第6話
中村がドアを開けると、そこには昨日の新聞部の女性と、顔を赤らめてもじもじしている細野さんがいた。さっきはよく見えなかったが、細野さんは茶がかったミディアムレイヤーの髪で、背は140センチ半ば、スラッとした体型をしている。
「新聞部の方ですね。どうぞ」
「お邪魔しまーす!……おお、やっぱり男部屋だ。のぞみちゃん1人で来させないで良かったぁ」
「ええと、あなたは昨日新聞を売っていた方ですよね?どうしてここに?」
「のぞみちゃん、部屋に帰ってきて、顔を真っ赤にして急に男の所に出かけるって言い出したの!もしかしたら騙されてアイテム取られたり、襲われたりするんじゃないかと思って心配で付いてきたのよ!」
「ゆ、由依ちゃん。東堂さんたちに失礼だよ……」
(昨日のあの人は由依さんっていうのか。絡まれないようにしよ)
俺がそんなことを思っていると、東堂が立ち上がって、笑顔で2人に声をかけた。
「やぁのぞみ、来てくれたんだな。友人の方も一緒にそっちへ座ってくれ。あ、ここにいる3人は俺のギルドのメンバー、矢沢健一、中村武之、佐藤要だ」
東堂が俺らの紹介をした。しかし、俺には気になることがあった。
(さっきあんなにキレてたのに切り替え早っ!てか、3人?なんで樋口のことをハブいたんだ?てかあいつは今どこに……あぁ、見なかったことにしよう)
俺が部屋を見渡すと、奥のクローゼットの中から謎のうめき声と、どんどんとドアを叩く音が聞こえる。そのドアの取っ手の部分に木の棒が差し込まれ開かないようになっていて、そこに『魔物の封印を解くべからず』と張り紙がしてあった。樋口はあそこだろう。
そんなことを気にしていると、由依ちゃんと呼ばれていた女性は、目を輝かせながら俺に話しかけてきた。
「ねぇねぇ!佐藤要ってことはもしかして、個人ランキング1位の佐藤要⁉あとで、いや今取材させて!あ、私は新聞部の千田由依。よろしくね!それで、どうやってスコアを稼いだの?レベルは?何か凄いスキルとか持ってる?あと……」
出来るだけ気配を消して新聞を読んでいたのに、千田さんはすぐに話しかけてきた。まぁ、東堂に紹介されたのだから当然なのだが。
目を輝かせて矢継ぎ早に質問を飛ばしてくる千田さんの肩を、細野さんが掴んで声をかけた。
「ゆ、由依ちゃん!今は東堂さんたちの話を先に聞くから取材はあとにして欲しいんだけど……」
「だめよのぞみちゃん!そんなことをしている間に要くんが逃げるかもしれないでしょ?」
「に、逃げないので、先に話を進めさせてもらってもいいですか?絶対逃げないので」
「まぁ、本人がそう言うなら信じるわ。んで、何の話がしたかったの?」
なんとか興奮を抑えてもらい、話の本題へうつる。机の向こう側には向かって右側にのぞみさん、その隣に由依さんが座っている。こちら側には右から矢沢、東堂、中村と座っている。
俺はそのまま端に座っていると、千田さんが当然の疑問を投げかけてくる。
「ちょっとぉ〜、なんで要くんはそんな端っこにいるのよ?こっちおいでよ!」
「よ、4人並ぶと机が狭いからお構いなく……あ!この記事、すごい気になるなぁ!」
俺は事前に用意しておいた建前を使って、新聞で顔を隠す。俺が記事に興味を持ったことに満足したのか、千田さんはそれ以上追求してこない。東堂が軽く咳払いをして、話を切り出した。
「さて、話の本題だが、俺らに情報を売って欲しい」
「いいわよ?それに見合う情報かお金があるなら。その前に何の情報が欲しいの?持ってない情報じゃそもそも話が成立しないでしょ?」
単刀直入にこちらの要求を伝えた東堂に対して、すぐに千田さんが返事をする。ここまでは予想通りなので、東堂が話を続ける。
「あぁ、実はな、昨日[へーリの森]に行ったときに……『ブラッドラビット』は分かるよな?あいつのことなんだが昨日……」
「ちょ、ちょっと待って⁉『ブラッドラビット』?『レッドラビット』じゃなくて……?」
「そうだ、知らないのか?……てことは知りたい情報もなさそうだな……ま、ダメ元で聞くか。そいつの周りにオレンジ色のオーラみたいなのが出てたんだ。オーラの出ていた『ブラッドラビットEX』って奴は普通の『ブラッドラビット』よりも強かった。それに関する情報を聞こうと思ったんだ」
「あぁ、そのことなら知ってるわ。もし確証が取れたら、明日にでも記事にする予定だったのよ」
「おぉ、そうだったのか。ならそれについて聞かせてもらいたい。お代は……」
「『ブラッドラビット』の話と交換で良いわ!後でそっちも教えて!」
どうやら『ブラッドラビット』のことを知らなかったようで、お金を払わずに情報を買うことが出来た。
