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風って〜入学編〜  作者: マイケル
7/13

ポニーテール

国道沿い自転車を走らせた先には、商業施設が群がってる。しかしそれを通り過ぎ、もう少し行った先に、俺が中学から通っているサッカーショップがある。アンティークな外見に、白地にオレンジ色で書かれた『山田SSサッカーショップ』の看板は、絶妙に調和している。


俺らは狭い駐輪場に自転車を並べ、古いガラスの扉を少し力を入れて開けた。


小さい一軒家の一階を商店に改装した店内は、スパイクの革の匂いで包まれている。狭く古い店内。でもどこか懐かしさを覚える。壁一面にはズラーっとスパイクが並んでいる。他にも練習着やサッカー雑誌なんかも置いてある。ここに来るのも久しぶりだ。


「いらっしゃいー!」

奥から黒縁メガネをかけた黒髪の若い男性がサンダルを引きずりながら出てくる。

「って、飛鳥君じゃないか!絵里ちゃんもっ!」

「お久しぶりです。」

俺はペコリと頭を下げる。

「アッキー変わらないねー」

絵里が笑いながら言った。


山田秋也。通称アッキー。この店を父親とともに切盛りする25歳のお兄さんだ。アッキーは俺らの中高の先輩にあたる。昔は公園でよくサッカーを教えてくれた。学生時代はサッカーをやっていて世代別の日本代表にまで選ばれたことがあるとか、無いとか。今はもうサッカーはやめて、こうやって父親の店を継いでいる。


「久しぶりって.....ホントだよ!サッカーやめちゃったって噂で聞いてたから....。でも、よかった。またやるんだね?」

「はい、ブランクは空いちゃいましたけど、また高校から部活で。」

「そっかそっかぁー!最近で一番嬉しいかもしれない!」

アッキーは俺らより何個も年上なのに、いつもこうして同じ温度で話してくれる。

「アッキー!飛鳥がスパイク欲しいんだって!」

世間話もそこそこに絵里が本題に入る。

「わかった。じゃあ、サイズ出して欲しいのあったら声かけてね。」

「はーい。飛鳥いこっ!」

絵里が俺の袖を引っ張る。


サッカーのスパイクにはたくさんの種類がある。野球やテニスなんかと違って、サッカー選手のアイデンティティはスパイクしか表現できない。だからデザインで選ぶ人もかなり多い。ちょうど京平がそれだ。でも俺はデザインはあまり気にしない。履いてみてしっくりきたものを買うようにしている。


「革はどうするの?」

絵里が俺の顔を覗き込む。

「やっぱりカンガルーにしようと思う。」


スパイクのアッパー(足の甲から両側までを包む部分)には様々な革が使われる。薄いエナメルでできた化学繊維、牛革、カンガルーレザー。ここら辺が主流だ。それぞれ長所と短所はあるが、俺は昔から足馴染みの良いカンガルーレザーが好きだ。


「じゃあこれとかどう?」

絵里が早速一足持ってくる。

「うーん。ポイントが硬いな。」


スパイクの裏に付いた滑り止めのための十数個の突起の事をポイントという。野球や陸上、ラグビーなどのスパイクにも付いているが、サッカーの場合は複雑な動きに対応するため、硬めのプラスティックが使われる。このプラスティックにも弾力性、高さなどに違いがある。スパイクの買い替えの時期はこのポイントの摩耗が目安になる。正直この部分に関しては完全に好みだ。


「うーん、じゃあこれは?」

すぐに絵里が次の一足を提示する。

「お、これは良さそう。」

この言葉を聞いて絵里が得意顔をする。

「アッキー!これの27cm出してー!」

既に俺のサイズを把握している絵里が声を張る。

「あっ、はいよー。」

アッキーは手際よく27cmと書かれた箱を取り出し、靴紐を緩め、履きやすい状態にして俺の足元に置いた。


椅子に腰掛け、入学式だからと母親が勝手に買ってきたローファーを脱ぐ。左足から順番に足を入れ、紐を縛る。

悪くない。いや、むしろしっくりきている。インソール(中敷き)の反発性。くるぶしの当たり具合。アッパーの抱擁力。うん、良い。俺は立ち上がり、少し足踏みをしてみせた。まるで足の一部かのように吸い付いてくる。決まりだ。


