第42話
[海上都市ウルピア]
王都の南、イツラスの南東には[ヒンター湾]という、各地方の第1の街よりも大きな湾がある。そこの中央にあるのが、[ウルピア島]である。
[ウルピア島]しかない[ヒンター湾]を発展させようと、[ウルピア島]の周辺に街を発展させたのが[海上都市ウルピア]だ。そのため、この街での移動には、船が欠かせないのだ。
ちなみに[ウルピア]は、[ダクニル地方]の南の、[ソーマ地方]、[サンリウス地方]、[パールナー地方]の、3つの地方の第3の街だ。
また、[ヒンター湾]はヴァルリアの南側に大きく広がっているので、ヴァルリアの最南端に位置する[サンリウス地方]の面積の4分の1は海だそうだ。
俺は壊れた船を修理するための材料を探しに、人工島のお店を巡っている。木や布は代用品がインベントリに残っているのだが、ミスリルはもう在庫がないのだ。
「おう兄ちゃん。ちょっと寄ってかねぇかい?いい素材揃ってるよ!」
「すみません。今、【普通のミスリル】を探してまして……」
「はぁ⁉ミスリルかい⁉【粗悪なミスリル】ですらうちにはないねぇ……悪いが、他を当たってくれ」
「そうですか……ありがとうございました」
(……ここもだめか…………【粗悪なミスリル】ならどこかに売ってると思ったんだけどなぁ…………)
俺はため息をつきながら店を出る。やはり、船大工に修理をお願いするしかないようだ。
このことを報告しようと、みんながいそうな場所をマップで確認する。島に1つだけ宿屋があるようなので、とりあえずそこに行ってみることにした。
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[宿屋の前]
俺が宿屋に向かうと、ちょうど東堂と優香さんが宿の中から出てきた。しかし、他のみんなはこの宿にはいないようだ。
「東堂、優香さん!やっぱここにいたか。他のみんなは?」
「海で釣りをしてる。それで?お前の方はどうだったんだ?船は直ったか?」
「いや、この島にはミスリルが無いらしいから船の修理が出来ないかったんだ。どうにかして他のプレイヤーの船に乗せてもらえればいいんだけど……」
「こんな島にプレイヤーがいるわけない、か。とりあえず、樋口たちを呼びに行くぞ」
俺は打つ手なし、といった雰囲気の東堂に続いて、みんなが釣りをしている海岸に向かった。
樋口たちは桟橋に布を敷き、その上に座って釣りをしていた。いくら海が浅くても、全く魚が見えなくても、餌をつけた糸を垂らせば魚が釣れるようだ。
(釣りの難易度が高いと、【入れ食い】とかのスキルを取った人が損だしな。ま、ファンタジーの世界で釣りなんかしてるプレイヤーがいるか分からないけど)
「おぉ東堂!お、要も一緒か。……うわぁ!なんかでけぇの釣れた‼高崎ちゃん、何これ?」
「……『メダマヒラメ』。目が高く売れるらしい」
「いいねぇ!食える?」
「毒はない……」
矢沢が和泉さんに、釣った魚のことを聞いている。何かヒットしたのか、その横にいる中村が釣り竿を振り上げる。釣り針の先には【壊れた小瓶】がひっかかっていた。
「ぶははははは‼中村ぁ!ゴミじゃねぇかそれ!」
「えぇ……このゲームでも釣りでゴミって釣れるんだね……」
中村が苦笑いをしながら、【壊れた小瓶】をポケットにしまう。すると今度は、樋口の竿に魚がヒットしたようだ。
「よっしゃ、ちゃんと魚が釣れろよー……うらぁ!」
樋口が勢いよく竿を振り上げる。しかし、また何かのアイテムが釣れてしまったようだ。
「んだよー!まーたゴミかよー!」
「いや、待て。これは……刀の鞘か?まだ新しいぞ」
「鞘?いらねいらね。売って金にすれば―――」
「それ俺の鞘!拾ってくれてありがとう!」
樋口が鞘を売り払おうとしたとき、後ろから声が聞こえた。振り向くと、そこには若い男の人が立っていた。
男は、樋口に駆け寄ってきて、鞘を受け取りお礼を言う。しかし、樋口は別のことに気を取られているようだ。男が振り返った時、樋口が大声を出した。
「ああぁぁぁ!!もしかして……康ちゃん……?」
「へ?……ああぁぁ!!その声!純ちゃん!!」
「「うおおおぉ!!久しぶりぃぃ!!」」
康ちゃんと呼ばれた男と樋口は満面の笑みで手を取り合った。キョトンとしている俺たちに、樋口が男を紹介する。
「紹介するよ!俺の幼馴染の康ちゃんだ!」
「真城高校の窪園康平だ!『紫電一閃』ってギルドのリーダーやってんだ!よろしく!」
「ほう、あの窪園か……」
紹介を受けた東堂がまじまじと窪園を見つめている。俺以外のみんなは、窪園を知っているようだ。俺たちは順番に自己紹介していく。
真城高校は生徒のほとんどが運動部に所属していて、スポーツ推薦でも入学出来る高校だ。温水プールや筋トレルームなどの設備も充実しているらしい。おかげでサッカーや野球を始めとした多くの部活が全国レベルで、著名なアスリートもいっぱい輩出している。
そんな学校のイメージからか、真城高校のプレイヤーに後衛はいない、という噂を聞いたことがあるが、真相は分からない。
(確か『梅崎新聞部』の越山くんは真城って言ってたな……実は彼も何かのすごい選手なのか?)
