Voyage.2
SJ−099操縦室。
自動ドアが開き、サリーが室内に入ってきた。
そして通信用コンソールの前に座っているマリアの下に来る。
「マリア、交代の時間よ」
「え? もうそんな時間?」
「そう。何か変わったことはない?」
「別にないわよ」
「そう、分かったわ。じゃあ、ゆっくり休んで頂戴」
「じゃあ、後は頼むわ」
「All right.」
なぜかそれだけを英語の発音で言うと、サリーは通信用コンソールの前に座り、今までマリアが装着していたヘッドセットを頭に装着し、コンソールのキーボードを叩き始めた。
と、自動ドアが再び開き、ハヤトが入ってきた。
そしてサリーが座っている席に近づくと、
「…サリー、どうだ、異常は?」
「いえ、今の所これと言っては」
「そうか。…それにしても、お前本当に綺麗な日本語話すな。本当に親父さんアメリカ人なのか?」
「言ったはずですよ、艦長。あたし日本生まれの日本育ちで、パパの故郷のアメリカには2〜3回しか行ったことがないんですから」
「…そういえばサリー、お前確か医者目指していたんだよな」
「それがどうかしましたか?」
「こう言っちゃ悪いけど、何でお前国連宇宙局なんかに入ったんだ? 確かに中学出て、国連宇宙局で3年間の訓練期間終えれば高校卒業と同じ扱いになるし、その間に医学の専攻もできるけど、お前の成績なら普通に高校入ってどっかの大学の医学部出たほうがよっぽどいいと思うけどなあ」
「ああ、それですか。もちろん高校入ることも考えたんですけれど、将来医者になるとしてもいろいろな知識を得ておいたほうがいいかな、って思って。あたし、将来はどこかの土地で開業医になるよりも、こういった各地を飛び回るような医者になりたいんですよね。それにこれからコロニーに住む人たちだって増えるでしょうから、そういった意味でも普通の高校出るよりも国連宇宙局でコロニーについての知識も持っておいたほうがいいかな、って思って」
「まあ、そりゃそうだけど…。親御さん反対しただろ」
「ええ。でも最後はわかってくれたし、今回SJ−099に勤務が決まったときも喜んでくれたんですよ」
「ふーん。じゃあお前2年後に除隊できるようになったら国連宇宙局やめて、医大にでもいくわけ?」
「そのときになったら考えます。ちょっと遠回りになっちゃうけど、国連宇宙局にも医学部のようなものがあったはずですし」
と、そんなことを話しているうちに、
「…そろそろB−1コロニーに到着します」
「…分かった。着艦許可願いを出せ」
「はい」
と、そのとき、サリーの席の傍らのファクシミリが音を立て、なにやら紙が吐き出されてきた。
サリーはそれを取り出すと、宛名を確認し、
「艦長宛にです」
と、ハヤトに紙を渡した。
ハヤトはそれをざっと読むと、
「…サリー、一寸みんなに話したいことがあるから、着艦許可が出たら先輩たちもここに呼んでくれ」
「了解」
そして操縦席にカズヒトにも、
「カズヒト、着艦準備をはじめろ」
「了解」
それから程なくサリーが、
「…艦長、着艦許可が出ました」
「分かった。それじゃあさっき言っていたこと、頼む」
「了解」
*
それから5分ほどたってそれまで休憩していたダイゴ、ユウジ、マリアの3人が操縦席にやってきた。
ハヤトは5人を見ると、
「詳しいことは着艦してから話す。まずは着艦準備だ」
「了解」
そして6人が持ち場に着き、着艦準備を始める。
それから対した問題もなく、SJ−099は無事にコロニーに到着した。
「…みんな、ちょっといいか」
「どうした?」
5人を代表してか、ダイゴがハヤトに聞いた。
「いや、…知ってると思うが、今からパトロールするB−1コロニーは最近、民族間の紛争が起こっているコロニーだということは分かっているよな?」
「…そうだろうな、これだけ世界中から大勢の人間がコロニーに集まれば揉め事の一つや二つは起こるだろう」