「アッキー、これにする。」

「えっ、もういいのかい?」

「うん。最高の一足だよ。黒はある?」

俺は毎回黒があれば黒を買う。思い返してみれば黒しか履いたことがないかもしれない。


「はい。これが黒の27cm。他にはいいの?」

「ありがとう。うん。今日はこれだけ。」

「毎度あり。ちゃんとまた顔見せに来るんだよ?」

「分かってるって。」

「絵里ちゃんもまた一緒に来てね。」

「もちろん!」


俺らは会計を済ませ、アッキーに軽く挨拶をしてから店を出た。


「いいの買えてよかったね!」

絵里が俺を見てを言う。

「ありがとう。やっぱり絵里は頼りになるな。」

「えへへ。そんなことないよー。」

まんざらでもなさそうだ。


「お礼にジュースでもおごるよ。自販機あったら休憩しよう。」

「えっ!いいのー?やったぁ!」

まるで子供みたいに目をキラキラさせた。


しばらく自転車を走らせると、青い自販機を1つ見つけた。俺は緑茶、絵里はカルピスを買い、近くにあった公園で少し足を休ませた。ペンキのはげかけた古いベンチに座る。


「ねぇ、あの人....。」

絵里は指差して言った。俺らより後に公園に入って来たその人は、右脇にサッカーボールを抱えて、左手の人差し指と中指にスパイクをぶら下げている。前に公園で壁当てをしていた人とは違う人のようだ。

「男....だよな?」

「た...ぶん...。」

俺も絵里も性別の見分けがつかなかった。その人の背中にはうなじが隠れるほどのポニーテールがゆらゆら揺れていた。色も白く顔立ちも整っている。


彼は靴紐を結び終えると、左足でドリブルを始めた。疑問が確信に変わる。男だ。あのボールタッチ、そして緩急。うまい。洗練されていると言ったほうが適切かもしれない。


どのスポーツもある程度の型が決まっている。野球で言えばバッティング。バスケで言えばシュートフォーム。バレーボールで言うとスパイクのフォームなんかもそうだ。しかしいくら型が決まっているとはいえ、全く同じフォームの選手なんてのは存在しない。どこかで自分らしさが出てしまう。


サッカーにおいてもそうだ。ドリブルのフォームなんてのは人によって様々だ。重心を上に持って来る人、下に持って来る人。前傾になる人、背筋をピンと伸ばす人。俺なんかはよりスピードを出すため少し前かがみなり、その分急な方向転換が難しくなる。


その人は、サッカーにおけるドリブルの型を如実に再現していた。


「綺麗だね。」

絵里もやはり感じ取っていた。

「ああ。あんなの今まで見たことない。」

体が動く度、ポニーテールがシンクロする。背は京平より少し低いくらいだろうか。


俺はまだ半分ほど残っていた緑茶を口へ運んだ。

その時、

「ねぇ!そこのきみー!一対一やろうよ!」

ポニーテールがこちらに向かって手を振っている。緑茶が喉に詰まる。

「ゴホッ....」

「ああ、ごめんごめん。驚かすつもりは無かったんだ。」

顎まで垂れた緑茶を左手で拭う。俺は絵里をチラッと見た。

「やりたいんでしょ。でも無理しちゃだめだよ。」

絵里は子供を諭すかのように優しい目で言った。

「うん、分かってる。まだ体も完全じゃないしな。」


なんて機会だ。目の前にこんなに上手い人がいる。そして、たった今買ってきた新しいスパイク。半年ボールに触れていなかったがこの際気持ちが優先だ。スパイクに足を入れ、つま先でトントンと地面を叩いた。ああ、この感じ。俺はこの半年の長さをようやく理解できた気がした。


「すいません。5分くらいボール貸してもらってもいいですか?」

「あ、いいよー。」


感触を確かめる。ポイントが地面に刺さる感覚。俺はインステップ(足の甲)でリフティングを始めた。蹴り心地は悪くない。やはりいいスパイクを選んだようだ。










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