俺たちからするとたまに会う敵くらいの感覚だが、思い返してみると[へーリの森]の中でも少し奥の方に行ったときにしか遭遇してないので、まだ知らない人がいても仕方ないのだろう。
そんなことを思っている間に、東堂が質問を続けている。
「他の地方でも同じようなことが起きてるのか?」
「はい、特にソーマ地方で多く目撃されていますね……ソーマ地方では堕天使を名乗るNPCがモンスターにポーションをかけた後、そのモンスターの周りにオレンジ色のオーラが発生、敵モンスターのステータスが上昇したとの報告を受けています」
「俺たちが遭ったのと同じ状況だな……やっぱりソーマ地方にもベリアルが向かったのか……てことはちゃんとした仕様なんだろうな」
細野さんが今までに集まっているデータを俺たちに伝える。どうやら堕天使の襲来は7つの全ての地方で目撃されているようだ。
ベリアルが各地に現れていることから、これがバグではないことがほぼ確定した。しかし、東堂の呟きを聞き逃さなかった千田さんが口を開いた。
「いいえ、それが、ソーマ地方で目撃されたのはアザゼルっていう別の堕天使らしいの。他の地方はベリアルだったそうだけど。なんでも、ソーマ地方だけは特別らしいの」
「ソーマ地方だけが特別?ソーマ地方はもうエリアボスを倒した奴らでもいるのか?」
「いいえ、今知っている限りだと、どこの地方もまだよ?もしかしたら、エリアボスを倒さずに次の街に行く方法が見つかったのかも」
「確か、エリアボスを倒すとその地方のプレイヤー全員に通達が行くんだよね?全地方にメンバーがいる『梅崎新聞部』がまだ情報を掴んでないってことは、本当に誰もエリアボスを倒してないんだろうけど、そんなものある訳……あっ」
中村の整理した情報を聞いて、思い当たる節がある3人が俺の方を見た。つられて机の反対側に座っていた2人もこちらを向く。俺は新聞で顔を隠し、新聞に集中しているかのように振る舞うが、千田さんが立ち上がり、俺の方に来た。
「ねぇ、何か知ってるの?だったら教えてくれない?」
「さ、さぁ?なんのことだか、俺にはさっぱり」
新聞を取り上げられた俺は、千田さんと一瞬だけ目を合わせたが、すぐに目を反らした。必死に逃れようとシラを切ったが、あまりの顔の近さに声が裏返ってしまう。千田さんは俺に情報を吐かせようと詰め寄って来た。
「さっきから君、動きが怪しいもん!1人だけ端っこに座ってたり、新聞で顔を隠したり、それに目も合わせない!何か握ってる情報があるのをバレないようにしてるんでしょ‼」
「い、いや、そういうわけじゃなくてその……」
「要くん、今ランク1位よね?どうやって1位になったの?何か特別なスキルを持ってんでしょ?私に全部言いなさい!」
「努力です!努力の結果です!」
(助けてくれ東堂!)
俺が東堂に懇願する目を向けると、東堂は苦笑しながらこう言った。
「実はな、ザラマーナの南の方にでかい山があるだろ?あれを越すと別の地方に行けるそうだ」
東堂がそう言うと、千田さんは東堂の方に詰め寄って、
「その情報ほんと⁉」
と目を輝かせながら言った。しかし東堂は、口を手で覆い、モゴモゴと籠もった声で返事をする。
「おっとこれ以上は言えねぇなぁ、情報か金と交換って先に言い出したのはそっちだろう?」
「分かった!また新しい情報持ってくるから!そんとき教えてよ!」
「ちゃんとそれなりのものを持ってこいよ?」
「分かってるわよ。んじゃ、これで話は終わりね」
「あぁ、ありがとう」
新聞部の2人が帰ろうとしたタイミングで東堂が言った。
「そうだ、のぞみ。君にこれを……」
手筈通り、東堂が細野さんにプレゼントを渡した。
「えぇ⁉あ、ありがとうございます……あの、今開けても?」
「あぁ、開けてみてくれ」
そこには金の【フォーチュンペンダント】が入っている。東堂は細野さんが嬉しそうにしているのを見て、
「それ、俺のと色違いなんだ。またよろしくな」
と自分の首にかかっているペンダントを見せた。細野さんは真っ赤になって、にへら〜と笑っている。それを見て千田さんが次は私の番かとソワソワしている。そんな千田さんを見て、困った様子の東堂が口を開く。
「……残念だが、あんたの分は無いぞ?」
「えぇ⁉なんで⁉のぞみちゃんだけ羨ましい!」
「元々ここにはのぞみだけを呼ぼうと思ってたからな。あんたが来たのは想定外だったんだよ。それに、これを作れるのは要だけなんだが、要の手元に素材が無いんだよ」
「だったら要くん、一緒に素材集め行こ!要くんを借りてっていいよね?」
(はぁ⁉いやちょっと待って無理無理無理無理!頼む東堂、上手く断ってくれ!)
