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Episode9.ランチタイムと世界情勢


「あちゃー、出遅れちまったなこりゃあ」

 見渡す限りの人。

 お昼時の食堂は候補生でごった返していた。

「セウロがいつまで経っても魔法軍事学の課題を理解できないから」

 後ろからユージーンが食事を載せたプレートで背中をつつく。

「う……」

 そんなこと言われても難しいものは難しい。『山岳地帯における適切な部隊編成とその理由』とか、そんなのいきなり論述できるかよ。

 とは言えしっかり教えてくれた二人に言い返すこともできず、むくれるしかない。

「まあまあ、投げ出さずに最後まで頑張ったのはいいことじゃない?」

 と、追撃で背中をつつくプレート。パティだ。

 頑張ったとか言われるとそれはそれで恥ずかしい。同級生二人に師事してやっとだというのに。

「ああもう! いいから座って食うぞ!」

 逃げるように席の間を進む。

 どうせ十分な空席はないんだ。相席になるが、仕方ない。

 速足で歩きながら、周囲を見渡す。

 どこでもいいから3人座れるところは……あった。

「おい、ここにしよう! 相席失礼しますよっと……ん?」

「ああ、どうぞお構いなく……ん?」

 席に着こうとした瞬間。

 声をかけた先客と、顔を見合わせる

「「あああああああ!?」」

 同時に叫んだ。

 互いを差す指。

 そこに居たのは、俺にとってこの候補生学校で一番面倒くさくて、できれば関わり合いたくないヤツ、バジル・グレーバーとそのお付きのカチュアだった。

 いくらなんでもこいつらと一緒に飯を食うなんて御免だ。

「前言撤回だ、別の席を」

「いいじゃない! せっかくだから、5人で一緒に食べよ?」

 逃げようとしたところで、パティが席についてしまった。

「お邪魔するね、バジルくん。カチュアさん」

 声を掛けられてバジルが慌てふためきながら情けなく何度も首肯した。

 彼女から視線がこちらへと向く。

「ね? セウロ、ユージーン」

 返答に詰まって、隣のユージーンへ助けを請う。

 しかし、ユージーンは諦めたように息をついて、肩をすくめたのだった。




 Episode9.ランチタイムと世界情勢




 ふくれっ面が向かい合う。

 食卓に着いて5分。既にバジルと口喧嘩は5回あった。

 だんだんと止めに入るパティがいたたまれなくなり、大人しく口を紡ぐことに。

 しかし、今度は沈黙が続いてしまった。

 カチュアとユージーンはお互いに相棒の様子に合わせているらしく、動きを見せない。

 そろそろ和やかな会話のひとつやふたつでもかまさないと、息苦しいったらありゃしない。

 仕方がないか、と顔を上げる。

 すると、正面のバジルと全く同じタイミングだったらしく、目がバッチリあった。

 逸らしたら負け……何か……良い感じの会話を……!


