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妻はいつしか浅い眠りに漂い、過去の場面に再会する。あれは夫を紹介された呑み会。その帰り道、夫が送ってくれた夜の道。
出会ったばかりの二人の会話は途切れがちだった。もとより、二人とも饒舌とは言いがたい。
夜空には点々と星が輝いていた。雲はほとんどないのか、都市部にしては珍しいほど多くの星が見えた。
彼は喉を見せて夜空を見上げ、何気なく切り出した。
「……星空を見上げると、昔、保育園でやった合同葬を思い出すんです」
「ごうどう、そう?」
「ええ。俺が年長組だった時、園長先生が亡くなって。それと同時期にヒヨコ組だったトモちゃんっていう子が事故に遭って亡くなったんですよ。それで、保育園側で二人分合同で葬儀を行なったんです」
「ああ、合同葬ですか。でも何で星空なんですか? 夜に行なわれた……はずないですよね」
「ええ、行なわれたのは昼間だったんですけど、保育園の先生が『二人はお星様になりました』って言ったんです。あの頃はまだ、そう言われれば本当に星になったんだと思いこんでました」
「そうですね、私も言われるままに鵜呑みにしてたかも、あの年頃は」
そこで短い沈黙があった。彼は、夜空を見上げながら思い出す。葬儀が行なわれた日の夜、父に肩車されながら、普段の、身長相応の目線より高い位置から見上げた夜空。園長先生は大人だからきっと大きな星になったのだろう。トモちゃんはまだ三歳だったから、きっと小さい星になって輝いている。園長先生の星は、同じ頃に亡くなってしまった可哀想なトモちゃんの星を守るように、近くに寄り添って輝いているに違いない。……
「もう、あの頃みたいな信じ方はできないんでしょうけど、……でも、もし亡くなった人が本当に星になると、もう一度信じられるなら」
彼はそこで言葉を区切った。一拍置いた後に続く声は、彼女に聞こえなくてもいいと思っているかのような微かな声だった。
「もし本当に人が死んで星になるのなら、空から俺を責めていて欲しい」
「……え?」
彼女の耳には、彼の言葉はかろうじて聞き取れていた。けれど言葉の内容が重そうに感じられ、咄嗟に訊き返していた。彼は当然のように話題を切り替えた。
「こうやって星空を見上げていると、何だか足が地面から離れていくような感じになりますね」
「え? ええ、何となく浮いてくる感じ、しますよね」
「でも人間は重すぎて飛べないかな」
「羽もないですもんね。飛べるのは心だけなのかな、飛行機とかは別として」
「そうですね、……心は飛べるかな」
彼は懐かしそうな眼差しを夜空に向けていた。彼女は彼のことを、少し変わった感性の人なのかもしれないと思った。少し、感受性の強い性格の人。重いものを一人で抱えようとする人。
「飛べたらいいですね」
彼女はそう言って、そして彼女の自宅に到着することで会話は終わった。彼女が「ありがとうございました」と頭を下げ、彼が「いいえ、こちらこそ、今日はどうも」と頭を下げ返し、そして「おやすみなさい」と言い合って二人は別れた。
彼女は自宅に入って自室に向かいながら、彼が一人になった帰り道でも星空を見上げている姿を想像した。本当に見上げているような気がした。
浅い眠りはふつりと途切れるように目覚めの時を迎えさせ、妻はぼんやりと室内を見回した。
日射しはまだ弱まってはおらず、かといって太陽が姿を覗かせている様子もない。時計を見ると午後二時半頃だった。
今日は定時で上がれたことにして、いつもより少し早めに病院へ行こうか。そう思いながら、妻は前髪をかきあげ、頭を一度振り、タバコの箱をたぐり寄せる。とりあえず一服して、それから遅めの昼食にしよう。
それにしても、なぜ今さら夫との出会いの頃など夢に見たりしたのだろう。
妻は訝しく思いながらタバコをくわえ、けれど記憶は芋づる式に辿られてゆく。思い出すのも忌わしい、真夜中の告白まで。




