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Episode13-2.談話




 その夜は、妙に目が冴えていた。

 たまにある。今日はそういう日らしい。

 下のベッドから、ユージーンの浅い寝息が聞こえる。

 それにならって目を閉じてみても、今度は思考が止まらない。

 

 ずっと、もがいている。

 良かったのは剣を抜いたところまで……いや、剣を抜いたことだけ・・だ。

 オレは何も変わってはいない。

 英雄を待つ剣を振り回したところで、オレは無能なセウロ・スペードのままだ。

 

 後悔はない。

 

 なぜなら、やるべきことはやってきたからだ。

 師匠の言う通りに剣を振るって特訓してきた。

 正解の道じゃなかったかもしれない。

 でも、止まらずに歩いてきた。

 息が切れたって走ってきた。

 だから、やらなかった後悔なんてない。


 でも、それでも、納得はできないだろう。


 オレは結果を求めてもがいているのだから。

 結果を得られずに終わるだなんて。

 絶対に認めるわけにはいかない。


 それまでの努力を誰に褒められようが関係ない。

 俺は褒められるために努力をしているわけじゃない。


 ああ。

 怖い。

 怖いな。

 どうしよう。

 このままだったらどうしよう。

 オレは英雄なんてなれないまま。

 戦場にすら立てないまま。

 約束を守れないまま。

 ただ生きていくとしたら?

 無為に死ぬとしたら?


 こわい。

 ああ、ああ、あああ。

 ……ああ。

 こんな眠れない夜は、素振りをしよう。

 布団を剥いで、ベッドから下りる。

 上着と帯剣を素早く手に取って、静かに部屋を後にした。

 この時間はさすがに冷えるな、と上着を羽織りながら広場へと降りてゆく。

 思考するエネルギーは、運動に使ってしまえばいい。

 寝れない夜なんてない。

 倒れるまでやれば、いつの間にか朝が来ているはずだから。




 ◆◆◆◆◆




 ふわりとそよ風になびく亜麻色のやわらかい髪。

 澄んだ蒼色の瞳に、吸い込まれそうになる。

 目が離せない。

 急に視界が狭まって、他には何も見えなくなった。

 上手く、言葉が出てこない。


 目の前にいたのは、石造りの鳥籠に囚われていた誰も知らないお姫様。

 そして。

 胸に掛けた指輪を握る。

 オレの、約束の相手だ。



「ティファ……」

「セウロ……」



 師匠のいなくなったテラスの上で、見つめ合うオレたち。

 突然の出来事に心臓が鳴りやまない。

 だが、ずっと立ちすくんでいるわけにもいかないだろう。

 数秒の沈黙が流れたあと、おもむろに口を開いた。


「座ってもい、」「どうぞお掛けに、」


 被った。

 完全に同じタイミングで話しかけてしまった。

 レディーファーストだろこういう時は! とよくわからないツッコミが脳内で飛ぶ。

 お互い言い淀んだ後、再び目が合って。

 小さく笑い合ったのだった。



 そこからテーブルを挟んでオレたち二人は談笑した。ティファが猛スピードで勉強中であること。オレの候補生学校での近況。同じ師に仰いでいることは、その会話の中で判明した。絶対知ってて黙ってたな、あの師匠。

 紅茶とクッキーを交えながらの穏やかな時間は、幸せだった。

 候補生学校に入って……いや、家が没落した7年前からこっち、こんな心が安らぐ時間はなかった。

 目の前の少女の表情ひとつ、クッキーを頬張る動作ひとつ、何かが起こるたびに心が満たされていく。

 ああ、この時間が永遠に続けばいいのに、と。

 心の底から本気で考えていたところだった。


「そうだ、セウロ。あなたに伝えたいことが」


 ティファが嬉しそうに表情を綻ばせた。

「私、人前に出られるかもしれないんです」

「ホントか!?」

「ええ。この勉強もそのため。まずは一端の淑女としての教養を身に着けてからですが……近い将来のお話ですよ」

 そうか、良かった。

 占星術により未来を知ることができるようになったことが、良い方に転んだのだろう。

 オレが迎えにいけなくても、彼女はこの社会の中で生きていけるんだ。

 ……なんて、消極的な意見が心に沸き上がったことに、自分でも驚いた。

 何を言っているんだ。オレが英雄になって、彼女を迎えに行くことは、変わらないはずだろう。

 ブレるな。

 表情に出さないように気を付けて、紅茶に口をつけた。

 ティファが少し困った顔で話を続ける。

「ただ、細かいことはまだ協議中でして……私のファミリーネームがどうなるかは、わからないのです」

「……それって、つまり王族としては認められないってことか?」

 ティファはゆっくりと頷いた。

 確かに都合を考えればそうだ。

 今更15歳にもなろうと言う乙女がどこからともなく突然現れて、正当な王族として名乗りを上げたらどうなる?