 そんなものが出来るわけもなく。


 互いに鼻を鳴らしてそっぽを向いたのだった。

「はぁ…………」

 バジルの隣でそれを見ていたパティが、深いため息をついた。

 悪いとは思ってる。努力はしたんだ。

「気苦労が絶えないね、パティ」

 ユージーンが取って付けたように声をかける。

「君も当事者でしょ、ユージーン」

「その通りだけど、この二人の間に入れるのは僕じゃないよ」

 素っ気ない返事だ。

 けれど的を得ている。ユージーンがいくら善処したところで、バジルが言うことを聞くわけがない。

 この場を好転させられるとしたら、それが出来るのは良い意味での第三者。

「うーん、仕方ないなぁ。私が話題を提供するのかぁ」

 困り顔のパトリシア、お前が頼りだ。

 うってつけの話があればすぐに助け船を出してくれていただろう。

 悩んでいるところを見ると、彼女も良い話題を見つけられずにいるらしい。

 一応、巷を賑わせている大きな議論はある。

 誰もが知っていて、無関係ではなく、物議を醸している重要事項。

 けれども、それは食事の場に持ち出すにはあまりに重苦しいだろう。

 まさか、第二魔術師団が壊滅して、隣国が占領されたなんていうめちゃくちゃに重っ苦しい話題なんて――



「――あ。そういえば、教官たちが話してるのを聴いたんだけどね。明日の授業の課題、例の公国侵略から今後の帝国の動きを想定する内容らしい……よ……?」



 誰もが口を横一文字に結んだ。

「……ごめんなさい、今のやっぱりナシにしよう。食堂人気メニューランキングの話にしよ――」

「――いいえ、パトリシア嬢。ボクとセウロにはそれくらい殺伐とした話題が似つかわしいのかも知れませんよ」

 必死に取り繕おうとするパティを、したり顔のバジルが止めた。無駄なドヤ顔がムカつく。

 しかし、乗りかかった船だ。今更軌道を変えることも無いか。

「それもそうだな。流石に敵国を前にしたら、喧嘩どころの騒ぎじゃないし」

「おや驚いたな。その成績でまだ戦場に立てる気でいるとは」

 カチンときた。

「なにおう……? なんなら中間試験でやりそこねた模擬戦、ここでやっとくか? どっちが戦場で怖気づいちまうチキンか決定戦やるか!?」

「せっかくボクとの対戦を免れた幸運を棒に振るとは! 構わないよ。非公式だけれどキミの経歴に黒星をつけてあげよう」

「ストップ! ストーップ!! もう、すーぐ喧嘩に持っていくんだから二人は!」

 目の前にパティの手のひら。

 仕掛けてきたのはあいつの方……と言いかけたが、悪化しか見えないので止めた。これ以上パティに迷惑はかけられない。

 隣のユージーンは他人事のように笑っている。コイツはコイツで侮辱が無いじゃれ合いだと、我関せずのスタンスだ。

 バジルの方も当然、パティには逆らえない。

「パトリシア嬢がそう言うのであれば……。しかし、せっかく議論するならば、まずは前提が必要だ」

 バジルが隣へ目を向ける。

「カチュア。今回の件に入る前に、帝国と公国の関係をおさらいしてやれ。いきなり本題にすると、ついてこれない奴がいるだろうからな」

 後半、ちらりとバジルがこちらを盗み見た。咄嗟に反論しようとしたが、パティがハンドジェスチャーで「待て」と伝えてくる。犬じゃあるまいしとむくれたが、隣のユージーンから「本当のことだから突っかかっても惨めなだけだよ」と追撃があり、それがトドメとなった。

 やり場を失った苛立ちは口の中のウィンナーにぶつける。

「かしこまりました、バジル様」

 カチュアは上品に口を拭いて、どこからともなく世界地図を取り出した。なんで持ち歩いてんだこいつは。

「まずは三国の基本から始めましょう」

 カチュアが地図を指さした。

「第一に我々のモルゼントゥール王国。単一民族国家として世界最大であり、シエラ大陸中央部に位置しています。軍は王国魔術師団全五団1万名です。

 第二にイーフェル・シディア帝国。元々侵略国家と呼ばれていた北の大国です。五十もの民族・地域を侵略して領土を広げ、ロファイエ大陸全土を支配するに至りました。一時期は海を渡りシエラ大陸西部へも進出。ベルケンド地方として統治していました。軍は帝国守護聖騎士団推定1万6千名。

 第三にベルケンド公国。帝国から左遷された大公が君主となって、独立を果たした新興国でした。本来は非好戦的な国民性でしたが、支配に対しての反発が燃え上がり大公の手腕もあって帝国と別離しました。しかしつい先日、侵略を受け再び帝国領と逆戻り。本来の軍は公国人民軍推定4千5百名」

 3つの国を位置をなぞりながら、その関係性へと話は移る。

「我々王国からすると、別大陸にある帝国とは国交が乏しく、古くから小競り合いが絶えません。隣国のベルケンドとは独立を支援した経緯があり、友好な関係を築いていました」

 カチュアが短く息をつく。気持ちが悪いほど整然とした説明が終わった。

「以上です。何か質問はありますか、セウロ・スペード」

 キリッとした鋭い眼光がこちらを向く。名指しはあからさますぎないか?

