白蓮祭
10時からの一般公開に向けて、1人また1人と教室にはクラスのメンバーが集まってくる。その中にはもちろん清水さんの姿もあった。
「おはよ、飛鳥くん、絵里ちゃん。」
「あ、清水さん。おはよう。」
「飛鳥いつの間に清水さんと仲良くなったの?」
昨日の出来事を知らない絵里は当然の疑問を抱く。
「昨日ちょっと手伝ってもらった時にね。それだけだよ。」
清水さんは絵里に嘘をついた。俺に気を遣ってのことだろう。
「へぇー!飛鳥女の子友達できたんだ!よかったね!」
自分のことのように喜んで暮れる絵里。心が少しチクリとした。清水さんの笑顔を俺は真っ直ぐ見ることができなかった。
衣装もなんとか用意が間に合い、女子はメイド服、男子はタキシードに身を包んだ。
「飛鳥、ネクタイまがってるよ?......これでよしっと。」
「ありがとう。絵里似合ってるな。」
「ありがと。飛鳥は、ちょっと着られてるね。」
「うるさいなー。」
「えへへ。飛鳥も来年は試合かもしれないし、楽しもうね!」
「おう!京平の分までな!」
俺ら2人は午前中はクラスにかかりっきりになる。絵里は紅茶やお菓子を運び、俺は入り口で受付の担当だ。
10時の開始とともに、地域の方々が少しずつ見え始める。俺は最初こそ緊張してミスの連続だったが、気付けば仕事にも慣れ、楽しむ余裕さえ出てきた。絵里はというと、慣れた手つきで紅茶を入れたり、持ち前の明るさでお客さんを笑顔にさせていた。
やはり夢中になっていると時間が経つのが早いもんだ。既に交代の12時を少し回っていた。俺と絵里は引き継ぎをして、午後からは自由時間になる。
「ちょっと疲れたな。」
ネクタイを緩める。
「うん、でも楽しかった!お客さんも楽しんでくれてたし!」
「それじゃ....行こっか。」
俺らはメイド服とタキシードで、他のクラスをいくつか回った。
お化けにびっくりする絵里。迷路で子供のようにはしゃぐ絵里。カジノで負けてほっぺたを膨らませる絵里。この瞬間が一生続けばいいとさえ思った。
絵里の笑顔は絶えることがなく、それにつられ俺も終始笑顔でいた。こうやって2人で白蓮祭を回れる幸せを噛み締める。
「飛鳥、写真撮ろうよ。」
絵里が俺にくっつく。心臓の音が絵里に聞こえないか心配になる。
「はいっ、チーズ!」
2人で写真を撮るのってもしかしたら初めてかもしれない。
「お腹減った〜。飛鳥!なんか食べに行こうよ!」
「いいね。何があるんだっけ?」
ポケットに小さく畳まれたパンフレット取り出す。
「これがいい!」
絵里は3年生がやっているパンケーキを指差した。
「絵里らしいな。」
「どう言う意味ー?」
笑い合う2人。昇降口から外に出ると、青空に少しの雲がプカプカ浮いていた。春にしては少し強めの日差しに目を細める。
「すいません、2つください。」
「ありがとうございまーす!」
完成を待つ絵里の横顔は、餌を待つ犬みたいで少し面白かった。
木陰に腰を下ろす。
「いただきまーす!」
丁寧に両手を合わせると、絵里は焼きたてのパンケーキにフォークを通す。
「ん!美味しい!ほらっ、飛鳥も早く食べてみてよ!」
「大げさだなぁ。.....ん、うまい。」
「でしょー?」
なぜか誇らしげだ。
青々と枝葉を広げる木々。それをサラサラと揺らす春風。美味しそうに口いっぱいにほお張る隣の女の子。俺の目に映る景色はいつもより光って見えた。
俺たち2人はそれからも時間の許す限り白蓮祭を楽しんだ。
教室に戻る時の絵里の少し寂しそうな顔が印象的だった。
終了を告げる放送とともに俺らの初めての白蓮祭は幕を閉じた。それから日が暮れるまでクラスのみんなで片付けに移った。1週間かけて作ったものを壊していく作業は少し寂しかった。
帰り道、隣で絵里が言った。
「誘ってくれてありがとう。すっごい楽しかった!」
「ほんと?俺も楽しかったよ。」
「また来年もさ.....、一緒に回れたらいいね....。」
小さく呟いたその言葉は、夜風に負けず俺の耳へとしっかり届いた。
一拍おいてゆっくり答えた。
「そうだね。」
水晶のように丸い月が夜道を明るく照らす、そんな夜だった。
『風って〜入学編〜』完
【あとがき】
稚拙な文章にお付き合いいただきありがとうございました。少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
『風って〜インターハイ編〜』
もすぐに更新予定です。またお会いしましょう。