「どうも。佐藤要です」
「おぉ!君が佐藤要か!話は聞いてるよ!トップランカーの生産職だ、ってね!」
「それはどうも…………ごめん、俺は君のこと知らなくて……」
俺は正直に頭を下げる。予想通り、といった表情で中村が俺に教えてくれた。
「彼は『紫電一閃』っていう、ギルドランク5位のギルドのリーダーだよ。個人ランクは1学期からずっと2位だし、リアルの剣道の全国大会では優勝経験がある方なんだよ!」
中村の説明を聞いていた窪園は、ドヤ顔で仁王立ちしている。すると、東堂が窪園に相談を持ちかけた。
「お前、この島に船で来たのか?」
「へ?そりゃあもちろん。てか、純ちゃんたちはなんでこんな何もない島にいるのさ?」
「船が壊れてな。ここに漂流してしまったんだよ。だから……」
「OK!本島まで連れてくよ!」
すぐに窪園は東堂の言いたいことを理解し、サムズアップした。雰囲気は樋口に似ているが、樋口よりも圧倒的に話が通じるようだ。
俺たちは窪園の船に乗せてもらい、ウルピア島まで送ってもらうことになった。船の中で、樋口と窪園は思い出話にふけっていた。
「……そしたらさ!親父にめちゃくちゃ怒られてさぁ!」
「あぁ!あったあった!純ちゃんのお父さんがガチギレしたせいで、その日はうちに泊まったんだよな!」
「樋口……お前、昔っから代わってないんだな……」
東堂が呆れたように呟く。子供とはいえ、寝ている父親の横に爆竹を仕掛けるのは擁護できない。小さい頃から樋口は悪ガキのようだ。
「そういえば、純も昔剣道をやってたんだよね。2人は一緒に習ってたの?」
「そうそう!康ちゃんのお父さんがやってた剣道教室に一緒に通ってたんだよ!……あ、正確には剣術教室だっけ?」
中村の問いかけに樋口が答える。それに続いて、窪園が口を開いた。
「そうだね。ま、ちっちゃい頃は殆どチャンバラやってただけだけどな!…………そういや、俺昔1回も純ちゃんに勝ったことなかったなぁ……」
「つっても、俺が剣道やってたのは小学校の低学年までだけどな…………そうだ!康ちゃん!久々に勝負しようぜ!」
いいこと考えた、という風に樋口が手を打ってそう言った。初めはポカンとしていた窪園だったが、すぐに満面の笑みを浮かべ、樋口を連れて船の中へと向かった。
船の中には、剣道場をベースにしたような修練場があった。今、窪園以外の『紫電一閃』のギルドメンバーは船中にいないため、誰もいないようだ。
「じゃ、行くぞぉ……」
「よっしゃあ!いつでも来い!」
窪園と樋口が刀を構え、間合いを取る。いつも2本の刀を使って戦っている樋口も、1本の刀で勝負するようだ。
《pvp、開始》
「うらああぁ!」
始まりの合図と同時に、窪園が樋口との間合いを詰め、樋口の胴体に斬りかかった。樋口は刀を滑り込ませ、剣劇を弾く。そのまま刀を振るが、窪園は少し下がってギリギリのところで躱し、連撃を加える。樋口は殆どいなすが、少し頬に掠ったようで、HPが減っている。
「やるねぇ康ちゃん!相変わらず早えなぁ!」
「純ちゃんこそ!ブランクがある人の動きじゃねぇよ!……本気で行くぞ!」
そう言うと窪園は一歩引き、樋口の懐に入り込む。樋口も負けじと剣を弾き、斬りつける。お互いがかなりの近距離で打ち合い始めたのを、俺たちはただ眺めていることしか出来なかった。自分の目を疑っている矢沢が目を擦ってから東堂に問いかける。
「えぇっと……何が起きてるのか分からねぇんだが……東堂、なんか見えるか……?」
「……いや、だめだ。速すぎて全然見えてねぇ。高崎、【索敵】で何か見えないか?」
「……【索敵】にスロー機能はない……2人共、腕以外ダメージは受けてないみたいだけど、HPは半分を切ってる……」
