選士
「幽力を用いながら競技的な戦闘を行う者を選士と呼ぶ。ではそもそもどのようにして選士という存在が誕生したのか、わかる者はいるか?」
選士志望の生徒に向けて行われる専門カリキュラムの初日、生徒らは複数の教室に分けられてではあるが一斉にガイダンスを受けていた。オウカたちの教室を担当しているのは体育の指導もしていたディカルド・スミスだった。
「そうだな……、シュナイド! 答えてみろ」
「はっ!」
ディカルドに指名されたロキが勢いよく立ち上がる。彼にとっては待ちに待った授業ともあって、その顔は生き生きとした色が浮かんでいる。
「選士の走りは軍隊に所属する兵士による訓練である、と聞いております」
「その通り」
ディカルドは手でロキを座るように示して話を続ける。
「人間の業と言うべきだろう。幽力というものが広く知れ渡ってから幽力が軍事転用されるのにそれほど時間はかからなかった。その中で行われた幽術師である軍人同士が幽力を戦いに上手く利用するための実戦形式での訓練。それが選士による決闘の始まりであると言われている。だがこの軍事転用を進めた結果、皮肉にもそれを披露する軍事衝突は世界規模で減っていった。なぜか? ――では隣のハフベル」
「ふええっ!?」
かすかではあるが、カノンが情けない声を漏らす。淀みなく解答してみせたロキが小声でカノンとオウカにだけ聞こえるように言った。
「阿呆か、大体予想つくだろ」
カノンはわたわたと立ち上がった。
「えっと……、幽術師が強すぎるから……とか?」
ディカルドは深くうなずいた。カノンはほっと胸をなでおろしながら席に着く。そしてなぜかオウカとロキに向かってピースサインを作って見せた。それが見えたのかディカルドは若干笑いを含んだ声で言葉を続けた。
「正解不正解で言えば正解だが……、百点とは言えん。ではその補足を……もうわかっているな? さらに隣のヴァロール」
「はい」
オウカは返事をして静かに起立した。視界の端に手を合わせて謝っているカノンの仕草が映ったが、大方こうなることは想像できていたため答えも用意してあった。
「幽溌外装を展開できる幽術師に対して既存の兵器のほとんどは無力だからです。そのため兵力充実の傾向として兵士や弾薬の物量よりも、兵士ひとりあたりの質を重視するようになったため、軍隊規模として必然的に縮小となりました」
「うむ、よろしい!」
着席するとカノンが親指を立ててサムズアップしていた。
(面白い子だなあ)
ころころと変容する彼女の調子にそんな感想を抱く。オウカの知る人の中だとシルフィがいろんな意味で面白い人にあたるのだが、それとはまた違った天真爛漫な楽しさがある。
「ヴァロールの言う通り、訓練された幽術師がひとたび外装を身にまとえば生半可な兵器では歯が立たない。さらに優れた幽術師が幽力を行使すれば一対多でも圧倒してしまう。そのような実情から千人の一般兵を育てるよりも、精鋭の幽術師を十人鍛える方が効率も効果も良いという結論に各国がたどり着くのにそう時間はかからなかった。すると武力を手段としていた解決は、幽術師による決闘によって解決されるようになる。そうした役割を持って生まれたのが選士だ」
カノンはふんふんと頷きながらディカルドの講釈を聞いていた。そして勇猛にも自ら挙手をして質問までしていく。
「じゃあ選士って軍隊の代わりなんですか?」
「かつての話だ。今は知っての通り決闘という競技の選手でしかない。もっとも、軍隊に所属して国の交渉のために戦う選士もいるがな。そういうのは全体から見ればごく少数だ」
そしてディカルドはぐるりと教室内の生徒を一望した。
「さて、初回のお話としてはこんなものだろう。次回からはより具体的な競技としての説明を入れていく。それでは休憩を挟む。各自、好きにしたまえ!」
そうしてディカルドは退室していった。それと同時に教室内の空気が一気に和らぐ。ディカルドが悪い人間ではないというのは誰が見てもわかるのだが、その風貌と佇まいはどうしても生徒に圧力を感じさせる。その緊張から解かれた生徒らは思い思いに時間を過ごしていた。大抵は先ほどのディカルドの話についての感想だったり、これから行われるであろう選士についての授業への期待を話していた。それはオウカたちも同じである。
「ようやくこの日が来たって感じだよなあ。早く戦闘訓練の授業にならねえかなあ」
「気が早すぎでしょ。それにしたってあの返事。はっ! だって、軍人みたい」
カノンが授業中のロキの口真似をする。さらに敬礼までしてからかうのを忘れない。ロキはそれをどこ吹く風で受け流して逆に言い返す。
「それを言うならお前も、なんだよあの指名された時の素っ頓狂な声。聞いてるこっちが恥ずかしかったぜ。なあオウカ」
「まあ、仕方がないよ。選士の歴史については学ぶ機会はほとんど無いし。僕も最初に指名されてたら少し考えこんでしまったかもしれないから」
「そうだそうだー。知らないことは罪ではなーい」
そんなやり取りをして笑っていたオウカの視界の端に馴染みのある影が映った。
(リラ……?)
