Voyage.6
コクピットの自動ドアが開き、ハヤトたちが入ってきた。
そしてモニターの前に立つ。
「…来てくれたか」
モニターの向こうの関根支部長が言う。
「はい」
「…まずはご苦労だった。詳しい話は先ほど大和君に聞いたが、レイ君の様子はどうだ?」
「いや、別にこれと言って今のところは」
「そうか。今、そこにレイ君がいるんだね?」
「はい」
「それじゃ、彼女を呼んでくれないか」
それを聞いたハヤトがスッと身をどけると、レイがモニターの前に立った。
「レイ君、無事で何よりだった」
「すみません、支部長。ご迷惑をおかけして」
「迷惑だなんてそんな…。それよりも大和君から聞いたが、記憶が戻ったらしいね」
「はい。それまでわからなかったことを全部思い出して」
「それでは、この男性に見覚えは無いか?」
そういうと向こうのモニターに一人の男性の姿が映った。
その男の顔を見て息を呑むレイ。
「…レイ」
モニターの向こうの男性がレイに話しかけた。
「…私だ、レイ。わかるか?」
その場に一瞬の沈黙が流れた後、レイははっきりと答えた。
「…わかります、お父様」
「…そうか、わかるな」
「…お父様? ってことはこの人は…」
マリアが言うとサリーが、
「そのようね。レイのお父さん、ってことね」
「…とにかく鷹城君、詳しい話はこっちで聞きたい。君のほうも予定では明日にはこっちに戻ってくるそうだな」
「ええ、そうなっていますが」
レイに替わったハヤトが答える。
「詳しい話はこっちに戻ってから聞きたい。大変だろうが戻ってきたら私のところに来てくれないか」
「わかりました」
*
そして翌日。
SJ-099が帰還し、乗組員の7人が報告のために国連宇宙局日本支部の建物に入ってきたときだった。
「…あ、シイナ乗組員」
局員の一人がレイを呼び止めた。
「…なんですか?」
「まずはミッションお疲れ様でした。それでなんですけれど…」
「お父様のことですか?」
「ええ、支部長がお待ちです。それで鷹城艦長も一緒に来て欲しいと言うことなんですが…」
「オレが?」
「心配すんな。オレが代わりに報告をしておいてやるからよ」
ダイゴが言うと、
「じゃ、お願いします、先輩」
そして二人と5人に別れ、ハヤトとレイは支部長室に向かった。
*
支部長室に入ると、二人の男が部屋の中にいた。
「…来てくれたか。まあ、座りたまえ」
そして関根支部長は二人に椅子を勧め、二人が椅子に座る。
「…いろいろと聞きたいことはあるんだが、まずはミッションご苦労だった。それで、レイ君を呼んだのはなぜだかわかるね?」
「…はい」
「それならいいんだが…。いや、君たちが例の事件に巻き込まれる少し前に、この男性が我々のところに来て、SJ-099に搭乗しているシイナ・レイと言う女性が自分の娘ではないか、と言ってきたんだ」
「そうですか…」
「それでいろいろと我々もこの人から事情を聞いたんだが、レイ君の特徴とその娘さんの特徴がよく似ていることや、その娘が行方不明になった時期が君たちがレイ君を保護したのとほぼ同じ頃のことなんだ。それでいろいろと調べてみようと思っていたら例の事件が起こってレイ君の記憶が戻った、と言う話を聞いたんだが…。それでレイ君、君に聞きたいんだが、君は鷹城君たちに保護される前にあるボランティア・サークルの活動のためにコロニーに行っていた、ということだね」
「はい、間違いないです」
「そして君は事件に巻き込まれ、記憶の大部分を失った状態で保護された。その後、君の身元がわからない状態だったので、鷹城君が全責任を持つ、と言うことで君をSJ-099の乗組員として世話をした。話を聞いてみると、君が乗り組んでいた間、鷹城君たちもいろいろと助けられた部分があったようだね。正直言って、私もそのことに関しては君にお礼を言いたいと思っている」
「いえ、お礼だなんてそんな…」
「…それで君の身元の手がかりになりそうだったのが、君が肌身離さず持っていた、その『シイナ・レイ』と名前の刻まれたペンダントとブレスレットだ。私も鷹城君から話を聞いてからできる限りのことをして、何とか君の身元がわかるようなことが無いか、と探していたんだが…」
