Voyage.4
「…艦長、もうすぐ次のコロニーに到着します」
通信席のマリアがハヤトに言う。
「よし、着艦許可願いを出せ」
艦長席のハヤトがマリアに言う。
「了解」
着艦準備に入った、と言う連絡を受けたサリーはレイの部屋の前にいた。
「レイ、ちょっといい?」
自動ドアが開き、サリーがレイの部屋に入ると、レイが椅子に座って何か考え事をしているようだった。
「レイ…、レイ?」
ちょっと強い様子で言うと、ようやく気がついたか、サリーのほうを向き、
「あ…、どうしたの、サリー?」
「どうしたの? ここ二、三日考え事をしてるようだけど…」
「ん? な、なんでもない。気のせいよ。それよりどうしたの?」
「そろそろ次のコロニーに着くから、艦長が降りる準備をしろ、って」
「わかったわ、今行く」
そう言うと二人は操縦室に向かった。
*
「艦長、着艦許可が出ました」
マリアが言う。
「わかった。着艦準備に入れ」
それを聞いたハヤトがカズヒトに指令を出す。
「了解」
そしてSJ-099の乗組員はてきぱきと準備を進めていった。
と、そんな中、窓から次に到着するコロニーをレイがじっと見ていた。
「…どうしたんだ、レイ?」
「い…、いえ、何でもありません。ごめんなさい、ちょっとボーっとしてて」
そう言うとレイは他の乗組員とともに着艦準備を進める。
「…それならいいんだが…」
「…そういえば最近、レイの様子がなんか変なんですよね」
その様子を見ていたか、サリーがハヤトに近づいて言う。
「変、ってどういうことなんだ?」
ハヤトが聞くと、
「いえ、なんだかここ数日、じっと考え込んでいるところが多くて…。さっきもレイを呼びに行ったとき、なんだかじっと考え込んでいたんですよ…」
「ふうん、そんなことがあったのか…」
「ええ。ですからあたしもマリアもレイに何かあったのかな、って心配で…」
「…もしかしたら…」
「もしかしたら、って何ですか?」
「…もしかしたら、レイの記憶が戻ろうとしているのかもしれないな」
「…記憶が?」
「ああ、サリーは医学を専攻していたんだからオレよりは医学の知識はあるはずだからわかるかもしれないが、記憶喪失と言うのは、何かのきっかけがあって不意に戻る事だってあるんだろ?」
「ええ。確かにそうかもしれませんが…」
「…何か不安なのか?」
「いえ、その…、レイの記憶が戻ればいいな、とは思いますけど」
「そうか…」
*
程なく、SJ-099がコロニーに着き、7人がコロニー内の様子を見るためにパトロールに出たときだった。
そんな彼らを物陰でじっと見ている者たちがいた。
「…おい、もしかしたらあの女」
「ああ、そうかもしれないな」
「それにしても、何であの女があんな格好をしてここにいるんだ?」
「さあな。でもまあ、あの女がここにいるというのは願ってもないことだぜ」
「で、一体どうするんだ?」
「まあ待て。オレにいい考えがある」
*
ある公園にダイゴ、ユウジ、マリア、レイの4人が乗る車が停まった。
「…何やってんだ、あいつらは?」
そう、ダイゴが向いた方向にはなにやら何人もの男女が集まって何やらやっていたのだ。
「…どうやらボランティアのようですね」
ユウジが言う。
「ボランティア?」
「ええ。何でもあちこちのコロニーを回ってコロニーでの生活に慣れていない人たちを支援しているようですね」
「…ふーん、ちょっと見てみるか」
ダイゴの声に車を降りる4人。
「…あなたたちは?」
ダイゴに気づいた一人が言う。
「…国連宇宙局のものだが」
ダイゴがそう言うと、
「…おや?」
レイの顔を見た一人の男がつぶやいた。
「…どうかしましたか?」
ダイゴが聞く。
「いえ…、何でレイ様が国連宇宙局の隊員の制服なんか着ているのかと思いまして」
「レイ様?」
「…あ、いえ。どうやら人違いだったようですね」
そう言うとその男はその場を離れた。と、
「…おい、ちょっといいか?」
ダイゴがその男を呼び止めた。
「何でしょうか?」
「…その、レイ様、って言うのは何なんだ?」
「ああ、いえ。我々もお世話になっているある方のお嬢様でして。実は彼女も我々のグループに参加していたことがあるんですよ」
「…それで、前にも彼女に似た女がこのコロニーに来たことがあったのか?」
