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風って〜入学編〜  作者: マイケル
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東風

こんな時京平の性格には助けられる。仲がいいとは言っても、ちゃんと一線は保ってくれる。俺がこいつと昔から仲がいいのもその性格によるところが大きい。


京平はママチャリのペダルに右足を引っ掛け、思い切り踏み込んだ。クラス会が行われるのはここから自転車で30分ほどにあるお好み焼き屋だ。ライトが左右に揺れながら2人の道を照らしていく。


「なぁ、最近どうだ?」


歩道を占領するように二列でママチャリを走らせながら京平は言った。


「なんだよそっちこそ急に。まぁ、暇してるよな。やることないし。でも嫌いじゃない。この生活も。」

「そうか。それならよかった。お前からサッカーとったらどうなるんだと思ってな。」

「うるせ。そっちこそどうなんだよ。」

「俺か?最近さ、高校の部活に参加してきたんだよ。」

俺「お、どうだった?福井第一のサッカー部は。」

「環境は決して悪くないぞ。コートも全面人工芝だ。ナイター設備もしっかりしてる。ただ、、、。」

「ただ?」

「雰囲気がな。好きじゃない。県大会優勝を目標に語ってるけど、部員が信じてないんだわ。達成できない目標だと思ってる。」

「なるほどな。実際レベルはどうだったんだ?」

「うまいなと思う人はちらほらいるぞ。特にボランチ。あれは全国レベルだと思う。」


ボランチは11人の選手の真ん中に位置するポジションで、攻撃と守備のどちらにおいても重要な選手だ。特に攻撃時は一度この選手にボールを預けてから攻撃を組み立てる。バスケで言うならポイントガードにあたる。サッカー評論家に聞いて見ても、このポジションが一番重要だと言う人が大多数のだろう。


「それならチームは安定するだろうな。」

「そう思うだろ?でもそうじゃない。そのボランチへ供給するパスの質が悪かったり、受け手のFWフォワードがあんまり上手じゃない。」

「攻撃が詰まるわけだ。」

「そんなとこだなー。タメでいいやつ入ってくるといいんだけどな。」

「そうだな。」


俺は完全に人ごとのように返事をした。実際人ごとなんだ。俺には関係ない。京平がここまで上から目線で他人を評価できるのには、しっかりとした根拠がある。京平と俺は中学時代、県内の中学生から選抜される代表チームで全国を戦っているのだ。『守備の橘、攻撃の吉岡』という見出しで雑誌にも載ったことがある。今となっては過去だ。俺はペダルを漕ぎながら左側の田んぼを目をやった。まだ田植えも何もしていない。空っぽだった。しばらくの沈黙を切り裂いてまた恭平が口を開いた。


「言い忘れてたけど、今日絵里もくるってよ。」

「は?おい!聞いてねーぞ!!」


俺は今日一番の大声を出してブレーキをギュッと握った。キキィーと錆びた音が耳をつんざいた。


「だって言ってねーもん。」

「言ってねーってお前。。。」

「いいじゃねーかそろそろ。いい機会だ。仲直りしちまえよ。」

口をへの字に曲げている俺に京平はあっさりと言い放った。


高橋絵里。中2の夏。二学期が始まると同時に担任は転校生を連れてきた。制服の用意が間に合わなかったのか、この学校の制服とは色も形も違う制服を着ていた。窓から吹き込む風に揺れる長い髪が光って見えた。そいつは夏の太陽にも負けないくらい元気で、女子と話すことが得意でない俺に、休み時間うざったいくらい話しかけてきたのを覚えている。最初は軽くあしらっていたが、絵里がサッカー好きだと知ってからすぐに仲良くなった。今思えばこの時からすでに俺は絵里のとこが好きだったのかもしれない。3年になった春、昇降口に張り出されたクラス分けの紙には、3組に俺と京平と絵里の名前が書かれていた。表情が緩むのを隠すのに必死だったのを覚えている。体育祭のリレーでは、練習通り俺と絵里のバトンパスもうまく決まり俺は1着でゴールテープを切った。駆け寄ってくるクラスメイトをよそに、1番に絵里にハイタッチをしにいった。


例の10月の決勝前、緊張する俺に「頑張って」じゃなくて「楽しんで」と声をかけてくれたのも絵里だった。決勝も京平と一緒に見にきてくれた。その日は絵に描いたような晴天で、中央に掲げられた国旗が秋の日差しに綺麗に映えていた。選手入場で、大きく大きく両手を振っている絵里を見た時、不思議と緊張が飛んだ。しかし結果は1-7。俺はピッチに立ったまま動くことができなかった。楽しむ?そんなことできるのは勝ったやつだけだろ。試合終了を告げるホイッスルを、汚れたスパイクを見つめながら聞いた。無性に腹が立った。こんなスコアでどうやって楽しむんだよ。笑ってりゃいいのか?こんか無様な結果に?ゆっくりとスタンドにいる絵里に目を移す。泣いていた。子供みたいに大粒の涙を流し、それでいて俺だけを一点に見つめながら泣いていた。あいつは決して現実から目をそらそうとはしていなかった。


その瞬間、ひどい罪悪感が俺を襲った。こんなにも応援してくれた人を、絵里を一瞬でも裏切ったんだ。残酷な結果に蓋をして、自分を棚に上げた。やり切れなさを絵里に背負わせた。あの時の自分はいつ思い出しても虫唾が走る。


絵里はそれからも学校で今まで通り話しかけてくれた。屈託のない笑顔でくだらない話を持ってきてくれた。でも俺は、そんな絵里と話すのが辛くて仕方がなかった。俺にはそんな権利はない。あの時の自分が絵里に対して抱いた感情は、罪悪感となって心の底にこびりついて消せやしなかった。俺は今までとはうって変わって絵里に対して冷たくした。話しかけられてもそっけなく返し。遊びの誘いも全て断った。不器用な俺にとってはこれが罪滅ぼしなのだ。こんな俺が絵里と関わってはいけない。次第に絵里が俺に話しかけてくる回数も減り、冬休み前には前回いつ言葉を交わしたのかすら忘れてしまっていた。それから3学期が過ぎ、卒業式を経て春休みへと突入した。京平は知ってか知らずか、気を遣って絵里のことは何一つ聞いてこなかった。


「仲直りって、今更。今日乗り越えればもう会うこともねーだろ。ほっといてくれ。」

俺は京平の善意を突っぱねるように言った。


「お前知らないのか?絵里も福井第一だぞ。」

「、、、。」


複雑な感情が胸の奥で絡まり合って声にならなかった。すぐそばを飛ばしていく車の音が鮮明に鼓膜に届いた。知る由もない。だってあれから話して無いんだぜ?


京平「お前は余計なお世話と思うかもしれない。でも俺が納得できないんだ。また3人で楽しくやりてーじゃんか。お前がサッカーをやるやらないは自由だ。でもさ、絵里は何も悪く無いじゃないか。」


京平は呟くように言った。俺は空っぽの田んぼを見ながらその言葉をしっかりと聞いた。そんなことわかってる。わかってるんだ。自分以外の誰かに自分が本当に思っていることを言われると、こうも黙ってしまうものか。


「すまん京平。もう少し時間くんねぇか。」

「俺の方こそすまん。キャラじゃ無いこと言ったな。行こうぜ!中学最後のクラス会だ!って、こんな時間じゃねえか!!」

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