第40話
(さて、これを加工していくわけだけど……何を作ろう?)
俺は地下の工房で大量に集めたミスリルを前にして、頭を抱えていた。ギルドメンバーの武器を作ってもいいのだが、全員分の武器を作ったくらいじゃ、船を作れるレベルには達しないだろう。
(とりあえず、【粗悪なミスリル】で剣でも作ってみるか……)
そう思い、俺は【粗悪なミスリル】を手に取って、いつものように剣を作ろうとする。その瞬間、俺のMPとSTのゲージが、大きく減った。
「ふぉわ⁉何だ⁉」
俺は驚いて奇声を上げてしまった。その拍子に、完成した【ミスリルソード】も手放してしまう。
ふだんなら、武器や防具を作るときにMPやSTを消費することはない。しかし、どちらのゲージも半分くらいまで減ってしまっている。
周りに人もいないので、確実にこの武器を作ることに問題があったのだろう。
(いい素材を使ったアイテムを作るのはこんなに大変なのか……これは時間かかるぞ……)
そう考えると腰がおもくなる。しかし、東堂から3日以内に船を作るように言われているので、のんびりしている暇はない。俺は2本のゲージが回復したのを見て、今度は盾を作った。
【ミスリルシールド】という盾が俺の手の上に現れた。先程よりMPとSTのゲージは減っていないように見える。
(武器によって必要なMPとSTの量が違うのか……希少なSRの鉱石だから大事に使わなきゃいけないんだけど、もっといろいろ作ってみたいな……)
俺はそう思い、途中で休憩を挟みながら、バトルハンマーや刀といった、思いつく武器を片っ端から作っていった。
ミスリルを全体の4分の1ほど使い切ったとき、作製できるもののリストにアイテムが増えていることに気がついた。多分、【鍛冶士】のスキルのレベルが上がったのだろう。
(……まだ船はだめか…………お、なんか面白そうなものが増えてるな……これ作ってみるか)
俺はそう思い、リストの中のあるものを作る。今までの武器より大きいそれは、俺のMPとSTをゴリゴリと削った。
完成したのは、【ミスリルのフルプレート】という全身鎧だ。鉄製のものに比べて遥かに軽く、丈夫のようだ。俺は1回、自分の体に装着してみる。
(全身鎧は着けたことが無かったけど、そんなに動きにくくなるわけじゃないんだな。それに、視界が狭まるかと思ったけどそんなこともないな。ミスリルのおかげかも分からないけど…………お、これも作ってみよっと……)
俺はまた面白そうなものを見つけ、製作する。鎖の先に棘のついたボールがくっついている。所謂、モーニングスターだ。
(おぉー。かっこいいなー…………あれ?普通の武器より攻撃力が低いのか?……そうか。打撃武器に軽いミスリルを使ったからか)
俺は作ったモーニングスターを手に取って、そんなことを考える。今度【良質な鉄】で作ってみようと考えていたとき、ドアをノックする音が聞こえた。
「要くん、調子はど……きゃあっ⁉あなた誰⁉」
入ってきた優香さんが俺を見て身構える。今の俺は全身鎧にモーニングスターを持った不審者だ。俺が誤解を解こうと話しかける前に、優香さんの悲鳴を聞いた皆が階段を降りてくる。
「っ⁉あんたぁ!どっから入ってきたのよ!」
「あ、椛さん。俺だよ俺。佐藤かな―――」
「先手必勝よ!うらああぁ!!」
(あぁ……知ってたけど、この人絶対馬鹿だよ。人の話聞かないし…………俺、殺されるなぁ……)
そう思って俺が覚悟を決める。椛さんは素早くガントレットを装着し、俺の胴体にストレートを叩き込んだ。
しかし、俺は吹き飛ばされるどころか、ダメージも入っていない。かなり本気で殴った椛さんが目を丸くしている。
