Episode1-1.再会
中庭の外れに一本、高い庭木が植えられていた。
宮殿とそれに隣接するこの候補生学校は街の中心、なだらかな丘の上にある。
この木に登ると首都の街並みが一望できた。
気持ちのいい、春の風が吹く。
地面から足音、続いて声が届く。
「首都の眺めはどうだい、セウロ」
木漏れ日がまだらに見慣れた顔を照らしている。跳ねるように枝を飛んで、そいつの隣に降りた。
「……昔はもっと広い街だと思ってたな」
というと、兄弟も同然に育ったそいつ――ユージーンはいつものように少し笑って、
「それは、君が成長したってことだよ」
なんてことを言ったのだった。
Episode1.再会
「まさか入学式をサボるとはね。その度胸は恐れ入るよ」
食堂で昼食に手をつけているとユージーンは何食わぬ顔で言った。口では咎めているつもりかもしれないが、どう見ても怒っているようには見えない。俺の事情をよく知る彼なりの、形だけの忠告だ。
「心配せずとも、授業にはちゃんと出る」
「当たり前。何のために入学したんだか」
ここは魔術師団候補生学校。この場所で候補生は丸々一年間をかけて魔法・魔術や様々な戦闘術を修め、兵士として訓練し、卒業すると同時に王国魔術師団に配属される。今日はその入学式を終え、この食堂では同年代の青年たちが各々食事をとっている最中だ。
「敢えて言うけど、魔術師団は王国の軍事力だよ。セウロの事情が、この場所で良く働くか悪く働くか僕にはわからないけれど、まずは実力が無くっちゃ話にならないんだから」
「実力主義なのは俺が一番わかってるに決まってるだろ。だいたい、良い方向に働くわけがあるか」
会話を切って食事に集中する。これ以上、今後共に訓練を受けるライバルたちのいるこの場所で、この話は続けたくはなかった。
ユージーンの忠告はもっともだ。だけど、それを痛感しているのは紛れもなく自分自身。
なにせ、ユージーンやここにいる候補生たちと違って、俺には――
「おやぁ? もしやと思ったがやっぱりそうだ! おい、こんなところで何をやってるんだセウロ・スペード!」
背後から一際大きな声。食堂に響き渡る厭味ったらしい声が、周囲の学生の視線を集めた。
「……食事中に騒がしいね。何の用かな、バジル」
ユージーンが嘆息しながら答えた。引きつった口の端が隠せていない。
「ああ、君も居たのかいユージーン。気の毒だねぇ、まだこんな奴に付き合わされてるのか?」
「ちょっと……聞き捨てならないな。それ」
スプーンを置く音が響く。
ユージーンの全身に力が入ったのがわかる。
隣で彼が立ち上がろうとしたが、肩を掴んでそれを止める。
「用があるのは俺だろ、バジル。飯食うのに忙しいんだ。手短にな」
食事の手を止めて、後ろに振り返った。
「ハハッ、そうだともセウロ。ひとつ聞きたいんだが……何だって君が候補生学校にいるんだい?」
「決まってるだろ。入学試験に合格した候補生だから」
「ハァ……? 何をふざけたことを言っているんだキミは……なぁ、そんなわけないだろっ!!」
怒号に近い叫びだった。
「君が試験に合格? おいおい、冗談でも言って良いことと悪いことがある。ここは魔術師団候補生学校だぞ! 魔法も魔術も一切使えないキミなんかが来る場所じゃない!!」
目を見開く。
他の入学生がどよめく。
だが、一言も反論は出来ず、奥歯を噛みしめるだけ。バジルの言いぐさは気に食わないが、返す言葉は無い。
全ては、事実に違いないのだから。
「試験は魔法・魔術と剣術の総合点だよ。片方で失敗したって、入学できないなんて道理はない」
ユージーンが代わりに答えるが、バジルの勢いは止まらない。
「いくら剣の腕が立ったところでなんだ? コイツはマナをまるで操れないんだろう? そんなのはもはや魔術師とは呼べない。……もしや不正でもあったんじゃないか? ほら、キミの家は特別だろう。誇り高き四代貴族の一角を担うスペード家の嫡子だ。それぐらいの優遇があっても全く不思議じゃない!」
