「アーベリア学園は大崩壊後に発足したアヴァロンプロジェクトによってのみ監督されるものであり、いかにシュナイド家が旧公都アーベリアの雄と言えども我々に報告義務はありません」
「……おっしゃる通りです」
ロキが眉根をひそめる。理解はできても納得はしていないという表情。その心中を察してなのかダリアはロキに向かってにっこりと微笑んだ。
「より良い学園生活のためには、そういったしがらみは考えないことです。ここには普通じゃない出自の生徒は多いですが……。学園にまで関係を持ち込んでは気が滅入りますよ?」
「……おっしゃる通りです」
「くくっ……」
同じ言葉を二度返したロキを見てカノンは噴き出すのを我慢できなかった。
*
「さあお待ちかね。あなたたちの出番ですよ」
ダリアがオウカらに測定を始めるよう促す。既に他の生徒はいなくなっている。今日の行程はすべて終わったらしいので今頃各々の過ごし方をしているのだろう。ダリアは三人の前に出て、
「では誰からいきましょうか」
と全員の顔をぐるりと見まわして言った。するとカノンが元気よく手を挙げて、
「はいっ、先鋒はこのロキが努めます!」
そのままロキに手を向けて指した。ロキも分かってましたとばかりに一歩前に出た。
「まあ、そういう奴だよお前は」
「ふふっ、どの道皆やることですから。ではこちらへ立ってもらえますか」
ダリアは二人のやり取りを楽しそうに見ながらも、ロキに手前にある円形の台座のようなものの上に立つよう指示する。ロキもいささか緊張した様子で言われるがままに従った。
「これでいいんですか?」
「ええ。それと、今装着しているシードを外してもらわなければなりません。これから計測用のシードを渡しますので、万が一の“多重共鳴”を防ぐためです」
「多重共鳴?」
ダリアとロキが準備を行っているのを見物していたカノンがつぶやいた。オウカは首をかしげている彼女を見かねて口をはさんだ。
「ひとりの人間が二つ以上のシードを装着して幽力を行使すると起きる現象だよ。まったく同一の共鳴波が双方から発生するから互いが互いの共鳴に反応し続けて力を打ち消し合うか……、最悪の場合際限なく幽力を引き出し続けるんだ」
オウカが説明するとカノンは少しだけ考える時間を経てこう言った。
「じゃあ幽力の永久機関ができるってこと? 聞いているとすごいエネルギーが発生しそうだけど、シードは触媒にすぎないから行使者の人間が持たないんじゃない?」
「そう。だから最悪の場合なんだ。でもうまく幽力そのものを操ることができれば、増幅と減衰を意のままにできるかもしれない」
「うーん……。理論的には幽力ってエネルギーそのもので火とか水はそのエネルギーの変換の結果でしょ? 幽力をいじるって少なくとも今の技術じゃ無理なんじゃない?」
オウカは話をしていながらも心の中でカノンに驚いた。こう言っては何だが見た目の軽さに反して聡明なのかもしれない。そしてカノンは鋭くオウカに視線を向けた。
「でもなんでオウカ君はそんなことを知っているのかなあ?」
「僕の知り合いに詳しい人がいるだけだよ」
「ふぅん……」
オウカとしては意外であったが、それ以上カノンは深入りしようとはしなかった。返事からして答えに納得したようには見えないが、複雑な事情があるというのはロキやカノンもお互い様であるということを理解しているのだろうか。
「よっし、それじゃあいきます」
ロキの威勢のいい声が届く。隣にはヒューマノイドが何かを待つようにして、コンピュータの前に立っていた。その機器が何を目的にしているのかはオウカには想像もつかないが、オウカもカノンもロキの様子を静かに見ていた。ロキをはさんで向こう側には白衣を着た人たちが同じく彼を観察するように視ていた。風貌からして教師には見えないが彼らは研究者なのだろうか。測定のための機械の保守をしているようだった。
