森の少年
ある所に真っ白な空間があってそこに一つの存在がいた。
彼は独りだった。
彼は白い空間も自分自身であると悟り独りぼっちであることに悲しみを覚えた。
彼は世界を作り人を創った。
しかし彼は人も世界も自分自身であると悟りまた悲しみにくれた。
彼は自分以外の存在を作るために世界をいきなり出現させるのではなく、
光→宇宙→星→人、という順番で段階的に創った。
そこから世界に「過程」が生まれた。
次に彼はネジが一つ抜けた人間を創った。
そして彼は人間に「自由」と「責任」を与えた。
自由には無限の欲望とそれを叶えることができる体があり
責任にはネジを必ず探し出さなければならないという使命があった。
彼は最後に全てのものが自分の元へ帰ってくる事を夢見て宇宙の裏側で待ち続けることにした。
人間の心の中にはぽっかりと穴が空いていて、人間は何千年 何百年かけてそ穴を埋めるためにもがいている。
穴が埋まれば幸福になれると皆が信じていた。
ある者は化学的発展こそ幸福の道とし研究に没頭、またある者は禁欲こそ幸福の道と教えを説き、またある者は人間の存在こそ幸福を邪魔しているとして集団自殺を試みる。
僕達の住んでいるオアシスの国もきっとそんな馬鹿げた人たちによって創れた。
僕達の国は緑豊かで周囲は森に囲まれており水も豊富に取れる。しかしそれ以外の国土は全て砂漠であり、僕達が住めるのは砂漠の丁度真ん中にあるこの場所だ。
外から始めて訪れる人達は砂漠の中に広がるレンガ造りの西洋風の街並みに衝撃を受ける。
僕はこの不思議な国で家事代行をしている。
依頼されれば何処へでも行き、掃除に洗濯、料理に赤ん坊のお世話まで承る。
今日は朝早くから常連のおばさんの所へ家事代行に行く。
自転車を走らせおばさんの家に着くと、扉の前でおばさんの子供が待っていてくれた。
子供の名前はイマノ、遊び盛りな男の子で今年で8歳になる。
朝から元気いっぱいという感じで僕に駆け寄ってきた。
「なあマイリー戦争ごっこの続きやろうぜ!」
イマノは僕の前をピョンピョン飛び跳ねながら急かす。
その様子を見ていたおばさんが家から出てきてイマノを注意する。
「こら!マイリーは仕事があるんだから!困らせるんじゃないよ」
マイリーというのは僕のあだ名で本当の名前はマリ、僕はいつも笑ってるから、スマイリー なマリでマイリーというあだ名が付いた。
金髪なのもスマイルマークのそれっぽい色だ。
おばさんはイマノを抱き上げ僕を家に招いた。
僕は食事の準備に取り掛かり、おばさんは大きなテーブルで藁カゴを編む。
おばさんは藁カゴの納品の締め切りが近づくと決まって僕に家事代行を頼む。
おばさんが世間話を持ちかける。
「そう言えばマイリーあんた毎日森に入ってるだろ?」
「はい そうですよ」
「最近じゃ森に出入りしている観光客も増え始めて、グリムさんも困っていたよ」
「ハハハッそうですかグリムおじさんも大変ですね」
「グリムさんからマイリーに頼まれごとが来ているよ、『森のハイキング道の木の実を片っ端から収穫してほしい』って」
グリムおじさんは森を管理している人でよくお世話になっている人だ。
僕はできた料理を皿に盛り付けテープルに運んだ。
おばさんは仕事の手を止めイマノを呼びつけ食事をした。
仕事は夜の6時に終わり僕はイマノの相手でクタクタになりつつもグリムおじさんのもへ自転車を走らせた。
グリムおじさんの家は森のすぐ近くにあって、おじさんの許可なく森へ入ることは出来ないようになっている。