教室の入り口にリラがいた。オウカと視線が合ったリラは教室に入るようなことはせず、手招きをして彼を呼び、踵を返して去っていった。
「ごめん、ちょっと用事ができた」
そう二人に言い残してオウカはリラの後を追った。
*
「悪いわね、オウ。授業中だったでしょう」
リラの用事とはつまるところシルフィの用事であった。リラに連れられて学園長室へと入るとそこにはシルフィと八重の姿があった。
「ちょうど授業の合間だから大丈夫だよ。それよりも何かあったの?」
「そうね、用件は手短に済ませましょうか。八重ちゃん、あれを」
「その呼び方は止めていただきたい」
そう言いながら八重は執務机にごとりとある物を置いた。それは一振りの刀であったが、オウカには見覚えのある物だった。
「これって……、水雲が持っていたやつですよね」
「そうだ。学園長の命で昨日リッチグラウンドから回収してきた。理由については私もまだうかがっていないのですが?」
「だって今から話すつもりだったんだもの。ライフログを見ると驚くわよ。説明は本人にしてもらいましょうか」
ライフログ――その名を出されたオウカはシルフィの用件に察しがついた。オウカは八重に自身が持つ特異な力について伝えた。
「僕にはある物や人間からその記憶を読み取る力――便宜上ライフログと呼んでいますが、そんな力があるんです」
「ほう? 中々興味深い話だな。空の元素を持つことと関わりがあるのか?」
「それは……、たぶん関係あると思います。幽力を使わないと見えないので」
矢継ぎ早に次の言葉が飛んでくる。
「発動の条件はないのか?」
「あります。物なら最も思い入れの強い所有者が、人なら対象者が死んでいないと見ることができません」
「ふうん……。記憶という概念に干渉できる能力か。何を対価にしても欲しがる奴の多そうな力だな」
八重の言う通り、本来知ることのできない人の記憶を覗き見るということは非常に大きな意味を持つ。実際オウカのライフログの存在を知ったロメリア・ヴァーミリオンは自らの目的のため彼を重用していた。
それ以降八重は腕を組んで黙りこくってしまった。もう聞くことはないということだろう。オウカは今度はシルフィに向き直った。
「それで、要はこの刀から記憶を読み取ればいいんだよね?」
「ええ、お願い。ただし、深入りはしないこと。いいわね?」
「わかってるよ。刀なんて物騒なものについている念はロクなものじゃないだろうからね」
オウカの経験上、刀のような武具から読み取れる記憶は十中八九、人の生き死ににまつわるものだ。実際に、かつて彼がヴァーミリオン家に命じられて一本のナイフにライフログを試みた結果、稀代の大量殺人鬼の記憶を開いてしまったことがある。その時の精神的ダメージはすさまじいものだったことをオウカは今でも覚えている。
「それじゃあやるよ」
机に載せられた刃がむき出しの刀の切っ先と柄を両手で持ち上げる。自身の胸の前で水平に持ったそれをオウカはまじまじと見つめていた。
(アーベリア公の邸宅跡地に残っていた品……。となると所有者は当然……)
状況から鑑みて、おのずとグリフォン・ファン・アーベリアを思い浮かべる。しかしシルフィが何を考えてオウカにライフログをさせようとしているのかまでは想像が及ばなかった。とはいえ、それがオウカの行動を鈍らせることはない。シルフィが必要と言うのだから問題はない。それが彼の絶対的な判断基準である。
八重の視線を背中に受けながらオウカは幽力を幽層から引き出すことに集中する。本来ならば、このまま引き出した幽力を放出して現実世界に影響を及ぼさせるのが幽術師による幽力の行使であり、ほとんどの慣れた幽術師はこの一連の動作を感覚的で行っている。しかしライフログを発揮する場合はオウカに言わせれば違う感覚が必要となる。それは幽力を放出するのではなく、体内に引き込むというものである。
オウカは刀に幽溌外装をまとわせるように幽力を這わせ、それを自らに引き込んだ。その瞬間、彼の瞳が紅蓮に燃えた。すると刀から魂のような薄白い球体がいくつも現れてはオウカに吸い込まれていく。これがライフログ時に起きる現象だった。