ロキはその右手にデュラジウムを乗せて静かに立つ。袖をまくった腕には先ほどの計測用シードがはめられている。
「――――」
ロキが何かつぶやいているようにオウカには見えた。集中するときの彼の癖なのだろうか。すぐにオウカの体にピリピリとした感覚がやってきた。これは彼の周囲で幽力が行使されようとしているときの現象だった。
(この距離で感じるってことは相当才能があるんだろうな)
すると、デュラジウムがほのかに輝きだした。ベールをまとうように光の幕がデュラジウムを包む。
「きれい……」
カノンが惚けた表情でそう漏らすのも理解できるほど、それは神秘的な光景だった。そしてそれが数十秒続いて、ようやく光は消え去っていった。そこにはまるで岩石のようにごつごつと変身、変色したデュラジウムの姿が残っていた。
ロキの横についてコンピュータに向き合っていたヒューマノイドが機械とは思えない人間的な声色で言った。
「元素、地属性の反応出力を百パーセント確認しました」
一瞬、ダリア以外の白衣の人たちからどよめきが上がった。珍しいことなのだろうか。
「……だろうよ。うちの一族はみんなそうだった」
「しかし純粋に地属性のみというのはこの測定でしか分かりませんよ?」
「まあ、そりゃありがたいことですけどね。大手を振って“盾”を名乗れるってものです」
ロキはそう言いながら変身したデュラジウムと計測用シードをヒューマノイドに手渡した。彼はそのまま外へは出ていかなかった。オウカとカノンの計測が終わるのを待ってくれるようだ。
「では残るは二人、どちらからいきますか?」
次の測定者はすぐにカノンに決まった。というより先ほどの光景を見たカノンが興奮した様子でやりたがったのだ。
そしてカノンの反応は大方オウカの予想通りだった。
「ほら、見て見て、綺麗!」
カノンははしゃぎながら手のひらで輝くデュラジウムをロキにオウカにと見せびらかすように振り回していた。この様子で計測になるのかとオウカには若干不安だったが、微笑ましそうにしているダリアを見る限り問題ないようだった。
そしてやがて青くなったデュラジウムが露わになる。奇妙なことにそれは半液状になっているようで、カノンの動きに合わせて小刻みに揺れていた。
「元素、水属性の反応出力を百パーセント確認しました」
またもどよめきが起きる。さすがに気になってオウカは不思議そうに手元のデュラジウムを触っているカノンを横目にダリアに聞いてみた。
「純粋な元素属性というのはそうも珍しいものなんですか?」
「そうですね、幽術師としての才能とは別ですが……、確かに単独の元素のみを発生させる幽術師は珍しいです。少し難しい説明になりますが、幽術師の操れる元素属性は遺伝的情報としてコードされているというのが定説です。これは種の交配によって親から子へと元素属性が色濃く受け継がれるという研究結果があるからです。なので多くの場合、二つ以上の元素属性が検出されます」
オウカはダリアの言葉をひとつひとつ理解しようと努めた。
「ということは、例えばロキが地属性のみを操ることができるのは両親がどちらも地の元素を操れる遺伝子を持っていたからだと?」
「そういうことになります。しかし親が複数の元素の要素を持っていた場合、遺伝する元素属性はその数だけ増えることになり、純粋な単独の元素属性を達成することは難しいでしょう。だからこそ稀有な存在なのですよ」
「ロキは一族皆そうだと言っていたから、それが長いこと続いているということですか」
「完璧な測定手段は今のところこのデュラジウムを用いなければ不可能なので、一概に血族すべてが彼と同じとは限りませんが。地属性の元素の遺伝子は絶えずに脈々と受け継がれているということは確かでしょう。ロキさんもカノンさんもめったに見ることのできない世代ということになりますね」
オウカの視線の先にはデュラジウムを手にはしゃぐカノンと、呆れたようにそれを見ているロキの姿がある。ハフベルとシュナイド、その血筋の物凄さというものを改めて感じた。