東堂の問いかけに和泉さんが答える。どうやらお互いに大ダメージは与えられていないようだ。俺たちも目を凝らして2人のスピードについていこうとするが、剣同士がぶつかった時に少し発生する火花のエフェクトが絶え間なく出ていることしか分からない。
その時、樋口と窪園はお互いに距離をとった。息を整えて剣を構え直している。
「康ちゃん!次で終わらしてやらァ!」
「それはこっちのセリフだ!……いくぞ!」
軽く言葉を交わした2人は走り出し、すれ違う瞬間、お互いの胴体めがけて刀を振り抜いた。3秒ほど経った頃だろうか、窪園を斬った姿勢のまま動かなかった樋口がその場に倒れ込んだ。同時にpvp終了のファンファーレが修練場に鳴り響いた。
「かぁ〜、初めて負けたよチクショー!やっぱ俺の才能でも7年の差を埋めるのは難しかったねぇ」
「いやいや!俺もギリギリだったよ!!純ちゃんの最後の一太刀がもう少し入ってたら俺も死んでたよ!」
すぐに復活した樋口が窪園に話しかける。樋口が倒れたときの窪園のHPは残りわずかだった。一歩及ばなかったが、樋口はランキング2位の男と互角にやりあったのだ。pvpの感想を言い合っている2人に俺たちは近づいていく。真っ先に口を開いたのは中村だ。
「すごいよ純!トップランカーとこんだけやりあえるなら、個人ランク1桁だって狙えるよ!」
「ふふーん!そうだろそうだろ?まぁここのリーダーですから!こんな良いリーダーのギルドに入れて、みんなは幸せ者だねぇ」
「中村くん、あんまおだてるもんじゃないわよ……それにしても、私もほとんど見えなかったなんて……悔しいわ……」
大きく胸を張って威張っている樋口を尻目に、椛さんがそう呟く。どうやら同じ前衛として、思うところがあったようだ。
「どうよモミちゃん!俺に惚れたっしょ?今ならフリーだよ!あぁだけど、すぐに俺のモテ期来ちゃうから今ならお買い得だよ!」
「そうね。あなたがもっと真面目で優しくて、落ち着いていて頭が良くて、私の好きな顔だったら惚れてたんじゃないかしら?」
「要求多くなーい?」
決めポーズをとっている樋口に、椛さんがシッシッと虫を手で払うような動きをする。その時、自動操縦モードだった船内にアナウンスが流れた。もうすぐ[ウルピア島]に到着するようだ。俺たちは修練場を後にし、船の甲板に出た。
[ウルピア島]の入り口には大きな城門と城壁が設置されていた。どうやらここで船の検査を行うそうだが、窪園の船は[ウルピア島]から来ているので、問題なく入れる。門を通ってすぐの係留施設には、大きな船がいくつも並んでいた。
「おぉすげぇ!なんか艦隊みたいでかっこいいな!」
興奮した矢沢が声を上げた。見えているだけでも、船は大小合わせて50はある。その中でも一際大きい、周りの船の5倍くらいある戦艦に俺たちの目は奪われた。俺たちの様子をみた窪園が説明をしてくれる。
「あぁ、あれは『パールナー連合』の船だよ。あそこはもう300人くらいの大所帯だから、全員が乗れるサイズの船なんだ。周りの8つの帆船も『パールナー連合』が所有してるよ」
「ほう、『パールナー連合』も既に[ウルピア]に着いていたか。ただの烏合の衆かと思っていたが、実力もちゃんとあるようだな」
「あそこは人海戦術で押し切ってるからねぇ。第2の街のボスの[レサノウィッチ]も、魔法の効きが悪いにも関わらず90人のヒーラーが延々とタンクを回復して、タンク後ろから魔法攻撃で押し切ったって聞いたよ」
窪園と東堂が話しているのを聞いて、樋口が吹き出した。俺たちも唖然としている。2クラス近くの人数で回復をしながら延々とゾンビ戦法など、考えもしなかった。
『パールナー連合』とは、パールナー地方のプレイヤーの9割が集まって結成したギルドだ。栄峰の生徒が、このゲームが始まった日にギルドを立ち上げて仲間を募ったらしい。