バジルの勝ち誇ったような笑みが、決定的だった。
聴衆が水を打ったように静まり返る。
その沈黙に、耐えきれなくなった。
「……そんなのはもう、昔の話だろ」
絞り出すように、弱々しい声を吐き出す。
悔しいけれど、拳を握りしめることしかできない。
ニィ、とバジルの口元がさらに吊り上がる。
「ハハ、ハハハッ! これは失敬! ボクとしたことが失念していたよ……そうだ、スペード家は7年も前に没落したんだったねぇ。紛れもない、キミのせいで」
ついにユージーンが立ち上がる。珍しく眉間にしわまで寄せて。
「止めるんだ、バジル」
「仕方のないことだね! いくら四大貴族と言えど跡継ぎが魔法も魔術も一切使えないとなれば、家を存続させるのは絶望的だ。他でもない君が家を潰したのに、優遇なんて馬鹿げたことを言ったよ」
「いい加減にしないか……! セウロに責任なんて」
「そうだ、そういえばもう一つ忘れていたよ! 確か師団長に就いた前当主が、南の開拓で無様にも戦死したそうだね。ああ、本当に悲しいことだよ。間抜けな親子のせいで、ボクも、そこにいるユージーンも、残されたキミも……みんなみんな苦しむことになったんだから」
後ろ手に触れた今日の昼食のスープは、まだ十分に熱い。
――我慢の限界だった。
「あっづう!!?」
気づけば食器を掴み、その中身をバジルへ目がけてぶちまけていた。
尻餅をついたバジルへと向けて、固く結んでいた口が、すべてを吐き出す。
「てめぇ……黙って聞いてりゃ好き勝手に言いやがって!! ああそうだよ! 魔法も、魔術も、何にも出来なかったよ俺は! 父上がどうなろうが、俺さえうまくやれれば、家だってきっと存続できた。でも、才能のない奴が何をやったって無駄だ……そういう世界だろ!」
それでも、諦められなかった。
だから、剣を磨いた。
だから今、この場所にいる。
「俺が潰したのなら、俺がまた作り直す。剣一本じゃ無理か? 知るかよ! それでも上れるところまで、上り詰めるだけだ!! 俺がここにいるのは、そのためだけだ!!」
宣言した。
自分の責任は、自分が取るしかない。
これが俺の償いであり、誓いであり、そしてたった一つ残された生きる意味なんだ。
「……ああ、そうか」
生ぬるく濡れた髪とスープの具材の乗った制服をはたいて、バジルはゆっくりと立ち上がった。
「いいだろう、認めよう。場違いにも、こんなところまで来てしまったキミの信念を」
そして、腰に差した帯剣へと手が伸びる。
「だが、それならば同期はみな競争相手だろう。上るということは、周りを蹴落として、踏み台にするということと同義だ。手始めに――」
一閃。
抜かれた切先が、目前で止まる。
「まずは……ボクが相手になってやろう!!」
突き。
後ろが椅子と机だったことが、功を奏した。
全力でのけぞって、紙一重のところで帯剣の切先をやり過ごす。
眼前には帯剣の腹。
踵は椅子で、右手は机で、全身を支える。
俺たち二人は重なるように……ちょうど膝の真上の位置に、突きで伸び切ったバジルの身体。
即席の奇襲を仕掛けた側は、その後の手なんか考えちゃいない。
隙だらけ。
チャンスだ、と確信した次の瞬間には自然と身体が動いた。
左膝の蹴り上げが相手の顎に直撃する。
バジルの歯がぶつかる音がした。
その勢いのまま空中で半身となり、背を向けて両手を机につける。更に半回転しながら宙から地面へ戻ってきた左足が、振り子のように右足へと勢いを託す。
錐のように鋭く一回転。
高い軌道での回し蹴りで、右足の踵が無防備なバジルのこめかみへと突き刺さった。
互いの体が、一瞬だけ宙に浮く。
直後、標的は食堂の床を派手に転がった。
「……よしっ」
どういうわけだか知らないが、大抵の場合遺伝するはずの魔法の才能が俺には一切なかった。そして追い打ちのように、魔法の原理を解明し、現四大貴族が発展させた魔術でさえ、マナの欠片も操ることの出来ない俺には、発動すらさせられなかったのだ。