「ちっ……このっ!」
続けて俺の顔に回し蹴りをしてくる。俺は目を瞑るが、鎧のヘルムがゴーンと音を立てただけで、やはりダメージは無い。
ついに椛さんは、俺にスキル【発勁】を打とうとした。構えた椛さんの腕を、東堂が掴む。
「そのくらいにしといてやれ。防御を無効化する【発勁】をくらったら、どんないい鎧を付けてても、ひとたまりもないだろ。な、要?」
「要……はぁ⁉この不審者、もしかして……佐藤、くん?」
やっと気づいてもらえたことに安堵しながら、俺は装備していた鎧を外す。俺の顔を見るや否や、矢沢と樋口が興奮気味に詰め寄ってくる。
「要!要!お前だけずりーぞ!どうしたんだよこれ⁉」
「この鎧、ミスリルで作ったのか⁉かっけー!俺にも作ってくれよ!」
俺が2人に後で作る約束をして、ちらりと椛さんの方を見る。椛さんはバツが悪そうにもじもじしながらこちらをチラチラ見ている。俺と目が合うと、椛さんは頭を下げた。
「ご、ごめん!私てっきりギルドホームからに忍び込んだ不審者かと思って……」
「大丈夫だよ。椛さんが来たら、殴られるかもとは予想してたから」
「予想……?それってどういう意味よ?」
(やべっ⁉口が滑った!)
椛さんが俺をにらみつける。口を滑らせた俺は、慌ててアルシアの方を向いて話題を変える。
「あ、アルシア!そろそろ船を作る準備ができそうだからさ!大量に鉄鋼を取ってきてほしいんだ!」
「え?でも鉄の在庫はまだあるんじゃ……」
アルシアに言われて、俺は数日前に大量に【良質な鉄】を採りに行ったことを思い出す。俺は頭をフル回転させて、それらしい言い訳を考えた。
「ほ、ほら!船って大量に鉄を使いそうじゃん?何種類か作りたいと思ってるからさ!みんなで行ってきてくれないかな?」
「なるほど!そういうことなら任せて!」
「んじゃ、俺たちもアルシアの手伝いに行ってくるか。なんかあったら連絡してくれ」
「お、おう。よろしくな」
東堂の指示で、全員が工房から出ていく。俺は椛さんから誤魔化せたことに安堵しながら、ミスリルの加工を続けた。
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【2日後 夜】
「わぁ!これが要くんの作った船かぁー!」
「……小さい」
「本当に完成するかやってみたかっただけだからね。後でちゃんとしたのを作るよ」
庭に設置されている舟の周りに、みんなが集まる。この舟は言うまでもなく、俺が作ったものだ。珍しく東堂が俺の仕事を讃える。
「すごいじゃねぇか。3日はかかると思ったんだがな」
「何回も体が動かなくなったからね。よく気が狂わなかったって誇りに思ってるよ」
俺はそう言って天を仰ぐ。【普通のミスリル】を使った武器の作製には、【粗悪なミスリル】よりも多量のMPとSTを持っていかれた。回復し忘れてSTがなくなり、その場にぶっ倒れるなんてことも何度かあったくらいだ。
その上、新しい武器を作るのを楽しんでいたら、自分の【ミスリルソード】を作るのを忘れてしまった。未だに【ルージュソード】では火力に不安が残るので持っておきたかったが、いつか【チャミュエル】が進化すると信じて、【ルージュソード】を使い続けることにする。
「それで?ちゃんとしたやつは作らないの?」
「いや、今から作る。ただ、魔力が全然足りる気がしないんだ。だから―――」
「OK。魔力増強の魔法をかけるよ。あんまり得意じゃないけどね」
俺の意思を汲み取った中村が、俺に魔法をかける。その状態で俺は、今作れるもので1番良さそうな船を作製した。
(くっ!やっぱ疲れるなぁこれ……意識が……だめだ、もうひと頑張りだ……うらぁ!)