「お、おう、気をつけて……」
「んじゃ、10分後にまた来るから!待っててねー!」
「東堂さん、また今度」
そう言って新聞部の2人は出ていった。俺は東堂に憎しみの視線を送った。
「あ、いや、すまん。場の雰囲気で言ってしまった」
「てか、お前妹もいんのになんでそんなに嫌がるんだよ?いいじゃんデートなんだから、俺が行きたいくらいだぞ!」
「俺は女性と話そうとすると色々考えちゃうんだよ。自意識過剰なのは分かってるけど、なんか癖みたいな感じで……家族以外の女性と出かけた経験なんか今までに無いから、毎回絶対失敗する気がして……」
「まぁそのうち直さなきゃいけないものだし、リハビリみたいなもんだと思えばいいんじゃねぇか?」
「そうだよ、別にデートじゃないんだから、あんまり喋らなくても大丈夫だし」
矢沢と中村にそう言われたが、不安なものは不安だ。さっさと『ブラッドラビット』を狩って帰ってこよう。そう思ってると、クローゼットの方から木が折れるような音がした。どうやら封印が解除されたようだ。
「あ、開放された。いやぁ、あのまんまいたら俺死んでたよ……あ!要、デートすんの?ちゃんとプレゼント用意した?それから……」
俺は東堂と一緒に、何か言っている樋口をもう1回封印した。今度は取っ手の部分に鉄の棒を差し込んだ。
「それで、俺がいない間お前らは何してるんだ?」
「あぁ、俺らも[へーリの森]に行ってレベル上げしてるよ。昼くらいにここで集合な」
「了解、気をつけて」
俺がそう言うと、ドアをノックする音がした。開けると、千田さんがいた。先程とは違い、防具を装着し、杖を持っている。
「よし、行こっか!」
千田さんは俺の顔を見るとさっさと歩いていってしまった。俺は彼女の後に付いて、[へーリの森]に向かった。
俺はへーリの森の奥の方へ向かった。会話をするとボロが出そうなので黙々と『ブラッドラビット』を探そうと思ったのだが、それを千田さんに邪魔される。
「ねぇねぇ!要くんは生産職なの?」
「まぁ一応。……たまたま最初に【生産速度上昇(中)】が出たから」
「へぇ!『NEW』装備を一杯作ったからそんなにスコア高いんだね!ねぇ、堤下のギルドがあるのになんで新しいギルドを作ったの?」
「あぁええと……昨日そっちのギルドの面接を受けたんだけど落ちちゃってね、それで樋口が作ったギルドに入ることにしたんだ。あの4人とは、元々仲が良かったからね」
「樋口くん?」
「ん?あぁ、奥で物音がしたでしょ。あそこにいたんだよ」
「へぇ。出てくればよかったのに……要くんは何の武器使ってるの?」
「俺は見ての通り片手剣だよ。たまに投げナイフも使うけど。千田さんは何の武器使ってるの?」
「私はヒーラーよ。あまり攻撃魔法は使えないの」
(へぇ、そうなのか、ヒーラ……あれ?てことは、実質俺1人で戦うのか……これまずくないか?)
「あ、ほら見て!大きいのがいる!あれが『ブラッドラビット』?」
「そうだよ。あれが『ブラッドラビット』……これは流石にまずいな……」
そこにいたのは2匹の『ブラッドラビットEX』だった。どちらもこっちに気づいている。他の兎がいないのが不幸中の幸いだ。
(はぁ、やるしかないか)
「千田さん、下がって回復お願い」
「うん、頑張れ!」
(頑張ってもどうにかなるとは思えないんだけどなぁ……2体同時に相手にするのは厳しいし、1匹ずつやるか)
俺は剣と盾を構えた。そしてまず、右にいた『ブラッドラビットEX』に向かって走って行った。『ブラッドラビットEX』も突っ込んで来る。俺は体当たりを躱して、剣を当てた。HPが三分の一程度削れた。
(あれ?普通のとHPは変わらないのか?それとも俺のレベルが上がったせいか?まぁいい、あと2回当てて……やべ!)
