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風って〜入学編〜  作者: マイケル
8/13

疾風

「もういいっすよ。」

気持ちがはやる。学ランを脱いで、白のワイシャツを腕まくりしながら言った。

「あ、もういいの?」

「一対一ですよね。どっちからいきます?」


『一対一』とは2人が攻守に分かれ、向かい合ってスタートする。ボールを持っている攻撃側が、ボールを持っていない守備側をドリブルで抜くと攻撃側の勝ち。守備側が途中でボールを奪うと守備側の勝ちになる。一般的には攻撃が有利だとされているが、俺は一概にそうではないと思っている。サッカーにおいて、相手を完全に抜き去るというのはそう簡単ではない。かわしても、すぐに追いつかれてボールを奪われるなんてザラだ。とはいえ、お互いの実力を把握するには絶好の練習だ。


「君やる気満々だね。いいよ、そっちからで。」

ポニーテールは余裕の表情で俺に攻撃を譲った。

「わかりました。」


3メートルほど離れて向かい合う。

絵里が少し心配そうに横から2人を見つめている。


「いきますよ。」

俺はギュンとスピードを上げる。ポニーテールは右から抜こうとした俺の動きに瞬時に反応する。それを見て俺は右足の裏でボールを止め、スピードをゼロにする。ポニーテールと俺の距離は少し詰まっていた。


サッカーは11人対11人で行われる。こんな乱暴な意見がある。『全員が1対1で勝てれば、11対11で負けるはずがない。』正直これを論破するすべはない。それだけサッカーにおいて相手をかわす、相手のボールを奪うという行為は重要なのだ。


「やりますね。」

「君速いねー。」

ポニーテールはニヤニヤしている。またまだ余裕なのだろう。一度の仕掛けだけで十分理解できた。この人のポジションはDFディフェンダーだ。京平と同じ守備を主に行うポジションである。


一対一において重要なのは、『間合い』。つまり距離のことだ。オフェンス(攻め手)にはオフェンスの、ディフェンス(守り手)にはディフェンスの、やりやすい間合いと言うものが存在する。ボクシングなんかと同じように、近すぎても遠すぎても良くない。

しかもこの間合いは人によって様々だ。俺のようにスピードがある選手は、ディフェンスとの距離が遠いと、簡単にスピードに乗って置き去りにすることができる。逆に近いと、ディフェンスは相手ののフェイントに翻弄されやすくなる。

したがって、上手なDFディフェンダーは自分が守りやすい間合いを把握している。例えば、オフェンスよりも自分の足が速ければ、それなりに距離を取ってもボールを奪うことができる。もし、自分が相手のフェイントに惑わされないならば、間合いが近くても問題ないだろう。

つまり、オフェンスとディフェンスは互いに自分のやりやすい間合いに持っていくことを第一に考える。これを『駆け引き』と呼ぶ。


ポニーテールの間合いはこれか。そして俺の緩急をつけたドリブルにもしっかりついてくる。最高速に乗れば抜くことはできるだろうが、この間合いだと簡単に加速させてはくれない。面白い。


俺はフゥーと長めに息を吐き、もう一度仕掛けた。今度は左から抜きにかかる。もちろんポニーテールはしっかりと対応してくる。そこで俺はスピードを落とさずかなり鋭く右へ切り返した。よし抜いたっ!.....ん?


「今のは危なかったぁー。」

ポニーテールがボールを持っていた。いつだ。俺はいつ取られた?ポカンとしている俺にポニーテールは言った。

「次は俺が攻撃ね。」


再び2人が向かい合う。ポニーテールは左足でボールを持っている。

「いつでもいいですよ。」

俺は重心を低くして全神経をボールに注いだ。

「じゃ、いくよ。」

ポニーテールは左足でチョンチョンとボールを前に蹴り出す。スピードは遅い。にしてもなんて綺麗なフォームなんだ。......だめだ、集中しろ。


ポニーテールは少しずつスピードを上げ、ボールを右足に持ち替える。ここで一気に右から抜きに来る。俺は待ってましたと言わんばかりにボールの進行方向に足を入れる。勝った!.....その瞬間、フワッと風が俺の頬を撫で、ポニーテールは俺を左から完璧に抜き去った。えっ?なにが.....?訳もわからず振り返る俺の目には、ベンチに向かって鋭いシュートを打つポニーテールがスローモーションで映った。


「おわりー!!」

絵里が叫んだ。

「飛鳥もう帰るよっ!」

いまいち状況を把握できていない俺の手を引っ張る。


「えーっ!もう帰っちゃうの?まだやろーよ!」

「ごめんなさい。この後私と飛鳥用事あるんで。」

淡々と絵里が答えた。

「そっか.....。それならしょうがない。俺の名前は、沢柳俊介さわやなぎしゅんすけ。俊さんって呼んでよ。今度は万全の状態でやろうね!飛鳥!またすぐに会うと思うよ。」

妙に馴れ馴れしい。それに何故俺が万全でないことを知っている。

「え、あ、はい。失礼します。」

俺は小さく頭を下げた。

腑に落ちない。しかし、ここは絵里に従うべきだ。絵里はこのタイミングで切り上げる訳を見つけたのだろう。スパイクを履き変え、自転車にまたがった。依然頭の整理はできないでいた。

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