俺は疲弊して倒れそうになったが、最後に気合を入れ直して、どうにか船を完成させた。帆船のような形をしているが、名前は【大きなミスリルの船】となっている。
「おぉー!すげぇー!ちゃんとしてる‼」
「要!どうやって入るんだよこれ!」
船の完成と同時に、矢沢と樋口が興奮して俺に詰め寄ってきた。俺は和泉さんにMPを回復してもらいながら、船の使い方を説明する。
「船に入るだけなら、船に近づけば入れるよ。ただ、船についている機能を使うには海に行かなきゃいけなくて……」
俺が説明している間に、樋口と矢沢が先に船に乗り込んだ。2人が船の甲板から顔を覗かせる。
「なぁ要ー!この帆って開くのかー?」
「あぁ、海に出れば開くよ。ま、運転は魔力だけどね」
俺が矢沢にそう応えると、今度は樋口が俺に話しかけてくる。
「なぁ、この船って名前ついてないんでしょ?なんか名前つけようぜ!」
「お、いいんじゃないか?なんかいい案でもあんのか?」
「おうよ!この船の名前は、ゴーイングメ―――」
「却下だ。付けるとしてもゲブラー号でいい」
「えぇー!もっとかっこいいのがいいだろ!」
「要らん。どうせ俺らは『船』としか呼ばんし、他の人も『ゲブラーの船』としか呼ばねぇからな」
海賊マンガの船の名前を付けようとした樋口を東堂が止める。樋口はしぶしぶ、船の名前を『ゲブラー号』にすることを認めたようだ。
「じゃあ明日は、問題があるっていう沖に出るぞ。何がくるか分からないから準備しとけ」
「「「了解」」」
俺たちは、その場で解散し、自分たちの部屋へと戻っていった。
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[次の日 イツラス]
俺たちは船を海に浮かべる。実際に海に浮いている船を見ると、なかなか気分が高揚してくる。樋口と矢沢がまっさきに乗り込み、あとから俺たちが続いた。舵を取ろうとしている樋口が俺たちに声をかける。
「よぅし!全員乗ったな?それじゃあ……戦艦ゲブラー、出港!」
「え?この船、戦艦なの?」
「なわけあるか。ただの帆船っぽい船だよ」
適当なことを言う樋口に惑わされて、中村がそんなことを聞いてくる。ただの船なのに急に戦艦などと言われては、この船もたまったものじゃないだろう。
しばらく樋口と矢沢に操縦を任せていると、夏休み前に長橋工業の奴らと戦争になった場所である、ロディア島が見えてきた。前よりずっと2人の運転は上手くなっているようだ。
(ゲームとはいえ、1回やっただけですぐに運転出来るもんなんだなぁ……俺もやってみようかな?)
そんなことを考えた俺は、樋口たちの元に向かおうと船の中に入ろうとする。その時、船が大きく揺れ、なにかの甲高い鳴き声が聞こえてきた。
「……何か、船みたいなのがぶつかった……」
「船?でもなんにも見えないけど…………うわぁっ⁉」
和泉さんの言葉を疑問に思った中村が鳴き声のした方向を覗き込む。そして、何かに驚いて尻もちをついた。
「おい、どうした中む……お、おい⁉なんだ⁉ゴブリンか⁉」
俺は中村が見に行った方向に剣を構える。船の中に侵入してきたのは、子供くらいのサイズの生き物だ。
どうやら、ロープをかけてそこを登ってきたらしい。体の色はどす黒い青色で、小さな角が生えている。
「……ん、ただのゴブリンじゃない……あれは、『シーゴブリン』らしい……」
『キュラアアアアァ!!』
「ちっ、西田!【シールド】を貼れ!」
何十の『シーゴブリン』が3つの穂先がある槍を投げてきた。確か、トライデントという名前だったはずだ。優香さんが【シールド】を発動させ、トライデントを止める。
「高崎!矢沢を呼んでこい!要と永田はぶつかった舟を潰せ!」
「わかったわ!行くわよ佐藤くん!」
「ちょ、待て⁉わざわざ敵のど真ん中に突っ込んで行くのかよ⁉」
「意気地ないわねぇ、男なら敵陣のど真ん中にだって突っ込んで行きなさいよ!」
俺は動揺しながらも、指示どおりに『シーゴブリン』の舟へ飛び降りる。あまり大きな舟ではないが、『シーゴブリン』がひしめきあっている。
「数が多いわね……さっさと片付けるわよ!」
そういって椛さんは、『シーゴブリン』の群れの中に【発勁】を打ち込んだ。【発勁】の衝撃で、数匹の『シーゴブリン』が海に落ちる。
(もうここまできたら、やるしかないな……うらぁ!)
