Episode0.遠い約束
――それは、幼いころの遠い記憶。
――忘れられない心の支え。
――突如現れたあなたとの、かけがえのない約束。
――あなたはこう、私に話しかけた。
「どうして、こんなところにいるの?」
「私は、いてはならない存在だからです」
「ずっと、ここに一人でいるの?」
「はい。使用人以外に会うのは、初めてのことです」
「外に出たいって、思わないの?」
「私は、いてはならない存在だから……だから、このままでいいんです」
「来なよ」
「……えっ?」
「外にはさ、楽しいことや、面白いものがたくさんあるんだ。だからこんなとこに閉じこもってるなんて、そんなのはダメだよ」
「いや、でも……行けません。私には」
「君は、西の山脈に落ちる夕焼けを見たことある?」
「……み、見たこと、ありません」
「すごく、キレイなんだ。うちの家やここに並ぶどんな絵画よりも鮮やかなんだ。他にもね、南の湖を囲む自然や、東の見渡す限りの地平線。それに――北の海に浮かぶ大きな大きな世界樹が、ほのかに淡く光る夜も。全部、ぜーんぶ美しいんだよ」
「それは……とても、魅力的ですね」
「でしょ? だから、ほら――」
『――おい、部屋から話し声がするぞ! 誰だ!! 』
「まずいな。見つかっちゃったみたいだ」
「あ……、」
「ほら、急いで。窓からいけば、きっと見つからない」
「……やっぱり、私はいけません。それにもし私がいけば、きっと、あなたも捕まってしまう」
「そんなこと……」
「急いで逃げてください。捕まったら、ひどい罰があるかもしれません」
「うーん、困ったな……ああ、それじゃあ約束をしよう」
「何を言ってるんですか、行かないと、もう――」
「――“指輪の契り”を知ってる?」
「え……? いえ、聞いたこともありません」
「簡単だから心配しないで。お互いの一番大切な指輪を預け合うだけだよ――ほら、こうやってね」
お互いに身に着けた、指輪を取り替える。
「そして、約束が果たされるそのときまで、これを誓いの証として大事に持ってるんだ。いいね?」
「それってじゃあ……」
「うおっと、流石にそろそろ逃げないと……あ、名前を聞いてなかったね。なんていうの?」
「私は……ティファニア。ティファニア・フィル・モルゼントゥールといいます」
「わかったティファだね」
「僕はセウロ――セウロ・スペードだよ」
「すぐに迎えに来るから、だからそれまで、待ってて」
――それはたった一晩の、ほんの短い時間。
――自由のない孤独な部屋の中で、星降る天窓を見つめるだけの私の人生に、鮮烈に残るかすかな記憶。
――あの約束と、この指輪だけが今……私の、生きる糧であるのです。