Voyage.1
「鷹城ハヤト、入ります」
「国連宇宙局パトロール隊 日本支部長室」とプレートが貼られた自動ドアが開き、一人の青年が部屋に入ってきた。
「…来たか。まあそう固くならんで楽にしてくれたまえ」
「国連宇宙パトロール局 日本支部 関根支部長」と名札が置かれている机に座っている初老の男が入ってきた青年――ハヤトに話しかけた。
「はい」
「…ところで鷹城くん」
「何でしょうか?」
「…君、今年で何歳になるかね?」
「はい。先日25になったばかりですが」
「…25歳か。君がここに来たばかりのころはまだまだ若造のような気がしたが、もうそんな歳になるのか。私も歳をとるわけだ」
そういうと関根支部長はハヤトをまじまじと見る。
「…それで支部長。話と言うのは何でしょうか?」
「ああ、そのことか。君を呼んだのは他でもない。…どうだね。君もそろそろ艦長をやってみないか?」
「艦長、ですか?」
それを聞いたハヤトはちょっと意外な顔をした。
「ああ。君も知っていると思うが国連宇宙局のコロニー移住計画もひと段落着いて、コロニーごとの自治のほうもようやく軌道に乗り始めたのだが、その分各コロニーでいろいろと厄介な問題が起こってね」
「…そうでしょうね。世界各地からさまざまな人種が移住してくるんですから、そういったトラブルも起こるでしょうし…」
「それで、これまでのパトロール艦では足りない、と言うことで、このたび国連宇宙局に何隻かの新造のパトロール艦が配備されることになり、日本支部にも新しく1隻配備されることが決まってね。君を含む何名かの候補者の中から君が適任だろう、と言う結論が出てね。今回君をそのパトロール艦の艦長として就任させることになった。だいたい、君のような優秀な若者がその歳で艦長になる、と言うのは遅いくらいだと思うのだがな」
*
この年、西暦21XX年。
地球の人口はすでに120億を超え、世界各地で増えすぎた人口による食糧問題や彼らの住居確保などによる森林伐採で地球環境の破壊が全世界で真剣な問題となっていた。
加えて地球温暖化もさまざまな対策を取るものの、とどまるところを知らず、問題の解決策として国連が主導となって、21世紀も後半に入ってまもなく、地球と月の重力の関係が安定する地点、すなわちラグランジュポイントにスペースコロニーを建設する計画が持ち上がった。
それにあわせて国連は「国連宇宙局」と言うのを立ち上げることとなるのだが、これまで数々の宇宙開発で短期間に及ぶ宇宙滞在は経験しても、それこそ何十年と言う時間を宇宙で過ごすことになるこの計画、立案したはいいが、さまざまな問題を解決しなければならず、そういった問題をクリアして、国連主導の下ようやくコロニーの建設が始まり、第1号コロニーが完成したのが21世紀も終わろうとしていたころだった。
そして22世紀になろうという少し前に希望者によるコロニーの移住が始まった。
国連の主導、と言うことで打ち上げられたコロニーには自治権が認められたのではあるが、当然のことながら世界中から数多くの人間が集まるからそれに伴う民族間の対立等が発生するのは自然の理。そういった各コロニーの紛争を監視するための組織として「国連宇宙局パトロール隊」が設立されたのである。
そして鷹城ハヤトはその国連宇宙局パトロール隊に勤める青年だったのだ。
*
「そうですか」
「…それで鷹城くん。2週間後にその、君が艦長を勤めるパトロール艦が日本支部に来ることになった。早速で悪いんだが、その艦で任務を行ってもらえないか?」
「…しかし…」
「…何か不安なのかね?」
「いえ、2週間となるとちょっと準備期間が…」
「ああ、そのことか。すでに乗組員の方は私のほうで手配しているから心配しなくていい。やってくれるな?」
「…承知致しました」
「…それでは辞令だ、受け取りたまえ」
そういうと関根支部長は一枚の辞令をハヤトに渡した。
「…鷹城ハヤト 上の者、本日付を以って国連宇宙局パトロール隊日本支部パトロール艦 SJ−099艦長を命ずる」
ハヤトが辞令に書かれている文章を読み上げると関根支部長に向かって深々と一例をする。
*
そして2週間たったある日のこと。
送迎車の中から真新しい艦長の制服に身を包んだハヤトが降りると運転手が、