俺は、椛さんの【発勁】で倒しきれていない『シーゴブリン』を片付けていく。舟の中の『シーゴブリン』がほとんどいなくなったところで、舟が動き出した。
「逃げるみたいだね……椛さん、俺たちも戻ろ?」
俺は椛さんにそう伝え、俺たちの船に戻る。船上では、矢沢と東堂を中心として、敵を撃破したようだ。
「これが漁師さんの言ってた、海の怪物なのかな?」
「多分違うな。まだ報告のあった場所からは距離がある。矢沢、運転に戻って樋口を手伝ってやれ」
「了解だ!また敵が来たら呼んでくれ!」
矢沢はそう言って操縦室に戻っていった。俺たちも、船の中で少し休憩することにした。
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船がゆっくりと停止する。漁師のNPCが言っていた場所に到着したようだ。俺たちは外に出るが、怪物のようなものは何も見えない。
「高崎、敵がいないか索敵してくれ。アルシア、運転していた2人になんか飲み物でも持っていってやれ」
「はーい!」
「……ん」
指示を受けた2人が動く。俺たちも、目視で確認できる範囲にモンスターがいないか確認する。
(うーん……なんも見えない。条件を満たす必要があるのか?それとも、夜にしか出ないとか、そういうのがあるのかな?)
「……!敵が来る……上空!」
俺が1人で色々な可能性を考えていると、突然和泉さんが声をあげた。
俺たちが空を見上げると、そこには何体かの堕天使が、俺たちを見下ろしていた。生憎、顔見知りのあいつもいる。
「まだ生きてたのか。イブリース。そろそろ成仏したらどうだ?」
「けけけっ、この前は世話んなったな。今度こそ殺してやらァ」
俺がイブリースに話しかけると、イブリースはゆっくりと降りてきて帆を張っているロープの上に腰掛けた。
「……と、言いたいところだが、今はてめぇに用はねぇ。大人しく、シェムハザの場所を教えな」
「シェム……なんだって?」
俺は、初めて聞く言葉に首をかしげる。それを見たイブリースが舌打ちをして、声を荒げる。
「とぼけてんじゃねぇ!てめぇらとよく一緒にいるのは知ってんだ!さっさと呼んできやがれ!この前うちの領土が荒らされた時のことといえば、分かるに違いねぇよ!」
俺は頭をフル回転させ、シェムハザというものについて考える。
(シェムハザ……だめだ、聞いたことがない。てか、この前領土が荒らされたってなんの話だ⁉)
「ちっ!もういい!この船を沈めて、シェムハザの手がかりだけ回収してやらぁ!」
そう言ってイブリースは飛び上がった。それと同時に、周りの堕天使が船に向けて突撃してきた。
「ちっ……ここじゃ分が悪すぎる!中村!引き返すよう樋口たちに伝えろ!……はっ!」
東堂が指示を出しながら、1体の堕天使の胸に弓矢を放つ。弓矢が刺さった堕天使は、そのまま海に落ちていった。
上空にいる堕天使が光弾を放ってくる。俺の【鏡の盾】と椛さんの拳である程度跳ね返すが、それでもいくつかは船に着弾してしまう。
(くっそ!折角作った船なのに!…………ってあれ?全然壊れてないじゃん)
俺は光弾が当たったのに、全く船が壊れていないことに安堵する。そして、空中の堕天使に【鉄球】を投げつけた。顔が抉れた堕天使が落ちてくる。大分堕天使の数は減ったようだ。
「くっそ……こっちは戦ってる場合じゃないってんだよ……」
「ごちゃごちゃうるさいわよ!あんたも海に落ちなさい!」
