Voyage.3
ハヤトが「すべての責任は艦長である自分がとる」ということでシイナ・レイと名づけた記憶喪失の少女をSJ-099の乗組員として乗り込ませる、という予想外の出来事はあったが、とにかくそれ以降はたいした事件も起こらず任務を終えて、地球に帰還してからしばらく過ぎたある日のこと。
SJ-099の乗組員に任務が与えられ、3日後の出航に備えてのトレーニングを終えたハヤトは何気なく隣のトレーニングルームを覗いた。
見るとTシャツにハーフパンツ姿のレイがベンチに座って、同じ部屋でトレーニングをしているサリーやマリアの様子を見ていた。
「よお」
そう言うとハヤトは部屋に入り、レイの傍らに近づく。
「あ、艦長」
レイが言うとハヤトの姿に気がついたか、サリーとマリアも軽く会釈をする。
「…どうだ、慣れてきたか?」
ハヤトがレイの隣に座って聞く。
「…ええ。いろいろと覚えることがあって大変ですけど」
「…そうか。サリーもマリアもおまえが加わったおかげで、いろいろと助かる、って喜んでたぞ」
「そうですか」
「それにオレも助かってんだ。おまえが入ったおかげでいろいろな作業が楽になってな」
レイを搭乗させて以来、とりあえずハヤトは彼女に同性のサリーとマリアのサポート役としての任務を与えたのだが、彼女も結構飲み込みが早いようで、二人も「レイがいると何かと助かる」と少女3人でのローテーションを組めるようになりつつあったのだ。
それにサリーとマリアも同じ女性ということもあってか、すぐにレイと仲良くなり、それから3人で一緒に行動しているのを見かけるようになった。
果たして先に乗り込んでいる二人をうまくやっていけるのかハヤトは心配していたが、その点はどうやら杞憂に終わったようである。
「…ところでな、レイ」
「なんですか?」
「…そのペンダント、いつも首にかけているな」
ハヤトはレイが首にかけていたペンダントを指差す。
そう、レイは地球に戻ってきてから国連宇宙局から支給されたドッグタグと共に、いつもペンダントを首にかけているのだった。もちろん左腕には例のブレスレットをしている。
「…そうですね。なんかこれをしていないと不安で。記憶がないあたしのただひとつとでも言うべき存在の証明みたいな気がして」
「存在の証明か…、確かにそうかもしれないな。…ところで、まだ何か思い出せないのか?」
ハヤトがそう聞くとレイの顔が曇った。
「…すみません。そのことを考えると、頭が痛くなってしまうんです」
「うーん…」
そう聞くとハヤトは黙り込んでしまった。
地球に戻ってきてからハヤトは彼女を国連宇宙局内の病院で診察を依頼し、毎日のように見てもらっているのだが、彼女の記憶喪失のほうはこれといった進展がないのだ。
どうやら自分たちが考えている以上にこの少女は、自分が今記憶喪失になっている、ということに苦しんでいるようだ。
もちろんハヤトだってそのくらいのことは十分承知して彼女の面倒を見ることにしたのだ。このことについては医師を目指している、というサリーにも意見を求めたことがあるが、彼女も「とにかく今は様子を見るしかない」と言っていた。
「…まあ、大して気にすることはないさ。何かの弾みで不意に記憶が戻ることだってあるし、オレだっておまえを今すぐどうしよう、とか考えてはいないさ」
「…」
「まあ、とにかく今は自分の仕事をこなせばいいから。今は3日後のミッションのことを考えろ」
「はい」
「頼むぞ」
そう言うとハヤトはレイの方を軽く叩く。
*
そして3日後、何事もなく7人が集まり、SJ−099は再び宇宙の大海原へと飛び立っていった。
そしてこれといった大きな事件もなく、SJ-099はいくつかのコロニーを回っていき、あるコロニーに近づいたときだった。
「…艦長、着艦許可が出ました」
SJ-099操縦室。通信機の前に座っていたレイがハヤトに言う。
「了解」
そして艦長席にハヤトは戻りかけたが、立ち止まると再びレイのほうを向く。
「…どうかしましたか、艦長?」
「いや、なんでもない」
*
それからまもなくSJ-099がコロニーに到着し、7人がSJ-099を降りて国連宇宙局の事務所に来たときだった。
「お待ちしておりました」
係員がハヤトたちを出迎えた。と、
「…この人は?」
ある局員がレイを見て言う。
「あれ、この間隊員見習いでSJ-099に乗せた女の子のことは聞いてなかったか?」
「いえ、その連絡ならこちらにも来ていますが。…そうですか、この女性ですか」
「ああ。まだちょっと慣れていない所があって――といってもオレたちもまだ宇宙に出るようになってそんなになってないがな――。まあ、とにかくよろしく頼むわ」
ハヤトが言うと、
「…おや?」
その局員はレイが胸にかけていたペンダントに気がつくと、
「ちょっと失礼」
そう言うとレイに近づき、そのペンダントをまじまじと見る。
「…どうかしたんですか?」
レイが聞く。
「…これをどこで手に入れたんですか」
「…それは、その…」
「…彼女、記憶喪失にかかっているんですよ」
ハヤトが言う。
「ああ、そうだったんですか…。すみません、ちょっと気になったもんで。では、気をつけてくださいね」
そして7人は二手に分かれてパトロールに乗り出していった。
「…この辺の治安はどうなってるんだ?」
助手席のハヤトが運転席のユウジに聞いた。
「ええ。聞いた話だと、この辺の治安そのものは安定しているようですね。ただ、夜になると若い連中が結構暴れているようですけど」
「まあ、それはどこでも一緒だろ」
そんな会話を後部座席で聞いていたマリアは何気なく自分の隣に座っているレイを見た。
(…あれ…?)