「…それでは、よい旅を」
「ああ」
そして送迎車が去っていくのを見送り、改めてこれから自分が乗るというパトロール艦が係留されている国連宇宙局日本支部のドックの入り口の前に立つ。
「…ここに来るのもずいぶん久しぶりだな」
そう、彼が前に来たのは2〜3ヶ月前、まだ彼が艦長候補生だったころの訓練で、ここに来て以来ではなかっただろうか。
そう考えながらハヤトが受付にIDカードを差し出す。
「…おはよう」
「おはようございます」
受付の男が言う。
「…オレの乗る艦は?」
「6番ドックにもう入ってますよ。それにしても鷹城さんも艦長になったんですね」
「まあな。まだなんか変な気分だけど」
「がんばってくださいよ、新艦長」
その声に思わずハヤトは苦笑いをする。
*
「…はあ、これかあ」
ドックに置かれている「SJ−099」と艦首に書かれた文字を見ながら言う。
「…今日から、オレがこいつの艦長なんだな」
そう思いながらその艦を眺めていると、
「…どうだ? 新造艦と言うのは見てて気持ちがいいだろ?」
ハヤトの背後で大声が聞こえた。
「え? その声は…」
ハヤトが後ろを振り向く。
「よお、ハヤト」
体もハヤトより一回りほど大きく、がっちりとした体格の男が話しかけてきた。
「あ、先輩」
「艦長就任おめでとう」
ハヤトが「先輩」と言った男――大和ダイゴが言う。彼はハヤトよりひとつ年上の26歳でハヤトが学校に通っていたときの1年先輩であり、そのころからハヤトのことを何かと目に掛け、弟のようにかわいがっていたのだった。
そもそもハヤトが国連宇宙局に入隊したのもダイゴが行っていたから、と言うのも理由のひとつだったのである。
「…先輩、何でここにいるんですか?」
「何で、って…。お前、まだわかんねーのか?」
「じゃあ、もしかして…」
「…ああ、支部長に呼ばれて今度就任した新しいパトロール艦の艦長の面倒見てやってくれ、って言われてよ」
「それじゃあ…」
「そう、オレがこの艦の副艦長になった、っつうわけだよ」
そう、ハヤトの胸に艦長の階級章と「CAPTAIN H.TAKAGI」と言うネームプレートがあるのと同様に、ダイゴの胸にも新しい副艦長の階級章と「SUB CAPTAIN D.YAMATO」というネームプレートが光っていた。
「ああ、そうだったんですか…」
「…なんだ、お前? オレが副艦長じゃ不満か?」
「いえ、先輩が副艦長なら心強いですよ」
「そう言ってくれると嬉しいね」
そういうとダイゴは改めてSJ−099の方を見る。
「まあ、お前が艦長になったからにはオレも、他の乗組員もみんな、お前に命を預けるも一緒なんだ。お前もそのくらいのことは分かっていると思うが、何があろうとお前が一番しっかりしなきゃ駄目だからな」
「分かってますよ、先輩」
と、ダイゴが自分の左腕にしてある腕時計を見る。
「…お、もうこんな時間か」
「…こんな時間、って?」
「オメーのかわいい部下たちが来る時間だよ」
ダイゴがそう言って間もなく二人がいるドックに、
「これがオレたちの乗る艦か…」
「すごーい…」
そう言いながら男女それぞれ2名ずつ、計4人が入ってきた。
「…まあ、まずはやつらと挨拶しなきゃな」
そう言うと、二人は4人の前に立った。
*
ハヤトとダイゴが4人の前に向かい合って立った。と、ダイゴが、
「…よく来たな、お前たち。紹介しよう。彼が今回、お前たちが乗る艦の艦長となった…」
「…鷹城ハヤトだ、よろしく頼む」
そういうとハヤトが一礼をした。
「…で、オレは副艦長の大和ダイゴだ。オレはもともと艦長のハヤトの学校の一年先輩だったんで、ハヤトとは長い付き合いなんだ。で、先輩だったオレが言うのもなんだが、ハヤトはこう見えても誰よりも強い責任感を持っているヤツでね。ハヤトなら安心してこの艦を任せられるぞ」
「とにかくよろしく頼む」
ハヤトが言うとダイゴが、
「…さて、お前のところに回ってきた資料で一応、今回乗組員となった彼らの経歴は知っていると思うが、おさらいの意味でオレからもう一度説明しておこう。…ほら、自己紹介だ」
と、ダイゴのすぐ隣にいた青年が、
「若月カズヒトです」