椛さんがそう言ってイブリースに【発勁】を飛ばした。イブリースは身体を捻ってそれを躱そうとしたが、【発勁】を躱しきれずに胴体に掠る。その時、イブリースの口元に笑みが浮かんだ。
「てめぇ、光弾打ち返せるっていう女か…………あ?待てよ……なるほどな……やっと分かったぜ……今度はこっちの番だぜ?うらあぁ!」
イブリースが椛さんに殴りかかる。椛さんがイブリースの右手を弾こうとしたとき、ふっと、イブリースの体が椛さんの視界から消えた。
「永田!後ろだ!」
「っ⁉こいつっ!」
椛さんは振り返り、イブリースを殴ろうとするが空振ってしまう。イブリースは椛さんを担いで宙に浮いた。
「じゃあなクソガキ!シェムハザはもらってくぞ!」
「椛さん‼あの野郎……これでも喰らえ!」
俺は椛さんを連れ去ろうとするイブリースに、さっき手に入れたトライデントを投げつける。3本の穂先のうち、1本がイブリースの背中に突き刺さる。しかし、イブリースは気にせずにどこかへ転移してしまった。
「くそっ!東堂!すぐに助けに行かないと……!」
「あぁ。だが、一度イツラスに戻るぞ。船を片付けてから、騎士団の宿に行く。奴の逃げた先が分からないことには、何もできない」
「でも、それじゃ椛さんがっ!」
「問題ない。最悪武器をロストするくらいだ。ま、できる限り避けたいがな」
(どうにかして椛さんのところにすぐに行ければいいんだけど…………ん?待てよ……?)
「なぁ東堂。俺が【チャミュエル】で椛さんのいる場所に転移すれば……」
俺は険しい顔をしている東堂に提案する。東堂は目を丸くしたあと、ニヤリとして口を開く。
「たまには面白いこと思いつくじゃねえか。行ってこいよ。向こうに付いたら、ギルドチャットで居場所を教えてくれ」
「あぁ、分かった。じゃあ、行ってくる」
(やるぞー…………椛さんのところ〜、椛さんのところ〜)
いつものように念じていると、俺の体が光っているのを感じた。俺は全員に見送られながら、椛さんのいるところへと向かった。
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[堕天の城]
王の間に、イブリースが転移してくる。背中には何かが刺さった傷があり、腕には椛を抱えている。グザファンが急にルシファーの前に現れたことを叱責する前に、イブリース血を吐きながらが口を開いた。
「ゲホッゲホッ!……ルシファー様!ようやく見つけた!シェムハザだ!」
「イブリース!転移するときはこの部屋の外に転移しろといつも…………なんだと⁉シェムハザを捕まえたのか⁉」
グザファン始め、その部屋にいる堕天使がざわめきだした。しばらくの間椛を見ていたルシファーが、イブリースに問いかける。
「……イブリース……根拠を聞こう……」
「癪だがこのアマ、堕天使の光弾を跳ね返すことができやがる。そんな芸当が出来んのは、堕天使の幹部か騎士団の上層部だけだ。違うか?」
イブリースがドヤ顔でそう語る。その隙をついて、椛は抜け出そうとするが、すぐに取り押さえられ、ガントレットを奪われて手枷をつけられる。
「さぁルシファー様!俺を最高幹部の位置に置いたらどうだ⁉これほどの活躍が出来る奴は、他にはいないだろうからな!」
「……残念だ……」
ルシファーが一言呟く。先程まで浮かれていたイブリースの顔が、段々青ざめていった。
「何故だ⁉シェムハザを連れてきたら、最高幹部にする約束だっただろ⁉裏切るのか⁉」
「……我は約束を破っていない…………イブリース……そいつは、シェムハザではない……」
その言葉を聞いたイブリースが、膝から崩れ落ちる。その間に、グザファンが部下の堕天使に指示を出す。
