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ライフログ ―桜の少年の戦い  作者: 浜辺海
一章
11/12

狩る者、狩られる者

「は……はははっ! 冗談でしょう。俺たち全員を相手にするつもりですか?」


 八重とウェステルの二人で、オウカら四十名と同時に戦うと言う八重にレボルスは困惑混じりの苦笑を浮かべる。確かにレボルスの戸惑いもオウカには理解できる。彼が見る限り、ここに揃った生徒の大半は腕に覚えのありそうな表情をしている。武具を選ぶときにも皆手慣れた様子で手に取っていたし、それ以外の生徒はそもそも自身の専用武具まで持ち込んでいる。だが八重はいたって真面目な顔をして、


「安心しろ、救護用のヒューマノイドも待機している。思う存分吹き飛ばされるがいい」


 と挑発するようなことを言う。


「上等!」


 レボルスが吐き捨てるように言った。オウカは彼が幽溌外装を展開したのを幽層の動きから察知した。レボルスの戦斧が幽溌外装に反応して鈍く光る。これは術者の幽溌外装が武具に含まれた幽核によって武具まで拡張されたことを示しており、それはつまり戦いの火蓋が切って落とされたことを表していた。


 レボルスが戦斧を振り上げ、八重に向けて振り下ろす。巨木をも両断しそうな攻撃に反応したのは八重ではなくウェステルだった。


「おっと!」


 ウェステルは八重の前に躍り出て、自身の剛剣でレボルスの一撃をあっさりと受け止めてしまった。受けた際の音はすさまじく、ぶつかり合った衝撃が尋常ではないことがわかる。驚くべきはウェステルの強靭性だろう。体格ではレボルスが圧倒しているのだが彼の重たい一撃を受けてもなお、ウェステルはピクリとも動じなかった。


(幽力を行使するのに相当慣れていそうだな)


 幽溌外装による身体能力の増大があるとはいえ、レボルスも同じく外装を展開している。とすれば、ウェステルと彼の差は外装の核となる幽力を行使する技量の差だろう。


 幽溌外装は引き出される幽力を身にまとうようにして展開されている。幽力を引き出せば引き出すほど外装の能力は高くなる。しかし術者が制御できないほどの幽力を引き出してしまえば、そもそも外装自体が崩壊してしまう。この幽力を制御する技量もまた、幽術師の優劣にとって重要な要素である。


「そら!」


 レボルスとウェステルの間には幽術師としての差がある。そのことにレボルスは気がつかない。再び戦斧を振り上げてウェステルに叩きつけようとする。今度のウェステルはそれを受け止めるようなことはしなかった。彼女も同じく剛剣を振りかぶり、回転する勢いのまま剛剣をぶつけてレボルスに真っ向勝負で立ち向かった。


「うおおっ!?」


 互いの武具が衝突した瞬間、レボルスはまるで風に吹かれた木の葉のように吹き飛ばされた。純粋な力比べで敗北したのである。レボルスはそのまま決闘場の場外まで吹き飛んで背中から落ちた。幽溌外装によって幾分衝撃が緩和されているとはいえ、


「うわ、痛そー」


 とカノンが声を出すくらいには見事な飛び様だった。するとレボルスに救護用と八重が話していたヒューマノイドが素早く駆け寄る。それを見た八重が、


「あのように決闘場から場外に叩きだされるか、もしくは消耗によって幽溌外装すら展開できなくなった者は、監視を行うヒューマノイドによって戦闘続行不可能と判断され退場させられる。それが選士による正式な決闘で言う“負け”だ」


 とすかざず解説を挟んだ。さらに続けて、


「早速一人減ってしまったが……君たち残りの三十九人。徒党を組むなり、単独で挑むなり、好きに戦ってもらう。戦闘の回避に専念しても問題ない。それはそれで大事な評価点なのでな」


 と言い、腰元の鞘からすらりとした刀身の刀を抜いた。その姿にオウカを含めた数人の生徒はぞくりとしたものを感じた。強者の放つ特有の威圧――覇気を感じたのである。


「では、狩りを始めるとしよう」



*



 八重の宣言通り、それはまさに狩りだった。八重とウェステルを前にして、自信のある者は独りやチームでもってして立ち向かうが、どれも鎧袖一触の結果に終わる。戦闘をしない、つまりは回避を選択した生徒も例外ではない。なんとか彼女らの攻撃を避けようと粘るも追いつめられ、結局は打ち払われてしまう。そうして開始から数分で生き残りの生徒は半数ほどまで減っていった。


