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風って〜入学編〜  作者: マイケル
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勇気

その晩、俺のケータイに1通のLINEが届いた。差出人には清水美咲の文字。そこには今日一緒に帰ってくれたことに対するお礼が丁寧な言葉遣いで綴られていた。


俺はしばらく時間をおいて返信する。

「誘ってくれてありがとう。」

少し淡白な内容だが、悩んだ末だ。


10分と置かずに返信が来る。俺は予想だにしない内容に硬直した。


「もしよかったら、明日の白蓮祭一緒に回りませんか?」


絵文字や顔文字を使わず送られてきたその一文には、彼女の葛藤が詰め込まれていた。帰り際のあの表情。彼女は今どんな顔をしているのだろう。どんな顔で返信を待っているのだろう。想像してはいけない。胸が締め付けられる。


俺はこの誘いに首を縦に振ることができないんだ。どうしても自分の気持ちを優先させたい。いや、そうじゃない。これは俺が俺自身と交わした約束であり、決意なんだ。


絵里と。

どうしてもこれだけは譲れなない。


両手で携帯を固く握りしめて文字を打った。

「ごめんなさい。」





次の日、俺はいつもよりかなり早め家を出た。白蓮祭の準備があったわけでもない。むしろ心の準備がしたかったのかもしれない。


『絵里と白蓮祭を回る。』

簡単なことだ。絵里に一声かければいいだけ。しかし俺にとっては、高校の難解な数式に挑むことの方が容易に感じる。


田んぼ道は少しモヤがかかっていて、空気は5月にしては少し冷たかった。学校の駐輪場にはまだ少なめの自転車。実行委員会が建てたであろう立派なゲート。飲食販売用に並んだテント達。この非日常感が、『伝えたいたった一言』のハードルを上げていた。


階段を上る。教室にはまだ誰も来ていなかった。特にやることもなく、窓から見える景色を見つめる。


ここにいるようでいない感覚。俺自身がだだっ広い世界の一部でしかないとさえ思えてくる。まさに心ここに有らず。少し白んだ空。吹き込む風は草の香りと絶好の機会を連れてきた。


「おはよ!」

「うぉ!びっくりさせんなよ!」

「えへへ、ごめんごめん。」

両手を合わせて謝る絵里。


「飛鳥早いね。もしかして楽しみで眠れなかったのー?」

「気まぐれだよ、気まぐれ。絵里こそ随分早いんだな。」

「昨日早く寝ちゃってね。」


2人きりの教室。いつもの距離なのに、なんだか近く感じる。誘わないと。一緒に回ろう。ただ一言。


「絵里」

「なーに?」

「あの、さ.....。」

「なによー?」


勇気が欲しい。清水さんのように、俺にも。

断られてもいい。ダメでもいい。それでも伝えたいんだ。


「一緒に.........らない?」

「聞こえないよ。なんて言ったの?」

「一緒に....回らない?」


おそらく絵里は1秒も開けずに返事をしたに違いない。でも俺にはその1秒が何十秒にも何分にも感じられた。




「いいよ!」

俺はこの笑顔たまらなくが好きなんだ。どんな暗い気持ちもすっ飛ばしてしまうような、太陽のようなそんな笑顔が。


俺は手の震えを必死に隠した。でもダメだ。膝が笑ってる。


「飛鳥、誘ってくれてありがとう!とっても嬉しいよ!」

顔をクシャッとして笑う俺の好きな女の子。彼女のこのセリフは一生忘れないだろう。





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