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風って〜入学編〜  作者: マイケル
5/13

始まり

クラス会からちょうど1週間が過ぎ、入学式当日を迎えた。俺は真新しい制服に身を包み、玄関にある姿見の前に立った。


「少し大きいな。」


母親の勧めで買ったワンサイズ大きめの学ランは、袖が少し長く、手の甲は半分まで隠れていた。見慣れない学ラン姿。首もとが窮屈で、ボタンを1つ開けた。


「いってきます。」


リビングにいる母親に聞こえるか聞こえないかの声とともに、ドアをゆっくり開けた。太陽は出ていないけれど、少し眩しい。花曇り。中学の国語の先生が教えてくれた、うっすらと雲がかかった春の曇り空のことだ。


俺はカーポートに停めてある、古びた自転車に荷物を投げ入れた。中学からずっと乗っている愛車だ。錆びたカゴは少し左に傾いている。漕ぎ出すといつも通りカラカラと乾いた音が鳴る。新しい制服とオンボロの自転車。どこかおかしな組み合わせだ。京平と待ち合わせしているいつもの公園に向かう。


いつもは時間にテキトーな京平が珍しく先に着いていた。

「ぷっ!おまえ似合わねーな。」

開口一番馬鹿にされた。

「うるせ。お前こそ、、、。」

京平の学ラン姿は妙にしっくりきていた。ちょっと悔しい。

「行くぞ。」

俺はそっけなく言った。

「おい待てって。」

後ろから追いかけてきた京平は、すぐに俺の横に並んだ。


1週間前まで、俺は高校生活を1ミリも楽しみにしていなかった。帰宅部。あの時の俺にはその選択肢しか無かったんだ。でも今は違う。春の風と京平のおせっかいが連れてきた絵里の笑顔は、俺にもう一度夢を与えてくれた。


「吉岡は親来るのか?」

「ああ、式には間に合うように来るってさ。京平んちは?」

「うちもそんくらいに来るって。恥ずかしいから来るなって言ったのに、どうしてもってな。」

「お前んちらしいな。」


高校までは自転車で20分ほど。団地を抜け、田んぼ道をひたすら漕いだ先の小高い丘に古い校舎がたたずんでいる。俺は3年間この道を往復することになる。


「調子はどうだ?」

急に話題を変えて京平が言った。

「調子?」

思わず聞き返す。

「サッカーだよ。サッカー。」

「え、ああ。とりあえずこの1週間は走り込みだけ。体力とスピードって思ったより戻らないもんだな。」

「そんなもんだろ。まだ蹴らないのか?」

「あと1週間ぐらい走り込んで体起こさないと怪我しそうでな。」

「やっぱり6月か?」

「今の所はな。お前はいつから部活なんだ?」

「俺はもう今日から出るぜ。ほら見ろよ。」

京平は片手運転で器用にカゴに積んであるエナメルバックからスパイクを取り出した。買ってから何回か履いた形跡がある赤いスパイクは、いかにも京平らしかった。

「やっぱり赤なんだな。」

「当たりめーよ。俺のトレードカラーだ。真似すんなよ?」

「そんな派手なの俺には履けないよ。俺も新しいの買わないとなぁ。」


そんな会話をしている間に、学校下の坂にたどり着いた。かなり急なこのヘアピンカーブは、ギアを下げないと登れなそうだ。今日は1年生だけ登校時間が遅い。今この坂を登っているのはきっと1年生だ。始まる。俺の高校生活が始まるんだ。俺はゆっくり、そして大きく息を吸い込んだ。


「競争な!」

「へっ?」

深呼吸の途中で変な声が出た。

「うおぉぉぉーー!!」

既に京平は登り始めていた。勝手すぎる。

「おいっ!ずりーぞ!」

俺もペダルに全体重を乗せる。自転車を押して登る女子生徒をグングンと追い越した。実際には100mほどか。今の俺にはその何倍にも感じる。

「よっしゃあ!俺の勝ちぃー!」

息を切らしながら京平が右手を上に突き立てた。

「お前っ、ハァ.....ハァ.....。」

呼吸が苦しい。抗議しようにも声にならない。

「お前も落ちぶれたもんだ。」

勝ち誇った表情で京平が後ろを振り向いた。言い返す余裕はない。まだまだブランクを取り戻すには時間がかかりそうだ。


俺らは坂を登ってすぐ左の駐輪場に自転車を停め、荷物を持って昇降口へと向かった。高さが2メートル以上あるでかいガラスの引き戸にピンク色の大きな模造紙が貼り付けてある。1学年280人、7クラス。つまり1クラス40人だ。右から名前をさらっていく。俺の名前はなかなか見つからない。


「あった!」

京平が指を指す。

「どこ?」

「ほらあそこだよ!6組!」

「何でそんなすぐに見つけられるんだよ。」


確かにそこには『21.吉岡飛鳥』の名前があった。でも俺は自分が何組とかは正直どうでもよかった。2人と、いや、絵里と同じクラスかどうかだ。6組をもう一度上から追っていく。『15.橘京平』。拳を強く握りしめる。さらに読み進める。『30.高橋絵里』。どんな表情をしていたのだろう。胸の奥から熱い何か込み上げてくる。興奮か安堵か。たぶん俺の知っている日本語では表現できないのだろう。


「吉岡ー。おーい。よーしーおーかー。」

「あ、えっ?」

「何ボーッとしてんだよ。3人とも同じクラスだな。」

「お、おう。」

「なんだよ。嬉しくないのかよ。」

「嬉しい。うん。嬉しい。」

京平は首を傾げた。悟られてはいけない。京平は知らないに決まってる。俺が絵里に気があることは、俺だけの秘密なんだ。


「おっはよーー!!」

ドキッとした。後ろから軽快な足音が聞こえる。

「おっ、絵里おはよー!」

京平が振り返る。俺も表情筋に力を入れながらゆっくりと振り返った。


そこにはセーラー服に身を包んだ絵里がいた。中学のグレーのブレザーとは違い、落ち着いた濃紺。でも、それ以上に目を引くものがあった。絵里のトレードマークともいうべき、美しく光って、風にサラサラとなびいていた絵里の長い髪の毛は、肩にかかるあたりでバッサリと切られていた。


「えへへ、どうかな....。」

絵里は右手の人差し指でその短くなった髪をクルクルといじってみせた。

「いい!似合ってるよ!なっ?飛鳥!」

「うん、随分と思いきったな。」

見慣れない制服姿。新鮮なショートカット。心臓が張り裂けそうだ。

「飛鳥は似合ってるって言ってくれないのーー?」

少し不機嫌そうに絵里は言った。

「うん、似合ってるよ。」

俺は噛みしめるように言った。

「うん!ありがとっ!」

パッと眩しい笑顔。同じクラスで本当に良かった。


「私何組だった?」

「6組!俺ら3人同じクラスだ!」

京平が即答した。

「ほんと?!やったぁーー!!」

絵里はまた笑顔を咲かせ、俺と京平とハイタッチをして小さく跳ねた。

「早く行こっ!」

小さな白い手で俺らの手を引っ張って、絵里と俺らは昇降口をくぐった。


こうして俺ら3人の長くもあっという間な高校生活の幕が切って落とされた。

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