「……イエ、アリマセン」

 教官かお前は。と心の中で毒づきながら、片言で返事をする。

 渦中の三国については概ねイメージ通りだ。

 ウチと仲が悪くちょっかいの多い帝国。一時期そこの手下だったけど耐えきれなくなって離反し、ウチと仲良くなった公国。

 こういうバランスを保ってきた。危ういながらも、大きな動きはここ五十年ほどなかった。

 つまり、平和だったのだ。

 それが明確に崩れたのが今回の事件。

 第二魔術師団の壊滅と、ベルケンド公国の占領。


「今回の件の説明は不要だろう。毎日聞き飽きるほどの騒ぎだったからな。国王様が不可侵協定にサインをしたのが7日前だが、まだまだあちこちで噂話が絶えない。せっかくの機会だ……キミたちの意見を聴こうか」


 珍しく、バシルの真剣な眼差しが向けられた。

 食事の手を止める。

「そうだな……」

 その事実が王国に知れ渡ったとき、首都は軽くパニックに近い状態だった。

 噂が噂を呼び街は大騒ぎ。都民は近衛兵に詰め寄り、戦争が始まるのかとまくし立てた。気が早い連中は兵糧や武具のビジネスでひと稼ぎしようと画策して、ここ最近まで市場も混乱気味だった。