と、それまで黙っていた傍らの男性が、
「…レイ、ちょっと見せてくれないか?」
「はい」
そう言うとレイはペンダントとブレスレットをはずして男に見せる。
男はそれを見ると、
「…やはり、間違いないな」
「ええ。お父様があたしの誕生日のプレゼントとしてくれたものですよね」
「…じゃあ、レイが艦の中で話していた、事業家の娘だというのも…」
ハヤトが言うと関根支部長が、
「どうやら、本当のことのようだな」
「…とにかくよかったな、レイ。身元がわかって」
レイは何も言わずに頷く。
「…それで、お嬢さんをどうするつもりですか?」
関根支部長が男に聞く。
「とりあえず、家に戻らせようと思います」
「…そうですね。私もそれがいいと思います。鷹城君はどう思う?」
「どうと言われても…。レイの記憶が戻って身元がはっきりした以上、我々が彼女についてどうこう言う立場ではありませんから」
「…それで、レイ君自身はどう思うんだね?」
関根支部長の問いにレイはすぐには答えなかった。
そして、どのくらい経っただろうか、
「…わかりました。お父様がそう言うのならば」
「本当にいいのか? 君をここにおいていくこともできるんだぞ」
「いえ、いいんです。あたしの記憶が戻って全てがはっきりした以上、ここに残ってみんなに迷惑をかけるわけにも行かないし…」
そう言うとレイは椅子から立ち上がった。
「それでは荷物をまとめてきます。…短い間でしたがお世話になりました」
そしてレイは一例をすると部屋を出ていった。
その姿を見た関根支部長は、
「何と言っていいかわからないが、短い間だったがご苦労だった。月並みな言い方かもしれないが、これからも頑張ってくれ」
それを聞いたレイは無言で頷く。
*
そしてしばらくして荷物を纏め、レイが国連宇宙局の建物を出たときだった。
「レイ!」
その言葉にレイが振り向くと、話を聞いたのかマリアとサリーの二人が駆け寄ってきた。
その後ろには男たち4人もいる。
「サリー…、マリア…」
「…本当に行っちゃうの?」
マリアが聞く。
「…仕方が無いわよ。記憶が戻ったんだし、あたしはもともと準隊員扱いだったんだから、いてもいなくても同じようなもんだし」
「そんなことないわよ!」
マリアが言うとサリーも、
「ねえ、レイ。その…なんて言っていいかわからないけれど、レイが乗るようになってからあたしたちも随分とレイに助けられたことがあったし、だから、あたしたちもレイに感謝しているのよ」
「そう。それはよかった。…でも、これ以上いてみんなに迷惑かけられないし…」
「迷惑だなんてそんな…。短い間だったけどレイと一緒にいられてあたしもサリーもよかったと思ってるわ」
「レイ、いつでも戻ってきていいんだからね。例の席はいつでも用意してあるから」
サリーが言う。と、レイは
「…そういう日が来ればいいけれど」
「レイ、行くぞ」
レイの父親が言う。
「わかったわ。お父様」
そしてレイが出て行こうとしたときだった。
「レイ!」
そういうとマリアがレイに抱きつき、人目をはばかることなく泣き出した。
それを見ていたサリーも二人のそばによるとマリアの肩を抱き、彼女も泣きだしてしまった。
レイはそんな二人を抱きしめる。
彼女の目からも涙が流れ落ちている。
そう、短い間だったとはいえ、この3人は友情を育んでいたようだった。
その3人を見てハヤトたち4人の男たちも寂しさを感じていたのだった。
そしてレイは6人のもとを離れていった。
*
それから1ヶ月ほど過ぎ、再びSJ-099の乗組員たちがパトロールに出発する日がやってきた。
SJ-099のコクピット。
自動ドアが開くと、ハヤトが入ってきた。
「…まだ、誰も来てないのか」
そう、彼自身もいつもだったらこんなに早く来ていないのだが、なぜか今日は早く来てしまったのだ。
「…ふうっ…」
そして大きくため息をひとつつくと、艦長席に座る。