俺がもう1匹から目を離していた隙に、もう1匹は千田さんの方へ向かっていく。真正面からの体当たりだけなら難なく躱せるとは思うが、ヒーラーが後ろ足での蹴りを食らったら大ダメージを食らうのは避けられないだろう。
千田さんは軽々と体当たりを躱したが、『ブラッドラビットEX』が後ろ蹴りの体勢を取る。俺は千田さんと『ブラッドラビットEX』の間に入り、蹴りを盾で防いでから剣を刺した。『ブラッドラビットEX』にダメージは入ったが、流石に近距離からの蹴りの威力を殺しきることは出来ず、俺のHPも4分の1ほど減ってしまった。
「千田さん、大丈夫ですか?」
「うん、私は大丈夫!【ヒール】!」
千田さんが回復魔法をかけてくれた。HPはほぼ満タンだ。
(それぞれ倒そうと思ったけど、1匹から千田さんを守って、もう1匹と戦うのはかなり大変だな……仕方ない、両方とも少しずつ削って行くか……)
俺は当初の作戦を変更し、千田さんを守りながら、少しずつ『ブラッドラビットEX』のHPを削っていった。攻撃役が1人だと絶対に勝てないと思っていたが、自分でHP管理をしなくていいのは攻撃に集中出来るので、思っていたより戦いやすい。
浅い斬撃や【投げナイフ】などで時間をかけて少しずつHPを削り、『ブラッドラビットEX』のHPは両方共半分程度まで減っていた。
そろそろちょうどいい頃合いなので、どちらか一方が突っ込んで来たところを倒そうと待っているが、『ブラッドラビットEX』も俺の出方を伺っている。
(ちっ!俺が動かないとあっちも動かないのか!仕方ねぇ、先に近い方から殺るか!)
俺はよりHPの少なかった『ブラッドラビットEX』に切りかかった。『ブラッドラビットEX』さっきと同じように突っ込んで来るが、俺に体当たりをする前に体を捻ってきた。
俺は勢いのついた蹴りを直撃しないように『ブラッドラビットEX』の足の前に盾を構え、蹴りを受けた。俺は、そのまま剣を振り下ろし、『ブラッドラビットEX』を地面に叩きつけた。HPは残りわずかだ。
(あと1発!これでこいつは終わり、次だ!)
俺は地面に落ちた『ブラッドラビットEX』に剣を刺そうと振り上げる。その時、後ろから千田さんの叫び声がした。
「要くん!後ろ!」
その声と同時に、俺は前へ大きく吹き飛ばされた。どうやらもう1匹に蹴られたようだ。10メートルほど吹き飛ばされた俺が体を起こす間に千田さんが回復してくれたので、HPは四分の三近くあるが、その間に千田さんが『ブラッドラビットEX』に囲まれている。
(やべぇ!急いで戻らねぇと!)
俺は全速力で走ったが、1匹目が飛びついて千田さんに噛み付こうとしている。後ろからはもう1匹の足が迫っている。このままだと、1匹目の攻撃が千田さんに当たるまでに間に合いそうにない。
(くっそ、これで死ねぇ!)
俺は咄嗟に【投げナイフ】を投げた。【投げナイフ】は、千田さんに噛み付こうとしていた『ブラッドラビットEX』の頭に刺さった。『ブラッドラビットEX』は千田さんに噛み付く直前にアイテムに変わった。
その間に俺は千田さんと2匹目の『ブラッドラビットEX』の間に入った。盾を構える暇が無かったので、蹴られるのを分かった上で俺は剣を振り下ろした。俺の振り下ろした剣と、『ブラッドラビットEX』の足が同時にお互いに命中する。
『ブラッドラビットEX」は地面に落ち、そのまま光となった。足を踏ん張っていたおかげで、あまり吹き飛ばされずに済んだが、HPは残り16だ。
(危ねぇ!死ぬところだった!)
「千田さん、大丈夫だっt…、千田さん!」
俺が聞く前に、千田さんはその場に座り込んでしまった。
「あ、う、うん、ありがとう要くん」
「あ、あぁ、目当てのものも取れたし、落ち着いたら帰ろうか」
流石に女の子が座り込んでいるのに手を貸してあげない訳にはいかないと思った俺が手を差し出すと、千田さんは笑顔でその手をとって、
「ううん、もう大丈夫。さ、帰ろ!あ、そうだ回復しないと!【ヒール】!」
と言ってきた。千田さんの気持ちも落ちついたようだったので、千田さんのアクセサリーを作りに、俺たちは宿に戻ることにした。
「要くんって強いんだねぇ。今レベルいくつ?私はまだ9なの!」
「ええと……お、20になってる……でも俺が1人でも戦えたのは、千田さんがマメに回復してくれたおかげだよ」
「要くん、さっきから思ってたけど、由依でいいよ!」
「えっあっ、……じゃあ由依さんで……」
「呼び捨てでもいいんだよ?まぁ要くんの呼びやすいようにしてくれればいいけど!それで、レベル20って言ったよね⁉だったらもうエリアボスを倒しに行けるんじゃないの?」
「いや、さっき見たろ?周りにオレンジ色のオーラが出てるところ。もしエリアボスがあれと同じ状態なら、推奨レベルじゃ勝てないだろうからね」
「そうなんだぁ。じゃあエリアボス攻略はまだしないの?」
「うーん、今週レベル上げして、来週にでも行けるといいんだけどね」
「そっかー、んじゃ次の街に行ったらまた取材させてね!絶対だよ!」
「お、おう」
俺が強引な取材交渉を受けた辺りで、宿に着いた。俺たちは部屋に戻り、由依さんのアクセサリーを作ることにした。
「まだあいつらは帰ってきてないのか……まぁいいか。由依さんはどんなアクセサリーがいい?」
「そうね……のぞみちゃんのとは違う感じの首飾りって作れる?」
「それって、ネックレスみたいなやつ?」
「そうね、あまり長過ぎない感じでお願い!」
「そうか、分かった……はいよ、こんなんでどうかな?」
俺が作ったのは【フォーチュンネックレス】、『NEW』の装備だ。東堂たちのとは違い、チャームの兎が小さいし、プリンセスタイプと言われる、ちょうどいい長さなので邪魔にはならないだろう。
「わぁ!すごく綺麗!ありがとう!それじゃ私帰るわね。またね!要くん!」
「おう、また」
俺にプレゼントを貰い、ハイテンションの由依さんが帰ろうとした時、部屋に中村が駆け込んできた。
「あ、要いた!大変なんだよ!とりあえず座って!」
(なんだなんだ?トラブルか?)