チュートリアルも殆どなく、何をしていいのか分からないプレイヤー、特にあまりゲームをしない女子プレイヤーや、休みの日も部活の真城高校を中心にだんだん勢力を強めていき、数週間で170人ほどになったようだ。
窪園のように『パールナー連合』に入らなかったり、後から脱退する人も少なくはないが、それでも未だに空中分解していないのは、それだけの人望があってこそだろう。
現に、[ウルピア]に到着してからは[ソーマ地方]や[サンリウス地方]の生徒に声をかけ、メンバーは300人近く、ギルドランクも2位である。ちなみに1位は変わらず「アルバトロス」だ。うちは7位である。
そんな話をしていると、窪園が船を停泊させた。どうやら到着したようだ。俺たちは[ウルピア]の街を一通り案内してもらった後、島の中央付近にある『紫電一閃』のギルドホームに連れていってもらった。さっきまでとは打って変わって、木々が生い茂る森の中だ。
「ここは島だから、ギルドホームからも海が見えるのかと思っていたが、どうしてまた森の中に建てたんだ?」
「そりゃあこの辺は海しかないから毎日見るんだもん。ギルドホームくらい、緑豊かな場所がいいじゃん!」
東堂の質問にそう答えた窪園が俺たちに招待状を送る。俺たちは承認ボタンを押し、ギルドホームへと足を踏み入れた。
和風の大きな平屋の目の前には日本風の庭が広がっている。よく響くカコーンという音が聞こえてきた。鹿威しだ。池には錦鯉のような魚が泳いでいる。
戸を開けると、そこには先程の船内のものよりも大きい修練場があった。そこでは男女合わせて40人くらいが、各々の鍛錬に励んでいる。俺たちが圧倒されていると、窪園が修練場のプレイヤーに声をかけた。
「みんな!聞いてくれ!紹介しよう!俺の幼馴染の純ちゃんと、ゲブラーの皆さんだ!」
「イェーイ、よろしく〜」
「樋口くん!さっきのpvp見たよ!窪園くんとやりあえるなんて凄いな!」
「しかも今は剣道をしてないんだろ!それなのにそんなに強いなんて……天才じゃないか!」
先程のpvpの映像を見た『紫電一閃』のメンバーが樋口に近付く。樋口は分かりやすいくらいに鼻を伸ばしている。
樋口がヘラヘラとしているのを横目に、『紫電一閃』のメンバーを見渡した俺は窪園に問いかける。
「なぁ、ここには刀使いのプレイヤーしかいないけど、他のメンバーは今出払ってるのか?」
「ん?……あぁうちは全員が剣士だよ?メンバーはここにいる俺含めた38人だけさ」
「ぜ、全員が剣士なのか⁉タンクだったりヒーラーだったりってのは……」
「いやぁ最初はバランスのいい感じのギルドにしようと思ったんだけどねぇ……剣道やってた人ばっか集まってくるから、それならそれでいいかなって!それぞれが強ければ、連携とかなくてもなんとかなるしね!」
窪園はヘラヘラとしているが、にわかには信じがたいことだった。うちも女性陣の加入前はタンクもヒーラーもいなかったが、矢沢がタンクの代わりになっていたり、敵が弱く被ダメージが少ないからこそ成り立っていたのだ。
「俺も最初聞いたときは驚いたんだけどね。毎日の修練とかリアルでの経験とかのおかげで、ここまでバランスの悪いパーティが成り立ってるんだって」
中村が補足の説明をしてくれる。そんな話をしていると、椛さんが修練場の中央に向かった。どうやら『紫電一閃』の女子プレイヤーとpvpをするようだ。距離をとってからpvpを始める。椛さんは刀相手ではあるが、上手く立ち回っているようだ。
「純ちゃん!ちょっといいかな?」
「お?どしたよ?」
すぐ近くでpvpを見ていた樋口を窪園が呼ぶ。近くにいた俺と中村も意識をそちらに向けた。