 少なからず、混乱が起きるだろう。誰がどう疑われるのかは、想像に難くない。

 国王の隠し子か? 架空の妾くらい見繕えるだろうが、当然周囲の反応は冷ややかだろう。

 それでティファ自身が奇異の視線に晒されるのは、オレとしても嬉しくない。

 王族の血を狙って、ティファに婚姻を迫る貴族だって出かねない。

 結局いつも通り傍迷惑な、王侯貴族の勝手な都合だ。

「でも、ティファだって今更王族になんか未練はないだろ。いっそ清々するんじゃないか?」

 フォローするつもりで言葉を返したが、その表情は暗かった。

「実は、そうでもないんです」

 しまった。さすがに考えなしだったか?

 国王や兄のことはデリケートな部分だよな……。いくらなんでも家族だ。血のつながりが簡単に失われてしまうのには抵抗があるに決まっている。ちょっと先走った意見だったかもしれない。


「箔が、足らないと思いませんか?」


「え?」

 ティファは、真剣に悩んでいる様子でこちらを見つめてきた。

「箔です。格、と言ってもいいでしょう」

 蒼色のまっすぐな瞳が、オレを捉えてこう言った。



「世界に平和をもたらす英雄と結婚するんです。花嫁の私にだって、王族ぐらいのインパクトがないと! ね、そうは思いませんか? セウロ」



 一瞬、理解が遅れた。

 納得と同時に、顔が真っ赤になるのを感じた。

「いや、いやいやいやいや、おいティファ、何を、けっこ、結婚!?」

 テーブル越しに伸びてきた手が、オレの手を捕まえる。

 その指にはめられた、スペード家の指輪の感触があった。

「ええ。そうです。約束したでしょう? 私を連れ出してくれると。そのあとの面倒まで、当然見てくださるのですよね?」

 ああ。ちくしょうこの目に滅法弱いんだよなぁ、オレ。

 力無く手を握り返すものの、顔を背けてしまう。

 ティファがこんなにも俺のことを信じているのに。

 そう信じろと宣言したのはオレだというのに。

 オレの心の中には、昨晩の素振りでも消えなかった雑念がこびりついていた。

 情けないことに、か細い声で返事をする。

「……俺は、今はそんな、大それた肩書なんてない。ただの候補生だ」

「知っています」

 ぎゅっと、握った手に力がこもる。溶け合うくらいにぴったりと握られているから、どっちが力を込めたのかはわからない。

「セウロ、実は私……少し前から知っていたのです。賢者様がいつもお弟子さんの話をしてくれていましたから。歴史を学び、時事を見聞きし、少しは理解できたつもりです。あなたが今過酷な状況であること。その過酷さの中でも諦めずに抗っていること」