マリアはなにやらレイの様子がおかしいのに気がついたのだ。
そう、彼女はさっきからコロニーの周りの風景を何度も確認するように眺めているのだ。
「…レイ、どうしたの?」
マリアが聞くと、レイがはっとしたように、
「え? …う、ううん、何でもないわよ」
「そう、ならいいんだけど…」
「…何か気になるの?」
「だってさっきからキョロキョロ周りを見回しているから…」
「…なんか見覚えがあるのよ、この風景」
「…なんだって?」
それを聞いたハヤトが思わず後ろを振り向いた。
「…それは本当なのか?」
「…よくわからないんですけど、なんか見覚えがあるんだけど…」
そういうとレイは頭を抑えてしまった。
「…頭が痛い…」
「ああ、すまん。おまえに無理をさせてしまったようだな。…心配するな、少なくともおまえの記憶が戻る手がかりがひとつ見つかったんだ。なあに、あせらないでいいから。何か気がついたことがあったら小さな事でもいいから教えてくれ」
「…わかりました」
そして車はその場を離れた。
それからどのくらい走っただろうか。
不意に彼らの行く先の道で大きなものがぶつかるような音が聞こえた。
「…なんだ?」
「行ってみましょう!」
ユウジの声にハヤトが頷く。
「…艦長、あれは?」
ユウジが指を指した方向には一台のバスがあるビルの壁に激突していたところだった。
「これは…」
そして車が止まるとハヤトは車から降り、近くに立っていた人に、
「…どうしたんですか?」
「あ、あんたたちはもしかして国連宇宙局の…」
「ええ、パトロールをしていたところだったんですが、なにか?」
「いや、なんでも暴走車がこっちに向かってきてバスがよけたところ、激突したらしいんだ」
「それで、病院のほうには?」
「今連絡しに行ってるそうです」
「そうですか…。よし、マリアとレイはここで負傷者の応急処置をしてくれ。オレたちはその車を探す」
「了解」
そして二人は行きかけたが、何かを思い出したかのようにマリアが戻ると、
「艦長、サリーもこちらに寄越してもらうように副艦長にお願いできますか?」
「…よし、それはオレから先輩に頼んでおくから」
「お願いします」
そしてマリアは車の後ろに積んであったファーストエイドキットを取り出した。程なくハヤトが、
「…先輩に連絡が取れた。すぐにこっちに向かうそうだ」
「…ありがとうございます!」
そしてレイが再び車に戻るとファーストエイドキットを持ってやって来た。
「…よし、マリア、レイ。そこは任せたぞ」
「了解!」
そしてユウジのハヤトの乗った車が走り去っていき、二人は負傷者の応急処置を始めた。
「…さてと、サリーが来るまでの間、あたしたちで応急処置をやっとかなきゃ。あたしはこっちをやるから、レイはそっちをお願い」
「OK!」
*
「マリア、レイ、お待たせ」
しばらく経って、カズヒトが運転する電気自動車が到着して、中からサリーが降りてきた。
「…ハヤトはどうした?」
ダイゴが聞く。
「暴走車を追って向こうに行きました」
そう言うとマリアが指を差す。
「…そうか、サリー。じゃ、そっちを頼むぞ」
「了解」
そしてサリーも二人の輪に入ると、負傷者の確認を始めた。
「…それで、緊急を要する負傷者はいないかしら?」
「乗客が少なかったことがよかったのか、これと言って急を要する負傷者はいないわ。もうすぐ病院からも救急隊員が駆けつける、って」
「そう、わかったわ」
そしてサリーは一人ひとりの負傷者を見て回る。
「…あれ?」
負傷者の様子を見ていたサリーは不思議なことに気づいたのだった。
「…ねえ、これ、レイがやったの?」
「…そうだけど、それがどうかしたの?」
「いえ、なんでもないの」
そういうと再び、レイが応急処置を施した負傷者を見る。
「…この手当ての仕方、ずいぶんと手馴れているやり方のようだけど…」
そう、もともと医者志望と言うこともあり、3年間の訓練期間のときにも応急処置や病人の看護の仕方などを専攻して学んだ彼女が見ても、レイが施した応急処置、と言うのが自分と同じくらい、手馴れたやり方の処置だったのだ。
