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Episode5.英雄を待つ剣

「さて、それでは今日の訓練を始めましょうか。セウロ」

 ここは宮殿。モルゼントゥール王族の住まう、アルトワイエ宮殿にいくつもある中庭のひとつ。

 隣接する候補生学校から塀を超え、抜け道から顔を出した我が弟子に、私はいつものように声をかけます。

 テラスから庭へと階段を下りながら、詠唱を重ねること――九つ。

 魔法の原理、魔術の仕組みは同じもの。十個の球殻セフィラと二十二通りの経路パスから成る創世機構ツリーにマナを通すという簡単なルール。

 その、最長の詠唱が九節。

「はい、今日の相手はこれ。マナの塊で出来た2mほどの柱、4本です。いつも通りたとえその剣を使ったとしても傷ひとつつきませんので、ご安心を」

 預かっていた純銀の剣を放り投げると、それは彼の目の前で地面に突き刺さります。

 縦横無尽にせわしなく飛び回り激しく回転する柱を相手に30分の打ち合い。この課題をクリアするたびに、柱が一本づつ増える終わりのない訓練。かれこれ3週間もやってきたことです。

 剣を取った愛弟子が「そんな理不尽あります!?」ってこの世の終わりみたいな顔でこちらを見つめてきますが、もちろん取りあいません。これも愛です。愛の鞭です。飴は無しです。