「俺たちは遅かれ早かれ[ダクニル地方]に行く予定だったんだけど、ちょうどいい機会だ。純ちゃん!俺たちのギルドに入ってくれないか?俺と純ちゃんが一緒になれば、すぐに頂点に行けるよ!」
俺たちは目を見開いた。東堂や女子たちが別のギルドに誘われることは多々あったが、樋口がヘッドハンティングされるとは思いもしていなかったからだ。樋口は少し考えたあと、笑顔で返事をした。
「ごめん康ちゃん!パス!」
「えぇ!?そんなぁ!?どうして?うちのギルドの皆も純ちゃんの強さは認めてるし、この家で鍛錬に励めばもっと強くなれる!それに俺たち幼馴染のコンビネーションなら向かうところ敵なしだよ!」
「いやぁ、確かに康ちゃんとのギルドも楽しそうだけど、あんま鍛錬とかもしたくないからなぁ。それに、俺もギルドでかなり頼られてて、尊敬されてるから抜けるわけには行かなくてさ!」
樋口を尊敬しているメンバーがいるとは初耳だが、あえて口には出さない。窪園はかなり落ち込んでいる。どうやら勧誘にかなりの自身があったようだ。
樋口が椛さんたちのpvpを見に戻ろうとした時、窪園は樋口の肩をガッと掴んだ。
「分かった!じゃあ勝負をしよう!俺たちのギルドが勝負に勝ったら、俺のギルドに来てくれ!」
窪園が声を上げると、修練場にいるプレイヤーの視線がこちらに向く。椛さんたちもpvpを一旦やめて、こちらに注目している。誰も物音を立てない中、窪園が話を続ける。
「ただ、ギルドランクが同じくらいの9人対38人のpvpなんて、公平じゃないし、戦争も同じだ。だから、固定シンボルをどちらのギルドが先に倒せるか、で勝負しないか?」
『紫電一閃』のメンバーがざわついている。よく分かっていない俺たちを代表して、東堂が窪園に問いかける。
「勝負するのは構わないし、樋口がうちを抜けるのは歓迎だが、固定シンボルの存在を知っている時点でそっちが有利な状況は変わらねぇんじゃねぇか?」
「東堂てめぇ!俺がいなかったらこのギルドは無かったんだぞぉ!もっと敬意を払えよぉ!」
「うるせぇ。そういうのはもっとリーダーらしい活動をしてから言え」
怒っている樋口を東堂が軽くいなす。窪園は咳払いをして、東堂の疑問に答えた。
「この街の海上にはな、毎週木曜日の夕方から海賊が現れるんだ。小さい船を全て破壊すると、ボスの『パイレーツ・デューク』が乗った船が出てくるから、それを倒せばクリアなんだけど……」
「そっちは剣士しかいないから苦戦する、こっちは初見の相手、だから丁度良いバランスってことか?だが、他のギルドと被ったらどうするんだ?」
「ご名答!流石純ちゃんの仲間だね!来週の木曜日は俺たちが固定シンボルを倒しに行っていい日だから邪魔は入らないよ。小さい船は数が多いからそれぞれで倒して、『パイレーツ・デューク』が出てきたらお互い邪魔しあいながら、ボス撃破を狙う、って感じでどうかな?」
「いいだろう。俺たちが負けたら樋口をやる。俺たちが勝ったら固定シンボル戦でドロップしたアイテムを全て貰う。これでいいか?」
「OK!じゃあ細かい時間はまた後で送るよ!」
こうして、俺たちの樋口の存続を賭けた戦いが始まるのであった。
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[1週間後 ウルピア]
俺たちはウルピアの港に到着した。既に集まっている『紫電一閃』のメンバーの先頭に立っている窪園が口を開く。
「よし、じゃあ行こうか!船の用意は出来てるよね?」
「問題ない。要」
東堂に声をかけられた俺は、桟橋の先に船を浮かべる。1週間かけて出来るだけ質のいいミスリルを集めて作り直した、『ゲブラー2号』である。