「いえ、我々はいくつかのグループに分かれて行動しているんですよ。私は短い間でしたけど、そのレイ様と一緒に行動していたことがあったんですよ」
「それで、その、彼女はどうしたんだ?」
「ええ、ある紛争地域のコロニーの負傷者の救援活動に向かったっきり、連絡が取れなくなった、と言う話を聞いたんですが…」
「それはいつのことなんだ?」
「さあ…、私も人から伝え聞いた話なのでよくわからないんですよ」
「…そうか、わかった。ありがとう」
そう言うとダイゴはその場を離れた。
「…何を話していたんですか、副艦長?」
助手席に乗り込んだダイゴにユウジが話しかけた。
「ああ、いや…、なんでもない」
「そうですか」
そう言うとユウジは車を発進させた。
*
「…なあ、レイ」
しばらく走ると、ダイゴが後ろの座席にいるレイに話しかけた。
「何ですか、副艦長?」
レイが答える。
「お前、このコロニーに見覚えないか?」
「見覚え、って…」
「…ハヤトやサリーが言っていたが、おまえ、このコロニーに着くとき、じっと見ていたそうじゃないか。もしかしたら見覚えがあるんじゃないか、って思ってな」
「…」
レイは黙ったままだった。
「…どうした?」
「…それがよくわからないんです」
「わからない?」
「…どこかで見たことのあるような気もするし、見たことがないような気もするし…」
「…そうか。…まあ、仕方がないな。わからなくて当たり前なんだ。そう気にしなくていいぞ」
「…いったいどうしたんですか、副艦長?」
「だからなんでもない、って言ってるだろう」
とは言うものの、どうもダイゴはさっきほどの男の話が妙に気になっていたのだった。
(…後でハヤトにだけは話しておくか)
*
そしてある路地に着いたときだった。
「…このあたりか? なんだか最近いろいろと揉め事が起こっているところ、というのは?」
「ええ、そうらしいですね」
「ちょっと調べてみようか」
「はい」
そして自然とダイゴとユウジ、マリアとレイ、という二手に分かれて彼らは歩き出していた。
*
マリアとレイがどのくらい歩いただろうか、二人は狭い路地に出た。
「…誰もいないね」
マリアがレイに言う。
「そうね。この辺で何かあっても気がつかない人が多いでしょうね」
そして二人が路地から通りに出たときだった。
何人かの男たちが突然二人に駆け寄ると、一人の男がレイの口をふさいだ。
「へへっ、まさかこんなところであんたに遇うとはな!」
そう言うと男たちはレイを車に押し込もうとする。
「レイ!」
マリアが叫ぶと、男たちに駆け寄り、
「やめなさい! レイになにするの!」
そういうとマリアは男たちにつかみかかった。
「何するんだ、コイツ!」
何とかマリアは必死に男たちからレイを引き離そうとするが、やはり女、ということもあって非力なところがある。
「おい、何やってんだ、早くしろ!」
「ええい、面倒だ、この女も一緒にさらっちまえ!」
と、一人の男がマリアに手を伸ばしたそのときだった。
「…おまえら、何やってるんだ?」
向こう側から大きな声が聞こえた。
「…やばっ、早くずらかるぞ!」
そう言うと男たちはレイを車に押しこむと、そのまま走り去ってしまった。
「レイ!」
マリアがそう叫びながら車を追おうとしたときだった。
「…マリア、どうした!」
そう言いながらマリアの元に駆けつけたのはダイゴだった。
「あ、副艦長。レイが…、レイが…」
そういうマリアの目からは涙がこぼれ落ち始めた。
「レイがどうしたって?」
「今、何者かに連れ去られてしまったんです」
「何だって? それで、どっちの方に行ったんだ?」
「あっちのほうに…」
そしてマリアが指差した方向を見るダイゴ。
「…よし、オレは後を追う。ユウジ、マリアを頼む! それと、オレからハヤトたちにもここに来るように伝えておくからな」
「はい!」
そして運転を替わったダイゴは車が立ち去った方向に向かって走っていった。
*
それから程なく、マリアとユウジの元にハヤトたち3人が駆けつけてきた。
「マリア、大丈夫?」
サリーがマリアの元に駆け寄って聞く。
「う、うん」
「…レイが誘拐されたって本当か?」
ハヤトがユウジに聞く。
「そうらしいですね」
「それで、先輩は?」
「マリアの話を聞いて、副艦長はレイをさらった連中を追いかけていきました」
「…艦長、ごめんなさい。もっとあたしがしっかりしていれば…」