 目を見開いた。

 あの部屋でティファに再会したとき、オレは自分の家が没落貴族だとも、自分が魔術が使えない人間だとも、伝えていなかった。

 今日の談話の中でもそうだ。

 意図的に隠した、というと印象が悪いが……実際はそうだ。

「あのとき、再び私と約束をしたあなたが、どれだけ勇気を振り絞っていたかも今はわかります」

 英雄にさえ成れれば、あの剣の力さえ引き出すことができれば、そんなのはすぐにでも帳消しにしてしまうつもりだった。

 良くないな。計画性が無いところはオレの短所だ。

 そんな、情けないオレの顔を、彼女は優しい表情で見つめていた。

「私の答えは変わりません。私は、貴方を信じて待つ。その間に出来ることを、私もやります」

 あの時と、逆だ。



「だからどうか、私を迎えに来てくださいね。セウロ」



 ああ、何度、救われればいいのだろう。

 オレが勇気を持てたのは、その言葉と微笑みのおかげだ。

 それを、思い出させてくれた。

「全く、惚れ直したよ。ティファニア」

 二人で笑いあう。

 オレはもがいていた。

 英雄を待つ剣を引っこ抜いただけで、そこから一歩も進めてないのかもしれないけれど。

 この人が待っていてくれたのならば、オレは諦めずにどこまででも頑張れる。

 そう、確信できた。

 候補生学校の篩い落としと、師匠の理不尽な修行には負けない。

 英雄になるその日まで、それがいつだろうと、走り続ける。

 その代わり、というわけじゃないが……。

 今日くらいは、この紅茶とクッキーと……好きなひとの笑顔に彩られた談話を、楽しんだっていいよな。




 ◆◆◆◆◆




 第一印象は、“異質”でした。

 王宮の広い応接間に入ると、そこには一目で部外者とわかる客人が座っていて、背後には従者が控えていました。

 薄紫の頭髪。臙脂色のローブ。胸元の見慣れない意匠。

 そして、両目を覆う黒い布。

 視界を塞いでいる理由はわかりません。しかし、マナ探知で周囲のことはある程度把握できる様子でした。

 彼は私の入室に気づくと、いの一番に開口しました。

「これはこれは、お目にかかれて光栄です賢者様・・・!」

 凍り付いた応接間の入り口で、私は笑顔を引きつらせました。



 さすがに、王宮の一室だけあって居心地のよい部屋です。

 高い天井。側面の高窓から差し込む陽光が、我々の腰かけるソファにまで柔らかな光を届けていました。

 さて、この応接間に列席した面々を確認しましょうか。

 まずは私、十二使徒がひとり“賢者”ことジークムント・ヴァラハルツ。

 ここまで私を案内してくれた、王国近衛兵士長エルマー・リヴァラント。

 そして何故か私よりも先にこの部屋に待機していた、四大貴族ダイヤモンド家の当主にして王立第三魔術師団団長ダニエル・ダイヤモンド。

 最後に、予期せぬ客人とその従者。“クラウディオ教団”なる組織の構成員だといいますが……。


「まずは改めましてワタクシの自己紹介から。クラウディオ教団の教主代行を務めております。ラウノ・ユカライネンと申します。どうぞお見知り置きくださいませ」


 両目を覆う黒い布。高く上がった口角。

 はー、胡散臭い。

 そして、マナ探知からは……どうにも、特異な点はない。わずかに魔術師の素質はありますが、多少探知が出来るぐらいのものでしょう。戦闘が出来るほどの出力は持ち合わせていないようです。

「この度は突然の訪問にも関わらずこのような場を設けて頂き、恐悦です。感謝申し上げます」

「よく言う。“賢者”という言葉を出して我々を脅してきたのは貴方でしょう、ラウノ・ユカライネン」

 エルマー兵士長はいつも通りソファに座らず。出入口付近の壁に寄りかかり、腕を組んで警戒をしているようです。総帥の執務室や姫の授業中と同じ待機スタイルですが、これは彼の普段の姿なのか、それとも普段から私も警戒されているのか……。

「脅すだなんて! 人聞きが悪いですねぇ、近衛兵士長。効率的な手段を選んだだけです。こうでもしないと、我々のような得体の知れない存在を宮殿内に受け入れてくれるとは思えませんから」

「得体の知れない、という自覚があって少し安心」

 小さい声で鋭い横槍を突き刺したのは、ダニエル団長。

「そうそう、これにはワタクシも驚きました。まさかダニエル団長にご同席頂けるとはねぇ」

 ラウノの調子は崩れません。こいつは曲者の予感です。

「お前たちがどこから“賢者”の情報を得たのかは知らない。“賢者”に何を話しに来たのかも見当はつかない。だが……」

 いつもは彫刻のように不動で、最低限の会話で済ませるダニエル団長が、今日はよく喋ります。

「この件は、十二使徒クラウディオ・オルディアレスの弟子である、僕たち四大貴族の子孫にも聴く権利がある」

 『貴金アウレアのダニエル』。その異名に相応しい重苦しい生命核アニマ。そこから漏れ出すマナが応接室を満たしていきます。彼なりの威嚇でしょう。

「いいでしょう、もちろんワタクシは大歓迎です! いやぁ、現四大貴族最強と名高いダニエル団長にもお目にかかれるなんて、今日はツイてる」

 破顔して、手を差し出すラウノ。

 しかし握手は果たされることなく。

「……馴れ馴れしい。僕は、お前に敵意・・があって同席していると明示しておく。握手などしない」

 再び、場が凍り付きました。

 その沈黙をラウノは自分の笑い声で塗りつぶします。

「ハハハハハハハハハ! ずいぶんと嫌われましたね! ……では、賢者様はいかがです?」

 今度は私の方へと向き直って手を差し出します。

 その手を数秒見つめて、首をゆっくりと横に振りました。

「私も、遠慮しておきましょう」

 今のところ私にとって、ラウノ・ユカライネンという男は、亡き親友の名を騙る不届き者です。

「フリだけでも友好的にしてもらえないとは……これは、本格的に歓迎されていないようですね」

 行く当てを失った手をユラリと揺らして、ラウノはソファに力なく腰掛けた。

「当たり前。僕たちにとってその名は軽くない。勝手に後継者を名乗られれば、いら立ちもする」

 目を伏せて淡々と話すダニエル団長。


「勝手に名乗るぅ? はて……これを見てもそう言えるでしょうか」


 ラウノがローブの懐から、何かを取り出します。

 手にあったのは、古びた書物。

「再生紀行。この世界の誰もが知っている実話ですが、この一冊は一味違いますよ?」

 再生紀行、先ほどティファニア姫との談話の中でも登場した書物。それ自体はこの世界に何万冊とあります。

 嫌な予感が全身を駆け巡り、冷や汗が出ます。

 大事なのはこの本が、一般的な再生紀行か、そうではないか。

 ラウノは本を開いて、その冒頭を読み上げます。


『原初にはただ“無”だけあった。

 どこからともなく飛来した種子が芽吹き、無を塗りつぶすほどの”無限”のマナが溢れた。

 マナは樹を通して広がり、そうして、世界は”無限の光”に埋め尽くされた。』

 