そういえば、この前壊れた鏡の盾だか、いかんせん谷口からの貰い物なのでどこで採れるかも分からず、結局【普通のミスリル】で補強して終わった。跳ね返すダメージ量が減ってしまったが、ないよりはましだろう。
それと、俺は前回の失敗を繰り返さないように、余った【粗悪なミスリル】を使って、もう一隻用意しておいた。これは失わないように優香さんに渡しておく。
俺たちは船に乗り込み、先に出港した窪園たちの船を追う。固定シンボルの発生ポイントまでは連れて行ってくれる手筈だ。少し沖に出たところで、窪園たちの船は止まった。まだ海賊が現れる気配はないので、和泉さんに【索敵】を任せて、俺たちは作戦会議を始めた。
「最初の弱い海賊は出来るだけ俺とアルシアの弓矢で倒す。船を寄せられたら矢沢、お前が降りて一掃してこい」
「りょーかいだよ!」
「あれ?俺は?船のサイズにもよるけど、数隻なら船ごと沈められるよ?」
役割を与えられなかった中村がきょとんとしている。俺ら前衛や優香さん、和泉さんはその場の状況に応じて指示を受けるが、中村に明確な指示がないのは珍しい。東堂はニヤリとして、小声で話を続ける。
「中村、お前はボスの船が現れたら風魔法で窪園の船を真反対に流せ。ボス出現以降は妨害がありだからな。あとは船を近づけて、あいつらがボス船に来る前に終わらせるぞ」
東堂の姑息な作戦に俺たちは少し引いたが、何もルールには反していないので、文句を言う必要もないだろう。
「……敵船発見……小さめの船が10隻……」
敵の船を発見した和泉さんがそう口にする。俺たちは船を敵が来る方向に進める。窪園たちの船も動き出したようだ。
窪園たちの船が向かって右側の敵の方に進んでいるので、俺たちは左側5隻の担当だ。しかし、窪園の船は段々速度を落としている。
「……ちっ、あいつら温存する作戦か……俺らが全部倒すのを待つつもりか?」
「いや、見て正人!船から何か出てくるよ!」
舌打ちをしていた東堂に、中村がそう伝える。窪園たちの船からは、小さい二人乗りのボートが3隻出てきた。1人が運転をしていて、もう1人が刀を構えている。うちと違い遠距離攻撃の手段がないので、接近戦に持ち込む必要があるからだろう。
「なるほどな。確かに速い移動手段があれば、素早く距離を詰めて攻撃出来るってわけか……」
感心していた東堂が弓矢を放つ。どうやら弓矢の射程に入ったようだ。2人のアーチャーは奥の船から倒そうとしているので、一隻のフネが近づいてきた。船頭に立っている海賊がこちらに向かって叫んでいる。
「金目のものは置いていけぇ!!」
「俺に任せろぉ!うらぁ!」
矢沢が【跳躍】で近くの船に乗り込み、大剣を振り回してすぐに全滅させた。
やることがない俺は、窪園たちの戦いの様子を見ていた。ボートで敵船の近くまで近づくと、1人の剣士が飛び上がって敵船に乗り込んだ。と思うと、すぐにボートに降りて次の船へと向かった。
(おー速いな。だけど、あれがいたら中村が風で押し返す作戦はうまく行かないんじゃ……)
「あれじゃあ本船を少し風で動かしたところで変わらないなぁ……海を荒くしても俺らにも被害が出そうだし……」
「構わない。仮にあの3隻だけがボスに辿り着いても大差はないだろう。窪園とそれに近い実力者はまだ動いてないしな」
俺と同じことを考えてた中村の疑問に、東堂が弓矢を打ちながら答える。どうやら最後の1隻の敵を倒し終わったようだ。窪園たちの方も終わっている。ボートの燃料の問題だろうか、海に出ていた3隻の船も本船に戻っている。
すると、先程海賊たちが来た方向から大きな船がやってきた。周りに2隻の護衛船のようなものもいる。窪園たちは船を動かし始めた。
「よし中村、やれ!」
「おう!〈風の天使よ、我に力を与えよ〉【ギガアネモス】!」