そしてオウカの中にある記憶が流れ込んでくる。
「……っ!」
悦び、それはオウカの予想からはるかにかけ離れた感情だった。不気味さと不可思議さからさらにその先を知りたいという衝動に駆られたものの、シルフィの警告が脳裏によぎる。
(深入りしては駄目……か)
そうしてオウカはライフログを打ち切った。浮かんでいた球体もそれに合わせて刀に吸収され戻っていった。一部始終をじっと見ていた八重が、
「終わったのか? まるで反魂を起こしているみたいだったな」
と感想を述べるのを契機に張りつめていた室内の空気が弛緩する。
「どうやら記憶は読み取れたみたいね」
シルフィはそう言って椅子に深々と座りなおした。オウカは頷いて応える。
「問題なく読めたよ。内容については?」
「必要ないわ。ライフログが発動できたことさえわかればいいの。……それじゃあオウカと八重ちゃんはもう行った方がいいわ。次の授業があるでしょう」
その言葉に従ってオウカと八重は学園長室を後にした。結局のところ、シルフィがオウカにライフログをさせた真意を伝えることはなかった。オウカにとってはシルフィが説明もなしに行動するのはよくあることなので、慣れたものだ。しかし八重はどうなのだろうかとオウカは気になる。それとなく彼女の様子をうかがおうとすると、まるでそれを見越していたかのように彼女が言った。
「知ってはいると思うが、学園長はあれで聡明な方だ。少なくとも私たちに不利益なことはしないだろう」
「先生はシル……、学園長とは長い付き合いなんですか?」
「いいや。知り合ったのはつい去年の話だ。その時も散々振り回されたがな」
オウカは思わず笑みをこぼしてしまった。その様子が想像するに易いからだ。彼女に気づかれる前にオウカは綻んだ表情を作り直した。
「先生はこれから選士のガイダンスの続きへ?」
「いいや。私は実戦訓練専門だからな。堅苦しい話はもっと向いている者がやればいい」
「なら午後からの授業にいらっしゃるんですね」
「そういうことだ。ま、せいぜい頑張って座学をこなすんだな」
そう言って八重はどこかへと歩いて行った。オウカも彼女に背を向けてロキたちが待つ教室へと戻るのだった。
*
午前の授業が一通り終わって迎えた昼休憩。オウカは相変わらず大量の食事を頬張るロキとカノンと共に昼食を取っていた。
「んでよ、オウカは卒業したら連合に参加するつもりなのか?」
連合とは選士が決闘によって腕を競うことを目的とした世界規模の組織の通称だ。ポーンやビショップのような階級を選士に与られているのはこの連合によってである。連合に参加して己の腕を競うのは選士にとって最高の舞台と言える。しかし、オウカはあまりその気は無かった。
「ううん……。どうだろう。あんまり考えたことはないなあ。ロキたちはどうなの?」
「俺は当然参加する予定だ。……その前にアーベリア幽術大学が先だが」
話を聞いていたカノンは手に持ったフォークをひらひらと小刻みに振りながら言う。
「ロキの家族ってみんなあそこを卒業してるのよね。シュナイド家の登竜門って感じ」
「まあ、あながち間違いじゃないわな。オウカも、もし何も決まってないなら俺と一緒に大学まで行くのもいいんじゃないか? 身内評だが……、幽術大学にはあらゆる専門的な分野が揃ってるからな。やりたいことやなりたいものが見つかると思うぜ」
「そうだね……、考えておくよ」
そう言ってオウカはグラスに注がれた水に視線をやった。そこには水面に映った自分が彼自身を見つめていた。オウカには映るその姿がとても空虚なものに見えた。
(なりたいもの……、か)
それはオウカとっては答えを出すには難しい問題だった。はたして自分にそのようなものができるのだろうか。そんな思いを振り払うかのようにオウカはグラスを一気にあおる。そしてカノンに水を向けるのだった。
「カノンはどうなの?」
大変幸せそうにローストされたビーフを頬張っていたカノンは、
「私は参加しない。というかさせてもらえないから」
と端的に答えた。オウカは首をややかしげて聞き返した。
「させてもらえないってどういうこと?」