「よう、お前ら。何かあったのか?こっちも大変だったんだ……」
「とにかく早く!」
俺と由依さんは後から来た樋口、矢沢、東堂に押されて、机に向かって座った。ちゃっかり席についた由依さんに中村が声をかける。
「あの、千田さん。今からする話は俺らのギルドの話だし、もう用事が済んだんだったら……」
「由依でいいわよ。そんなことより!面白そうな話の匂いを目の前に帰るなんて、新聞部部長の名が廃るわ!是非聞かせて!」
「そ、そうかな?……まぁ俺たちの機密事項とかじゃないからいいか」
「それより、何があったんだ?」
俺が聞くと代わりに東堂が事の顛末を細かく教えてくれた。
今から数十分前、東堂たちがレベル上げをしていると、ギルド、『バルムンク』の幹部の菅原たち3人に会った。どうやら後をつけられていたようだ。俺らのスコアの上がり方を見てチートだと文句を言いに来たそうだ。おまけに、チートで手に入れた武器とか装備を手放すって言うなら許してやる、などと訳の分からないことを言われたそうだ。
「何、訳の分からんことを言ってるんだ?こいつらほっといてレベル上げの続き行こうぜ!」
「ああ⁉訳の分からんだぁ⁉お前らがチートかなんか使ってギルドランキング3位になったせいで、うちのギルドのやつらの士気がだだ下がりなんだよ!」
矢沢の言葉に佐藤貴文が噛み付いた。それに続いて、もう1人が文句を言ってくる。
「それにお前らのギルドの佐藤要!あいつどんなズルして個人ランキング1位になんてなったんだ⁉あんな雑魚スキルじゃ無理に決まってんだろ⁉」
「いや、普通にやってただけだよ。別にちょっとランキングが抜かれたくらいどうってことないだろ?」
中村が俺を擁護する。すると、今まで黙っていた菅原が口を開いた。
「そうか、チートじゃないのか。なら、俺達のギルドに入らないか?ちょうど枠が5つ空いているんだ。今なら幹部にしてあげられるぞ?」
「いや、俺らはもうギルド作ったから大丈夫。勧誘ありがと」
樋口がやんわりと断ると、菅原は少し苛立ち始めた。
「なんでだ?5人だけでボスになんかたどり着けないぞ?もっと大きくて強いギルドに入るべきだ。いくらスコアが高くても、人が少ないんじゃ話にならないだろ?」
「強いギルドったらダクニルにはもう無いよねー。あれ?他に人数多いギルドもあるはずなのになー、なんで5人しかいないギルドが地方で1位なんだろうなー」
樋口が菅原を煽っている。それを聞いて、菅原がある提案をした。
「そうか。だったら『ギルド戦争』をしよう。たった5人じゃ勝ち目が無いことを分からせてやる」
そう言って、菅原は『ギルド戦争』の申し込みをしてきたらしい。
知らない言葉が出てきたので、そこで俺は東堂に質問した。
「東堂、『ギルド戦争』ってなんだ?」
「そのまんま、ギルドとギルドで戦争をするんだ。日時を決めとくと、勝手に戦争用のフィールドに飛ばされて、敵か味方が全滅するまで続くんだ」
「へぇ、負けた方は何かあるのか?」
「あぁ、ギルドスコアが減るんだ。もし、戦争を申し込んだ方が負けた場合……この場合、俺らが勝った場合だな……は10000スコアが負けたギルドから勝ったギルドに引き渡される。逆に、申し込んだ方が勝ったら3000スコアが負けたギルドから勝ったギルドへ渡されるんだ」
「それ、勝った方のメリット少なくない?」
「いや、スコアとは別で何か1つ要求ができるそうだ。まぁ、出来る要求にも限度があるんだけどな。お金だったらギルドメンバー×10000Gまでとか、素材ならギルドメンバー×100個までとか……」
「なるほど……でも、俺らの欲しい素材ってザラマーナに無いよな」
「ああ、俺らはスコアも要らないし、あいつらにしたい要求もないし、ここは戦争を受けないのが賢明だった」
「受けなかったならなんの問題もないんじゃないのか?」
俺がそう言うと、矢沢が下を向いた。
(なるほど、そう言うことか)
「矢沢が、『その勝負、受けてやるよ!』みたいなことを言ったのか?」
予想通り、東堂がこの戦争は受ける意味がないと考えていたのに、矢沢が申し込みを受けてしまったとのこと。菅原は、悦に入たような顔で、
「そうか、んじゃ月曜の10時に戦争用フィールドで会おう」
といって何処かへ行ってしまったそうだ。
「だってよぉ!あいつらが上から目線なのが気に食わなかったんだよ!」
矢沢が立ち上がってそう言った。あまりにも理不尽なことばかり言われて腹が立った矢沢の気持ちも分かるので、俺は矢沢をフォローした。
