色
「ねぇ、風って何色だと思う?」
後ろに乗った絵里が俺の背中に話しかける。
「なんだよいきなり。」
あのあと、はるかが締めの挨拶をして、中学最後のクラス会はおひらきになった。京平は二次会に乗り気な何人かを引き連れ、家とは反対方向のカラオケへと向かった。親に店まで送ってきてもらった絵里は、家が近い俺が送っていくことになった。絵里を後ろに乗せて漕ぐのも久しぶりだ。
「いいじゃん。ねぇ、何色だと思う?」
「うーん、透明?」
「飛鳥つまんない。」
「じゃあピンク」
「ピンクかー。悪く無いねー。」
絵里は俺の上着をギュッと掴んだ。街灯は1つ1つが離れていて、辺りはすぐに暗闇に包まれる。そんな真っ黒な視界をを自転車の小さな電球が懸命に照らしてくれている。
「正解は?」
少し後ろを振り向いて俺は言った。すぐ横を車がビュンと駆け抜けていった。
「そんなの無いよ。聞いただけ。」
「はぁー?お前は何色だと思うんだよ。」
「私はねー、秘密!」
きっと白い歯を覗かせてるに違いない。長い髪はサラサラと春の夜へと流れていく。絵里の巻いた季節外れの赤いマフラーがパタパタと音を立てた。
夜の10時を回り、車はほとんど走っていなかった。風を切る音と後ろから聞こえてくる鼻歌が妙に調和して、気分は朗らかだった。
しばしの無言。話したいことはたくさんあるのに、伝えたいことはたくさんあるのに、気持ちが言葉にならない。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、また絵里が俺に話しかける。
「私ね、飛鳥のサッカーしてる姿好きだったんだー。」
好きという単語に心臓がドクンと鳴った。
「お、おう。俺頑張るよ、部活。」
「楽しみ!センターバックが京平でしょー?、フォワードが飛鳥でしょー?あとは、いいボランチが欲しいね。」
「相変わらず詳しいな。」
絵里の親父さんは大のサッカー好きだ。その影響でサッカーはいつでも絵里のそばにあった。知識だけで言ったら俺よりも詳しいかもしれない。これは言い過ぎか。
「えへへ。もっと褒めてもいいんだよー。攻撃と守備、守備と攻撃を繋ぐ、チームの心臓だって解説の人が言ってた。」
妙に上機嫌だ。
「よくご存知で。ボランチはいい選手がいるって京平が言ってた。」
事実、長くサッカーをやっている俺からしてもボランチというポジションがチームの心臓だということに異論はない。エースの証10番を背負うのも大抵はボランチだ。求められる能力は総じて高いが、特にパスの創造性、正確性は頭1つ2つ飛び抜けている必要がある。守備では全体のバランスを取り、攻撃ではリズムをつくる。通常11人中2人がこのポジションを担うが、1人だったり3人だったり、フォーメーションによって様々である。
「よかったじゃん!じゃあ、京平が守って、その人につないで、あとは飛鳥がシュート決めてゴール!!」
絵里が後ろでシュートする素振りを見せた。自転車がフラつく。
「あぶね!こけたらどうすんだ。」
「ごめんごめん。」
ハンドルを強く握った。
「もうちょいで着くぞ。」
俺と京平と絵里は家が近い。自転車を走らせれば5分で2人の家に行くことができる。
3人が住む団地に入った時、絵里が俺の耳元で囁いた。
「歩こ。」
俺は返事をせずにブレーキを握った。
「よいしょっと!」
絵里は荷台から飛び降りた。
「もう少しなのにいいのか?」
「ちょっと歩きたくなったの。ねぇ!見て!」
絵里が空に向かって人差し指を立てる。澄んだ空に、明るい月がまるで2人の夜道を照らすように輝いていた。
「綺麗だ。」
柄にもないセリフに自分の耳を疑った。
「飛鳥、今日は楽しかったよ。仲直りもできたし。目標も見つかった。」
歩き出しながら絵里は俺の顔を見て言った。
「俺の方こそありがとな。俺もまた3人で話せて楽しかった。」
「言ってなかったけど私ね、知ってたんだ。飛鳥がなんで私を避けてたか。」
「えっ?」
「飛鳥のお母さんに聞いてたの。飛鳥は昔からお母さんに隠し事しないからね。」
「、、、。」
やっぱり絵里はすごい。俺よりもずっと大人なんだ。全てを知った上で、子供みたいに意地を張った俺をこうやって待ってくれていた。俺が絵里に抱く好きが一回り大きくなった気がした。暗闇じゃなかったら、自分でも想像のつかない表情を絵里に馬鹿にされていたに違いない。
絵里の家の前に着き、2人は足を止めた。
「次会うのは入学式だね。」
「そうだな。風邪引くなよ。」
「飛鳥こそね!じゃあ、おやすみ!送ってくれてありがと!」
そう言うと、絵里はクルッと後ろを向いて家の中に入っていった。俺はその姿を目で追ったあと、再び自転車にまたがった。さっきより月が明るい気がした。
「今日はよく眠れそうだ。」