 結局のところ、帝国が出した不可侵協定を鵜呑みする形で事態は収まり、首都アーゼルも落ち着きを取り戻しつつある。

 完全に先手を取られた挙句、仲間まで殺されておいて協定とは何たることかと憤慨する連中もいる。

 それが未だに議論の冷め止まぬ理由。

 誰しもが、不安や怒り、恐怖の中にいるのだ。


 どうしたものかと言いあぐねていると、横からユージーンが口火を切った。

「僕はベルケンドが怪しいと思ってるよ」

 全員が注目を向ける。

 彼の持ったナイフが、手元のオムレツを裂く。

「本当に一方的な侵略だったのか、疑問に思わないかい?」

 バジルがそれを拾う。

「どういう意味だ?」

「唯一生き残った副師団長の話によると、第二師団は奇襲されたと。それも周到に用意されていた殲滅作戦だった。たまたま居合わせた軍隊の即席の作戦レベルじゃない」

 パティが不安げに問う。

「どういうこと? 公国とは良好な関係だと思ってたけど……王国を裏切ったってこと?」

「どうにも手際が良すぎるよ。帝国と始めから協力していて、合同演習だなんて名目で王国の兵をおびき寄せて帝国軍と引き合わせたと言われても、不自然じゃない」

「だとしたら何という不義だ! 独立時に王国があれだけ世話を焼いてやったというのに!」

「不義だと決めつけるには、公国の立場も複雑だけどね」

「なんだと……ユージーン貴様、怪しいと言っておいてなんだ。肩を持つ気か?」

「そういうわけじゃないけどさ。ベルケンドの立場になって考えてみなよ。

 帝国が戦争を仕掛けようとしている。もちろん対立するのは僕ら王国だ。

 公国にとって一番の理想は、勝ち馬に乗ることだよ。避けようにも立地と歴史が邪魔をする。始まってしまうのなら、最終的に得できる立場を選ぶ。それが国のためだ」

 どこか冷めたような眼差しで、ユージーンは続ける。

「仮に彼らが自分の意思で帝国に協力したとするなら、その理由は、王国に勝ち目がないと踏んだからかもしれない。それを非難することは、誰にもできないよ」

 そこでバジルも眼を閉じて渋々と黙り込んだ。

 悔しいけれど、その判断に文句は言えない。公国は帝国と王国、どちらも知る国だ。


「私はそうは思えませんね」

 カチュアがそこへ一石を投じた。

「公国の独立の経緯を考えれば、違和感があります」

 彼女は手元にあったパンを半分に千切った。

「公国はそもそも帝国から排されたフライリヒラート公が建国した国です。帝国との関係は冷え切っていた。民も侵略者である帝国を嫌っていた。だから王国の力を後ろ盾に独立したんです」

 2つのパンの片方をちょうど、一口で食べられるサイズに分けて、もう片方と並べた。

「援助した王国も馬鹿じゃありません。今回だって公国が信用できると踏んだから共同軍事演習を提案したのです。少しでも敵の可能性があるのなら、手の内を明かすようなことはするわけがない」

 うんうんと頷いていたパティがそれに追随する。

「一理あるかも。たしかに、フライリヒラート公は公明正大な人物だって聞いたことがある。それを疎まれて島流し同然に帝都からベルケンドへ飛ばされた結果、いち地方を国と呼べるまでにまとめあげてしまったって……伝聞されている人柄を考えても、王国をだまし討ちするような真似は考えられないよ」

 女子2人の力説に対抗され、ユージーンは納得した素振りだ。

「副師団長の話では、村を問答無用で焼いたという話もあったね……となると確かに違和感がある。大公が積極的に関与してたとは思えないか」

 ユージーンはこういうとき、現実的というか、ある種悲観的な目線で物事を見がちだ。警戒心の高いアイツらしいが、少しは人を信じてもいいだろう。

「面白い仮説だったがユージーン、決め手に欠けたな」

 バジルが満足そうに笑う。

「悪かったねバジル。そういう君の意見もぜひ聞きたいところだけど」

「ふむ。お前の公国陰謀論も巷では主要な一説だ。他の説では我々王国の知るに及ばぬうちに公国が侵略されていたという謎が残るからな。だが――」

 素早く持っていたフォークをユージーンへ向ける。行儀が悪い。



「――俺が推すのは内通者説だ! 王国魔術師団に裏切り者がいる!」



 くだらないのが始まったぞおい。

 力説を始めるバジルをよそに、俺とユージーンは食事を再開した。パティも所々で頷くものの「眉唾だなぁ」と顔に出ている。当の本人と隣で講義よりも真剣に耳を傾けるカチュアだけが本気だった。

 そんなテーブルの様子を見向きもせず、語りに熱が入る。


「まだ帝国領出身者説と近衛兵説で揺れているんだが…………そう! つまり情報は事前に漏れていた! …………一説によると容疑者は3人にまで絞れて…………ボクが怪しいと踏んでいるのは第三師団の………………」