マリアが泣きじゃくりながら言う。それを見たハヤトは、
「気にするな。あまり自分を責めるのはよくないぞ。とにかく今は落ち着いて事情を説明しろ」
「ほら、これ使いなさい」
そう言いながらサリーがマリアの傍らに座るとポケットからハンカチを取り出した。
それで涙を拭いたマリアは4人に事情を説明し始めた。
「『まさかここで会うとは』…レイを攫ったヤツらは確かにそう言ったんだな?」
「はい、確かにそう言ったんです」
ハヤトの質問に頷くマリア。
「…いったいどう言う事なんだ? もしかして以前にレイにあったことがあった、ということなのか?」
「…でも仮にそうだとしてもレイは記憶を失っているんだし…」
「そうだな。おそらくレイにとっては何がなんだかわからなかっただろうな」
それから程なく、ダイゴの乗った車が5人の元にやって来た。
「…どうでした、先輩?」
「…だめだ。かなり探したんだが、どこかで行方をくらましてしまったようだ」
「…そうですか。…もしかしたら、これは計画的な犯行かもしれませんね」
「計画的な犯行だって?」
「ええ。マリアの話から考えると、レイをすばやくさらったというのですから、おそらく前もって彼女をターゲットにして誘拐したのではないか、と」
「…待てよ。でもどうやったらオレたちがこのコロニーに来る、ってことがわかってるんだ?」
「…我々のスケジュールと言うのは前々から決まっているし、国連宇宙局から各コロニーに知らせてあるでしょう? 一般人がその情報を知ることくらいは容易なはずですよ」
「…確かにそうかもしれないな。別にオレたちは隠密行動で動いているわけではないし、ある程度の情報はあちこちに流れているからな」
「…それに、このコロニーに来てからの周りのレイを見る様子がなんだか変だったんですよ」
「変だった?」
「いや、実は…」
と、ハヤトはこのコロニーに来る前のサリーとのやり取りを話した。
「そういうことがあったのか…」
「はい」
「…となると、もしかしたらレイの記憶を取り戻す手がかりがそこにあるのかもしれないな」
「オレもそう思います。しかし、そのレイが何者かによってさらわれてしまったし…」
「…どうするんだ、ハヤト?」
ダイゴが聞く。
「…とにかく、今はレイを救出することが先決ですね」
「ああ。確かにそうかもしれないな。とにかくハヤト、何度も言っていると思うが、オレは全てを艦長にであるおまえに任せている。とにかく今はおまえの考えているようにやれ」
「…わかってますよ。とりあえずSJ-099に戻りましょう。支部長にも報告しなければいけないし」
「…そうだな」
「それじゃみんな、いったん戻ろう」
ハヤトがそう言うと4人の男はそれぞれが乗っていた車に分乗し始めた。
「さ、行こう。マリア」
サリーが軽くマリアの肩を叩いた。
その声にマリアは無言で頷いた。
「それにしても…」
「それにしてもどうした?」
ハヤトの言葉にダイゴが聞く。
「考えれば考えるほどレイのことがわからなくなるな…」
「…おいおい、しっかりしろよ。艦長のおまえがそんな風になってどうするんだ。どんなことがあろうと例はオレたちの仲間なんだぜ」
「…そうですね。今はレイを助けることが先決ですね」
*
そして6人がSJ-099に戻ったときだった。
「…?」
普段はサリーたちが座っている通信コンソールに着信があったことを示す表示があったのだ。
それを見たハヤトはヘッドセットをすると、コンソールのキーボードを叩く。
程なく、
「おっ、鷹城くんか」
モニターに関根支部長の顔が映った。
「あ、支部長」
「どうしたんだ、一体? 予定より艦に戻ってくるのが遅かったじゃないか」
「実はその…、レイのことなんですが…」
「…レイ君がどうかしたか?」
「実は…」
そしてハヤトは先ほど起こった事件について説明をする。
「何だって? それは本当なのか?」
「はい。それで支部長に報告しようとしていたところだったんですよ」
「そうか…。いや、実は私からレイ君に聞きたいことがあって君たちに連絡を入れたんだが…」
「レイにですか?」
「ああ。もしかしたら彼女の身元がわかるかもしれない情報があったんでね」
「何ですって?」
(Voyage.5に続く)
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