「…ああ、そういうこともあってかついさっき、支部長からオレ宛に伝言が来た。これから入るB−1コロニーはまだ小規模ながら紛争が続いているそうだから、パトロールの際には十分気をつけて欲しいとのことだ」
とハヤトは例の紙を5人に見せながら言った。
そしてSJ−099を出たときだった。
4〜5人の国連宇宙局のパトロール隊員の制服を着た人物がやってきた。
「あ、SJ−099の乗組員の方ですか?」
「ええ、艦長の鷹城です」
「それじゃ、一寸こちらに来ていただけないでしょうか?」
そして6人は一室に連れて行かれると、ボディチェックを受ける。
「おいおい、何だよ。まるで犯罪者みたいな扱いだな」
ハヤトが係官に言うと、
「すみません、決まりなんで気を悪くしないでください」
「決まり?」
「ええ。本当はこういうことはしたくないんですが、ご存知のとおり、今このコロニーは立ち入りが制限されているでしょう? ですので、たとえ国連宇宙局の隊員といえど、ボディチェックをすることになってますので」
「…そんなに物騒なのかよ」
「ええ、最近は一時と比べると落ち着いてはいるんですが、それでもまだ爆破事件とかが発生することがあるんですよ。…はい、大丈夫です、失礼いたしました。それでは、あちらに車が用意してありますので、それを使ってください。戻ってくるまでの間に艦のほうは点検をしておきます」
「すみません、頼みます」
そして係員が指差した方向に行くと、そこには2台の電気自動車が用意してあった。
「…よし、じゃ、サリーとユウジはオレと、マリアとカズヒトは先輩と一緒に行動してくれ」
「おう。お互いに連絡は取り合おうな」
「分かってますよ」
そして6人が分乗した2台の車は走り出した。
*
「…これはひどいな…」
車が走っている周辺を見てハヤトがつぶやいた。
道は整備されているとはいえ、あちこちの建物が破壊されており、割れた窓ガラスがそのままになっている箇所もあったのだ。
「…何か数日前にもこのあたりで暴動が起こったという話ですね」
運転席のユウジが言う。
「…暴動か。これだけ世界中の人間が集まると考え方の違いとかがあるのは分かるが、だからといって暴動を起こしていい、と言うことにはならねえだろ」
「でも一度、たがが外れてしまうと人間と言うのは押さえが利かなくなるものですからねえ」
「…そういえば支部長が言っていたけど、国連のほうでも監視団の派遣を検討しているらしいが、そこまでやらなければいけないのかね」
と、そんなことを話していたときだった。
ハヤトたちの向かっている方角のほうからなにやら爆発音のようなものが聞こえ、煙が上がった。
「…なんだ、あれは?」
「行ってみましょう」
「頼む」
そしてハヤトたちが現場に着くと何か爆弾でも爆発したか、あたりは無造作に散らかっていた。
「これは…」
ハヤトが辺りを見回す。
「…ユウジ。至急連絡を入れてここのコロニーのパトロール隊と処理班に来てもらえ」
「了解」
そして、ユウジが連絡を入れていたときだった。
「艦長、あれを見てください!」
サリーが指を刺す。
「あれは…?」
そう、サリーが指を指した方向に一人の人間が倒れていたのだ。
ハヤトとサリーがその場へ向かう。
「…これは…」
そう、その場に倒れていたのはサリーやマリアと同じくらいの年齢の少女だったのだ。
どうやら爆発が起きた際の巻き添えを食ったらしい。
「…きみ、君! 大丈夫か?」
ハヤトがその少女を抱き起こす。と、それを見ていたサリーが
「艦長、いいですか?」
そしてサリーはその少女に近づくと、脈を取り、体のあちこちを調べる。
「…どうだ?」
「大丈夫、気を失っているだけです」
「そうか」
「艦長、連絡が取れました。大至急こちらに向かうそうです」
と、ユウジの声が聞こえた。
「分かった。それから、先輩たちにここに来るように呼んでくれ」
「了解!」
そしてハヤトとサリーはその少女に応急処置を施す。
と、それからまもなく、
「ハヤト、どうした!」
ダイゴの声がした。
「あ、先輩!」
そう、ダイゴたち3人がやってきたのだ。