「それではスタートです。今日も死ぬちょっと手前くらいまで、張り切って行きましょう!」

「こおおおんんの鬼畜師匠ぅうううううううううううう!!!」




 Episode5.英雄を待つ剣




 一度、話は3週間前、セウロと私の出会いまで遡りましょう。

 王座より高いところにあった、“英雄を待つ剣”。200年前から誰も引き抜くことが出来なかったその剣を、あろうことか彼は手にしてしまったのです。

「本当に……抜いてしまうだなんて……!」

 私は唖然としていました。

 まさかこんなにもアニマのか弱い人間が、それを手にするだなんて夢にも思わなかったからです。

 思わず、両手で抱きしめるように、中指の指輪を包んだのを覚えています。

 抜いた剣をマジマジと見つめる彼は、何の気なしにこう言いました。

「……えーっと、で、このあとどうすればいいの?」

 関係者が聞いたら卒倒モノです。

 伝説を引っこ抜いておいてなんという物言いでしょう。

 まるで自覚無し。本当に彼でいいのか。何かの間違いじゃないのかと頭を抱え不安になったものです。

 しかし、彼が剣を抜いたとき、ソレは確かに懐かしい輝きをほのかに見せました。

 世界樹の淡い七色の光を束ねたような、銀色の極光。

 もう今は私しか知らない、その剣を造った主が手にしていたときと同じ輝きを。唯一ソレを扱えた私の父、魔法の始祖と呼ばれる男と同じ片鱗を、確かに見たのです。

 ですから、私は確信しました。彼が、英雄足る人物なのだと。


「おい、いたぞ! 侵入した候補生だ!」


 無粋にも、王座の間に荒々しく入場してくる影が複数。

 どうやら少年は無断で宮殿へと入り込んだらしく、近衛兵はそれを取り押さえようと躍起になっていたようでした。

 兵の目には、件の剣も見えていないご様子。

 はあ、と私はため息をひとつ吐いて、返す呼吸で多めに息を吸いました。

 九連節からなる魔術詠唱(アレフヴェ-ト)を、人数分同時・・・・・に。

 次の瞬間、少年に掴みかかろうとしていた兵士たちは、時が止まったかのように静止しました。

 死なせてしまわないように、息は出来るように細工を施していたため、彼らは一様に、水面で喘ぐ金魚のごとく懸命に呼吸だけを繰り返していました。

 なぜ動けないのか。それを理解することは出来ず、ただ、生かされているだけ。

 見開いた目を閉じることさえできない。意識をそのままに氷漬けにでもされたような感覚でしょう。

「何だこれ……なあ、アンタが何かしたのか……!?」

 異国に迷い込んだ子供のように、周囲の異様な光景に狼狽える少年。

 説明は面倒なので、そんなことより本題に入ることにしました。

「少年。まずは君の名前を教えてください」

 息づく石像と化した近衛兵たちの間を抜けて、王座の下まで歩いて近づきます。

 真剣な問いかけに気付いたようで、彼は応じてくれました。

「セウロ・スペード」

 気持ちの籠った声でした。

 わけもなく、私は心が浮足立つのを感じていました。

 彼ならきっと、やってくれるのではないか。私の、この国の、この世界の英雄となってくれるのではないか。

 そんな気分の良いところに、またしても邪魔が入るのを、マナ探知で先んじて知りました。


「どういうことですか……何故私の部下たちが人形のように指先ひとつ動かせず止まっているのでしょうか。説明していただきたいですね、賢者・・殿」


 王の間に入ってきたのは、近衛兵長です。

 横やりには少し不機嫌に返します。

「彼らが無粋だったからですよ、エルマー兵長。王座の間に忙しなく踏み入り、未来の英雄たる私の大切な弟子に乱暴をしようとした。だからそれを制止・・しただけです」

 エルマー・リヴァラントの眼光は険しく、その姿勢を崩す気は無いように感じられました。

 根競べに付き合う方が馬鹿らしいというものです。

「いくら国王に許された食客だからと言っても、あまり勝手ばかりされると迷惑です。ましてや侵入者を庇いだてして、近衛兵に手を出すとは何事です。英雄だの弟子だの訳のわからぬことばかりを……、な……待て、その少年が手にしているのはもしや……!?」