「…このやり方、一朝一夕にはできるものじゃないわよね」
そう、幼馴染であり、一緒に3年間訓練期間を受けたマリアが――彼女はそちらを専攻していなかったとはいえ――、まだちょっと不慣れな部分がある、と言うのにである。
「…どうしたの、サリー?」
マリアが聞く。
「ん? な、なんでもない」
そしてサリーは他の二人とともに作業を続けた。
それからしばらくして、2台の電気自動車が戻ってきて、ハヤトが車から降りた。
「あ、艦長!」
サリーが近づく。
「どうだ、様子は?」
「はい、一通りの処置は終わって先ほど手分けして病院に運んでもらいました」
「そうか」
「…それで、暴走車のほうか?」
「ああ、何とか捕まえて警察に引き渡したよ。なんでも酒を飲んで運転していて、それがばれるのが怖くて逃げてたらしい」
「そうだったんですか…」
「まあ、とにかく、オレたちのやることはやったから、後は任せて行くぞ」
そして車に戻ろうとしたときだった。
「あの、艦長。ちょっといいですか?」
*
出航を控えたSJ-099の前にハヤトが立っていた。
「…オレに用、って何だ、ハヤト?」
そう言いながらダイゴがやって来た。
「…あ、先輩。お待ちしていました」
ハヤトがダイゴに向かって言う。
「お待ちしていました、って、どっちが艦長だかわからねえな」
そう言いながらダイゴがハヤトの傍らに立つ。
「いや、オレにとって先輩は先輩ですから」
「それでオレに話、って何だ?」
「…レイのことなんですが…」
「…レイがどうした?」
「これはあくまでもオレの想像なんですがね、どうも彼女、普通じゃないような気がするんですよね」
「普通じゃない、ってどういうことだ?」
「いえ、実は…」
とハヤトは自分たちがパトロールをしている際の出来事を話す。
「…そんなことがあったのか」
「はい。それに、サリーが言うには彼女の応急処置のやり方もかなり手馴れたやり方だった、と。それに、マリアが言っていたことも考えるとレイはこのコロニーと関係があるんじゃないか、という気がするんですよね」
「…確かにそうかもしれないな。そもそも彼女を拾ったのがコロニーだったんだ。おそらくレイは以前にも何度かいろんなコロニーに来たことがあるんだろう。そこでなんか、その、ボランティアだとかそういったことをしていたのかもしれないな」
「自分もそう思うんですが…。それであのコロニーで何らかの事故に巻き込まれて記憶をなくした…。そう考えるのが普通でしょうね」
「だろうな。…しかし、今のところ手がかりになりそうなのがないからな」
「そうなんですよね。これだってあくまでもオレの勝手な想像ですし」
「…で、おまえは彼女をどうしようって考えてるんだ?」
「どう考えてると言われても…。とにかく今は彼女はオレたちと同じ艦に乗っている乗組員なんですから、普段どおり接するだけですよ」
「そうか。…まあ、いくら年上とはいえ、こればっかりは艦長のおまえに副艦長のオレがどうのこうのと指図はできないからな。この艦に初めて乗った時におまえに言ったはずだぜ。『艦長であるおまえが一番しっかりしなきゃ駄目だ』ってな。だからおまえがどう考えていていようが口を挟むつもりはないし、レイのことに関してもおまえにできる限りの協力はするつもりだ」
「…そうですね。彼女の記憶が戻るまではオレが全責任を持って彼女の面倒を見ることにしたんだし、みんなもよくわかってくれてますよ。とにかく彼女の身元がはっきりするまではちゃんと面倒見るつもりですよ」
「…そう、その意気だ。しっかりやれよ、鷹城ハヤト艦長!」
そう言うとダイゴは思い切りハヤトの背中をはたいた。
その勢いに思わず咳き込むハヤト。
「じゃあな、先に行ってるぞ!」
そう言いながらSJ-099に乗り込むダイゴ。
それを見てハヤトも後を着いていった。
(Voyage.4に続く)
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