ダイゴがハヤトたちの傍らで倒れている少女に気が付くと、
「…どうしたんだ?」
「気を失っているだけだそうです」
ダイゴは辺りをも見回すと、
「…おそらく、爆発か何かに巻き込まれたんだな、これは」
「先輩もそう思いますか?」
「ああ。でもどうするんだ? ここじゃ応急処置も満足にできないだろう?」
「…ええ。ですから、処理班が来て事情を説明したら、SJ−099に連れて行って手当てをしようかと」
「そのほうがいいかもしれんな。…とにかく、この子を艦に運ぼう」
そして6人は倒れていた少女を片方の車に寝かせた。
程なくユウジから連絡を受けた国連宇宙局の職員がやってくると、ハヤトは事情を説明し、現場で負傷した少女の手当てをするために彼女をSJ−099へと運び込んだ。
*
SJ−099の空いている部屋の中のベッドに少女を寝かせると、まもなくマリアが駆け込んできた。
「…サリー、医療セットを持ってきたわよ」
「サンキュー。…じゃ、マリア、ちょっと手伝ってね」
「OK。…はーい、それじゃ男の方は出て行ってくださーい」
そう言うとマリアは男4人を部屋の外に追い出した。
「お、おいマリア…」
「これから女の子の服を脱がすんですから、男の方は入れられませーん」
「それは分かってるけど、後でどう言う容態か教えてくれるんだろうな?」
ハヤトが聞くと、
「それは分かってます。サリーにも言っときますから」
そういうと部屋の自動ドアが閉まり、中から鍵をロックする音が聞こえた。
*
操縦室。
「…それにしても、あの子は、何でまたあんなところにいたんだろうな」
ハヤトが言う。とダイゴが、
「確かこのコロニーはさっき係員が言っていたように、以前から紛争が起こっていた、と言うことで立ち入りは制限されているはずだったんだが…」
「とはいえ完全に制限されている、と言うことではありませんでしたからね。食料や物品といったものはどうしても入れなければいけないし、被害にあった人たちを支援するボランティアでここに来る人たちだっていたわけだし…」
「とはいえ、こんな形で巻き込まれるなんて考えもしなかっただろうが…」
そうしているうち、マリアが操縦室にやってきた。
「…どうだ?」
ハヤトがマリアに聞いた。
「はい。今はぐっすり眠っています。何かあったらのために、サリーが彼女の側にいますから」
「それで、彼女について何か分かったことはないか?」
「それが…」
「それが?」
「彼女、身元を証明するようなもの、何一つ持っていなかったんですよ」
「何だって?」
ハヤトが聞き返すとダイゴが、
「…おそらく、最初から持っていなかったか、何者かによって持ち去られたかのどっちか、だな。まるで追いはぎだな」
「一応、彼女が身につけていたものの中で身元を知る手がかりになりそうなのが、これだけなんですが…」
そういうとマリアはペンダントとブレスレットを差し出した。
それを受け取るハヤトはブレスレットを見た。なにやら名前のようなものが彫ってあった。
「…シイナ・レイ、か。これがあの子の名前なのかな?」
「…ペンダントも何か宝石みたいなのが付いているな」
「…いずれにせよ、これだけじゃ彼女が何者なのか知る手がかりがないな…」
と、そのときだった。
「艦長!」
そう叫びながらサリーが飛び込んできた。
「…艦長、ちょっとよろしいでしょうか?」
「どうした?」
「とにかく来てください!」
*
部屋の扉が開くと、彼らが救出した少女がベッドから上半身を起こしていた。
「気が付いたのか?」
「ええ。先ほど気がついたんですが…」
「…ここ、どこなんですか?」
少女がハヤトたちに聞いた。
「…ここは宇宙パトロール艦SJ−099の中だ」
ハヤトが説明すると、
「宇宙パトロール艦?」
「君はコロニーの中で怪我をして運び込まれたんだ」
「コロニーの…中?」
少女はきょとんとした顔をしている
「…ところで、シイナ・レイくん」
「シイナ・レイ…、ってそれあたしの名前なんですか?」
