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Clear Lance_大魔戦記_候補生編  作者: 一木 樹


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Episode15-3.帝国強襲




 数歩先、間合いよりも遠い位置に帝国騎士。副隊長を名乗ったウォレス・ヲウクス・マルティネス。

 一応あの男に勝つ算段はついた。生きるか死ぬかの賭けを……やはり5回ほど潜り抜ければきっとたどり着く。

 気持ちが晴れた。

 思考が澄み渡る。

 ああ、やっぱり……馬鹿にされたまま生きていくよりは、命を懸けて戦う方がよっぽど清々しい。

「……さて、随分と勝手な行動だったが……それもすべて許そう。君が“英雄”のことを喋ってくれるのならね」

 許すだって? やっぱり気に入らないな、その上からの物言い。

 手元の鞘に入った帯剣の柄を、強く握りしめる。

「ええ、よく知ってます。その“英雄”とやらについては――」

 それを、大きく振りかぶって。



「――僕を倒せたら、そのとき教えてあげますよ」



 思いっきり投げつけた。

 敵の眉間を目がけて、縦回転で飛んでゆく帯剣。

 地を蹴る。

 同時に僕は先ほど確認した槍の方向へ駆け出した。

「……残念だ」

 空を切って飛んでいった剣が、勢いよく突き刺さる音がした。

「手間が省けるかと期待したが……仕方がない。やはり君たち候補生が死に絶えるまで、地道に一人一人殺していくとしようか」

 槍をつま先で蹴り上げて、後ろ手に掴んで敵へと振り返る。

 見据えた先に、半身を引いて帯剣の投擲を避けたウォレスがいた。

 彼は背後の木の幹に刺さった僕の帯剣へと手を伸ばし、それを引き抜く。

 ……待て、おかしい。

 さっきまで彼の手の中にあった剣は、いったい、どこに。

 真上から降り注ぐ太陽の日差しが、何かに遮られたような気がして、ふと上を見上げた。

 空気を裂く音。

 回転する剣が、僕を目がけて落ちてくる。

 視認。

 認識。

 理解。

 そして、対処。

 槍を回転させて刃を真下へと構える。それを、切り上げるように振り払った。

 弾けるような金属音。

 飛来する剣とぶつかる槍。

 直後、僕の背後の地面に剣が突き刺さった。

 手元の槍は全長2mほど。手慣らしに数度振り回してみると、ああ、やっぱりこれが一番馴染む。7年間振り回した得物エモノは、候補生学校での付け焼き刃よりもよっぽど良い。