中村が上級風魔法を窪園の船に放つ。前進していた船は段々スピードを落とし、遂に逆方向に進み始めた。
「高崎は中村の回復に努めろ。永田とアルシアは横の護衛船からやれ。俺たちは近付いたら乗り込……っ!西田!」
海賊船がこちらに砲弾を打ち込んできた。優香さんが咄嗟に張った【シールド】に砲弾がぶつかり、爆発を起こした。しかし、何発も放たれた砲弾は俺たちの船の周りに着弾する。
「ちっ、これ以上近づくのは難しそうだな……」
「なあ、あいつら何してんだ?」
苦虫を噛み締めたような顔をしている東堂に矢沢が問いかける。指差した先には、中村に流されている窪園の船があった。よく見えないが、5人ほどが船の柵の上に立っているようだ。彼らは急に刀を抜き、海に飛び降りた。そこで俺たちは目を疑った。
海に降りた『紫電一閃』のメンバーはそのまま海を走り、海賊船に向かっている。先頭にいるのは窪園だろう。彼らに向かって砲弾が打ち出される。しかし窪園は、目の前に飛んできた砲弾を斬り捨てた。
「おいまずいって!先を越されちゃうよ!」
「西田!足場を作れ!全員乗り込むぞ!」
樋口が東堂に訴えるのに被せるように東堂が叫んだ。優香さんが海賊船までの足場を作り、俺たちは海賊船に乗り込んだ。
中村が距離を離してくれていたおかげで、俺たちの方が先に到着した。海賊船の中はかなり広く、1つのフィールドの一角のようになっていた。身長が3メートルくらいはある男が船の中央にいる。海賊帽を被り、右手には大きなサーベルをもっているが、左手には大砲が着いている。
男は俺たちを見て声をあげた。
「俺様の船に乗り込むたぁいい度胸だなぁ!俺の名は『パイレーツ・デューク』!![ウルピア]の宝ぁ、俺たちに寄越せぇ!」
そう言うと『パイレーツ・デューク』は左手の大砲をこちらに向け、攻撃を仕掛けてきた。俺たちはそれぞれ散開し、攻撃に移る。矢沢がサーベルを受け止め、俺と樋口は腕を攻撃した。第3の街の固定シンボル故か、ダメージは少ない。
俺たちが少しずつダメージを与えていると、海から何かが飛び出して来た。窪園たちだ。
「風で船を動かすなんてずるいなぁ。船上で足を引っ張りあう予定だったのに、まさかあそこで妨害されるなんて……まぁいいか!」
そういうと窪園は鞘にしまっていた刀に手をかける。【居合い切り】の姿勢だ。横にいる2人も同じように刀に手をかけた。最初5人いた気がするが、多分残りの2人は護衛船の方に向かったのだろう。
3人は一斉に『パイレーツ・デューク』に飛びかかる。俺たちに意識を向けていた『パイレーツ・デューク』は不意をつかれ、胴体と首元合わせて3発の【居合い切り】を食らった。HPは一気に半分弱減っていた。
「はぁ!?あんなにダメージ入るのかよ!」
「【居合い切り】は不意打ちに使うとダメージ量が増えるからな。海賊が完全に俺らの方に意識を向けるのを待ってたんだろう」
矢沢の驚きに東堂が冷静に分析する。HPが残り3分の1を切ったところで『パイレーツ・デューク』は声を荒げる。
「くそがぁ!俺ぁまだ死ぬわけにはいかねぇんだ!」
『パイレーツ・デューク』は腕の大砲をこちらに向ける。先程までと違い、大砲からビームが飛び出てきた。光線が直撃した矢沢が甲板の端まで吹き飛ばされた。
「っ!そんな攻撃もありかよ!」
「矢沢!このっ!」
俺がすぐに攻撃を仕掛けるが、『パイレーツ・デューク』は空高く跳ね上がる。着地と同時に雷魔法を付与したサーベルを地面に叩きつけると、フィールドに雷が走る。近くにいた俺たちや窪園の仲間が吹き飛ばされた。何人かはスタンしている。
(くっそ……HPが残り4分の1しかないな……今無事なのは樋口と矢沢、それと窪園か……窪園に止めを刺されたら俺たちの負けだぞ……!)