「何だって?」
思わず大声で聞き返すハヤト。
「…これ、あなたが持っていたものなのよ」
そう言うとマリアが彼女の身に着けていたブレスレットとペンダントを差し出す。
「…これ、あたしのなんですか?」
少女はブレスレットとペンダントを見て首をかしげている。
そんな少女の様子を見てハヤトは、
「もしかしたら…。マリア、一寸彼女を頼む」
「はい!」
そう言うとハヤトは残りの4人を廊下に連れ出した。
「どうしたんだハヤト、一体」
ダイゴがハヤトに聞く。
「…あの子についてなんだけど…」
「彼女がどうかしたのか?」
「もしかしたら、彼女は…」
「そうですね。おそらく記憶喪失になっているのではないかと」
ハヤトに替わってサリーが答えた。
「記憶喪失だって?」
「ああ。おそらく爆発に巻き込まれて、頭を打ったか何か、とにかく何らかのショックで彼女は記憶を失ってしまったんだ」
「記憶喪失か…、ずいぶんと厄介なことになっちまったな」
「とにかく、今彼女を知る手がかりとなりそうなのは彼女がしていたペンダントと、この名前らしきものが入ったブレスレットだけだ」
「…それと彼女は日本語を話していましたから、日本人か、もしくは日系人ではないかと思うのですが」
サリーが言う。
「…それでどうするんだ、ハヤト?」
ダイゴが聞く。
「うーん…」
ハヤトはしばらく考え込んでしまった。
そんな外の様子が気になったのか、いつの間にやら部屋のドアが開き、マリアが心配そうに覗いている。
「…とにかくあの子が一体何者なのか、オレたちには知るすべがないし、どうすれば彼女の記憶が戻るのかも分からない。だとしたら、彼女の記憶が戻るまでオレたちで面倒見るしかないだろう」
「面倒見る、っておまえ…」
「…ああ。彼女をSJ−099の乗組員にして、オレたちと一緒に彼女の手がかりとなるようなものを探してもらう」
「ハヤト、おまえそう簡単に言うけどな…」
「でも先輩、他にどうしろ、って言うんですか? まったく身元の手がかりがない彼女を、国連宇宙局の病院で記憶が回復するまで待て、って言うんですか? もしかしたらオレたちが行く先々で彼女の身元が分かるような手がかりや、彼女の記憶が戻るきっかけがあるかもしれないじゃないですか。…関根支部長の説得もオレがやるし、彼女に何かあったとしたら、艦長であるオレがすべての責任を取ります。先輩、ここは艦長であるオレにすべてをやらせてください」
「…分かった。おまえがそこまで言うのならな…。お前たちはどう思う?」
ダイゴが他の乗組員に聞いた。
「…艦長がそこまで言うなら仕方ないでしょうね」
*
それからしばらく経った時。
「…あー、やっと終わった…」
そう言いながらハヤトが操縦室にやってきて、艦長席に座った。
「…どうだった?」
ダイゴが聞く。
「支部長説得するのはかなり大変だったけどな。とりあえず隊員見習い、ということにして最後はオレが全部の責任を取る、って言うことでやっと分かってくれたよ」
「そうか…」
と、SJ−099乗組員の女子用の制服を着た少女が入ってきた。
「…おー、その格好もよく似合うねえ。サリーたちの予備で取っておいたのしかなかったけど、きつくないか?」
ハヤトが言う。
「いえ、大丈夫です。…すみません。いろいろとお手数を掛けさせて」
少女が言う。
「いや、これくらいたいしたことないさ。とりあえず隊員見習いと言う形で、辞令は後で寄越す、と言う話だから心配しなくていいからな」
「そうですか。ありがとうございます」
「まあ、とにかくシイナ・レイ――これからは君をこう呼ぶぞ――、艦長・鷹城ハヤトより、これよりSJ−099勤務を命ずる!」
「了解」
そう言うと少女――レイは多少ぎこちない形ではあるが、ハヤトに向かって敬礼をする。
そして7人目の仲間が加わったSJ−099はコロニーを後にした。
(Voyage.3に続く)
(作者より)この作品に対する感想等は「ともゆきのホームページ」のBBSの方にお願いします。