「長物をそんなに上手に扱えるとは驚いたな。今まで殺した候補生はみな帯剣ばかりで、てっきり剣術しか習っていないのかと」

「僕は剣の成績ではセウロに負けっぱなしですが……実は槍を使えば、互角のところまで迫る実力なんですよ」

 誰だそれは、と怪訝な顔をしながら、僕の帯剣を手に構えるウォレス。

 僕も久方ぶりの槍を派手に振り回したあと、敵を目がけて構えを作る。

 ニヤリと、敵兵の口元が吊り上がった。

「槍捌きの腕は認めよう……だが、これはどう捌くつもりだ?」

 ウォレスの周囲に収束するマナ。

 来た。


BinahビナーzayinザインTipherethティファレト……紫電一閃モヴ・アルゲス


 敵兵の詠唱を聴きながら、僕は――ある仕込み・・・を発動させた。

 ウォレスの雷の光で、目の前が埋め尽くされる。

 視界を消し飛ばす暴力。

 その直後、雷鳴と放電の音が耳に届く。

 やはりとんでもない威力だ。副隊長の地位は伊達じゃない。

 放電の中心から、風が起こって僕の髪をなびかせる。

 そして……僕は何事もなかったかのように、槍を構えて佇んでいた。

 違うのは、さっきまで僕の右腕に装着されていた籠手ガントレットが、数メートル先へ落ちていることだけ。

 ウォレスは驚きの表情で僕を見つめていた。

「……何をした、少年」

「簡単なことですけどね。本気で放つから、貴方も眩しくて見えなかったんでしょう? もう一度撃ってみたらどうですか?」

「君の生命核アニマではあの雷撃を凌ぐほどの威力は出せまい」

「じゃあその種明かしも、僕を倒せたら教えてあげましょうか」

「……人をおちょくるのも、大概にしたまえ!」

 終始余裕があったウォレスの額に、青筋が立っている。

 いい気味だ。

 もう一度、マナが収束するのを感じる。


Binahビナー!」


 また雷-活動の詠唱だ。唱え終われば一巻の終わり。

 再度、その前に手を打つ。


zayinザイン、」


 僕の魔術はあまり役に立たない。

 だが敵が雷属性の魔術ならば、対抗手段になる。

 素早く腕のベルトを緩め、抜き取った左腕の籠手ガントレットを宙に放る。


Tipherethティファレト!!」


 半身で槍を構え、籠手ガントレットを横殴りに振り抜いた。

 一瞬で、視界を埋め尽くす光の奔流。

 眩しさに目を細める。

 光は派手だけど雷撃の本体はそんなに巨大じゃない。

 雷属性の特性は、初速最大。狙いは必ず直線形。目的地に設定された地点へ最速で流れていくため、細く尖った形になる。ちょうどこの槍のように。

 雷鳴が響く。

 敵兵と僕のちょうど中間地点辺りで放電スパークが起きる。

 弧を描いて拡散する電撃の跡。その中心に、先ほど槍で弾き飛ばした籠手ガントレットがあった。

 一撃目を防いだ籠手ガントレットの隣に、それは音を立てて落ちた。



 落下と同時に――二つのガントレットを飛び越えて、僕は一気にウォレスへと迫っていた。



 閃光は視界を奪い、敵味方関わらず動きをにぶくする。

 光の影に身を隠して、曖昧な視界の中を駆け抜ける。

 あと10歩。

 ぼやけた輪郭が徐々に鮮明さを取り戻していく。

 あと6歩。

 思惑通り、ウォレスの反応はまだない。

 あと3歩。

 槍の間合いに入った瞬間。

 低い姿勢からの構え。

 眉間を目がけて、突きを放つ。

「なるほど」

 首を倒して、彼は槍を躱した。

「雷属性の弱点として、障害物を避けたり貫いたりすることはできないと把握していたが……まさかこんな命知らずな方法で私の雷撃をやり過ごすだなんてね。一瞬でもタイミングを誤れば即死だ」