「貴様ら!その女を処分しておけ!」
「御意」
グザファンの指示を受け、1体の堕天使が椛を連れて、王の間を出た。
椛を処分するよう命じられた堕天使は、王の間を出てすぐに、椛の顔をまじまじと見始めた。
「ふーむ……ただで殺すには惜しい女だね。どうだい?ちょっと遊ん……うおっ⁉」
堕天使に口説かれそうになり、戦慄した椛は堕天使の足を払う。そしてすぐに逃げ出そうとするが、すぐに追いつかれて、組み伏せられてしまう。
「ぐっ……力が普通の堕天使の比じゃないなんて……」
「そりゃあそうだ。僕は堕天使の幹部、バラキエルだからね……ま、下っ端だけど。それじゃ、お楽しみタイムと行こっかな」
「触らないで!あんた、佐藤くんたちが助けに来たら死ぬわよ?」
「来れるはずないさ。ここは人間の国の遥か北の外れだからね」
そう言ってバラキエルは椛の服に右手をかける。その時、バラキエルの胴体と右腕が切り離された。
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俺は椛さんのいる場所に転移した。すると、椛さんが組み伏せられているのが視界に飛び込んできた。
(やべぇ!椛さんが殺される‼)
そう思った俺は咄嗟に、堕天使が伸ばした腕を切り落とした。そして、剣で堕天使を吹き飛ばす。
「なんだと⁉あなた!どこから湧いて出たのだ⁉」
(これで死なないってことは幹部か……他の敵にバレる前にさっさと決着をつけないと……)
俺は、堕天使の所に駆け寄る。堕天使が放った光弾を全て【鏡の盾】で跳ね返し、首めがけて【ソニックショット】を放った。放たれたスキルは、堕天使の首を切り落とした。
「ふぅ。イブリースとかに比べたらそんな強くなかったな……てか、ここどこだ?[???]じゃ分からねえ…………椛さん、今助けるからね」
俺は椛さんの手枷に【デストロイタガー】を当て、手枷の耐久度を無くす。耐久度がゼロになり、手枷が外れた瞬間、俺は椛さんに押し倒されるような形で抱きつかれた。
「来てくれて、あり、ありがとう……」
「も、椛さん。もう大丈夫だよ。だから泣かないで?」
「は、はぁ⁉泣いてなんか、なんか、ないわよ!」
椛さんが顔を上げて俺を睨みつける。しかし、声は震えている上に、目は真っ赤になっている。そんな状況で泣いてないと言われても、という感じだ。
俺が出口を探していると、俺と椛さんは急にだだっ広い部屋に転移させられた。目の前に座っている堕天使が口を開く。
「……ほう……腐っても幹部のバラキエルが……こんなに容易く殺られるとは……」
目の前の堕天使が手をかざすと、先程俺が倒したはずの堕天使、バラキエルがその場に現れた。
「ふぅ、ふぅ、も、申し訳ありませんルシファー様……少々魔が差し……グアァァァァァ!?」
頭を下げていたバラキエルに何やら塊をぶつける。バラキエルはうめき声を上げながら、その場に倒れ込み動かなくなった。
「その玉座といい、周りと明らかに違う雰囲気といい……お前が堕天使の親分か?」
「如何にも……我はこの世界の王となるもの……堕天王、ルシファーだ」
そう言うとルシファーは立ち上がり、右手を横にかざした。2メートルはありそうな大剣がルシファーの真横に飛んでくる。
「ルシファー様⁉私にお任せください!こんな男1人、すぐに処分してみせます!」
「……黙れ」
横にいた堕天使が名乗り出たのを、ルシファーは一蹴する。そして、俺に向けて剣を振り払った。
(衝撃波か……ならこの盾で……!)