 根拠もクソもない議論を聴いても仕方ない。そういえばバジルは昔からこういう誇大妄想が得意だ。のめり込むとそれしか見えなくなる猪突猛進タイプ。

 うちの国がこういう妄言に寛容な国で良かったな。帝国だったらきっと言論統制で一発牢屋行きだぞ。

 牢屋まではいかずとも、もちろん周りからの目は痛いが。ここ食堂だぞ声のボリューム考えろ。

 そんなフィクションまがいの自論が、徐々に遠く聞こえる。


 思考に落ちてゆく。


 なぜこんなにも街で議論が冷め止まぬのか。 

 第二魔術師団の殲滅。

 結果は同じだけれど――あの時とは事情が違う。

 7年前、父上が……チェスター・スペードが率いた第二魔術師団が南部開拓で壊滅したときとは。

 あの時は“戦争”だという確固たる証拠がなかった。

 誰の国土でもない地域で小競り合いがあって、それに敗北した。それだけだった。

 だが今回は敵が隣国を侵攻し、占領し、すぐ近くまで迫った。

 そして自国の先兵が、主力の一部が、明確な敵に皆殺しにされたのだ。

 でもまだ、戦争は始まらない。名ばかりの協定が互いを繋ぎとめている。

 突如現実味を帯びてすぐそこまで迫った脅威が、こちらを一瞥して踵を返した。



『――そう遠くない未来に、全世界を巻き込む戦争が起こります』



 記憶の中で星図の束が散らばる。

 ティファニアの声が脳内にこだました。

 未来の確定事項を知っている俺にとっては、その一瞥は、値踏みのように思えた。

 王国とはどれほどのものか。それを観察されような気がした。

 思考が巡る。兼ねてから考えていたことはあるが、とてもここでは口に出来ない“秘密”も混ざっている。

 視線を落としたスープに、似合わない思案顔の自分が映った。


「――ねぇ。ねぇ、セウロ。セウロってば!」


 ハッと顔をあげると、俺を覗き込むパティがいた。

「次はキミの番だぞセウロ。聞いてやるから言ってみろ」

「バジル様がここまでおっしゃっているのですから、早く喋ったらどうですか?」

「僕も興味あるなぁ。普段こういう小難しい話題、逃げられるから」

「うんうん。ねぇ、セウロは今回の件どう思う?」

 4人から急かされる。どうやら順番が回ってきたらしい。

 こうも視線があつまると、少しだけ緊張する。

「いやー、お前らみたいな議論はちょっと苦手で……これからの話だけど、それでいいか?」

 けど、大したことはない。

 俺は俺の考えていることを言うだけだ。

 それぞれの首肯と返事が返ってくる。

 それを受け止めて、意を決し、口に出す。

「7年前は、第二師団の再編成に3年かかった」

 その言葉に、場が静まった。

 みんながこちらを神妙な面持ちで見つめている。

「だけど、今回はそんなに悠長に構えている暇はないよな。もうベルケンド公国は落とされたんだ。ひとつ山超えた向こうは、敵国になっちまった」

 帝国の国土はもともとロファイエ大陸全土。王国からしたら、海を渡った先の遠いところの住人だった。

 でももう違う。俺らは戦争と隣り合わせの状況で、これから生きていかなければならない。

「すぐにでも戦争の準備をするべきだと思う。協定なんかあてになるかよっつー話だ。王国と帝国はいつ開戦してもおかしくない、一触即発の状況だろ」

 ユージーンがそれに深く頷いた。カチュアが目を伏せ、パティは口元を抑える。バジルは腕を組み、こちらを見据えている。

「戦争になれば大勢死ぬよな。大切な奴も、どうでもいい奴も、昨日隣にいた奴も、昔すれ違った誰かも。平等に殺される。それに、備えなきゃいけない――」

 誰かが生唾を飲み込んだ。

 戦火が脳裏を過る。

 そこで戦う姿を想像する。

 そのとき、俺は。




「――だから。次の第二魔術師団の師団長は、俺がやろうかな!」




 パティとバジルが机に突っ伏し、食器が音を立てて暴れた。

「セウロおい貴様! 突然話を飛躍させるな!!」

「すっごく真面目に聴いてた! 私は今までで一番セウロの話を真面目に聴いてたのに!」

 その様子にユージーンが笑い、カチュアが呆れ顔でスープを啜る。

「ははは。いやー、みんな修行が足らないね。セウロはいつもこれくらいは吹かす男だよ」

「良くもまあ、いつまでも理想を語れますねあなたは」

 四者四様。いつの間に俺らはこんなにも打ち解けたのだろうか、つられて俺も笑う。

「ハハハハ! いやー、俺はそこまでふざけてないんだけどなぁ……師団長はさておいても、結局やることは変わんねぇだろ?」

 ここで戦争の話を深めたって仕方ない。

 起こったことの精査よりも、これから起こることの方が俺は大切だ。

 そのとき、自分は何が出来るのかの方が問題だ。

「俺らは善良な一般市民じゃなくて、あと半年もしたら正式に魔術師団に配備される候補生だ。だったら壊滅だろうが戦争だろうが、怯えたり議論したりするのが本懐じゃないだろ。今は少しでも強い兵になるために、しっかり訓練することだ」