 マナ探知で接近を気取られていたか。そう簡単には獲らせてもらえないらしい。

 ウォレスが流し目で顔の横にある槍を一瞥した。

 直後、下段から槍を弾く斬り上げ。

 槍を伝わる重い衝撃。

 だが引くことはしない。弾かれた勢いのまま、槍を一回転させて反撃する。

 弧を描く刃。

 下段からの切り上げ。

 鈍い音。

 視線を下げると、ウォレスの足が刃の根本の柄を踏つけている。

「この動きも良い。私に対して雷撃を捌いて接近戦へ持ち込むことに成功したのは、候補生の中で少年が2人目だ」

 攻撃は防がれた。

 さらに厄介なことに、地面と足に抑えられ槍が抜けない。

 足で対処……つまり、手元が自由フリーだ。

 上段。

 見上げたところに迫る帯剣。

 槍は手放せないが……踏まれているなら、そこまで迎えにいけばいい。

 片手を槍から離し、真下の地面に向けて伸ばし全身ごと姿勢を落とす。ちょうど腕立て伏せのような動きだ。

 自由落下。

 全体重を片手に預ける。

 水平になった槍が解放された。身体に沿って柄を引いて、直後に右へと転がる。

 さっきまでいた場所に落ちる斬撃。

 地を抉る帯剣。

 舞い上がる砂塵。

 槍は取り戻した。攻めの姿勢を崩すな。

 間髪入れず立ち上がり、再び槍を構える。


「そして、私の一太刀から生き延びた候補生は少年が初めてだ。誇っていい」


 再び突きを繰り出そうとした、次の瞬間だった。

 鈍い衝撃。

 槍の穂先の少し下を叩く何か。

 槍の構えが崩された。

 速い……! しかもこの感触は……。

 相手は地面に剣を叩き込んだ直後だ。次の剣戟には早すぎる。

 砂塵が晴れたところに見えたのは、裏拳で槍の柄を弾き飛ばしウォレスの姿だった。

 その奥の手に握られた帯剣が、既にこちらへ迫っている。

 ……嘘だろう? 砂塵の奥から的確に刃を避けて拳を入れられた。つまりは構えを見切られているということだ。勘弁してほしい。僕が槍を手に取ってから構えを見せたのはたったの二回だぞ。

 敵の素早い連撃に焦りはした。

 だがこの応酬の最中で、僕の思考は冷静に回っていた。

 弾かれた刃を取り戻そうとこの勢いに逆らえば、槍は地面と水平に止まる。迫る横なぎに対して無防備だ。

 だからいっそ、貰った裏拳の勢いを利用する。

 持ち手を機軸に、半回転。

 刃と反対側の先端を天へ向ける。

 直後、今度は甲高い金属音が鳴った。

 柄を挟んで肩と両手で槍を支え、全身で衝撃を受ける。吹き飛ばされてたまるものか。

 防御は間にあったが、結局槍の刃を抑えられてしまった形だ。

 微動だにしない二人。

 武器を通しての力比べ。


 土に汚れ汗の滴る僕と、まだ余裕を残した表情かおのウォレス。


 コイツ、接近戦も結構な使い手だ……!

 だが、絶対に距離は取らない。

 雷撃を使わせないためには、接近戦を維持しなければいけない。

 さっきの籠手ガントレットのように防具をうまく利用すれば雷撃を対処できるが、それも有限だ。手持ちの防具ではあと2回が限度。

 このまま白兵戦で決着をつけるのが一番理想的だ。

 ウォレスが身を引いたところを追って突きを放つ。

 槍と剣が弾ける。

 応酬はしばらくやむことなく続く。

 手合わせしてわかった。やはり兵士としての練度は明らかに負けている。それでも打ち合いが成立している理由がふたつある。

 ひとつ目は剣と槍のリーチの優位。

 僕の攻撃を弾き、槍の間合いへ素早く踏み込むウォレス。

 横なぎの一撃が僕の首元へ迫る。

 

 すう、と。

 

 短く息を吸った。

 一歩後退。

 直後、顎のすぐ下を帯剣が通り抜けた。

 理由のふたつ目は間合いの把握だ。

 それは武器と武器をぶつけ合う白兵戦において、時に武器以上に武器になるもの。

 僕がセウロと7年間稽古を続けた末に手に入れた技術。槍の間合いと剣の間合いの差違を読み切ることが、セウロ攻略で最も役に立った技だ。

 何より敵が今使っている帯剣プレゼントは、僕ら候補生が半年間振り続けた相棒。槍ほどの愛着は無いと言ったが、摸擬戦で何度も打ち合ったその規格スケールは体に染みついている。