するとロキが料理を咀嚼するのに忙しいカノンに代わって補足した。
「ハフベル家は決闘を交渉事に使うことが多いからな。手持ちの幽術師の実力を隠しておくのがお約束なんだよな」
「そうなんだ」
幽術師による決闘の勝敗によって物事の交渉の決着とすることは現代でも珍しくない。特に貴族などの格式を重んじる者たちにとってはなおさらである。そういう者たちにとっては連合に参加して戦い方が周知されることは極力避けたいことなのだ。
「いろいろ難しんだね」
オウカがぽつりと呟くも、
「そういう家だから仕方がないって。私だけじゃなくてお姉ちゃんも、お母さんもそうなんだから」
とカノンは快活に笑って見せた。
*
「よっし! いよいよ実戦訓練だぜ!」
動きやすい服装に着替えたオウカたち生徒が集められたのは大闘技場と呼ばれる施設だった。その名の通り中央に競技スペースである決闘場があり、それをぐるりと取り囲むように多数の観客席が備えられていた。オウカたちが集まっているのはその決闘場である。これから生徒の多く――ロキにとっては特に――が待ち望んだ実際に決闘を通じて行われる授業が始まる……のだが。
「先生はいないのかな?」
オウカが怪訝な顔をしてそう言葉を発する。生徒たちは続々と決闘場に集いつつあるのだが、肝心の教練係たる教師が現れない。
「何をするか知らないけど、下準備にでも手間取ってるんじゃない?」
カノンはそう言って陽気に鼻歌を歌っている。彼女もどうやらこれから始まる授業を楽しみにしているようだった。
「準備か……、僕らの前にも実戦訓練の授業は行われたんだっけ」
「ああ。聞いたところによれば生徒同士で体を動かしたみたいだな。競技用の武具も用いて、幽溌外装も発動させての本格的なものだったらしい」
「へえ、なら武具の用意に時間がかかってるのかな」
「かもな。……おっと、どうやらそろそろみたいだぜ」
ロキが周囲の様子を見てそう言った。オウカも同じように見ると、観客席にぞろぞろと人が入っているのに気がついた。
「あ、ゴリラの先生がいる。ほらあそこ」
カノンが指さす先にはディカルドの姿があった。近くにはダリアもいて、観客席に入っているのは学園の教師らしかった。事情を知った風なロキが言う。
「実戦訓練の初日はどうも各生徒の適性を見るために複数の教師で評価するらしい。それで後に指導させる担当教師を決めるんだと」
すると話をする三人に向かって声が投げかけられた。人を馬鹿にするような、鼻につく声。
「楽しみだよなあ、お坊ちゃん」
真っ先に反応したのはロキだった。声の主を確認するまでもなく、
「……レボルス。お前も同じグループかよ」
と苛立ち紛れで言った。レボルスは相変わらず二人の生徒を引き連れており、相変わらずの不愉快な笑みを浮かべていた。
「そんなに暗い顔をするなよ。俺もお前も、このためにここに通ってるんだからさ」
「そうだな、なんだったら俺がウォーミングアップがてらに稽古をつけてやろうか?」
またも両者の険悪な空気が張りつめる。ピリピリとした雰囲気に周囲の生徒も注意を引かれているようで、ロキとレボルスを中心に人だかりが作られていた。
「あーあ、結局こうなっちゃうのよねー」
カノンは頭の後ろで手を組んで呆れたようにぼやく。止めるつもりはない、という姿勢だろう。場所は奇しくも決闘場である。それがロキとレボルスの気持ちを高ぶらせているのか、二人は今にも飛びかかっていきそうに見える。だが、
「なにをしている」
突如として降りかかった声によってその空気は打ち払われた。決して大きくはないが、鋭くよく通る声。そしてオウカには聞き覚えのある声だった。
(千歳先生か、いいタイミングだ)
声の主は八重であった。相変わらずのスーツ姿であるが、異なる点として一振りの刀――オウカがリッチグラウンドで助けられたときに持っていた刀を手にしていた。彼女は側に一人の上級生らしき女子生徒を連れて決闘場に上がり、そして八重の横槍によって幾ばくか熱が冷めた様子のロキたちに、
「そんなに暴れたいなら後で好きなだけ暴れさせてやる。それまで待つがいい」
とだけ言って次はすべての生徒に向けて言葉をつなげた。