 やっと状況に気付く頭のある人間が現れたことは、良しとしましょう。

 せっかくこれだけ人が集まったのですから、彼らには説明を兼ねて証人となってもらうことにしました。

 こんな大事な決め事は、観客がいなければもったいないものですから。

「貴方が来たのなら、もう私が兵士を止めておく理由もありませんね」

 階段を上り、セウロを守るように彼の前に立ちます。

 軽く指を鳴らして、兵士への魔術を解きました。

 突然体に自由が戻りよろめくもの、座り込むもの、さまざまです。それにエルマー兵長が駆けよります。

 険しい眼光が、納得いかないぞ、とこちらに睨みを効かせてきます。

 が、そんな些事より、今から大事なお披露目です。

 王の間に響き渡るように、声を張り上げました。


「諸君らに宣言する!」

 視線が集まります。

 振り返ったところにいるのは、事情についてこれていない顔のセウロ。それに微笑みを返して続けます。

「今! 200年に渡り選定が続いた剣の、持ち主が決まった!」

 兵士たちの唖然とした表情は小気味よいものです。

「セウロ・スペード! ここにいる彼は剣によって選ばれ、始祖の予言に従って、戦を収める“英雄”となる!!」

 王の間に響き、反芻され、静寂に飲まれていく宣言。

「彼を英雄とするべく! 私、“賢者”こと十二使徒が一人、始祖の息子であるジークムント・ヴァラハルツは彼を弟子として迎えることをここに宣言する!」


 これで、やるべきことはあと一つ。

「弟子……? というか、アンタ、あの十二使徒の賢者……!? そんな、200年前の伝説が生きてるわけ……!」

 振り返ったそこには、剣を抱え、困惑する私の弟子。

「細かいことは追々。とりあえず、これからよろしくお願いしますね。セウロ」

 そう言って、手を差し出したのでした。




「はい、30分です。よく出来ました」

 テラスで紅茶を飲みながら特訓の様子を見ていた私は、そういえばとっくに時間が来ていたことに気付いてそう告げました。少々物思いに耽けてしまったようです。

 指を鳴らして、マナの柱を霧散させます。

「はぁ、はぁ……し、師匠……あの……」

 激しく息を切らせたセウロは、その場に座り込んでしまいました。

 その近くまで行って、水筒を手渡します。

 一息にそれをあおって、一言。

「殺す気かぁああああああああああああ!!!!?」


 端的に言うとその通り。殺す気です。


 などと事実を伝えてあげるのは流石に酷ですから、苦笑いに留めておきましょう。

「まあまあ。生きてますし、いいじゃないですか。柱に挟まってもつぶれたりちぎれたりするだけですよ」

「だからそれ殺す気ですよね!? 俺弟子じゃないんですか!? っていうかだいたい弟子にされるのも一方的だったし! そもそも『弟子にされる』ってなんですか!?!?」

 弁明したつもりが、非難轟々です。

「そんなこと言っても仕方ないでしょう。あなた抜いちゃったんですから、伝説。英雄になるっきゃないんです。それともなれるんですか? 自分一人で」

 というと、セウロは悔しそうに歯噛みして、諦めたように庭に倒れました。

「はい。それでいいんです。だいたい私が弟子を取るなんて前代未聞です。もっと光栄に思ってもらいたいものです」

 懐疑的な視線が刺さります。この弟子、中々に可愛くありません。

「それでは10分後に一本増やして再開します。日が暮れるまでですから、時間的に次で最後ですかね……うむ、せっかくですから、サービスで更にもう一本増やしますか?」

「結構です!!」

 セウロの決死の形相にくすくすと笑って、テラスへと戻ります。

 見ての通り、師弟関係は良好です。ええ、至って良好です。

 ですが、逆に言うと良好なのはそれだけです。


 まさか、セウロが一切魔法・魔術の類が使えない人間だなんて、誰が思うでしょうか。


 英雄足る人物でないと引き抜けないとか預言を残して逝った親父オヤジを呪います。なんですか。無能じゃないですか。ここからどうやってこの世界の英雄に仕立て上げろっていうんですか。

 だいたい生命核アニマ弱いなーなんて思ってましたけど、近くでしっかりマナ探知してみたら羽虫以下じゃないですか。私、仮にも世界一度救った十二使徒の一人なんですけど、自分のマナ探知の精度を疑いましたよ。

 正味な話、彼はただ単に魔法を使えない人間ってレベルじゃありません。

 生命核アニマを本当に感じないのです。

 これは異常です。

 マナとは生命の欠片のようなもの。そしてそれが集まって形を成し、生命の核となったものがアニマです。

 それが無いということは、もはや生命でないということです。

 つまり、セウロは生命として死んでいるも同然なのです。

 これは嫌味でも誹謗中傷でもなく、純然たる事実として私の頭を延々と悩ませている疑問です。



 どうして、生きているのも不自然な彼が、“英雄を待つ剣”を引き抜けたのでしょうか。



 父上、貴方は何を望んであの剣を打ったのですか?

 テラスの席へと戻って、呼吸を整えようとしているセウロを見つめます。

 様々な思案の結果、私はその『生きていることすら疑わしい』という点を掘り下げることにしました。それで、あの特訓です。

 理不尽な相手と生死を彷徨うような応酬を繰り返すこと。

 彼を死へと近づけることで、生への逆転を引き出す。

 彼が本当に英雄になるべき人間だとしたら、こんなところで死ぬわけがない。それでも襲いかかる死に対して、魔法が目醒めるのではないか。

 剣が応えるのではないか。

 もう一度、あの時の輝きを放つのではないか。

 今はその可能性に賭けて訓練を続けているのです。


 準備を終えた彼が、剣を構えます。

 “英雄を待つ剣”というのは俗称です。人々が、預言をもとに英雄を待ち望み続けたことからつけられた、あだ名のようなものです。

 始祖が銘打った本当の名は、『煌めく焔の剣ラハット・ハヘレヴ

 陽の光を弾くそれは、やはり美しい。


「それでは、2セット目です」

 創世機構ツリーの九連節詠唱。

 セウロを囲むように現れた5本のマナの柱。

 柱はそれぞれにセウロを押しつぶそうと、殴りつけようと、挟み千切ろうと襲い掛かります。

「開始」

 合図と同時に、目の前の柱を切りつけて、刀身を流して背後に回り込むセウロ。人間が視界に収められるのは180度前後が限界です。マナ探知が使えない彼は、敵の全てを視界で捕えることが必定。相対する上でも、いち方向に敵を追いやるのは良策です。しかし戦闘中、何かに集中すればするほど視野は狭く小さく萎んでゆきます。

 彼のハンデは大きい。

 魔法が使えないこと。魔術が唱えられないこと。マナ探知が使えないこと。

 こんなのは致命的です。もはやこの時代に兵士になろうだなんてどうして思ったのか甚だ疑問です。

 まあ、その点の動機は小耳に挟んでいるのですが。

 

 その決意ゆえ、でしょうか。

 私の誤算は、彼の魔法・魔術が壊滅的だったことだけではありません。

 