 有利な状態での回避に成功。そこから、渾身の一撃を振り下ろす。

 激しい金属音が鳴る。

 それでもまだ、実力差の壁は厚いか。

 鍔迫り合いの最中、ウォレスが手元の帯剣へわざとらしく視線を向けた。

「妙に勘が鋭いと思ったら……なるほど、初手の投擲から謀略は始まっていたわけか」

「よく言いますね。間合いの有利ハンデでようやく互角ですよ」

 電撃封じに槍のリーチ、さらに帯剣間合いの把握。有利なカードは揃っている。

 この機を逃すわけにはいかない。

 再び、金属音の連続。

 攻撃の回転率を上げ、手数を増やす。

 息が上がる。それでもまだ、と槍を打ち込んでいく。


「――少し、飽きてきた」


 槍捌きには自負があった。

 止め処なく攻めていれば、詠唱の隙はないと考えていた。

 だが、目の前には僕の槍の連撃を捌きながら、悠長に呼吸を整える騎士がいた。

 血の気が引いた。

 これが、帝国騎士の実力者。

 マナが収束していく。

 冗談じゃない。

 こっちは手を緩めてなんかいない。

 むしろ、必死に回転数を上げているのに。

 がむしゃらに全力を込めた袈裟斬りは、難なく受け止められた。


BinahビナーzayinザインTipherethティファレト


 マナ収束は、頭上。

 敵の帯剣を弾いて距離を取る。電撃への対処中は無防備になるため、悔しいが距離の確保はやむを得ない。

 同時に槍の刃で右足の脛あてクリーヴのベルトを切断。

 障害物を投げての電撃封じ。

 タイミングを間違えば即死だ。

 収束の波を読んで、思いっきり脛あてクリーヴを蹴り上げる。

「そう、雷撃への対処が最優先――代わりに、一太刀貰っておこうか」

 すぐ近くから、冷酷な声がした。

 斬撃が来る、と脳では理解できたが、右足を蹴り上げた状態では一歩も動けない。

 死に体。それでも、せめて……!

 上体を反らし、身体を伸ばす。受け身を捨てた姿勢だ。

 直後に、頬に鋭い痛みが走った。

 背中から地面へと落ちる。

 空中で放電スパーク。視界を奪う閃光。

 あの男、一太刀とか言っておきながら容赦なく首狙いじゃないか……!

 さっきの剣戟の軌道、身を投げ出さなければ頭と胴体が分かれていた。

 跳ねるように起き上がる。

 すぐに近距離を取り戻す。視界は悪いが、せめてウォレスを槍の間合いの内側へ。

 一歩、踏み出した瞬間だった。

 落下してくる脛あてクリーヴ。その、奥に見える人影。

 ピントが前後でブレる。

 曖昧な輪郭が語りかけてくる。

「雷撃への障害物配置……相変わらず見事なタイミングだ。だが、流石に手数が足りない」

 鮮明になる視界。

 音を立てて地面に落ちた脛あてクリーヴの向こうで、既に次弾の準備を整えたウォレスが、帯剣の切先をこちらへ構えていた。

「君が地面に寝ていた一瞬は、十分な猶予だった」

 まずい……!

 続けて雷撃が来る。

 慌てて後ろ手に槍を回転させ、左足のふくらはぎを締めていたベルトを断ち切る。


Binahビナー


 左足を浮かせ、脛あてクリーヴを宙に軽く飛ばす。

 急ぐしかない……!


zayinザイン


 脛あてクリーヴの中心を目がけて突きを繰り出し、同時に地を蹴って後退。

 やはり反応が遅れた……この距離での放電スパークだと巻き込まれる……!


Tipherethティファレト


 衝撃に身構えた、直後。

 弾き飛ばされた脛あてクリーヴが……雷撃を受けることなく、ウォレスの元まで届き、袈裟斬りにより地面へと叩きつけられた。


ayinアイン


 続く詠唱。さらに収束を続けるマナ。

 ――しまった、連節詠唱……!?