 それは誰しもが知る世界の成り立ちを示した文章。創世三節と呼ばれる序文です。

 通常の再生紀行であれば、この後に続くのは始祖とその息子である私が旅の始まりとなる港町に着くところからです。初めの説法は特に見どころですが……


『まず語るべくは出自だ。私が意識というものを初めて得たのは、世界樹の隣で目が覚めたとき――』


「止めなさいッ!!!!」


 怒号。

 こんなにも声を荒げたのは、何十年振りでしょうか。

 私は立ち上がり、ラウノを睨みつけて叫びました。

 その時の感情は、殺意といって差し支えのないものだったでしょう。

 呼応するように、ラウノの背後で大人しくしていた従者が、突然飛び掛かってきました。

「教主代行、守ル」

 瞬時に九つの詠唱を繋げ、目の前に不可視の壁を創ります。

 振りかぶられた右腕が、壁と衝突して鈍い音を立てました。

 ビリビリと空気すらも揺るがす振動。

 この男、ただの拳ではないようです。探知によると歪な生命核アニマをしていて、人間とも魔術師ともどこか違う気がします。

 男は談話室の中心で、テーブルの上に降り立ち、もう一度腕を振りかぶりました。


「両人、動かないでください」


 私と男の間に、瞬時に割って入ったのはエルマー兵士長でした。

 抜刀した直刀を教団の従者の首元に添え、私には鋭い視線を向けています。

「次に攻撃行為やその素振りを見せたものは、王国宮殿からの排除対象とみなし、近衛兵団全員の標的となります」

 宮殿内の秩序を守る彼は部外者と私を平等に静止しました。エルマー兵士長の責務から考えれば当然ですが、正当防衛の私からするとやや心外です。

「これはこれは失敬! どうか寛大なご判断をエルマー兵士長。ほら、お前ももう下がるんだ」

 ラウノは調子を崩さずに従者の肩をつかみ、背後に下がらせた。

「この男は非常に敏感なボディーガードでして……よくないですよ賢者様。いきなりあんな殺意を向けたら。彼も仕事ですから働かざるを得ないじゃないですか」

「……否定はしませんが、謝罪をする必要もないですね」

 談話室は少し落ち着きを取り戻しました。私も長く息を吐いて、ソファへと腰をかけます。

 隣では、一連の騒動が嘘のような涼しい顔で、ダニエル団長が座っていました。

 その様子を見たラウノが彼へと声をかけます。

「おや、ダニエル団長は荒事は苦手でしたか? 貴族様から見ると野蛮ですものね?」

「……敵の首を落とすのに、殺気も素振りも不要だ。今の騒動で、身構える必然性は感じない」

 ダニエル団長は顔色ひとつ変えませんでした。流石現四大貴族最強の風格です。

 ラウノは何故かその反応を嬉しそうに見ていました。

「さて、アクシデントはありましたが、賢者様の必死な反応がこの証拠品の正統性を証明してくれましたね」

 ラウノは再び古びた再生紀行の本を持ち上げて、私達に見せつけました。

 その本をもう一度凝視して、私は諦めたように口を動かしました。

「なぜ……なぜ、貴方が”原本”を持っているのですか……?」

 荒ぶる感情を抑えられず、つい声が震えます。

 そんな私に、ラウノは憎たらしい笑みで返します。

「それはもちろん、我々クラウディオ教団が、十二使徒であり“魔術の開祖”と呼ばれた男……クラウディオ・オルディアレスの正統後継者だからですよ、賢者様」

 ラウノと私の間に、緊迫した空気が流れます。話についていけないエルマー兵士長とダニエル団長が、そんな私たちを見守っています。

「我々教団は知っていますよ。始祖の正体も、十二使徒が何と戦っていたのかも……“原典”には全てが書かれてますからねぇ。信じられないなら、この続きをもう少し読み上げたっていいんですよ?」