将来を嘱望されて生まれきた嫡子だっていうのに、期待外れもいいところ。
理由は分からない。
いや、理由なんてわかったところでどうしようもない。
今更、何を悔いても変わらないんだ。なら、するべきことは一つだ。
全てを覆して、この家名に相応しいものを取り戻すためには、強くならなきゃいけなかった。
ただ、それだけのことだ。
バジルは体勢を整えようとするが、顎と頭部への二連撃が効いているはずだ。すぐには動けないだろう。
「あっ……が……さ、流石に、魔法・魔術以外の点で合格しただけはあるようだね……!!」
その目は完全に怒りの色へと染まっている。
ふらつきながらも何とか立ち上がるバジル。
「おはっ、なら……ぐ……ここまでやれるのなら、こちらも相応の礼を尽くそうじゃないか……!」
まず、それに気づいたのはユージーンだった。
きっとマナの流れがあったのだろう。それを読み取った彼が真っ先に反応して、危ない、と叫んだ。
だがその声が耳に届くのと、魔法が働き、俺の真下の地面が丸ごと突き上がってきたのは、ほぼ同時だった。
「Kether-aleph-Cochma」
バジルが紡ぐ魔術詠唱。
咄嗟に飛び退いて、膝をつく。無理な体勢で着地したせいか、身体が硬直した。
その直後。
目の前でさっきまで自分のいた場所から、大樹の幹のごとく太い石柱が床から芽吹く。
更にそれを隠れ蓑に左右から、バジルの更なる詠唱に従って、捩じれながら突き進む泥と砂礫の塊が、俺を目がけて襲い掛かる。
身体が硬直から解かれるのにかかる時間。状況を正しく把握する時間。そして、その対処を思考する時間。
一秒以下の時間の中で脳が目まぐるしく回る。
戦闘の中では、寄せては返す波のように止め処なく応酬が繰り返される。
左右はダメだ。操作中の泥砂は標的へ向けて進路を変えられるかもしれない。
選択する。
真正面へと視線を向ける。
「残念だったねぇ、セウロ! ボクはキミ相手に手を抜くつもりは更々ないよ!!」
あざ笑うかのような言葉の意味は、すぐに分かった。
影が伸びる。
目の前の石柱が、こちら側に倒れてくる。
縦と横、逃げ道を潰された。
ダメだ、と。本能が訴える。
魔法も、魔術も圧倒的だ。貴族の出ではないバジルでさえ、これだけのことが出来る。
少し剣が立つだけじゃ、ダメだ。
このままじゃ、ダメだ。
ダメだ。
影が落ちる。
石柱と泥が迫る。
逃げ場は、どこにも――
「前に飛び込むんだ、セウロ!!」
是非の判断をする余裕なんてない。
信頼する声を頼りに、迫りくる石柱に向かって全力で飛び込んだ。
光明が差す。
石柱が真ん中の辺りでくの字に折れ、砕けながら軌道が横へと逸れた。
背後で飛来した砂泥が激しくぶつかり合う。
食堂の床に、石柱が倒れて粉々に砕ける。
間一髪だった。
声の方角へと目を向けると、机の上で帯剣を手に、安心したように息を吐くユージーンがいた。
目が合い、互いに頷く。
ひと跳びで隣に着地したユージーンが囁いた。
「セウロ、サポートするからバジルの脇を抜けて外へ逃げて」
「逃げる……!? どうしてだよ! ここまでやったなら決着を」
「物理攻撃しかできないからって、脳まで筋肉にならなくていいんだよ。セウロの方はまだ二度蹴りを入れたぐらいだからゲンコツで済まされるかもしれないけど、あっちはここまでやったんだから、ほっといても厳罰処分になる。ここは候補生学校だよ。今後を考えるなら事を大きくしないで、今は逃げるべきだ」
熱くなった俺には嫌と言うほどよく効く、冷水のような正論だった。
「そうだけど……! いや……そう、だな」
バジルの言ったことは許せない。
でも事実には違いなくて、それは半分くらい自分の責任なのだ。
目的をはき違えちゃいけない。
あいつに八つ当たりしたところで、どうなるわけでもない。
