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第38話

[リゲルの砦]


 レアナたちが出発してすぐに、リゲルの砦の整備が始まっていた。

 かなり広い砦の中のトラップを解除したり、机と椅子を並べたり、仕切りで仮の団員部屋を作ったりと大忙しだ。


 そんな中、フーラは北方の城壁で呑気に休んでいた。スノウが、フーラの元にお茶を届ける。


「団長、どうぞ」


「おやスノウちゃん、ちょうどお茶が飲みたかったよ。ありがとうねぇ」


 フーラはスノウから湯呑を受け取り、お茶をすする。そして、横に立っているスノウに話しかけた。


「スノウちゃん、近くには誰もいない。ここに座りなさいな」


 団長と話していることに緊張している新入りのスノウを見て、フーラは横に座らせる。


「スノウちゃん、今年はいくつだい?」


「こ、今年で18になります」


「おやまぁ!わしの方が5倍も年上とは!ふぉふぉ、時の流れは怖いねぇ。出身はどこだい?」


「ダクニル地方のザラマーナ出身です」


「そうかい、ザラマーナかい。あそこはのどかでいいところだからねぇ。さっさと騎士団を退役して、老後の生活を送りたいねぇ」


 フーラが笑いながらお茶をすする。フーラとスノウが打ち解けて来たとき、堕天使が飛んでいるのが目に入った。堕天使はまっすぐこちらを目指している。


「っ!堕天使がもう……!団長、中にお戻りください!ここは我々が……!」


「まぁまぁ、落ち着きなさい。若い人たちはよく働いてくれてるよ。あれの相手くらいこの老いぼれに、任せてみてはくれんかのぉ?」


 そう言ってフーラは、スノウに湯呑を渡した。その頃、上空の堕天使は隊列を整えて、砦を見下ろしていた。


「はぁ⁉リゲルが落ちたのか⁉これじゃあ、本城に奴らが到達するのも時間の問題じゃねえか!」


「まぁ落ち着け。さっき100人近くの騎士団の奴らが砦から出てった。あの副団長もだ!今は3、40人しかいないはずだ!」


「っしゃ!リゲルを取り返して、幹部になってやらぁ!」


「待て!俺が先だ!」


 数十人の堕天使が一斉に急降下してくる。フーラが手をかざすと、砦中を覆うシールドが発動された。


「ちっ、【シールド】か……うらぁ!」


 1体の堕天使が高く舞い上がり、急降下しながらフーラの張った【シールド】に拳を叩き込んだ。しかし、【シールド】はひびも入らないどころか、揺れもしない。


「何だ⁉びくともしねぇぞ⁉」


「なわけあるか!全員で攻撃しろ!」


 1体の堕天使がそう言うと、堕天使たちは一斉に攻撃し始めた。しかし、【シールド】は微動だにしない。


「ひぃ、ふぅ、みぃ……全部で40かい。ちと多いねぇ……スノウちゃんや、ちと下がってなさい」


 フーラがのんびりと堕天使の数を数え、フィンガースナップをする。その瞬間、【シールド】が消えた。


「っ⁉よっしゃ!なんか分からねぇけど【シールド】を壊せたぜ!」


「ここまでだなぁ!団長さんよぉ!」


「甘いのぉ、【悪壊】」


 1体の堕天使がフーラに殴りかかったが、フーラが手をかざすと、堕天使のガントレットが破壊される。


「何っ⁉ババアてめぇ、何を……!」


「ふぉふぉ、ほれ、【バインド】」


 ガントレットを壊されて戦慄している堕天使の体が硬直し、その場に倒れ込む。フーラがかけた【バインド】の効果だ。

 堕天使は全力で抵抗しようとするが、【バインド】が解ける気配はない。


「ったく、何捕まってんだよ!うらぁ!」


 堕天使たちが【バインド】を受けた仲間を助けようとフーラに向けて光弾を放つが、フーラがいくつも発動した小さな【シールド】に全て防がれてしまう。


「ほれ、そんなに固まっておると危ないぞ?【聖牢】」


「あぁ?……っ⁉なんだ⁉」


 フーラは、狭い範囲に固まっていた堕天使を閉じ込めた。



 【聖牢】というのは、【シールド】が箱状になったものだ。光属性の牢屋であるため、堕天使やアンデットが入るとみるみる体力が奪われてしまう。