「今から始める実戦訓練の担当をする千歳八重だ。各自、まずはあそこから自分が好きな武具を取ってこい。入学時に持ち込んだ自前の武具がある者はあちらから受け取れ」
オウカは八重の指示通りに武具の並べられた大闘技場の一角にやってきた。ロキとカノンは自身の武具があるようで、オウカとは別の場所へと向かっている。
(へえ、いろいろあるんだな)
剣や槍のような武具らしい武具をはじめ、おおよそ戦いには向かないような鎌や小さなナイフなど、多種多様な品揃えだ。生徒たちは各々が思い思いの武具を手に取ってどれにするかと品定めをしている。案内役として一緒にいるヒューマノイドが言うには、
「競技用のため刃は潰してあります。幽溌外装によって内蔵された幽核が反応しない限り、危険性は低いので安心してお選びください」
とのことだった。オウカが選んだのはオーソドックスな剣だった。軽量で振りやすいシンプルな剣だ。
コード・ナインとして育てられた際にはあらゆる物を武器として使えるように訓練されたため、特に戦うための得物に制限はない。その上で剣を選んだのはシルフィと出会った時に手にしていたのが剣だったからという理由だけだった。
選んだ剣を手に戻ってみると、ロキとカノンが先に待っていた。ロキは両手に鋼のような籠手をはめており、カノンは両足に黒色のロングブーツを履いていた。どちらも一風変わった武具だ。
「二人とも専用の武具を持ってるんだね」
「うちは代々これを使う戦闘術を叩き込まれるからな。カノンもそうだ」
「まあねー。足技には自信あるよ」
そう言ってロキはがちゃりと籠手を鳴らし、カノンはぐるりと華麗な回し蹴りを披露して見せた。
やがてすべての生徒が各自の武具を手にしたのを見計らって、八重は再び彼らを集めて言った。
「ではこれより訓練を始めるが……その前にこいつを紹介しておこう。おい」
八重は一緒に連れていた上級生を呼んだ。ぴょんと前にジャンプして出た彼女は身の丈に合わない――剛剣というべきだろうか、巨大な剣を携えながら頭を下げて挨拶をした。
「今日の授業のアシスタントを務めるウィステル・ボーラ、二年生でーっす。よろしく! 気軽にウェステルって呼んでいいよ! それからね――あだっ」
活発で口早にまくしたてるウェステルだったが、背後から後頭部目掛けた八重の手刀を受けて閉口した。
「アシスタントが出張るな。……さて、これから君らには私と……このうるさいのを相手に試合をしてもらう。どれほど戦えるのかを見るためだ」
ロキの話では他のクラスは生徒同士で試合をしたという。しかし自分たちは教師と、上級生を相手にしなければならない。その思いからか生徒一同の中でざわめきが起こる。大多数の視線はウェステル――そして彼女の持つ剛剣に集中する。確かにウェステルは上級生、かつ見た目の派手な剛剣は見るだけで物怖じしてしまう。しかしこの中でオウカだけは知っている。千歳八重という女性こそ最も恐れるべき相手だと。
(ついていけるのか? あの速度に)
リッチグラウンドで見た閃光のような斬撃、それに対峙しなければならない。オウカの頭は自然と彼女との戦闘をシミュレートし始めた。あの日目にした斬撃をイメージし、それに自身がどう対処すべきかを探る。
(いけなくはない……か?)
というように考えていると、レボルスが生徒の集団より一歩前に出て言った。
「それじゃ、順番は俺から始めちゃもらえないですか。他の奴らの稚拙な戦いなんて見てられないんでね」
そういってレボルスは手にしている、ウェステルのものに引けを取らず大きな戦斧を振り下ろした。地面に打ち付けられた戦斧は激しい音を立てて場にいる者を威嚇する。生徒の中から小さく悲鳴が上がった。しかし目の前で戦斧を振り下ろされた八重は眉ひとつ動かさずに、
「順番? 何か勘違いをしているようだな。誰が一対一でやると言った」
「え?」
レボルスが素っ頓狂な声で聞き返した。様子をうかがっていたロキが何かを察したようで、
「まさか……」
と呟く。次の瞬間、八重とウェステルが一気に身構えた。そして八重は言う。
「これは私たち二人と、諸君ら四十人との勝負だ」