 襲い掛かる柱を、ひとついなし、ひとつを踏み台にして、上空から斬りつけ。回転しながら着地してさらに二本を斬る。

 彼の剣技が、非常に卓越していること。それが第二の誤算です。

 評価としては、現役の魔術師団でも十分に通用する水準です。

 彼の剣は瑞々しい。

 背後から迫っていた柱を、切っ先で捉えて突き返す。そこを目がけて回転して降ってきた柱を最小限の動きで避け、剣を打ち込む。その剣筋はまるで絡みつく蛇のように自在で、何度も動きを妨げられた柱の回転数はみるみる減少していきます。

 運動神経と身体拡張。彼はこの二点で特に優れているのです。

 例えば、上へと放り投げたりんごを手のひらで掴むとき、りんごの落下速度、落下地点を予測することが第一となります。さらに手のひらに触れる直前・触れた瞬間・触れた直後のいずれかの合計しても一瞬としか形容できないタイミングで、りんごを掴まなければなりません。これが運動神経です。

 彼は敵の動きを的確に予測し、それに対応している。

 更に優秀なのは、剣の動きです。彼の剣は瑞々しい……つまり、それは剣が体の一部のように動いているということです。りんごを掴むとき、自分の手のひらまでの長さがわかっていない人は稀です。みな一様に手のひらに当てるところまでは可能でしょう。ですが、それを突然渡された柄杓で受け止められる人は、どれくらいいるでしょうか。

 きっと、彼なら落下してくるりんごを、剣の突きで正確に貫くことが出来るでしょう。

 予測。

 感覚。

 そして実際にその通りに体を動かすこと。

 手にした剣を、寸分違いなく意のままに操ること。

 それは決して一朝一夕で身につくものではありません。

 単純に、剣を振った回数が経験となって、確かに彼の中に蓄積されているのです。

 セウロは、優秀な剣士として既に完成に近いところにいる。


 一見嬉しい誤算のように見えるこれが、また問題なのです。


「……しぶとい」

 生死を賭けたギリギリの応酬から何かを掴めないかと模索しているというのに、セウロは強すぎです。ただでさえ加減が難しいというのに、なんですか。いや本来ならば強いことは嬉しいはずなのですが。

 なんとも、うまくいかない。

 結局のところ3週間もこんなことを続けながら、セウロは着実に剣士としての精度を高め続けており、それ以上でもなくそれ以下でもない状態なのです。

 いや、賢者の意味ないんですけど。

 これならわざわざ私が面倒見る必要ないんですけど。

 適当に剣の立つ団員を見繕ってきた方がよっぽどためになります。あと私のマナ的に省エネになります。

 はぁ……、もう、無理やり魔法・魔術浴びせて内なるアニマが呼応して目覚めるパターンに計画をシフトした方がいいような気がしてきました。同時に師弟関係がいよいよ犠牲になりそうですが。

 舞うように戦う彼の手には、光を反射するラハット・ハヘレヴ。

 確かに美しい。

 けれど、本物の輝きではない。真の光は、あのステンドグラスの虹を集めた輝きよりも更に眩いものでしたから。


 まだ、戦争までは時間がある。けれど、悠長にしている暇はありません。星巫女の星図ウラノメトリアが示した全世界を巻き込む今度の戦争は、伝説の英雄なくしては終結されない。少なくとも、モルゼントゥール王国が勝つことはなく、私の目的が達成されることもまたない。

 “英雄”が、必要なのです。

 そのためであれば、私は、どんな手でも尽くしてでも――。

「あっ」

 ピークに近い疲労からか、セウロが足をもつれさせて地面に倒れこみます。

 そこを目がけて柱がひとつ。

 瞬時に起き上がって難を逃れますが、彼がさっきまでいた地面が叩き付けられて砂泥が飛び散ります。

 それが一瞬彼の視界を奪ったことが、命取りでした。

 正面から、横殴りの一撃。

 避ける余裕は既になく、剣で受け止めるしかありません。

 轟音。

 吹き飛ばされることなく踏みとどまったことは、称賛に値するでしょう。

 けれど、これは一対一の戦いではないのです。

 足を止めれば、他に敵は四つもあるのですから。

 今度こそ、致命的です。

 背後。

 頭上。

 左右。

 それぞれに、表情もなく、感慨もなく、雄叫びもなく、呼吸もなく。

 マナの塊でありながら無機質な柱たちが、セウロへと殴りかかり――

 その瞬間、彼には何も出来ないことがもう決定づけられていました。

 目の前の柱を押さえつけるだけで精いっぱいで、両手両足も限界です。


 ですが、その瞳は死んでいませんでした。


 だから、待ちに待ったその瞬間だというのに。

 彼が死に直面する絶好のタイミングだというのに。

 剣が、力が、輝きが目醒める時かも知れないのに。

 