「おいおい、こりゃとんでもないな。一方的だ」


 ロキが端的に現状を言い表した。オウカたち三人は今のところ回避組に混じって様子をうかがっていた。オウカは二人に向かって問いかける。


「このまま見ていても仕方がないけど、どうする?」


「やるでしょ?」


 カノンの言葉にロキが頷く。


「もちろん戦うさ。これは実力を見るための授業でもあるからな。評価は正しくしてもらわないと。だがその前に作戦が必要だ」


 逃げ惑う生徒に紛れながら三人は打ち合わせを始める。


「もうわかってるとは思うが、あのウェステルって先輩よりも千歳先生の方が明らかに実力は上だ。俺なりに考えてみたが千歳先生を二人で足止めして、その間に誰かがウェステル先輩を倒すしかない。その後で千歳先生を三人がかりで仕留める。この“狩り”に勝利するにはそれが多分一番可能性が高い。そこでオウカに頼みがある」


「僕があの先輩を相手にすればいいんだよね」


 オウカもロキと同じことを考えていた。どれほどロキとカノンが戦えるのかはオウカにとっては未知数だが、八重を一対一で抑えられるとは思えない。かといってウェステルも無視できない。八重と戦っていて彼女に背中を狙われるのが最悪の事態だ。となると両者を同時に別の場所で対処しなければならない。そうなった場合の人数配分は自然と八重に二人、ウェステルに一人となる。


「ま、互いの動きを知ってる私とロキが組むのがベストよね」


 カノンの言う通り、ロキとカノンを八重にぶつけるのが最適解だろう。


「悪いがオウカには独りで戦ってもらうしかない」


「大丈夫、そっちこそ気をつけて」


「ああ。それじゃいくぞ!」


 ロキの掛け声で三人は集団から飛び出し、各々の目標へと走った。



「お? 戦う覚悟を決めた?」


 ウェステルが目の前に立ちはだかったオウカを見てそう言った。彼女の視点からすれば、オウカは逃げから一転して意を決して立ち向かう生徒に見えるだろう。


「さっきも二人、八重ちゃんに走っていった子がいたし……。なるほど、そういうことか」


 ウェステルはどうやらオウカたちの考えを読み取ったらしく、ふんふんと鼻を鳴らし納得した様子を見せる。


「それであなたが私を相手にする勇者君なんだ。確かに私じゃ八重ちゃんにはかなわないけど……、新入生に負けちゃいられないよ」


「友達に約束しました。あなたを倒して合流するって」


「ふぅん……。それじゃ、戦いやすい舞台を用意してあげる!」


 ウェステルが剛剣を地面に向けて振り下ろす。その剣先は硬質なはずの決闘場の床に深々と埋まるように突き刺さった。


(……! 幽層が動いてる)


 オウカはウェステルを中心として幽層が揺らめくのを感じた。それは幽力の行使の合図に他ならない。すると次の瞬間、オウカとウェステルを囲んで一陣の風が吹きすさんだ。


「うわっ!」


「なんだ!?」


 風は逃げていた周囲の生徒を決闘場から押しのけ場外へと緩やかに運んだ。しっかりと幽溌外装を発動させていれば堪えられるような微弱な風だが、逃げていた彼らを追い出すには十分だった。オウカが見渡すと場内に残っているのは彼とウェステル、そして八重とそれに対峙するロキとカノンだけだった。


「見た感じ戦う気があるのはもう君たち三人だけだし、他は退場してもらったよ。さあて、んじゃあ始めようか!」


 そう言ってウェステルは一気にオウカに突撃した。オウカに肉薄してその剛剣で薙ぎ払う。オウカもそれに対抗して剣で受けた。鋼鉄のぶつかり合う音を響かせ互いの剣が交差する。それを見ていささか驚いた様子を見せたのはウェステルだった。


「へえ、外装の展開に慣れてるんだ。上級生でも私の一撃を受けきれる人はなかなかいないのに」


 その言葉にオウカは自虐的な笑みを浮かべた。


「戦うことが取柄だったので」


「……? まあいいや、どんどんいくよ!」


 ウェステルは剛剣をその丈に見合わぬ速度で次々と振るった。だがそれは一度たりとてオウカに触れることはない。


(速い……けど、見切れないほどじゃない)