そして出発に備えて整備されたコクピットを見回すと、ある席で視線が停まった。
「…そうか、今日からはまた6人になるんだな…」
そう、その席に座っていた少女はもうここにはいないのだ。
この1ヶ月間ミッションに備えての訓練などで忙しい日々を送っていたので忘れていたが、やはり寂しさは完全には消え去っていなかったようだ。
程なくコクピットのドアが開くと乗組員たちが次々と入ってきた。
「おはようございます」
「あ、おはよう」
「おはようございます」
「おはよう」
「おはようさん」
「あ、おはようございます」
「おはようございます、艦長」
「おはよう」
「おはようございまーす」
「おはよう」
「…おはようございます」
「あ、おはよう…、って。えーっ!」
思わず席から立ち上がるハヤト。
そう、すでにSJ-099にはいない筈の人物の声を聞いたからだ。
そしてあたりを見回すハヤトの視線の先にいたのは…
「レイ!」
そう、彼の目の前には1ヶ月前に艦を降りた筈のレイが国連宇宙局の制服姿で立っていたのだ。
他の5人もレイを見て驚きの表情を浮かべている。
「おはようございます、艦長」
ハヤトの顔を見たレイは再びハヤトに挨拶をする。
「…お、おい、レイ。おまえどうしてここに?」
「はい。シイナ・レイ、本日付をもって国連宇宙局に復職並びにパトロール艦・SJ-099乗務に復帰いたしました!」
そういうとレイはハヤトに向かって敬礼をする。
「…復職したって、どうして…」
「はい。あれから家に戻っていろいろと考えたんですけれど、SJ-099に乗り込む前のあたし、ってなんだかこれと言った目標が無くすごしていたような感じがしたんですよ」
「目標が無く、って…。確かレイはボランティア・サークルにいたんだろ?」
「ええ。でもあたし、本当に自分に納得がいく形でそのサークルに参加していたのか、周りがやっていたからただ回りにあわせて参加していただけじゃないのか、と思って。そんなときにあの事件に巻き込まれて記憶をなくして、みんなに拾われて、SJ-099に乗り込むことになったんですけど、短いながらもなんだか今にして思うと充実していた日々を送っていたような気がするんですよね」
「充実した日々、って…」
「なんて言うのかな。SJ-099にいる間にいろいろなことを学んで、人生の勉強のやり直しをしている感じがしたんです。でも艦を降りてしばらく経ったら、なんだかそれが中途半端な形で終わってしまったような気がして…」
「中途半端?」
「はい。それでとにかくもう一回SJ-099でできるところまでやってみよう、って思って『もっとSJ-099でやりたいことがある』ってお父様を説得したんです。勿論お父様も最初は反対したけれど、結局『おまえがそれで納得いくのなら』ってことであたしの言うことをわかってくれて、復帰手続きとかを取ってくれたんです。それからすぐに復帰許可は出たんだけれど、関根支部長にお願いして、復帰を今日にしてもらったんです」
「今日にした、って…」
「ええ。復帰許可が出たあとにSJ-099の出発日だということがわかって」
「それじゃあ…」
マリアが聞くと
「そう、これからもみんな一緒よ」
「よかったあ…、よかったね、サリー」
「うん」
そう言うとサリーも涙をぬぐう。
そしてその話を聞いたダイゴがハヤトの背中を軽く叩き、ハヤトがそれに応えるかのように頷く。
「とにかくこれからも宜しくお願いします、艦長」
「わかったよ、レイ。…よし、それじゃ、出発の準備だ。全員配置に付け!」
「了解!」
そう言うと6人はそれぞれの持ち場に着く。
「…計器類、異常なし」
「了解。発進準備完了」
「発進許可、出ました!」
そして艦長席のハヤトが大きく息を吸うと、
「パトロール艦SJ-099、発進!」
「了解。発進します!」
そしてSJ-099は宇宙の大海原に向かって飛び立っていった。
(THE END)
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