俺がやることは、まさしくバジルにつきつけられたその事実を、覆してやることなんだから。
「……わかった。でもお前だって派手にやりすぎるなよ?」
すると、ユージーンはとびきりの作り笑いで
「大丈夫だよ。正当防衛であれば、多少応戦しても許されるだろうからね」
と返した。
魔術を使ったとはいえ、3m近い石柱を帯剣で叩き折る奴だ。一緒に過ごし、一緒に鍛錬してきた俺が言うのだから間違いないが、本気のユージーンの相手をさせられるバジルが気の毒にさえ思える。
打ち合わせは手短に済まされた。
「いくよ」
「おう」
作戦は簡単。
腰にさげた帯剣を抜いて、二人で構える。
「二対一かい? いいねぇ、貴族サマがそこまで落魄れたなんて流石のボクでも悲しくなるよ!!」
興奮気味のバジルが応戦の動きを見せる。
「いいから黙って、覚悟しやがれ!!」
二人同時に走り出す。
陣形はシンプルに。ユージーンが前、後ろに俺の縦列だ。
バジルも負けじと前方へ踏み込こむ。
先にユージーンの振りおろした剣を、バジルが横に倒した剣の面で受け止めた。
ユージーンの背後から飛び出した俺は、バジルのそのがら空きの側面を一瞥して……剣を、納める。
不可解な表情を浮かべたバジルに、破顔して
「じゃ、お先に失礼」
と言って走り出すのだった。
バジルの目的は俺だ。ユージーンにも多少の因縁はあるが、圧倒的に俺との確執の方が深い。見境なく攻撃するような奴でもないから、きっと目の前に俺さえいなければ大人しくなるはずだ。だから一刻も早く安全地帯に逃げて、ほとぼりが冷めるのを待つ。そろそろ教官たちが駆け付けるころだろうし、言われてみればちょうど潮時だ。
背後からバジルの怒り狂った声と剣がぶつかり合う金属音が響いてくる。
振り返って確認してみるが、問題はない。やはりユージーンの実力なら、足止めは難なく出来るだろう。
「謀ったな、この卑怯者共めぇええ……!!」
「止めときなよ、バジル。模擬戦ならいつでも付き合うから。今日はこのあたりにして、ほら?」
「黙れ! 裏切り者のフェアファンクス家め! お前に何がわかるというんだ!! くそっ、かくなる上は……」
バジルが、ちらりと目配せをした。その先にいたのは、凛とした姿勢で佇む一人の候補生の少女。
アレは確か……。
「カチュア! ボクはセウロを追う!」
「はい、畏まりました。バジル様」
続けてバジルの詠唱。その属性は先ほどと同じく土。
鎬を削る二人を割って入るように、真下の地面から一本の石柱が盛り上がってきた。
一歩のけぞるユージーン。
そして反対に、一歩踏み出す(・・・・)バジル。
柱の頂点に、その足をかける。
跳躍。
自分の脚力と隆起の勢いを重ね合わせて跳ぶ。
「Kether-aleph-Cochma!」
空中で更に詠唱をしながら、ユージーンを軽々と飛び越えて着地。
バジルが立ち上がるとともに、その背後から巨大な壁が地面からせり上がってきた。
その大きさは、幅15mはあるだろうか。
回り込むには骨の折れるサイズ。
ユージーンから距離を取ってさらに間に障害物……あいつの目的は分断だ。
「任せたぞ、カチュア」
「なっ……待つんだバジル!!」
視界が遮られる直前、ユージーンがこちらに向かって走り出してきたのが見えたが、壁より先に人影が重なった。
背筋の伸びた後姿。
カチュアと呼ばれた少女。おそらく俺たちと同じ候補生の同期で……バジルのグレーバー家に仕えていたやつだ。
「バジル様の邪魔は許しません」
少女が腰から帯剣を抜く。直後に、金属音。
そうして、壁がすべてを遮った。
残されたのは、俺とバジルだけ。
血走った眼がこちらを睨みつける。
どうやら、とことんやる気らしい。
「さあ、続きをやろうか。セウロ・スペード!!」
熱い視線を送られたところで、こっちはとっくに冷めてる。
「嫌なこったぁ!!」
俺は前だけを向き、走るスピードを上げた。
追っ手は一人。
逃げ切れば、俺の勝ちだ……!!