 八重はもちろん、リッチグラウンドで対峙した水雲の速度の方が上だ。すなわちオウカにとってその太刀筋は脅威たりえない。オウカは試しにウェステルの斬撃の後にすかさず左から水平に斬りつけた。


「おっと!」


 ウェステルはそれに反応して剛剣を引き戻して防御態勢を取る。そこに、


「ふっ!」


 防御している面とは反対側への鋭いオウカの回し蹴りがウェステルを襲った。


「ううっ……」


 ウェステルがうめき声を上る。レボルスとは異なり、オウカはウェステルの攻撃を受け止められる。それはつまり互いの幽溌外装の効力が少なくとも五分であるということを意味している。そのためオウカの外装の効果の乗った蹴りの衝撃をウェステルは殺しきれない。大きく吹き飛ばされることはなかったものの、ウェステルは体勢を崩して数歩後ずさった。それをオウカは見逃さない。


 陽光を受けて煌めく剣がウェステルに襲い掛かった。一度、二度とその凶刃を身をよじって避けるウェステルであったが、三度目には対応できない。刃が彼女の横腹を掠めるように打ち付けた。


「う……」


 再度ウェステルから苦悶の声がこぼれる。幽溌外装を持つことができない非幽術師であればこれだけで骨が砕け、とうに崩れ落ちていただろう。だがウェステルは外装を消耗することによってある程度衝撃を緩和できる。


「いてて……、やるね」


 幽溌外装がダメージを受けた場合、消耗した外装の分だけ術者から自動的に幽力が引き出されて補填される。そして幽術師個人が幽力を引き出せる量は明確には判別できないが、一定の期間において限りがあるとされている。幽力を行使することは精神への負担がかかり、人間の精神力には限界があるからだ。精神を集中することができなくなるほど摩耗した幽術師は幽溌外装を展開することが不可能になる。それをもって決闘では戦闘不能と見なされる。


 ウェステルの外装は間違いなくダメージを受けたものの、それ一撃で戦闘不能になる程ではなかった。この戦いに勝つにはより大きなダメージを負わせる必要がある。それがわかっているからオウカも攻めの手を緩めない。次から次へと剣と体術を織り交ぜて攻撃を加える。それに立ち向かってウェステルも反抗の剣撃を打っていたが、次第にそれが見られなくなっていった。


「ありゃりゃ……、これはまずいかな」


 そう発したのはウェステルである。現在彼女は目の前の後輩が放つ攻撃に対して剛剣の腹でガードしていた。こういうところでウェステルの持つ剛剣は非常に便利である。刃部分の面積が大きいため相手の攻めに対して広く防御できるからだ。だが結局のところ、決定打を受けていないだけでウェステルの劣勢に変わりはない。


 幾度か刃を交えたウェステルは、オウカが幽力の行使だけでなく戦いにも優れていると感覚的に見抜いた。少なくとも、彼女が先ほどまで屠ってきた新入生とは一味違う。そうなれば彼女の選択は一つ。相手を試す戦いではなく、相手を倒す戦いを行うことだ。


「それじゃ、第二ラウンドを始めようか!」


 言うと同時にウェステルが跳躍した。外装によって強化された身体能力で常人をはるかに超える高さでオウカの頭上を越える。オウカはウェステルが背後を取ってくると察して素早く振り返って剣を構えるが……、


(いない!?)


 そこにウェステルの姿はいなかった。確かに彼女はオウカを飛び越えたはず。それが着地していないということが意味すること。オウカはすぐさま答えを導いた。


「上かっ!」


 吐き出すように叫んだオウカは確認することなく剣を自らの頭上目掛けて振るった。次の瞬間、凄まじい衝撃が彼を襲った。ぶつかり合う両者の剣が巨大な音を打ち鳴らす。つばぜり合う武器越しにオウカが見たものは、背中に蝶のような羽根を生やして空中に滞空するウェステルだった。


「飛行能力ですか……」


「ふふん。これが私のフェアリーダンス。空は私の領域よ!」


 ウェステルはそう得意げに言いながら剛剣を振るう。その戦い方にも変化があった。地上では剛剣の間合いの中で常にオウカにぶつけていたのだが、空中では一方的に飛べることを活かした戦法。一撃当てては飛翔し反撃の手の届かない空へと離れていくヒットアンドアウェイの形をとっていた。