「まぁいいんじゃないか?ギルド同士の戦争ってのも面白そうじゃん?」
「そうだよ!戦争っていうからにはリーダー同士の駆け引きとかも起きそうだし、俺の知的さを広めるチャンスでもあるからね!」
「駆け引きに一生縁の無さそうな野郎が何言ってやがる。俺も面白そうだとは思ったが、やる意味が無いからなぁ」
俺たちが話していると、由依さんが口を開いた。
「ううん、やる意味ならあると思うよ?」
「何?あいつらボコボコにする以外にやる意味があるのか?」
……東堂はやる気が無いように見えて、どうやらクラスメイトを完膚無きまでに叩きのめすつもりのようだ。由依さんは説明を続ける。
「んっとね、気付いてないかもしれないけど、たった5人のギルドが何十人もいるギルドを抑えて、ギルドランキング3位にいるってのは、異常なことなんだよ?当然周りからは白い目で見られるでしょ?」
「まぁあいつらみたいに俺らをチーター呼ばわりする奴らはいるだろ。それがなんで戦争をやる意味に繫がるんだ?」
「だって、戦争の様子はメニューの『事件』からリアルタイムで誰でも見られるんだから、ここで勝てばほんとに力があるギルドだって分かってもらえるでしょ?そうすれば、ほとんどのプレイヤーから信頼されて、協力できる仲間が増えるかも!」
「なるほどな。『事件』でp各地のvpやエリアボス討伐の様子を見られるのは知っていたが、ギルド間戦争も見られるのか。
それなら、実際に力のあるギルドであることを示せば、今後このゲームをやってく上での長期的なメリットがあるな」
東堂は納得したような声を出した。
(へぇ、戦争の様子って誰でも見られるのか……あれ?)
「でも、それじゃ結局、武器とかのチートの疑いは晴れないんじゃないか?」
「そこは私達に任せて!新聞に彼らはチートは使ってないって記事を載せれば多くの人が信じるわ!」
「え、それって嘘の記事ってこと……?」
「違うわよ!ちゃんと運営に報告入れたけど、問題ないって返事が来たの!だからほんとの記事よ!さて、私はそろそろ帰ろうかしら?要くん、これありがとう!じゃあまたね!」
由依さんは胸を張ってそう言って、部屋を出ていった。中村が今後の事について話し始めた。
「んで、この後のことだけど、どうしよっか?今日の昼からはずっとレベル上げしてる?」
「そうだな。ただ、さっきみたいに後をつけられるとこっちの手の内がバレる。樋口、お前が【索敵】で警戒しとけ」
「えー、東堂はどっか行くの?」
「あぁ、ちょっと敵の偵察にな。敵の遠距離攻撃の数とか、そういうのが分かると便利だからな」
「そうか。そういうことなら、俺に任せなさい!」
「えぇ……」
樋口がなんか言っているが俺らは不安しかない。それに対して樋口が文句を言ってきた。
「なんだよー!俺だってちゃんと【索敵】のスキル持ってんだぞー!」
「索敵できる奴は『ブラッドラビット』に囲まれたりしねぇだろ。ま、気休めにはなるだろ」
東堂が樋口の文句を切り捨てたところで、俺達は[へーリの森]へ向かった。
〘金曜日 17時55分〙
[へーリの森]にいた俺達に、天の声が聞こえた。
《終了時間5分前です》
どうやら、もうすぐ強制ログアウトをしなければならないらしい。俺達は宿に戻り、全員の2日分の成果を話し合った。
「よ、お疲れ。樋口、ちゃんと仕事したか?」
「当然!絶対誰にも見られてないね」
「どうだか。それで、レベルの方はどれくらいになった?」
「んっとねー、俺は18まで上がったよー」
「俺は17、ただ、ほとんど片手棍で戦ったから【棍術(中)】が手に入ったぜ!今度の戦争ではちゃんと大剣使いてぇなぁ」
「俺は19、新しい魔法も使えるようになったよ。要は[マアヌス]には行かなかったの?」
「いや、レベル上げのついでに[ナルス洞窟]に【さそりの毒針】を取りに行ったんだ。まだ【修復】も使えないから、武器を損傷しないように戦うのは辛かったけどな。でもレベルは25になったぞ。東堂の方はどうだったんだ?」
「とりあえず偵察の結果は置いといて、俺も少しレベル上げ出来たから、レベルは17になった。あ、そうだ、今日新聞部が出した記事のおかげで、チートの疑いは晴れたようだ。チートを使ってないのに強い奴らと戦って勝てるのか、そもそも戦う意味なんてあるのかって意見も出てるようだ」
「だったら最初に降伏勧告をしよう!それから……」
「健一、もうそろそろ時間だからまた後で話そう」