食堂を出て、廊下。中庭。講堂。逃げ込む予定だった寮……はとっくに通り過ぎて。
校舎の脇。塀と建物の間。道とも言えない隙間で、俺とバジルは追いかけっこを続けていた。
実に、三十分は走り続けているだろう。
「おいおい、冗談だろどこまで追いかけてくる気だ、アイツ……!!」
その粘着質な根性は敵ながら見上げたものだ。
諦めて応戦する、というのは避けたい。
一度距離を取ってしまった以上、剣でしか戦う方法のない俺は圧倒的に不利だ。泥砂の雨を潜り抜け、地面からの石柱アッパーを躱し、バジルの懐に潜りこむ……勝てる見込みは、正直無い。
何より、ユージーンのおかげで頭は冷えた。俺にはこれ以上戦う意思がない。
「いい加減にしたまえ、ここまでやっておいて逃げるというのかキミは! 決着をつけようとは思わないのか!!」
だが、バジルにとっては違うらしい。
どうしても最後までやり合う腹だ。スペード家とグレーバー家の間にあったことを考えれば、アイツが止まれない気持ちもわかるが……。
「どうしたもんかな……」
全力で走りながら頭を悩ませるが案は浮かばない。
自分で言うのもなんだが、俺はどちらかと言われれば頭脳派じゃない。そういうのはユージーンの領分だ。
すぐ背後に土の塊が飛来する。
中距離戦で俺に打つ手はない……そろそろ誤魔化すのも限界だ。
「いいだろう……キミその気ならそれでいい。不本意だが、ボクはキミが背を向けていようと容赦はしないぞ!」
このままではバジルの一撃に捕まる。
どうする。
何か手立ては――
と、八方塞がりだったところに、道が開けた。
校舎の壁の脇を走り抜けた先。
一言で表すならば、巨大で精巧な白磁。
そこにあったのは、学校に隣接している宮殿だ。
王家の住まう、アルトワイエ宮殿。
純白の大理石のみを石材として建設されたそれは、日中は眩しいほどに輝いて見えた。
これだ!
宮殿は百人以上が働いてようやく維持できるほど巨大で入口は複数ある。目の前には候補生学校と宮殿とをつなぐ石畳の通路と、ひとつの入口があった。
近衛兵が二人。長柄の槍を持って、扉を守っている。
そこに飛び込んだ。
「わっ、なんだ? 候補生かお前。この入口から宮殿への立ち入りは禁止され……」
「悪いけど通してくれ! あんたらの相手はほら、俺の後ろだよ!」
注意が逸れたところで二人の間をすり抜け、王家の紋が刻まれた戸を開く。
土の魔法をまき散らしながら迫ってくるバジルの姿は、敵襲さながらと言ったところだろう。近衛兵がどっちを優先するかは明白だ。
思惑通り、近衛兵たちは大急ぎでバジルを取り押さえにかかった。
王家を狙う逆賊にされたら流石に可哀想だな、と少しバジルのことを気の毒に思いながらも、戸を閉じるのだった。
「さて、うまくいったはいいが……ここからだな」
なんとかバジルを撒いた。アイツが宮殿内でも暴れようって言うのなら、近衛兵たちも黙っちゃいない。それも、警備なんかよりももっと尋常でない人がくるだろう。
近衛兵を纏め上げるのは、候補生学校で特に優秀な成績を残したものに限られる。
体つきもさることながら、魔法・魔術の腕も選りすぐりの者たちだ。
ふと、昔、父に連れていかれた会食で出会った近衛兵の上官たちのことを思い出した。
……珍しい。
昔のことは、極力記憶の奥底にしまったままにしている。
結局はつらい思い出に行き当ってしまうことになるんだ。
幸せだったあの頃は、もう戻ってこないという事実にたどり着くだけ。
自分の不甲斐なさを、再確認するだけ。
顔を上げる。
バジルが話題を持ち出して焚き付けたというのもあるが……きっと、昔を思い出したのは、こんなところに来てしまったせいもあるだろう。
幼いころは、よく父と一緒に宮殿での催しものに列席した。
「……とにかく、いつまでも扉の前にいるのはまずいよな」
特に会食の時は挨拶回りが終わると、会場を抜け出してはよく宮殿の中を探検したものだった。
当時は貴族の子息。見つかっても捕まることはないが、あのときは巡回の警備兵の目を盗みながら進むことにスリルを覚えていたっけ。
七年経った今でも、なんとなく覚えている。
ここにいるのは危ない。すぐにでも巡回が来るだろう。
ほとぼりが冷めるまで、身を隠せる場所を探さなくては……。