(――厄介だな)


 位置の有利は明らかにウェステルにある。今のオウカが彼女に刃を突き立てる手段は限られている。一つは単純に跳んでいくことだ。


(とりあえずやってみるか)


 オウカは力強く地を蹴った。幽溌外装によって増幅された脚力によって彼は優にウェステルのいる空へとたどり着く。しかし、


「そんな簡単には当たらないって!」


 振るった攻撃はやすやすと避けられてしまう。ジャンプの軌道は直線的なのだから当然と言えば当然である。そうなると待っているのは同じく直線軌道の落下だった。ウェステルは羽根をはばたかせて落下地点に先回り、待ち構える状態で剛剣をオウカに打ち込んだ。


「ぐっ……」


 ただ防御するだけでは勢いのまま場外へと吹き飛ばされると判断したオウカは空中で迎え撃つ形で剣をぶつけた。それでもオウカは殺しきれなかった衝撃によって大きく飛ばされる。オウカはぐるりと回転するように姿勢を立て直す。だがウェステルの攻勢は止まらない。体勢を立て直したオウカが見たものは、刃を向け飛翔してくるウェステルの剛剣だった。


 オウカはとっさに身をかがめてこれを回避する。彼の頭上を通過した剛剣はくるりとその向きを変え、持ち主であるウェステルの手に収まるように飛び戻った。通常ではありえない動きを見たオウカはそれが幽力によるものだとすぐに気がついた。ウェステルはそのオウカの考えを見透かしたかのように言った。


「私の幽力は風と地の属性を操ることができる。能力だけで敵を倒せるほど強くないけれど、こんな使い方ができるのよね!」


 もう一度、ウェステルは剛剣を投げた。主の手を離れたそれはブーメランのようにオウカに回転しながら迫る。またも体を低くして避けるオウカだったが、ウェステルの放つ風に操られた剛剣は鋭く方向を変えて再びオウカを襲う。


「ちっ!」


 剛剣は右から左から、前から後ろから様々な方向からやってくる。それをオウカは懸命に回避を重ねるものの、状況は一方的にウェステルが有利だった。攻撃が絶えずオウカに迫り、オウカからの反撃は空を飛ぶ彼女には届かない。オウカにとって状況を打開するカードはただ一つ。だがそのためにはウェステルから隙を引き出さなければならなかった。決定的な隙を――。


「このままではいつまでたっても終わりませんよ。狩りはどうしたんですか」


 オウカは飛来する剛剣を余裕をもってかわしながらウェステルに言った。一度剛剣を手に戻したウェステルはむっとした表情で答える。


「それは君が避けるからでしょうが」


「この程度では倒されませんよ。そこまでのろまではないんでね。これなら学園内でも楽に戦えそうだ」


 相手を逆なでするようなことを言い露骨にウェステルを挑発するオウカ。普通ならこれに乗る人間は多くないのだが……、


「むむ……、ならもう一つ見せてあげる!」


 狩りの遅れが気になるのか、それとも上級生としての立場からか、いずれにしてもウェステルはその挑発に乗る直情的な性格だった。


(よし、後はこの一手を凌げれば……)


 残された問題は次にウェステルが打つ手をやり過ごせるかにかかっていた。彼女が何をするつもりなのか、それはオウカには全くわからない。


 ウェステルは滞空した状態から羽根をしきりにはばたかせ始めた。それに伴ってなにやらキラキラとした粉末が散布されるのをオウカは見た。


(鱗粉か?)


 蝶のような外見の羽根と合わさってそのような感想を抱くオウカだが、その粉自体が何か特別な力を持っているようには見えない。しかし風に操られているのか、輝くそれは確実にオウカを中心に集いつつ舞っていた。


「さあ、避けられるものなら避けてごらん!」


 ウェステルは大きく手に持った剛剣を振りかぶってみせた。オウカは彼女が次に打つ手を必死に考え続けた。


(避けられるものならってことは、必ず当たる自信があるってことだ。となると広い範囲に攻撃する手段があって……。それはこの鱗粉と繋がっているはずだ。粉……まさか!)