 【聖牢】にHPを削られている堕天使たちが騒ぎ始めた。


「ぐあああぁぁ‼体が‼俺の体がぁ‼」


「くそっ!ババァ!早く出しやがれ!」


「おい!暴れんじゃねぇ!てめぇが暴れると、牢屋の壁にぶつかって溶けんだよ!」


「だったらこっから出られる努力でもしろやこらぁ!」


「ふぉふぉ、やはり堕天使とは醜いのぉ。今楽にしてるからのぉ」


 そう言ってフーラは、何処からか取り出した黄色い球体のものを【聖牢】に投げつけた。球は【聖牢】をすり抜けて、中に落ちた。


「なんだこれ?」


「っ‼まずい!これは【ホーリ……」


 その球の正体に気がついた堕天使が口を開こうとしたが、時すでに遅し。球体は神々しい光を放ち、大きな音を立てた。


「くっ……目がっ……団長!ご無事ですか⁉」


「落ち着きなさいなスノウちゃん。ゆっくりでいから、目を開けてごらんなさい」


 スノウはまばゆい光に目を眩ませていたが、フーラに促されて、ゆっくりと目を開ける。


「……ん?確か【聖牢】の中には堕天使たちがいたはず……っ!まさか、逃げられたのですか⁉」


 スノウは慌てふためいている。それも無理はない。さっきまで所狭しと堕天使が入っていた【聖牢】の中に、一体の堕天使もいなかったのだ。

 驚いているスノウを見て、フーラがニコニコしながら説明する。


「さっき投げたのは【ホーリーボム】と言ってな、強い光を放つ爆弾じゃよ。この光を浴びたアンデットにはただじゃすまんよ」


「そ、その爆弾は【シールド】をすり抜けたように見えたのですが……」


「ふぉふぉ、まだ若いのぉスノウちゃん。一瞬【シールド】に穴を開けて、【ホーリーボム】が入ったのを確認して、また閉じただけじゃよ」


 フーラは楽しそうに笑った。スノウはそんな簡単な方法に気付かなかったことに赤面している。


「くっ、くそ……てめぇら……覚えてろよ……」


「おやおや、そういえば1体だけ生け捕りにしてたねぇ。わたしゃもう年だねぇ、そんなことも覚えてられないとは」


 【バインド】かけた状態で放置していた堕天使が口を開く。【シールド】ごしとはいえ、【ホーリーボム】の光をかなり浴びたため、体力は殆ど残っていないだろう。


「たまたま手薄だった時を攻めてきやがって……この卑怯もんが……リゲルの本軍が帰還すれば、お前らなど……」


「卑怯なのはそっちも変わらんじゃろうに。全く惨めなものじゃのぉ……そうじゃ。スノウちゃんや、何か武器を持っておるか?」


 フーラはスノウに問いかける。スノウは少しインベントリを探したが、武器らしいものは何も持っていなかった。


「すみません。私は補助魔法による援護が仕事ですので武器はないんです。……騎士団の短剣は今修理中でして、武器と言えるようなものは何も……」


「おやそうかい。それじゃあしょうがないねぇ。それなら……」


「「団長!ご無事ですか⁉」」


 フーラがどうしようかと考えていたとき、フーラ隊の団員が何人かやってきた。フーラはそれを見てニコリと笑う。


「おやおや、ちょうどいいところに来てくれたよ」


「団長、こいつは……?」


「殺そうと思ったのじゃが、どうにも武器になりそうなものがなくてのぉ」


「では、私が」


 名乗り出た熊の亜人が刀で堕天使の心臓を一突きする。HPが殆どゼロだった堕天使は、そのまま光となって消えた。


「それじゃ、私らは仕事に……」


「まぁまぁ、そんな焦らんでもよい。せっかく私を案じて来てくれたんじゃ。ちょっと一服していきなさいな」


 帰ろうとした団員を引き止めて、フーラが椅子を用意する。スノウも、お茶を入れる準備を始めていた。


「じゃあ……お言葉に甘えて……」


「ふぉふぉ、若い者たちはたくさん働くが、人生はまだまだ長いぞ?たまには休んで、お茶を呑みながら果報を待とうぞ」


 団員たちは椅子に腰掛け、スノウが渡した湯呑を受け取り、休憩を始めた。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