 雷-活動-変化。詠唱を繋げて性質を複合し、威力を上げる技術。

 雷の詠唱は完璧に暗記していた。マナの収束パターンも掴んでいた。

 全てはタイミング。これも一種の間合いと言える。

 測れているつもりだったが、連節詠唱これは誤算だった。


Hodホド……白電一陣アスプロ・ブロンテス


 こちらは後退して、衝撃に身構えた直後だ。

 今までのように防具に手をかけ、それを雷撃直線上に配置する余裕はない。

 何より防具の在庫切れだ。

 光が迫る。

 仕方がない。

 握りしめた右手から、力を抜く。


 するりと、槍を放り投げた。


 構える暇もなかったから、投擲とは言い難い。

 今手に掴んでいたモノを使うしか方法はなかった。

 やはり実戦は難しい。

 本当に、想定外のことばかりで、冷や冷やしたけれど……これで、最後の仕込み・・・が完了した。

 視界が光で潰される。

 続いて雷鳴。

 なるほど連節詠唱なだけある。

 目の前で雷撃と槍が衝突し、槍を起点に放電が起きる。

 雷の余波が身体を掠めて肌を破った。

 痛みと熱が全身を撫でる。

 痺れが思考すら邪魔をする。

 だが、ここは引けない。

 もう一歩も引けない。

 放電の中心。

 そこへ手を伸ばしながら――



Hodホド-reshレーシュ-Yesodイェソド



 ――たったひとつ、僕に許された魔術を詠唱しつぶやいた。

 属性は雷。特性は不動。

 放電で雷が散ってしまうよりも早く、それらを無理やり収束させる。

 ウォレスの放った電撃を、槍に封じ込める。

 放電の音が槍へと再び吸い込まれてゆく。

 空中で震える槍を、僕の右手が掴んだ。


雷霆掠奪フルグル・ワスタティオ

 

「不動の詠唱……掠奪ワスタティオ……少年、正気か?」

 ウォレスが唖然とした表情を見せた。

「敵の魔術を奪う……技術的には理解できるが、習得する価値が無い・・・・・・・・・。常軌を逸しているよ。君のような魔術師は生まれてこの方、見たことがない」

 槍を見つめる。

 その穂先に留まる雷は、紛れもなく敵兵の魔術だったものだ。

「酷い言い様ですね。知ってますよ、自分で生み出した魔術をコントロールする方が断然効率的だって」

「相手の魔術を奪うほどの精度でコントロールするということは、相手よりも魔術の力量で優る必要がある。相手よりも力量で優っているのであれば、わざわざ相手の魔術を奪う必要がない……矛盾しているんだよ、掠奪ワスタティオというのは」

「でも仕方ないじゃないですか、僕には、『これ』しかなかったんですから」

 雷-不動。

 魔術師がどんな魔術を使えるかは、生まれたときに決まっている。創世機構ツリーとは、世界樹がこの世界を創り上げたときの設計図のようなものだ。それを分け与えられた人間が、マナを操り世界創造の真似事をする。これが、僕らが魔術や魔法と呼んでいるものの仕組みだ。

 設計図は紙のように千切れやすいのか、バラバラになって僕らの生命核アニマに宿る。属性は集まりやすい傾向にあるが、それもあくまで傾向だ。

 Hodホド-reshレーシュ-Yesodイェソド

 僕の大したことのない生命核アニマに刻まれた創世機構ツリーは雷-不動たったひとつだった。

 つまり、自ら自由に魔術を生み出し、変化させることはできない。

 0から1は生み出せないのに、1をコントロールすることだけができる。

 不完全な魔術師。

 そんな僕が候補生学校に行くことは、周囲から大反対だった。

 1属性と3特性が揃っていて、十分な生命核を備えている。それが魔術師と呼ばれる人種の標準装備だから。

 それでもセウロが行くって言うなら、僕がそれを黙って見てるわけにはいかない。

 隣の奴は、ひとつすら与えられなかったんだから。

 僕は不平を口にすることなく、手の中にあるたったひとつの手段で戦うすべを常に模索してきた。

 不動の本質は生み出された魔術を『固定・維持・蓄積』するところにある。

 僕にはこれしかできないけど。

 持ってるカードで戦うしかないだろ?