でも最近無断で忍び込む観光客が後を絶たない為 仕方なく森をハイキングコースとして提供しているのだ。
僕がおじさんの家のドアを開けるとテーブルの椅子に座っているおじさんがいた。
おじさんは大きな体を起こし伸びきった武将髭を掻きながら僕に着かずいてきた。
「来たかマリ、客を受け入れてから森の木の実が食い散らかされて気分が悪い、すまんがあるだけ存分摘み取って来てくれ」
おじさんはそう言って僕に大きめの布の袋を手渡した。
おじさんは仕事の報酬の代わりに収穫した木の実の半分をもらっても良いとのことだった。
食費が浮くのは助かる。
僕はおじさんにお礼を言って森に入った。
森の中はロープで仕切られた険しい道と整備されたハイキングコースとで分かれている。
そのため僕も安全に収穫ができる。
観光客が勝手に取って食べ散らかしたような跡もある。
僕は袋いっぱい木の実を収穫し終えると休憩の為に昔のお気に入りの場所に行くことにした。
大きな蓮の葉の浮かぶ美しい池。広いスペースもあり涼しくて良い場所なのだが客が来てから進入禁止になってしまい行けなくなっていた。
池は当時のまま綺麗できっとグリムおじさんが手入れをしてくれているのだろう。
僕が袋の中の木の実を取り出し池の水で洗う、すると遠くから黒く大きな蓮の葉が近ずいて来るのが見えた。
最初は気にしなかったが蓮の葉が目の前にきたあたりで蓮の葉の真ん中だけが盛り上がった。僕はその黒い蓮の葉と目が合った。
僕はそれが動物だと悟り、同時に蓮の葉度と思ってきたものは頭の髪の毛が円形に広がったものだと分かった。
僕はゆっくり後退りながら水につけている木の実を引き上げる。
その瞬間その生き物は魚のように飛び跳ね両手を伸ばして襲いかかってきた。
生き物は僕に目もくれず木の実の入った袋を奪い取り、その勢いでゴロゴロと転がっていった。
後を追うとその生き物は木に頭をぶつけて悶絶していた。
よく見るとその生き物はイマノと同じくらいの小さな裸の男の子だった。
男の子は痛みが和らいだのか袋の中の半分潰れてしまった木の実を食べ始めた。
僕はその様子をただ呆然と見ていた。
男の子は食事が終わると四つん這いのまま池に戻ろうと歩き出す。
その頃には僕の心は恐怖ではなく好奇心に変わっていた。
「ちょっと待って!君どうしてこんな所に?」
僕の呼び止めに男の子の足がピタリと止まりこちらを振り向いた。
男の子と目が合った。
青く澄んだ瞳に僕は微かな懐かしさを覚えた。
男の子は何か言いたげに口を大きく広くが思いとどまる様にまた口を閉じ、そのまま池に帰ってしまった。
僕は諦めて木の実の汁で血染めのようになった袋を拾い帰った。
次の日、昨日と同じ時間にまたあの池を訪れた。
今度はリンゴを二つ持って。
僕が池にリンゴを浮かべると昨日と同じ黒い蓮の葉が現れた。
今度は襲いかかるでもなく静かにリンゴを受け取り、数秒こちらを見つめるだけで
そのまま去っていく。
僕はなんだか嬉しくなった。それからというもの僕は池に毎日通いつづけた。
彼は果物は受け取ってくれるのだが相変わらず無口で最低限の行動しかしない。
それでも嬉しかった。
そうこうしているうちに3ヶ月の月日が経った。
今日は仕事がない日だというのにあいにくの雨、家にこもっているしかできない。
僕がボーと窓の外を見つめているとグリムおじさんが家に尋ねてくるのが見えた。
僕は慌てておじさんを家に入れてやり 紅茶の用意をした。
(こんなさ寒い日に何の用だろう?)