「ラウノ・ユカライネン、それ以上その本の内容を口外することは、私が絶対に許さない……!」


 静かに語気を強めました。

 これが今の私にできる、精一杯の威嚇でした。

 睨みつけた先のラウノが、余裕の表情を浮かべます。

「認めていただけますよねぇ? 賢者様。さあここから先は交渉です。準備が良ければ本題に入りましょうか」

 まずい。

 全てトップシークレットです。

 この世界の理を崩しかねない秘密ばかり……それをこの世に知らしめたところで、混乱を生むだけ。マナの循環の上に辛うじて成り立っているバランスが、失われかねません。

 場の空気が冒頭とは一変して緊張感に包まれています。

 私は心を落ち着けようと、両目を手で覆って浅く息を吐きました。

「賢者殿。一体なんですか。その、“原典”というのは?」

「……この部外者の持ち物が、なぜ大師父クラウディオの後継を意味する?」

 エルマー兵士長とダニエル団長から、当然の疑問が飛んできます。ですが、その問いに答えることは容易ではありません。

「せめて“原典”という言葉の意味ぐらいは説明してあげたらどうですか? 賢者様。まあ、ワタクシが代わりにお話ししても構いませんが……」

 軽薄にのたまうラウノを一瞥して黙らせます。

 私の鋭い視線に、彼はわざとらしく口をふさぐ振りです。なんとも憎らしい。

「はぁ……本来は“原典”の持ち主と後継者に留めるべき秘密ですが……」

 珍しく深いため息が出ました。

 この状況で、列席者に説明しないというのも無理な話でしょう。

「端的にいきましょう……“原典”は、十二使徒たち本人に聖女アリエスから手渡された手記……再編前・・・の“再生紀行”です」

 エルマー兵士長とダニエル団長が、固唾を飲んで私の言葉に耳を傾けています。

「世に普及している“再世紀行”は、世界樹崇拝に重きを置いて再編された樹教じゅきょうのための教典です。それに対して“再世紀行・原典”は200年前にあった事実を純粋に書き記した紀行文です。布教に関係のないエピソードや、混乱を招きかねない事実を省略する前の原典には、アリエスが見聞きした始祖と使徒、そして世界樹再生の旅に関する真実が余すことなく記載されています」

 ダニエル団長が、小さくつぶやきます。

「十二使徒本人に渡されたということは……この世に12冊しか存在しない?」

「現存するものはもっと少ないでしょう。十二使徒の子孫は断絶している家系も少なくない……クラウディオについても、そうです。弟子である四大貴族の当主たちが持っていなかったので、私も失われたものと解釈していました。つい、さっきまではね」

「確かにその話であれば十二使徒の後継者の証としては機能する……が、その本が大師父クラウディオのものかどうかは、別の話じゃないのか」

 ダニエル団長の鋭い指摘で、視線がラウノの持つ“原典”に集約されます。彼はそれを、大事そうに両手で抱きかかえました。

「子供じゃないんだから、本に記名なんてされていません。確かに気になるところですが、この場で誰の原本かまでを証明しなくても、これからの話の準備は整いました」

 ラウノはそれを意に返さず楽し気に笑います。

「フフフ、説明ご苦労さまでした賢者様。そして安心してくださいよ。再世紀行に関する真実はクラウディオ教団(ワタクシたち)の教義にとっては非常に重要ですが、今それを公にする気はありません。ワタクシ達の正当性さえ証明出来れば、この場において、“原典”の役目は終わりです」

 ラウノは満足そうに、“原典”を懐に納めました。

「これで準備は整いました……本題は、ここからです」

 当初とは完全に立場が逆転しています。

 ほら吹きの無法者を糾弾しに来たつもりが、私が弱みを握られている状態です。

 私からの睨みを涼しく受け流しながら、ラウノは場を取り仕切るように発言しました。

「ワタクシは今日、アナタ方と交渉をしに来たんです。王国は苦しい状況ですよね? 世界中の誰もが知ってますよ。帝国と王国の戦争を……帝国がベルケンドを侵略する際に、王国第二魔術師団を壊滅させたこと。帝国が、一歩リードしている状況をね」

 ラウノは軍事力の筆頭であるダニエル団長の方へと視線を向けます。

「何が言いたい」

「交渉といったでしょう? であれば、もちろんアナタ方にとっていい話をしなければ意味がない」

 ラウノは懐から今度は羊皮紙を取り出して、応接室中央の机に広げました。

 内容は文字と図式。

 まずタイトルと思しき一文。さらに世界樹・魔術のルールを構成する創世機構ツリーと人間の生命核アニマの図解。

 彼はまず、そこに記されたタイトルから読み上げました。



「人工精霊計画」



 聞きなれない言葉でした。そのままラウノは続けます。

「十二使徒クラウディオは“原典”に記載されたある目的のために、人間にマナを注ぎ込む術を模索していたそうです。人と精霊の垣根を超える狙いがあったとも言われているようです……だから精霊に所縁ゆかりのあった人物ばかりを弟子にしたとか」

 ダニエル団長が微かに目を細める。

 四大貴族はそれぞれ、四つの属性を司る精霊と契約を交わしています。思うところがあるのでしょう。

「クラウディオの実験の真実については、“原典”をお持ちの賢者様であればご存じですよね?」

「……クラウディオがマナと人体の研究に砕身していたことは、事実です。それ以上のことは私からは何も」

 良く知っています。なんなら、研究に立ち会ったことすらあります。

 クラウディオと私は同じ目的を持っていたのですから、当然です。

 無意識に、中指の指輪を触れていました。

「話を戻しましょう……我々は使徒クラウディオの残した研究を引き継ぎました。そしてついに! その一部である、後天的な生命核アニマの増強とマナの人体注入に成功したのです。矮小な人間が、計り知れないマナを持つ精霊へと生まれ変わるかのような変貌。我々クラウディオ教団はこれを、先達の研究に倣って『人工精霊計画』と名付けました」