「…若月カズヒト、23歳。もともとは国連宇宙局の保安部で偵察機のパイロットを勤めていたが、1年前に宇宙艦のパイロットの候補生となって配属替えとなり、この間まで操縦訓練を行っていたと言う話だ。彼にはSJ−099のメインパイロットを勤めてもらうが、偵察機のパイロットの経験があったからか、宇宙艦の操縦訓練の成績もかなり優秀だった、と言うし、これまでも何回か実際に宇宙に出ての訓練でも優秀だった、と言う話だからその腕は心配しなくていいと思うぞ」
次にその隣に立っていた青年が、
「原ユウジです」
「原ユウジ、22歳。聞いた話だと、もともと小さいころから機械いじりが好きだった、とかで、国連宇宙局の訓練期間中も機械工学を専攻していた、と言う話だ。その後、いろいろなところで経験を積んで、今回初めて艦に乗り込むことになったそうで、SJ−099でもメカニック関係の整備及び点検を担当してもらう。それから訓練期間中にパイロットの研修の経験もあると言う話だから、場合によっては交代要員としてSJ−099のパイロットもやってもらうことになると思う」
そしてその隣の長髪の少女が、
「サリー・ウェストです」
その顔を見て思わず「?」となるハヤト。回ってきた資料の写真や彼女の姿を見る限り、顔つきがモンゴロイドのそれとは違っていたので外国人かと思っていたのだが、彼女が話している言葉は紛れもない綺麗な日本語だったのだ。
それに気づいたかダイゴが、
「サリー・ウェスト、アメリカ人の父親と日本人の母親を持ち、彼女自身は日本生まれの日本育ちで中條さゆり、という日本名も持ってるが、登録はアメリカ名の方でやってる。まだ訓練期間を終えたばかりの18歳の女の子だが、その成績が優秀だったのはハヤトも回ってきた資料で知っていると思う。もともとは医師になりたかったらしくて、訓練期間中もそっちを専攻していた、と言うことでSJ−099でも主に医療関係を担当してもらう。親が親だけに日本語と英語がペラペラだから通訳は心配しなくていいぞ」
そして最後に髪の毛を両方でお下げにまとめた少女が、
「矢田部マリアです」
「矢田部マリア。彼女もサリーと同じ訓練期間を終えたばかりの18歳だ。彼女は訓練期間中、通信を専攻した、と言うことで主にSJ−099と地球やコロニー間の通信を担当してもらう。なんでもサリーとは幼馴染で色々と気が合うそうだから、サリーはマリアの通信のサポートを、マリアはサリーの医療のサポートをやってもらうことになる。まあ、二人ともまだ訓練期間を終えたばかりで、前線に配置されるのは初めてだから、色々と至らない部分はあると思うが、あまりいじめたりするんじゃねえぞ」
ダイゴのその言葉に思わず苦笑するハヤト。
「…ハヤト、お前からも何か一言言ってやれ」
ダイゴに促されてハヤトが、
「今回、この船の艦長を務めることになった鷹城ハヤトだ。まあ、オレ自身艦長になってまだ日が浅いんで、いろいろと行き届かない部分があるかもしれないが、そこはみんなで力を合わせて乗り切って行きたいと思う。ここにこうしてひとつの艦に乗り込むことになったのも何かの縁だと思うから、こちらからもよろしく頼む」
そしてダイゴが、
「さて、ハヤト。お前の艦長としての最初の仕事だ。乗組員たちに着任を命じろ」
「…了解。大和ダイゴ」
「おう!」
「若月カズヒト」
「はい!」
「原ユウジ」
「はい!」
「サリー・ウェスト」
「はいっ!」
「矢田部マリア」
「はいっ!」
「以上5名、艦長・鷹城ハヤトより、これよりSJ−099勤務を命ずる!」
「了解!」
そして5人がハヤトに向かって一斉に敬礼をする。
そしてハヤトも彼らに向かって敬礼をした。
「よし、それでは出発だ! 全員配置に着け!」
「了解!」
そして6人がSJ−099に乗り込む。
*
「…計器類、異常なし」
ユウジが言うとカズヒトが、
「了解。発進準備完了」
「発進許可、出ました!」
マリアの言葉を聞いた、艦長席のハヤトが大きく息を吸うと、
「パトロール艦SJ−099、発進!」
「了解。発進します!」
そして宇宙の大海原に向けてSJ−099は旅立っていったのである。
(Voyage.2に続く)
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