おじさんはいつもより深刻な表情で椅子に座り紅茶を一口だけ飲んだ。
僕が向かい側に座るとおじさんは話し始めた。
「最近森に果物を持ち込んでるみたいだが動物でも飼っているのか?」
おじさんに男の子のことは話していない、僕は誤魔化すようにニッコリと笑い答えた。
「最近友達と森の中で果物を食べるのがブームなんです」
おじさんは顔をしかめた。
「その友達ってのは8歳ぐらいの長髪の男の子か?」
「!!!しっていたの?」
「隠すことはない、あの子は俺の息子だ。名前はウルルっていうんだ」
おじさんはまた紅茶を飲み一息いれ話を進める。
「マリは水霊を知っているか?」
「はい知っています」
「あの子は水霊なんだ」
水霊とはこの国で古くから読まれている絵本に出てくる水の妖精のことだ。
「お前にこの国とあの子についてはなすひつようがある」
おじさんの話によると。
昔 砂漠を流浪する民族がいて彼らは水を得るためにオアシスを出現させる儀式を行った。
その儀式とは特別な体質をもつ子供(水霊)を井戸の中に落すというもので水霊の体から流れる水でオアシスをひつげんさせるというものだ。
水霊は必ず100年で寿命を終え100年後にはまた新たに水霊が生まれる。そうやって100年お気に儀式を行いながらこの国は栄つずけた。
おじさんの子供ウルルは10年前の干ばつの時に生贄に選ばれた。
だけど井戸に落とすのは心苦しいとおじさんは何年もかけて井戸につながる水脈を見つけ出しそこを息子の生贄の祭壇にしたのだそうだ。その祭壇の場所があの蓮の池。
この事実はおじさんと国長様しか知らない。
おじさんは紅茶を全て飲みほし話をつづける。
「だが最近になって外国の王族様がこの国にダムの水を提供するとか言い出してきやがった」
僕は首を傾げた。
「?いい事じゃないですか、水があれば儀式を行う必要もなくなる」
僕の言葉におじさんは机をただきつけた。
「あいつら水を提供する代わりに水霊を引き渡せとか言いやがった!!俺はそれはできないと言ったんだ!そしたらよ・・・・」
「・・そしたら?」
「国長がきて森全体を観光スポットにするから諦めろってよ・・・・お貴族どもの見世物になるか王族のペットになるか選べだと」
僕はウルルに会えなくなるかもしれない悲しさと大人たちの厭らしさを感じて気持ち悪さに襲われた。
僕は紅茶を一気に飲み干しおじさんに何か良い方法をないか訪ねた。
「何かいい方法はないの?」
「・・・・お願いだ!マリはウルルを連れて砂漠の外に逃げてほしい!!」
おじさんは深々と頭を下げた。
僕は慌てて止めに入る。
「やめてください!頭を上げて」
おじさんは頭を上げるがその顔はしわくちゃで今にも泣き出してしまいそうだ。
「すまん・・・・顔の割れている俺じゃすぐ見つかっちまう、こんなこと頼めるのはマリしかいない」
僕はにっこりと笑った。
「いえ、むしろ僕は嬉しいです。ウルルと一緒に暮らせるのだからこんな魅力的な提案はありません」
僕は16歳の今まで一人暮らしをしていて家族とあまり触れ合ったことがない、そんな僕に弟ができるのだからこんな嬉しいことはない。
僕の返答にグリムおじさんの険しい顔が満々の笑顔に変わった。
「あるがとう!そうか!ならすぐに結構だ」
その夜、僕とおじさんは大きな荷物を持って森に入った。
雨上がりでぬかるんだ道を歩きようやくウルルのもへ着いた。
ウルルは池に足だけ入れてちょこんと座っていた。
おじさんはウルルに話しかける。
「ウルル、ちゃんとご飯は食べたか?いつまでも裸じゃ寒いだろう」
おじさんはウルルを立たせるとカバンから服一式を取り出し着せてやった。
水霊は寒くても凍死したりしないそうだが親の目からは心配なのだろう。