 ある考えに至ったオウカはすぐさま幽力を発動させる。相手の能力を借り受ける力。その発端となる幽力の鎖をウェステルに打ち込んだ。


「何をしたって無駄!」


 そう叫んだウェステルは勢いよく剛剣を地面に向かって投げた。凄まじいスピードで放たれたそれは激しく地にぶつかり、火花を散らした(・・・・・・・)


 その一瞬の後、オウカを爆発が襲った。オウカを中心に展開された空気と鱗粉によって粉塵爆発を起こしたのだ。これがウェステルの話していたもう一つの手だった。爆煙に覆われた地上を見てウェステルはひとり呟く。


「ありゃりゃ、ちょっとやりすぎたかな」


 ゆっくりと羽根を運動させ地上に近づくウェステル。しかし次の瞬間、煙の中から羽根を生やしたオウカがウェステルに向かって突っ込んできた。


「え?」


 何が起こっているのかもわからないまま、ウェステルは反射的に腕で守りの姿勢を取る。オウカは剣をウェステルにぶつけながら、そのまま彼女を下敷きにするように地面に急降下して叩きつけた。大きな衝撃波が起こり、爆煙を晴らす。煙が晴れたそこには地に立つオウカと、地に倒れたウェステルの姿があった。オウカは爆発が起こる寸前、ウェステルの風を操る能力を借りて自身とその周辺をまとわりつく鱗粉を押しのけてダメージを軽減したのだ。そして彼女と同じく羽根によって空を翔けて反撃にうって出たのだった。


「あーあ。まさかそんなことができるなんてね」


 一撃で勝敗は決した。剣による攻撃と地に叩きつけられたダメージをまともに受けたウェステルは、もはや幽溌外装を展開し続ける幽力を引き出せなくなっていた。それを察知した救護用ヒューマノイドがウェステルに駆け寄る。


「あのまま空中にいられたら、結果はどうなっていたかわからなかったでしょうね」


「でも決定打に欠けていたのは確かだし、挑発に乗った私の負け。次はもっと考えて行動しないとね」


 オウカはウェステルに手を差し伸べ、ウェステルはそれを借りて立ち上がった。そして、


「でも気をつけて、あの人にはそれだけでは通用しないと思うから……」


 とオウカに告げて決闘場から去っていった。


「あの人……? そうだ、ロキたちは――」


 戦いに集中していたオウカはロキ、カノンと八重の勝負がどうなっているか知らない。それを確認しようと決闘場を見渡した――。


「うわっ!」


 その途端に、オウカの眼前に誰かの背が押し迫った。そのままオウカとぶつかり合う。何とかオウカはその誰かを受け止めることができた。それはロキだった。


「ロキ! 大丈夫!?」


「オウカか、すまん。相手の力を見誤っていたみたいだ」


「ロキ、外装が……」


 オウカはロキが外装を展開できていないのに気がつく。それはつまり決闘の敗北を意味していた。


「どうやらあの千歳って先生は俺の予想をはるかに超えた怪物だったみたいだ」


「……そうだ、カノンは?」


 するとまた誰かがどさりとオウカのそばへと地を転がった。カノンだ。オウカがその先を見ると悠然と立つ八重がいた。


「いてて……、かなわないか」


 残念そうにそう話すカノンにヒューマノイドが近づく。


「ロキ・シュナイド、カノン・ハフベル、両者の外装消滅を確認しました。直ちに場内より離脱してください。必要であれば手を貸しますが」


「いや、大丈夫大丈夫」


 カノンはひとりで立ち上がってロキと共に決闘場を去った。ヒューマノイドもそれに連れ添っていく。まだ戦う資格を持つオウカは場内からそれを見送った。その耳に八重の声が届く。


「ボーラは落ちたか。やれやれ、あれほど甘く見るなと言っておいただろうに。……それにしても、他人の能力を真似できる妙な力を持っているようだな? それが空の元素の幽力というものか」


「見ていたんですか。二人と戦っていたのに」


 八重は手を顎に当ててしばし考えるような仕草を見せる。


「ふむ、アーベリアの矛と盾か。その若獅子らも悪くはなかった。鍛えれば相応に伸びるだろう。だが――」


 八重が手にしている刀をすらりと構え、オウカに向ける。


「今日のメインはこれからだ」


 オウカの背筋にぞくりとしたものが走った。今彼は八重の放つ覇気を一身に受けている。オウカは自分を奮い立たせるように剣を構えて八重に相対した。


「望むところ……」


 本日最後、そして最大の対決が今始まった――。

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