 周りを見渡す。

 地面に転がっている僕の防具。

 それは雷撃を防御するための捨て石――ではなく、攻撃のための布石・・・・・・・・だった。

「驚いてるところ悪いですけど、まだまだ種明かしはこれからなんですよね」

 今まで維持していた魔術を解くと同時に、手元の槍へ再度へ詠唱を重ねた。



Hodホド-reshレーシュ-Yesodイェソド!」



 右の籠手ガントレット、左の籠手ガントレット、右の脛あてクリーヴ

 それぞれに仕込んでいた雷-不動が解除されると、蓄電していたウォレスの雷撃・・・・・・・が解放される。

 雷光は、僕の右手の槍に重ね掛けされた詠唱に従って、ひとつへと集まっていく。

 僕がこっそりと魔術を重ねられたのは、派手な雷鳴が仕込みの詠唱をかき消してくれたから。

 マナ探知でウォレスが気付かなかったのは、攻撃で放った雷撃の残滓がカモフラージュしてくれたから。

平行多重詠唱ムルタ・アレフヴェート……まさか戦いの最中で、今ままでの雷撃を全て保持していたというのか……!?」

 槍が震える。

 意識が吹っ飛びそうなほどの密度のマナが、この一本の槍に込められている。

 僕の詠唱で留めて置けるのは、あと30秒ほどだろうか。

 だが、成功した。

 相手の想像を上回ること。

 圧倒的実力差を覆すたったひとつの方法に、僕はたどり着いた。



「ウォレス副隊長殿。貴方の雷を飼いならすのには、苦労しました」



 唖然とするウォレス。無理もない。他人の魔術を奪うのは、言ってしまえばマナー違反だろう。盗人と言われても仕方がない。だが、候補生へ奇襲を仕掛けてきた相手に文句を言われる筋合いはない。

 だがすぐにウォレスの表情が一変した。

「――一芸の極致だな」

 冷静さを取り戻していた。まっすぐに僕の槍と、そこに蓄積された4回分の自分の雷撃を見つめている。

「これまで候補生の君を上辺だけで褒めてきたが、訂正しよう。これからは一人の兵士として、私が全力で倒すべき敵として闘わせてもらう」

 ウォレスの周囲にマナの収束。

 それも、今までの比じゃない。

 来る。

「……勝負しましょうか。貴方の全力と……貴方の4回分の雷撃に上乗せした、僕の全力とを」

「生意気な物言いだが、奪われた以上君のものだ。私も出し惜しみはしない」

 ウォレスの手元に光が瞬く。

Hodホド-reshレーシュ-Yesodイェソド!」

 相手も雷-不動を駆使している。

 ウォレスは雷属性の卓越した魔術師だ。3種の特性全てを最大限に活用してくる。

 彼を中心として、蜘蛛の巣のように広がる雷の網。

 上は崖を超えそうなほどの大きさだ。直径は30メートルほどになる。

 これは土台かつ備蓄ストックか。一度に精製できる雷の量は限られている。だから、先に打ち出す分を創り上げ、それを雷-不動で固定している。

 僕の槍に蓄えられた雷と比べても遜色はない総量。

 これが全力というわけだ。

「先ほどまでの私の雷撃の名は“紫電一閃モヴ・アルゲス”。人間一人であれば十分消し炭に出来る威力だが、これは、その紫電一閃モヴ・アルゲスを幾重にも束ねた魔術極点、“電光千渦ステロペス・ディニ”……一度に5発分以上のコントロールを強いられるのは初めてで、胸が躍るよ」