中村がそう言った時、ちょうど時計が18時を指した。すると、天の声が聞こえた。
《終了時間です。一斉ログアウトを開始します》
その言葉が聞こえ終わると同時に俺の意識は闇の中に落ち、気が付くと3日前にいた教室に戻ってきていた。全員が戻ってきたのを確認すると、小泉先生が話を始めた。
「お帰りー。お前ら楽しそうだったなぁ、羨ましい。俺も神楽の奴に頼んでやらせてもらえねぇかなぁ」
「先生と神楽坂さんって知り合いなんですか?」
クラスの中からそんな質問が飛んだ。小泉先生はうなずきながら、
「おうよ。俺は神楽坂涼介教授と同級生で、ここの学校出身だぞ?去年俺が担任した奴らは知ってるだろうけど」
(へぇ、そうだったのか。去年は柳先生が担任だったし、生物の先生は羽柴先生だったから知らなかった)
俺たちが少し驚いてざわざわとしていると、もう1つ質問がでた。
「俺らのプレーしている様子って、先生たち見てるんですか?」
この質問をしたのは菅原孝典だ。
「暇なときにな、お前の活躍もちゃんと見てたぞー。そんなもんか?ようし、宿題配るぞー」
小泉先生がそう言うと、クラス中からブーイングの嵐が起きた。もちろん俺も文句を言っていた。
「うるせー。お前らずっと遊んでたんだから、土日くらい勉強しろー。もちろん定期テストもあるし、赤点取ったやつは補修だぞー。授業の要点はいつも通りネットに上がってるし、ちゃんとやれよ?」
(まぁ遊んでばっかじゃいられないよな……はぁ)
ちなみに堤下学園の学生向けサイトには、2週間分の授業の要点をまとめた動画が見られる。それで休んでいた分の授業を補えるのだ……決して授業中にサボるためでは無い。
「さて、今からバイタルチェックをするらしいから栄峰大学の先輩の話に従えー」
先生がそう言うと、数日前にも見た栄峰大学の人たちが教室に入ってきた。全員緊張した面持ちでいる。
(なんか顔が怖いな、まぁここで何か問題があるとまずいし、当然っちゃ当然か……お、俺の番だ)
俺は体温や脈を取られた後、頭にフルダイブ用ヘルメットと似たものを付けられた。横に『BM-3』と書かれていた。3秒ほどでピピッと音がなり、ヘルメットが外された。
出席番号の遅い矢沢を待っている間に、何人かのクラスメイトに声をかけられた。みんな俺が同じクラスになったことのある奴らだ。
「要、ギルドランキング1位なんてすげぇな!やっぱりチートか?」
「違うよ、新聞に、チートの類は無いって書いてあったろ?」
「いやまぁ、そうだけどよぉ」
「なぁ、今度の『ギルド戦争』ってお前らと戦うんだろ?そんときもし見かけたらよろしくな!じゃあ俺ら帰るわ」
「またな、要。容赦しないで斬りかかるからな、覚悟しとけー」
「おう、またな」
そんなことを言って、クラスメイトは帰っていった。ちょうど矢沢の番が終わったので、俺たちは家に帰った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
〘日曜日 18時 神楽坂研究室〙
要たちがプレイしている〈Archangels Online〉、土日は神楽坂研究室の研究員たちが息抜きがてらに、デバッグという名目で遊ぶのに使われている。日曜日は生徒たちと同じく、18時に一斉ログアウトをした後、バイタルチェックを行う予定になっている。
神楽坂研究室の大西和哉はこの日も18時に現実に帰ってきた。いつもより頭が重い。昨日酒を飲みすぎたせいだろう。
「先輩、大丈夫ですか?早速バイタルチェックしますね?」
そう話しかけてきたのは松川聖一、大西の学生の頃からの後輩で、今は同じ研究室で働いている。しかし、大西は手を振りながら、
「あぁいらんいらん。それっぽいデータを書いとけ」
「またですか。神楽坂教授に見つかったら怒られますよ?」
「こんなバイタルチェックやる意味ねぇだろ。ま、今日教授が重要な話をするらしいから、それ聞いて今後真面目にバイタルチェック受けるか考えるわ。ま、どうせいつもの下らない妄想だろうがな」
「そうですか……はい、記入終わりましたので、神楽坂教授の話を聞きに行きましょう」
そう言って松川は大西と教授のいる部屋に向かった。
部屋に行くと、神楽坂研究室の全員が集まっていた。全員が集まったのを確認して、神楽坂が話を始めた。
「皆さん、集まってくれてありがとうございます。今回話すのは前々から話していた、こちらの世界と向こうの世界の繋がりの話です。私はこちらの世界から向こうの世界へ行けるのなら、向こうの世界の住人、つまりは私達が作ったNPCや堕天使たちがこちらの世界に来る可能性も考えられて……」