俺は【鏡の盾】で、ルシファーの剣から放たれた衝撃波を跳ね返そうとする。しかし、衝撃波が盾にぶつかった衝撃波で、俺は大きく後ろに吹き飛ばされた。
「くっ、この!」
俺はすぐに立ち上がり、【縮地】でルシファーに近付いた。そして、首元に【ソニックショット】を撃ち込もうとするが、左手で作り上げた障壁で止められてしまう。
「……貴様の能力で……我に勝てる可能性など微塵も……ん?……ほぅ、そういうことか…………」
先程まで無表情だったルシファーの顔が固くなった。そして、初めてルシファーがニヤリと笑い、剣を持って襲いかかってきた。狙っているのは椛さんのようだ。
「椛さん!離れて!」
俺は片手剣をルシファーの大剣にぶつける。止めることは出来なくても、椛さんの逃げる時間くらいは作れると思ったからだ。
しかし、椛さんはオロオロとして、その場を動こうとしない。その様子を見たルシファーが俺に囁いた。
「……その女もろとも死ぬか……それもいいだろう…………我の攻撃で死ねることを誇りに思うが良い……」
ルシファーは剣に力を込める。俺はじりじりと押され、遂に膝を付きそうになってしまう。
(くそが…………でも、ここで諦めたら椛さんも殺られる…………椛さんが逃げるまで……それまでは何がなんでも耐え抜く!)
俺はそう心に決め、腕に力を入れ直した。その時、【ルージュソード】がぼんやりと赤く輝きだした。
「……やはりな……だがまだだ……」
(なんかよく分からないけど、火事場の馬鹿力みたいなのが出てるのか?まぁいいや。これなら!)
「うらあああぁぁ!」
俺は膝を跳ね上げて、大剣を弾き飛ばす。そして、無防備になったルシファーに【縮地】で近寄り、右腹を斬りつけた。
「ふっ…………貴様……名をなんという?」
「要だ、佐藤要。それが何か?」
「カナメか…………またここ来るが良い……その時を楽しみにしている…………」
右腹の傷はすぐに塞がってしまった。そう言うとルシファーは、俺たちに手をかざした。俺と椛さんの立っている場所に魔法陣が浮かび上がる。そして、俺と椛さんは、その場から転移させられた。
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[イツラス 海岸]
俺たちは、船を出した海岸に転移させられていた。時間差で、椛さんのガントレットも落ちてくる。
「椛さん、大丈夫だった?」
「さっきはごめんね。腰が抜けちゃって……」
「大丈夫だよ。もう立てる?」
俺は椛さんに手を差し出す。椛さんは体の砂を払って立ち上がったあと、顔を真っ赤にして俺にビシッと指を突き出した。
「いい⁉私が泣いたってことは絶対言っちゃ駄目だからね⁉特に和泉と東堂くんには!」
「あ、泣いたのは認めるんだ……」
「泣いてないわよ!下らないこと言ってないで、早くみんなと合流するわよ!」
そう言って椛さんは歩き出した。俺は普段の椛さんに戻ったことに安堵しながら、後を追いかけていった。
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[堕天の城]
「ルシファー様、あの者は一体……?」
ルシファーが要たちを追い出した後、すぐにグザファンが問いかける。ルシファーは玉座に戻り、口を開く。
「奴は……天使の力を持っている…………これで4人目だ……イブリース……今回は不問にする……」
ルシファーが視線も送らずにイブリースにそう伝える。イブリースは頭を深く下げて、その場を去った。
「……甘いな……どうせまたすぐ殺られて帰ってくるのに……」
「貴様!ルシファー様に無礼な口を……」
「……黙れグザファン…………こいつが例の堕天使か……」
左目に眼帯をつけた堕天使はルシファーの前でも毅然としている。ルシファーは堕天使の顔をちらりと確認して、口を開いた。
「……騎士団の幹部を殺した貴様には、名を与える…………シャドウ……今後その名を名乗るがいい……」
「御意」
シャドウと命名された堕天使は頭を下げてその場から転移した。全ての仕事を終えたルシファーはグザファンに指示を出す。
「グザファン……出来るだけ穏便なやり方で、天使の力を使えし者を探し出せ…………」
「御意」
グザファンは部下に指示を出す。ルシファーは斬られた右腹をさすりながら、思いがけぬ発見に、笑みをこぼしていた。