 ウォレスは弓をつがえるような仕草を見せた。

 こちらも槍を構える。今回もタイミングが大切だ。

 彼の詠唱に伴って、一本の巨大な矢が形作られてゆく。

 抑えきれない放電が暴れ、それを押さえつけるように詠唱が続く。

Binahビナー-zayinザイン-Tipherethティファレト-ayinアイン-Hodホド

 ウォレスが詠唱を言い終わる直前。

 一歩踏み出し、全身の捻りを右腕に伝播させる。

 狙いはウォレスの眉間。

 渾身の力で、4回分の雷撃と僕の全力を乗せた槍を投擲した。

 互いに放たれる、雷の如き一撃。



 爆発スパークが起きた。



 ぶつかり合った矢と槍は、お互いの電撃を激しく放電しながら、拮抗していた。

 暴風が吹き荒れる。

「まだだ!! 私の全力は、こんなものではないッ!!」

 ウォレスの雄叫びが聞こえる。

 光の明滅の合間に、彼の作った蜘蛛の巣のような雷の網が、末端からつぎ込まれていく。

 徐々に電撃の矢の威力が増していく。

 僕の槍があまりの電撃に耐えかねて、ぼろぼろと崩れていく。

 今保たれている拮抗は、すぐにでも瓦解する。

 そうすれば、まだ供給のある相手の勝ちだ。

 これまでにない威力の雷が僕の全身を襲い、跡形もなく消し飛ばすだろう。

 読み通りあの雷の網だか渦だかは備蓄だったわけだが、それを全て一撃に纏め上げるのは驚嘆に値する。繊細かつ暴力的な一手。惜しみない全身全霊の攻撃。

 そこで、少しだけ……気持ちが楽になった。

 侮辱された相手の全力を引き出した。

 どうだ。

 たかが候補生と侮った小僧に、対等な勝負をされたのはどんな気分だと、問うてやりたい。

 死線を何度も潜り抜けた先で掴んだ結果。

 僕の自尊心プライドは、これでようやく納得できる。


 ――だが、まだ満足はしていない。


 死線を潜り抜けたというのなら、またひとつ。

 これだって超えていけばいいだけの話だ。

それ・・も、貰いますよ」

 たったひとつ、僕に許された魔術を再び詠唱した。



Hodホド-reshレーシュ-Yesodイェソド……雷霆掠奪フルグル・ワスタティオ!」



 暴風を掻き分けて進む。

 2つの雷がぶつかり合う中心へ飛び込みながら、僕は最後の詠唱を唱える。

 二人の魔術師の全力と全力。

 それをひとまとめ・・・・・にすることが出来たのならば。


「まさか……私の全力諸共、更に掠奪しようというのか……!?」


 光の明滅と、雷鳴の轟音が止んだ。

 それらは全て、僕が右手に掴んだあるモノへ押し込められている。

 雷が消えて開けた視界。

 目の前には茫然としたウォレス。

「私の雷を奪ったのも、私を煽り全力を出させたのも……このための布石に過ぎなかったというわけか?」

 その表情に微笑みを返す。

 全力を誘ったのはこのとき、この瞬間のため。

 全身が震える。

 1秒後には雷撃の制御を失って、暴発するかもしれない。

 ひとり感電し、無様に死ぬのかもしれない。

 それでも。

 勝つためには。



「――電撃ともうひとつ。これを返すの、忘れてました」



 僕が構えたのは、ウォレスの剣。

 この戦いの初手。投擲した僕の帯剣に対して、意趣返しとばかりに放り投げられたこの剣。

 防具も武具もすべて出し切った僕に、残されていたプレゼント。

 雷がぶつかり合う光の騒動は、背後に弾き飛ばした剣をこっそり回収するには絶好の機会だった。

 雷撃で震える剣を、上段に構える。



「……全く、律儀なことだ。受け取っておこう」



 ウォレスは受け入れるように、両腕を広げた。

 その笑みは、親友を称えるように友好的で。覚悟の決まった表情だった。

「ずるいな……そんな顔されちゃ、やりにくいじゃないですか」

 言葉とは裏腹に、両腕にはすんなりと力が入った。

 ただ、振り下ろすだけ。

 僕はこの瞬間、世界で最強の一撃に違いない雷属性の魔術を叩き込んだ。



紫電万雷ロンヒ・ケラウノス



 雷が落ちた跡というのは、こういう風景なのだろう。

 光が辺りを一瞬だけ照らして。

 鼓膜を破るくらいの爆音が鳴り響いて。

 地面を揺らす衝撃が走って。


 あまりの威力に、攻撃した僕自身も雷撃の余波に巻き込まれて数メートル吹き飛んだ。

 身に余る魔術を使ったのだから当然だ。

 

 地面にうつぶせに倒れている。

 もしかしたら、少し気を失っていたかもしれない。

 ウォレスがいた方向へと顔を上げる。

 ぽっかりと開いた穴があった。深さは3メートルほどか。

 人間の痕跡なんてものはない。


 仰向けに寝転がって、青空を見つめる。

 手を伸ばしながら、安心からか頬がほころんだ。


「……約束は守ったよ、バジル」


 僕は勝ったぞ。

 だからバジル。君もカチュアを必ず助けるんだ。

 パティは僕が山の麓まで連れて降りるから……ああ。

 流石に、酷使しすぎたな。

 体が動かない。

 すぐに降りなきゃいけないけど……少しだけ。

 

 

 少しだけ休ませてくれ。


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