 ラウノは羊皮紙の図式をなぞりながら、大仰に手を振って演説しました。

 内容はそれに相応しい大層なものです。

生命核アニマ増強に、マナ注入……ありえない。その技術が現実だとすれば極論一般人でも魔術師になれる。そんなものは夢物語」

 ダニエル団長が目を見開いたまま喋ります。確かに現状魔術師の人口は全人類の1%以下ですから、魔術師を増やせると言われると非現実的に感じます。

 しかしそれが現実になりかねない技術を、クラウディオは確かに研究していました。

「よくわかっているじゃありませんか、ダニエル団長。まだサンプル数が少なく失敗率も高いですが……もし成功すれば、凡庸な兵士が一騎当千の魔術師へ早変わりです」

「あり得ない」

 エルマー兵士長も呆れた様子で口を挟みます。

「我々の研鑽を侮辱するつもりですか? 王国兵は近衛も魔術師団も、魔術師である矜持と責任を持って生まれ、厳しい訓練によってそれを磨き上げて国のために働くのです。そんな邪道がまかり通るなど、あってはならない」

 その拒絶反応は、彼ららしいなと思いました。

 けれど、おそらく話はここで終わりません。

 ラウノは互いに利のある交渉と言いました。今提示されたものは王国側への利益となる部分のみ。とどのつまり『人工精霊計画によって、王国兵を増強してやるぞ』という話です。

 次は、我々の対価の話となるはず。

 ……そして、交渉というのは、勝ち筋があって初めて持ち掛けるというのが、基本戦術です。

「お二方の意見は尤もでしょう。少し帝国に押され気味だからと言って悪魔に魂を売るのは早いと言うんですよね……わかります。わかりますが、そう文句ばかり言っている時間はないんですね悲しいことに」

 ラウノの口角が今日一番の吊り上がりを見せました。



「既にもうひとりの教主代行が、帝国守護聖騎士団へ『人工精霊計画』を売り込みを検討しています」



 その言葉に我々3名は目を見開きました。

「わかりますか? みなさん。我々教団にとっては王国でも帝国でもどちらでもいいんですよ。使徒クラウディオが王国四大貴族の師だったことも関係ない。どっちが勝とうがそんなことに興味はないんです。我々に“誰”が“どれだけ”投資をしてくれるのか。重要なのはその一点に尽きます」

 ともすれば非道とも言えるこの研究が、もし帝国の手に渡ったとしたら?

 精霊級、一騎当千の魔術師たちが量産され、来たる戦争に投入されたとしたら?

 その仮定が私達の脳裏に過りました。

 嫌な未来が見えます。

 たとえセウロが英雄に成ったとして……覆る戦力差ではないのかもしれません。

「……全く、今日一日で私は貴方のことが大嫌いになりましたよ、ラウノ・ユカライネン」

 本音が、するりと口をついて出ました。

 破顔。私の言葉に対して彼は、殴りつけたくなるような表情です。

「嫌悪は、無視できないほどに度し難いからこそですね賢者様。それではさっそく具体的な金額のお話に入りましょうか」

 その言葉に、誰もが無言を貫きました。

 喉元まで出かかった抗議を何とか飲み込んでいる。そんなやるせない気持ちでいっぱいです。

 そこに、一本指を立てたラウノが遠慮なく切り込みます。


「まずは1億ルゼ頂きましょう」

 

 ダニエル団長が、大きくため息をつきました。

「冗談じゃない。年間軍備予算の1割だ。戦争直前で財政も逼迫(ひっぱく)している」

 首を振るダニエル団長へ、私が食い下がります。

「……どうかご一考を。確かにふざけた要求ですが、一蹴するのは危険です。言い換えればこれも充分に軍備と言えます。むしろ有効な戦力増強手段に成り得るものです」

「いいや、魔術師団の予算からは出せない。兵站(へいたん)や装備品、候補生の教育。そのパフォーマンスを1割も落としてまで、不確定なこの投資を推し進めるべきとは思えない」

「白熱しているところ失礼しますが……まだまだ話はここからですよ?」

 私とダニエル団長の真剣な眼差しに割って入るラウノ。

「1億は手付金です。さらに年額で1億。王国への独占販売となるとさらに年額1億。最終的に成果報酬は兵士1名ごとに1,000万ルゼ頂きましょうか。精霊が買えると思えば安いですよね?」

「冗談じゃ、ない」

 ダニエル団長がついに立ち上がりました。

「軽く見積もっても今年だけで3億。軍備予算の3割を賭して、この男の甘言に乗れと……そんなことは、徴税した国民への不義理……持てる者の義務に反する行いだ……!」

 こんなにも感情的な彼を、初めて見ました。

「……ダニエル団長、貴方のおっしゃることは尤もです。ですがこの技術を帝国に渡してはいけません。私はクラウディオという男を知っています。彼の残したモノであれば、世の条理を覆しかねないということを知っているのです」