 明日開戦っていうんなら話は別だが、そういうことでもない。

 だったらあと半年。めげずに頑張るだけだ

「珍しく、セウロなのに良いこと言うね。ただ付け加えるとしたら……君は訓練だけじゃなくて勉強もだよ」

 何も言い返せない。

 話をまとめたつもりがユージーンにオチを取られた。しかもバジルやカチュアまでそれなりに笑っている。

 悔しいが、まあこれで良しとしておこう。



 議論が落ち着き、食事時も終わりに差し掛かったところで、バジルがおもむろに口を開いた。

「ふむ……訓練と言えば諸君、試験を終え訓練が本格化するという話はご存知かな? ん?」

 候補生なら当たり前のことだった。

「知ってるよ」

「聞いたことある」

 俺とユージーンのそっけないコンビネーション。

「バジル様、私は興味があります」

「……お前とは昨晩話しただろう」

 露骨に拗ねるバジル。幼稚な奴め。

「あっ……えーっと、確かあれだよねバジルくん! これからの訓練はこれまでと比べ物にならないほど厳しくなるって」

 パティが話題に乗ってあげる。

 すると途端に目を輝かせ雄弁になる。ホントにわかりやすい。

「そうですともパトリシア嬢! これからは団員の中でも特に上は副師団長クラスの重役が直々に教官として訓練をつけてくれるのです! 校外での実地訓練も行われ、昨年はこれからの訓練で候補生の三分の一が挫折して、学校を去ってしまったとか」

 どれも聞いたことある。話題が古い。

 それぐらいの過酷は、皆覚悟してここへ来た。

 モラトリアムを終えて、本腰を入るっていうだけの話だ。

 付き合いで聞いてあげているパティとめっちゃ頷いてるカチュア。いつもの居た堪れない空間だ。

「おいそこのセウロ・スペード!!」

「なんだよ」

 さっきからフォークで人を指すんじゃない。

「いいか、前期試験では逃げられたが今度はそうはいかないぞ。剣術指南の教官からは必ずボクの方がいい評価を貰ってやる」

「逃げてない。組み合わせランダムだろあれ」

「ええい、御託はいい!」

 バジルとしては、先日の模擬戦は同じ三戦三勝なのに、剣術の点数で俺に負けたことが悔しかったのか。

「唯一の剣術でボクに負ければお前の立つ瀬はない。覚悟しておくことだな、セウロ」

「お前が土いじってる間も俺は剣振ってるんだ。追い付けるなら追い付いてみろ」

 そっちがその気なら、受けて立つ。

 剣でなら負けるものか。

「減らず口を……!」

「やっぱり今から模擬戦してやってもいいぞ?」

 視線がぶつかる。

 そこに再び遮る人影。

「いやいやもう次の授業始まるから! だいたい私闘したらまた謹慎だから二人ともストップ! ストーップ!!」



 結局、パティに免じて勝負はお預けとなったのだった。

 予鈴が鳴って、食堂から人が去ってゆく。

 みなが片づけを始め、席を立ったそのとき、俺は指輪を見つめていた。

 もし、も……すぐに戦争が始まってしまうとしたら。

 今の俺には、何もできない。

 授業と特訓に明け暮れて、気づけば候補生生活一年間の折り返しが終わったところだ。

 あと半年以内には“英雄”とやらにならなくてはならない。

「セウロ、なにやってるの。遅れるよ」

「……ああ、すぐいく」


 不甲斐なさと不安を拳で握りつぶして、俺は歩き出した。




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