「ほら、またいつもの下らない妄想話だ。なんであんなんがVRMMOの権威なんかやってんだか」
「先輩、聞こえますよ?……何か始めましたね」
神楽坂はひと通り話し終わると、電子レンジのような、扉のついた箱を取り出し、向こうの世界の情報が全て入っているサーバーと接続した。神楽坂がその箱の扉を開けると、中は空間が歪んでいるように見える。
「皆さんはこれを見ても、まだ信じられませんか?この世界と、向こうの世界との距離は近いと言うことを」
神楽坂がおもむろに手を突っ込んで、中から何かを取り出した。それを見た研究員たちは皆絶句した。大西や松川も例外でない。
神楽坂が手に持っていたのは、向こうの世界でよく目にしたもの、【回復ポーション】だった。
「馬鹿な⁉そんなことがあり得るはずがない!」
誰かがそう叫んだ。それに続いて研究員は口々に文句を言っている。神楽坂はそれを聞いて、
「では、よく見ていなさい」
と言い、自分の腕にナイフで傷を作った。研究員から驚きの声が上がる。切り口から血が垂れているが、神楽坂は気にすることなく【回復ポーション】を飲んだ。すると、今まで血が出ていた傷は一瞬で塞がり、また研究員を驚かせた。
「このように、向こうの世界の道具を実体化させることに成功しました。我々の意識の中に向こうの世界のものが入り込んでいると、事故に繋がりかねません。バイタルチェックはそれを確認するために必ず行わなければなりません」
大西は、話を聞いて冷や汗をかいている。心なしか、頭痛が酷くなっている。神楽坂は話を続けている。
「私がラスボスに設定した『堕天使の王 ルシファー』は、他のモンスターよりも優秀なAIを使っています。あと3年もすれば、こちらへ来る方法を編み出してしまうでしょう……」
そこまで聞いたとき、大西の目の前が明るくなり、数秒後に意識を手放した。それと同時に、一瞬、大西の体から細い一筋の光が南に向かって伸びたのだが、研究室にいた人たちは急に倒れた大西に驚いて、それに気付いたのは、神楽坂だけだった。
「先輩⁉大丈夫ですか?」
「……松川くん、今日、いえ、AOのテストプレイが始まった頃から、大西くんはバイタルチェックをしていませんね?」
神楽坂は、大西に駆け寄った松川に質問をした。松川は冷や汗をかきながら白状した。
「はい……申し訳ございません、まさかこんなことになるなんて……」
「まぁ大西くんのことですから、自分は体が強いからってバイタルチェックをしなかったんでしょう?そのせいで、何か向こうの生き物が付いてきたようですね。すぐに『BM-4』を大西くんの頭に付けて下さい」
「は、はい」
松川は、言われた通りに、部屋の隅に置かれていたヘルメット、『BM-4』を大西に被せた。神楽坂は『BM-4』の操作を始めた。少しすると機械が作動して、ピーっと音がなった。
「もういいですよ、外してあげて下さい」
神楽坂に言われて松川は大西に付けたヘルメットを外した。大西の意識は戻っていないが、直に戻るだろうとのことだ。
「あの教授、今回の騒動は私のせいでもありますので……」
「あぁ、あまり気にしないで下さい。こちらこそ私の実験をもう少し早く見せてあげられずすみませんね。他のみなさんもバイタルチェックを適当にやっているのは分かっていたのですが……」
周りにいた研究員は驚いていた。こんなものの意味がないと思っていた研究員はバイタルチェックを適当にやり、自分の体調などからそれらしいデータを記入していたのが、まさかそれを神楽坂にバレているとは思いもしなかったのだ。
「も、申し訳ございませんでした」
「あんなバイタルチェック、意味ないと思って……」
神楽坂にバレてると分かり、バイタルチェックをサボっていた研究員たちは口々に謝罪の言葉を述べた。
「まぁ起きてしまったことはどうしようもないので、皆さんをどうするつもりもありませんが、向こうの世界から来てしまった何かを捕まえなければなりませんので、お手伝い頂けますか?」
神楽坂研究室のメンバーはそれぞれ自分のやることを与えられ、それぞれ仕事を始めた。その間にも、大西から出た細い一筋の光は地球最南の大陸へと向かっている。
ルシファーの計画が着々と進められている中、そんなこと知る由もない要は、久しぶりの母のカレーライスに舌鼓を打っていたのであった。