「それに、元素属性の単体属性あたりの割合が大きければ大きいほど、その元素を行使する幽力の限界値は巨大になります。幽力を入れる水入れの器があったとして、それが狭くも深いと考えてもらえれば想像しやすいでしょうか。さすがはアーベリアの雄といったところですね」
なるほど……、とオウカはつぶやいた。
「最初にそちらのおっしゃった通り、これだけでロキやカノンが才能ある幽術師とは言い切れない。しかし幽術師としての可能性は誰よりも大きい、ということでしょうか」
「そのような認識で間違いはないと思いますよ。では、最後はあなたの番ですね」
オウカはデュラジウムを手に先の二人と同じくして立っていた。ロキとカノンがそんな彼の後ろ姿を見ている。正面には白衣の顔ぶれが並んでいる。ロキとカノンの珍しさに職業柄刺激されたのか、続くオウカにモルモットを見るようなまなざしが彼を貫く。
(ジロジロと……)
オウカは心の中でそんな白衣の彼らに悪態をついていた。隣にいるダリアが計測用シードを手渡すとあることに気が付いた。
「あら、あなたは汎用型シードをつけていないのですか?」
その言葉はオウカを現実に引き戻した。
「え、ええ……」
「まさか……、その状態で幽力を行使してはいないですよね?」
終始柔らかだったダリアの表情がスッと鋭くなった。それはオウカの背筋を少しばかり凍らせるほどのものだった。
「当然です」
嘘だった。オウカはシード無しで昔から幽力を行使してきた。本来ならもう少し凝った返答を考えるべきだったが、ダリアの圧力の前にそう返すので精一杯だった。
「……信用しましょう。シード無しでの幽力の行使はあなた自身の命に係わる事態になる可能性があります。それは理解していますよね?」
「はい」
「よろしい。では計測を始めましょうか」
オウカの腕に計測用シードが装着された。腕輪のような見た目であるが、不思議なことに装着しているという実感がない。もっと言えば感触がないのだ。初めてシードを身に着けたオウカにとっては奇妙な経験だった。
(この状態で幽力を……)
オウカは頭を切り替えて幽力を行使することに集中した。
幽力の行使と言うが、それは理論的なことではなく感覚的なことだ。多くの幽術師に幽力の行使の方法を聞いてもその答えはまちまちだろう。心の奥から引き出す感覚だとか、頭から絞り出す感覚だというように人によって異なるのだ。
オウカにとっての幽力を行使するとは“心の引き抜き”だった。まるで体の中心部を貫く見えない槍を引き抜くような感覚と共に幽力が行使されるのだ。
「――――」
体の楔が抜けていく感覚、オウカは自身が幽力を行使できていることを実感した。そしてデュラジウムを見るとそこには考えもつかないことが起こっていた。
「デュラジウムが……、崩れて……」
驚愕したダリアの声が聞こえる。その言葉の通り、オウカの手に乗っていたデュラジウムが輝くこともなく、まるで天に召されるように崩れ去っていく。ボロボロと欠片になりながら浮かんでは消え、浮かんでは消えを繰り返す。そしてついに、オウカの手元にはデュラジウムが一片たりとも残らなくなった。
「ありえない……、完璧な物質のはずのデュラジウムなのに。そうだ、計測結果は?」
ダリアがぶつぶつと声に出しながらヒューマノイドに詰め寄った。ヒューマノイドは一定の顔色と声音でただ淡々と告げた。
「虚数に設定された反応出力を計測。推定元素属性、空と断定されます」
これに一番大きな反応を見せたのは白衣の者たちだった。
『空の元素、馬鹿な!』
『幽力そのものに作用できることに……』
一段とざわめきを増す彼らがオウカの目には、かつてのヴァーミリオン本家での科学者たちと重なって見えた。驚き、興味、研究欲を隠すこともなく向けられるのは、オウカが初めてヴァーミリオン家で幽力を披露した日と同じだった。