 ――パチン、と指を鳴らしました。


 

 マナへと霧散した柱たちが起こした風だけがセウロを襲い、彼はその場にへたりと座り込みました。

 後ろ手をかきながら、セウロの下へと近づきます。

「流石に……今のは死ぬかと思いましたよ」

 彼は力なく笑って私を見上げました。そこにあるのは疲弊しきった少年の空元気だけです。

 私は、少しだけ間を置いて、

「――まさか。師匠が弟子を殺すわけないでしょう?」

 そう返したのでした。

「っですよね! 良かったぁ~、正直いつかホントに殺されるんじゃないかと疑ってたわ~」

「失敬ですねキミは……」

 つい、彼の笑顔につられて、笑みがこぼれてしまった。

 全く、セウロは恐ろしいまでに愚直な少年です。

 魔法が使えないことが、彼をここまでの剣士に育て上げました。それは生まれた時から才能が有って使えるどんな魔術よりも価値のあるもののように思わされます。

 見たことはないけれど、彼が直向きに剣と向き合ってきた姿が、まぶたの裏に浮かぶのです。

 そして、今の彼の瞳には、果たすべき“約束”のことしか見えてない。

 だから私は彼を本当に殺すことができませんでした。

 いっそ彼が死んでしまったところで、魔法が使える新たな英雄候補を探す努力をする方が、何倍も楽かもしれません。

 非情になり切れないのは、私の悪い癖でしょうか?

 それとも、ある意味セウロの才能でしょうか?

 どちらにしろ、私たち師弟は一筋縄ではいかず、彼が英雄足りえる道のりは、相当な長丁場になりそうです。

 ……しかし、長生きしている私ですから、今更数年時間を費やしても、変わりませんかね。

「セウロ。今日はこの辺りにしましょう。君がようやく30分生き残れなかったところが見られて、私、今日は満足です」

「……言いたいことだらけですけど、終わりってことには文句ないですよ」

 凸凹ながら、彼と一緒に模索していくことにしましょう。

 少なくとも、彼が卒業するまであと1年はあります。その間に芽が出なければ、そのとき考えればいいのです。

 手を、彼に差し伸べます。

 するとセウロは無垢に笑って、その手を取るのです。

 生まれて初めて弟子を得た私でしたが……師弟関係も悪くない、そう思います。



 きっと彼の剣は報われる。そんな時が、来るはずです。




 ……さて、徹底して無視していましたが、そういえばセウロを尾行してきた候補生らしき生命核アニマをずっとマナ探知で感じています。

 観察するようにじーっとこちらを見ています。まじまじと見ています。

 しかし、悪意は感じられません。

 きっと、特訓の内容やセウロの実力を見て、驚くのに精いっぱいなのでしょう。

 ……ん? そうだ、よくよく考えてみれば、こんな風にセウロが目立つ機会が割と近くにありました。

「そういえばセウロ。もう半月もしたら候補生学校で最初の試験がありますよね」

「え? そうなんですか?」

 同級生と真剣に手合わせするとなれば、みな彼の実力には気付くことでしょう。

「そうなんです。候補生なんだからそれぐらい把握していなさい、全く。……期待していますからね」

「よっし! 頑張って勉強とか訓練とかします!」

 せめて賛美くらいは、あって然るべきですから。

 残念ながら私は師匠という立場上、あまり無闇に褒めたたえるのはよろしくない。

「ええ、その意気です」

 ですが愚直な我が弟子が良い成績を残せるように、これからも手伝いぐらいはしてあげましょう。

 意気込む彼を横目に、覗き込むお客さんを探知の片隅に、私も試験が楽しみです。


「まあ、魔法・魔術は最下位でしょうけど」

「それは言わない約束でしょ!?」


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