俺は自分に【ヒール】をかけて急いで立ち上がる。どうやら雷のサーベルと大砲からのビームには、流石の窪園も苦戦しているようだ。窪園は体勢を立て直そうと、一旦『パイレーツ・デューク』から距離を取った。その時、どこかから弓矢が飛んできた。あまりダメージはないが、弓矢が放たれた方向を見ると、そこにはアルシアと椛さんがいた。
「みんなぁ!助けに来たよ!」
「何よ、ほとんどやられちゃってんじゃない。情けないわねぇ」
椛さんたちは俺のところに来る。樋口と矢沢も俺のところに集まってきた。戦況をすぐに飲み込んだ椛さんが端的に作戦を説明する。
「私が腕の大砲を壊すわ。矢沢くんが雷の剣を止めなさい。あんたたち2人はトドメを刺して。アルシアは援護よろしくね」
「いや、あの大砲からのビームはかなり危険だ。俺が【鏡の盾】で跳ね返すよ。樋口、トドメは任したぞ」
「おうよぉ!リーダーらしいところ見せてやるよ!」
「何ごちゃごちゃやってやがる!!女2人増えたところで、何も変わらねぇぞぉ!!」
『パイレーツ・デューク』が俺たちにサーベルを振り下ろす。【獣人化】した矢沢が大剣で受け止めたのを皮切りに、俺たちは作戦通りに動き始めた。『パイレーツ・デューク』は左手をこちらに向けている。光線が飛んでくる合図だ。
「気をつけなさい。失敗して海に落ちても助けないわよ」
椛さんにそう言われた俺は大砲の前に飛び出し、盾を構えた。【鏡の盾】は発射された光線をどこか遠くへ跳ね返す。と同時に、低く構えていた椛さんがストレートを放つ。体重の乗った一撃は、大砲を粉々に破壊した。
「くそっ、俺の虎の子を粉々にしやがって……!これで終わりにしてやらぁ!!」
そう言うと『パイレーツ・デューク』は空高く跳ね上がる。今先程の攻撃を受けたら、スタンから回復したばかりの東堂たちが危ない。
「っ!早く全員を安全なところへ……」
「要!要!ちょっとこっち来て!早く!」
俺が避難しようとしていると、樋口が俺を呼んだ。俺は言われるがままに近付いて行くと、距離をとった樋口が俺に指示を出す。
「いいか!俺が飛んだら俺の足を思いっっきり上に持ち上げてくれ!行くぞ!」
「えぇ!?ちょちょちょ!?まじかよお前!?」
話しながら樋口は俺のところに走ってくる。樋口が俺の手に片足を乗せると同時に、俺は腕を振り上げた。なんとか成功し、樋口は『パイレーツ・デューク』めがけて飛び上がる。
「リーダーの本気、くらいやがれぇ‼」
樋口は空中で『パイレーツ・デューク』の胴体を斬りつける。『パイレーツ・デューク』の残りHPが0になった。
「くそっ……俺ぁまだ諦めねえからなぁ‼」
そう言い残すと、地面に落ちる前に『パイレーツ・デューク』は消えた。俺たちの勝利だ。
「おぉぉぉぉ!樋口すげぇなぁ!かっこよかったぞ!!」
「ふっふーん!当然よぉ!なんたって俺は!リーダーですから!!」
「いや……よくあんなの思いついたな……」
矢沢がおだてて、樋口が調子に乗る。いつものパターンである。しかし、今回は本当に手柄を立てたので、俺たちも樋口を褒めてやった。
船にいる中村たちを呼び、HPの少ない人を回復する。途中から俺たちの邪魔をしないように端にいた窪園が俺たちの方にくる。
「すごいなぁ純ちゃん!仲間との息もピッタリじゃんか!」
「えっへん!康ちゃんほどじゃないけど、こいつらとも長いんでね!」
そう言って樋口は俺と矢沢の背中を叩く。その様子を見ていた窪園が微笑んで口を開いた。
「純ちゃん!俺たちももっと強くなるから!そしたらまた、純ちゃんのこと誘いに行くからな!」
「おうよ!戦争でもなんでもうけてやるぜ!」
樋口と窪園が固い握手を交わす。俺たちは港に戻ったあと戦利品を受け取り、みんなで[ファルパーラ]に帰った。