おじさんはウルルにこれからのことを伝える。
「ウルルは今からあの兄ちゃんと暮らすんだぞ、お前はもうここにい続ける必要はない、お前がいなくても水は手に入るようになった」
ウルルは困ったような表情を浮かべて言った。
「お父さん ごめん・・・・一度儀式を行えば止めることはできないんだ」
グリムおじさんはその事実に何も答えることはできなかった。
きっとおじさんは水さえあれば儀式をいつでも放棄できると思っていたのだろう。
ウルルは軽く微笑み僕に手招きする。
僕が近ずくとウルルは僕の両手を取りさっきよりハッキリと笑って言った。
「兄ちゃんか・・・フフッ・・大きくなったねマリ」
僕は名前を知っていることに驚いた。
ウルルはしばらくの間黙り込んだ後深く深呼吸をして僕の目を見て言った。
「マリが本当に僕と一緒に居たいと思うなら方法はあるよ。けれどマリ自身に責任が伴う
それでも良い?」
「その方法って?」
「マリの体で儀式を行う」
「それじゃあ責任って?」
「それは分からない」
僕は数秒だけ考え、そしてウルルの提案に乗ることを決心した。
ウルルの言っていることはよく分からないが方法があるなら賭けるしかない。
「良いよウルル 僕は君を信じる!」
ウルルは笑った。先ほとよりも強く愛らしく僕の両手を強く握りしめて。
「うん ありがとマリ、僕も君と一緒に居たい!」
突然ウルルに握られて居た両手が青い光を放ち全身を包んだ。かと思うと今度は全身から止めどない水が溢れ出て森に濁流を起こした。
光からウルルをの声が聞こえてくる。
「悲しみに満ちた僕の弟、心の中にあいた井戸より深い穴、僕の心で満たしてあげる」
その言葉を来たのを最後に僕は眠りについた。
(ああ思い出した。僕はウルルの、、、、、、)
気がつくと僕は自分の部屋のベットで眠って居た。
外はすっかり朝だ。
隣でグリムおじさんがベットの横の椅子に座っているのに気がつき声をかけた。
「おじさん?あの後どうなったの?」
おじさんはハッとして僕の顔を見て言った。
「起きたか心配したぞ、マリが気絶しちまって中々起きねえもんだからここまで連れて来たんだ」
「そうなんだ・・・お兄ちゃんは?」
「お兄ちゃん?誰だそれ」
「あっ・・いやウルルは大丈夫だったの?」
「あいつなら台所に、、、」
僕は恥ずかしさを隠しつつベットから這い出て台所へかけていった。部屋の扉を開けると何やら香ばしい香りが立ち込める。
「おはようマリ、疲れただろう?ご飯にしよう」
ウルルの声がする台所に向かうとそこにはチーズスープを作るウルルがいた。
その姿に僕は泣いていた。涙が止まらなかった。
懐かしさ、悲しさ、嬉しさ色々なものが入り混じって訳がわからない。
それでも僕は笑顔をつくり今の気持ちを伝えた。
「おはようお兄ちゃん、そしてお帰りなさい」
〜〜。〜〜
僕がまだ3歳の頃に君が生まれた。
窓から見える君の寝顔を見て一目惚れをした。
僕は君の顔が見たくて親に内緒でよく君の家を訪れていた。
君は僕の顔を見るたびに泣くもんだから困ってしまった。
そんな時きみのお母さんがあやし方を教えてくれた。
それ以外にもオムツの変え方やミルクの作り方も教えてもらって僕と君はすごく仲良くなれたんだ。
君が初めて立った時や 僕のことを『にいに』って呼んでくれた事も今なら全部思い出せる。
君が3歳になってすっかり物を食べられるようになった頃、君のお母さんからチーズスープの作り方を教えてもらった。
僕は初めての料理と最初に君が食べてくれたことが嬉しくてよく作ってあげてたっけ。
あの時、蓮の葉の池で君と出会っていなければ大切な思い出を失うところだった。
(、、マリ)