 それでも、ここで引くことはできません。

 老いぼれが干渉し過ぎぬようにと、のらりくらりと過ごしている私ですが、こればかりは黙っていられないのです。戦争前のこんな場面で王国の敗北が決定するなど……絶対に見過ごせはしません。

 ダニエル団長が、瞳を閉じて思案しています。

 1分ほどの長い沈黙が流れました。

「……年額1億ルゼ。それが軍備予算から拠出できる上限。しかし……残りの予算は、我々四大貴族から捻出する」

「ダニエル団長……!」

「魔術師団各部門予算と、戦時特別税収の調整を終えてから最終決定。まだ構想段階。ハート家とクローバー家に了承も得ていない」

「いえいえ、急ごしらえの案にしては充分過ぎます! わずかですが、ぜひ私の私財も加えてください」

 パチパチパチ、と。ラウノが立ち上がり、諸手を上げて拍手していました。

「素晴らしいです! さすが王国は、帝国と違って連帯感がありますね」

 ダニエル団長が一瞥した、次の瞬間。

「図に乗るな、ラウノ・ユカライネン」

 拍手の音が止み、ダニエル団長がラウノの右手を掴み上げていました。

 布と肉が、握力によって締め付けられる音が微かに聞こえます。

 背後で従者が一歩踏み出しますが、それをラウノが片手で静止しました。

「交渉と言った……つまりここはビジネスの場。商品の現物を確認せずに取引をする阿呆はいない。僕からも条件を付け加えさせてもらう」

 その眼力には迫力がありました。

 ダニエル・ダイヤモンド。ダイヤモンド家は、スペード家没落後、某家の領域を最も多く引き継ぎ勢力を拡大したそうです。

 ダイヤモンド家は元々、建築街道の領域。

 スペード家の商業運輸の領域が加わり、今や王都で行われるビジネスの大半がダイヤモンド家の庇護下にあります。王都の商会の一室にはダイヤモンド家の家紋が飾られているだなんてうわさすら耳にしました。

 その矜持と、義務感でしょう。

「クラウディオ教団に対する定期視察の実施。その都度成果の提出。そして1年後までに完成品を出せなかった場合は違約金の設定。これらをクリアしてもらう。もちろん正式な契約書を交わせ」

「いいですね……流石、四大貴族最強。ちゃんとしてます」

 ラウノは力の籠ったダニエル団長の手をつつき、腕を解放させます。

「アナタの仰る通りでいいでしょう。大金が動くのですから、取引は正式に書面で……契約の日取りは10日後にまた王宮ここで構いませんか? あ、もちろん手付金もその時に」

「10日後……いくら何でも早過ぎます!」

「そんなぁ……困りましたね。10日を過ぎると帝国側の交渉を進めざるを得ませんが……」

 ふざけた脅しです。いくら何でもそんな大金を10日で用意しろなどと……。

 ラウノに抗議する私の肩を、ダニエル団長がつかみました。

「構わない」

 彼は二つ返事で了承して続けます。

「手付金1億ルゼを用意する。その代わりラウノ、お前も10日後の契約の場で人工精霊計画とやらの現時点での成果物を出せ」

 ラウノは「ええもちろん♪」と首肯しました。

 その直後、彼は両手を組んで真上に伸ばし、満足げに息を吐いて立ち上がります。

「う~ん、今日はここまでですね。いやー話がまとまって良かった。断られたら来週から帝国行きでしたから……これから冷えてくる時期ですし、北国に行くのはほら、堪えるでしょう」

 わざとらしい話をのたまいながら、羊皮紙を懐に納め、身支度を終えたようです。

「それではみなさん……最後ぐらい、いかがですか?」

 目の前に、差し伸べられた右手がありました。

 一度は断った握手です。

 瞬間、嫌悪感が身体を支配しました。乾いたのどに、少ない唾液を流し込みます。

 交渉は続行です。であれば、我々の関係は対等である必要があります。

「本当に……嫌な人ですね、貴方は」

 渋々と右手を差し出しました。

「アナタこそ。面と向かってそんなことを言うなんて酷い人ですよ、賢者様」

 たっぷりと、私たちは時間をかけて握手を交わしました。

 直後にダニエル団長も、エルマー兵士長も、彼と長い握手を強要されていました。

 その光景だけ見ると、一見人当たりのよい人物ですが……その行動は、まるで獲物を値踏みする蛇です。我々のことを、食物カモか何かと思っていることでしょう。

「それでは互いに準備を整えて、10日後にまた相見えましょう」 

 そう言って、ラウノは応接室を後にしました。エルマー兵士長も見送りのため退室し、応接間に残されたのは私とダニエル団長の二人だけです。



 ソファに腰かけたまま、しばらく重苦しい空気が横たわっていました。

 帝国に『人工精霊計画』の技術を渡さずに済んだ……と、言えば身のある商談だったかもしれません。しかし相手は“原典”を持っていたとは言え、得体が知れない上に『人工精霊計画』もどこまで成功するのか不明……教団について調べることは山ほどあります。王国の動きとは別に、私個人としても探りを入れる必要があるでしょう。

 また、契約の準備も同時並行です。それに関しては交渉時の進め方を見るに、ダニエル団長が旗振り役を担ってくれそうですが……。

 そう思い、彼へ視線を向けたときです。

「……こうなってしまっては、致し方ない。やりたくないけど、善は急げ。行くぞ賢者殿」

 そう呟いて、ダニエル団長は立ち上がりました。

「どこへ向かわれるのですか?」

「決まっている。ジラルド総帥と、ハート家・クローバー家の当主のところへ行く。頭を下げに」

「……頭を、下げに?」

「総帥はともかく……あの当主2人の財布を開くのは至難。貴殿にも頭を下げてもらう」

「は、はい? いやいや待ってください。私はそう易々と出歩いたり必要以上に介入したりはしないことにしていて……良くないでしょう? 本当なら200年前に退場している人間が……」

「ついさっき、僕に食い下がったのは賢者殿だ。ここまで来たら道連れ」 

 半ば強引にローブを引っ張られます。

「ちょ、ちょっとダニエル団長……!?」

「魔術で無理やり運んでもいい。嫌なら歩く」

 まさか、ダニエル団長がここまで頑固者だったとは……意外です。

「わかりました……わかりましたから!」

 引きずられることなく、自分の足で応接室を出ました。

 廊下を進み始めたところで、こちらに歩み寄る人影がひとつ。

「おっと……お二方、ご苦労様でした。客人の見送りは済みましたので、私はこれで」

「エルマーも来い」

「え?」

 首根っこを掴まれ、引きずられるエルマー兵士長。

「ま、待ってください……!? どこへ行くんですかダニエル団長?」

「下げる頭は多い方がいい。賢者殿もエルマーも滅多に頭を下げないし、きっと効果てき面」

「総帥と、四大貴族の当主方のところへ、さっそく融資のお願いだそうです」

「なるほど……はぁ、こうなったらダニエル団長は梃子でも動きません。昔からそうです」

「わかったら歩け」

 十二使徒の“賢者”。王国近衛兵士長。四大貴族当主にして王立第三魔術師団団長。

 関係者が見たら2秒で背筋を伸ばして敬礼する顔ぶれで、王宮内を闊歩します。実際に3度敬礼されました。

 道筋を見るに、まず向かう先はジラルドのいる執務室でしょう。

 その道中、ふと顔を横に向けた先に広間がありました。

 王座と、その背後に刺さる英雄を待つ剣。もっとも、今刺さっているのはレプリカですが……。

 セウロと初めてあった場所。

 王の間です。

 あの時見上げていた王座に今……持ち主が座していました。

 階段の下には数人。王族に所縁のある貴族か、姫の教育役かもしれません。何やら報告を受けている様子です。

 そこで私、妙案を閃きました。

「ストップです。ダニエル団長、エルマー兵士長」

 ふたりが足を止め、こちらへ向き直ります。

 私は笑いをこらえながら親指を立てて、クイっと王の間の方向を指しました。



「せっかくお金をせびるなら……この国のトップからいきましょう」



 それだ、と言わんばかりに手を叩くノリノリのダニエル団長。

 一瞬で青ざめるエルマー兵士長。

 そこから先は少し大変でした。

「お願いです。まだ浮浪者に媚びる方がマシです」

 近衛兵の役目は王族の守護ですから、もちろん王にお小遣いをねだるなんてやったことはないのでしょう。

 彼はあまりにも嫌がり、抜刀の構えさえ見せます。

「王宮での戦闘で罰せられる方がまだ幾分か良い選択に思える……!」

 最終的にダニエル団長と結託し、左右から肩を組んで王の間へ入場しました。

「何でよりにもよって主である国王陛下にそんな……せぇえええ!!!」


 この後日暮れまでかけて、エルマー兵士長の気力と引き換えに、対クラウディオ教団用に充分な融資を得たのでした。

 後半の総帥と当主方の交渉時には、抜け殻のようなエルマー兵士長の姿が、主に同情を引く方面で役に立ったような気がします。

 この日を境に、エルマー兵士長からより一層嫌われることになりましたが、王国の未来に比べれば、些細なことなのでした。




 クラウディオの名を使う怪しげな集団との関係は、ここから始まりました。

 当初から十分に警戒していたつもりです。

 しかし、それでも私は浅慮でした。

 このときはまだ……全世界を巻き込む大戦において、『クラウディオ教団』と『人工精霊計画』が未曾有の波乱を巻き起こす存在となるとは、想像できていなかったのです。



 ああ、亡きクラウディオよ――君はきっと、私を許してはくれないでしょう。




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