[同刻 ルドリス・ターゴ連合部隊]


「ここが俺たちの攻め込む砦か……思ったより大きくないね」



 ターゴがそう呟く。ルドリス・ターゴ連合部隊は、目標の砦を目視できる距離まで近づいていた。索敵に行っていたアインダがルドリスの元へ帰ってくる。


「ルドリスくん、本当にこの砦はあまり大きくないみたいだよ。城壁もそんなに高くはないし。城壁に敵が見えなかったけど、もしかしたら【認識阻害】がかかってるかも」


「【認識阻害】は確実だろうな。まぁいい。ターゴ、俺たちがデコイになる。城壁の堕天使を撃ち殺せ」


 報告を受けたルドリスがターゴにそう伝える。ターゴは即座に否定する。


「駄目だね。いくら砦を落とすためだからって、君は部下の命を無下にするのか?」


「……ちっ。ターゴ、貴様には3つ言いたいことがある」


 ルドリスはそう言って3本指を立てた。そして、1つずつ話し始める。


「一つ、貴様は俺の指示に従うことを呑んでここに来た。一つ、俺の部下はその程度で死ぬほどヤワじゃない。そして最後の一つ、デコイになるのはタンクの10人と……俺だ」


「無茶だ!敵の数も分からないのにそんなこと……」


「無茶かどうかは俺が決める。団員に伝えてくる」


 そう言い捨てて、ルドリスは整列を終えている団員の元へ向かった。引き留めようとしたターゴの腕をアインダが掴む。


「落ち着いてくださいターゴさん。ルドリスくんはちゃんと考えてます。彼を信用してみませんか?」

 

「……君がそう言うのなら……」


 ルドリス隊の中隊長であるアインダにそう言われたターゴは遂に折れ、ルドリスに一任することにした。団員たちの元に向かうと、ルドリスが説明を終えていた。


「アインダ、ターゴ隊の防衛をする部隊と、開門後に突撃する部隊と分けとけ。突入のタイミングには【ファイアボール】を打ち上げる」


「了解。いってらっしゃい」


 アインダたちに見送られながら、タンクの10人とルドリスが砦の近くまで歩いていく。タンクは、盾を構えながら慎重に進んでいるが、その前を歩いているルドリスは防御をする気配がない。


「おいおい……本当に大丈夫かよ……」


 ターゴが不安を口にする。その瞬間、城壁の上からルドリスに向けて、一斉に魔法が放たれた。


「ふっ、生ぬるい」


 ルドリスはそう呟くと剣を取り出すと、巧みな剣さばきで魔法を弾き飛ばした。遅れて飛んできた光弾を真っ二つにする。


 すると、進軍しているルドリスたちの上空に黒雲が現れた。そして、そこから雷が落とされる。狙いはルドリスではない。少し後ろにいるタンク隊だ。


 ドゴーン!と大きな音が体に響く。しかし、ルドリス隊のタンクは、何事もなかったかのように進軍を続けた。


「……なっ⁉まさか無傷であの数の魔法を捌くとは……ルドリス隊も、あれを受けて平気だなんて……」


 開いた口が塞がらない様子のターゴだが、自分の仕事をするため、堕天使の位置を思い出し、自分の部隊に指示を出す。


「ターゴ隊!今確認した堕天使は16だ!……撃てぇ!」


 ターゴの指示で、弓矢と魔法が一斉に城壁に向かって飛んでいく。距離があるため全て命中させるのは不可能だ。

 しかし、上手く当たったものも多いようで、堕天使10体ほどの量の光が城壁から空へと飛んでいくのを確認した。一応成功のようだ。


「これが城壁だな。やれるか?」


「もちろんでさぁ!……うらぁ‼」


 ルドリスはタンクの1人に指示を出す。タンクがバトルハンマーを取り出し、勢いよく叩きつけると、城門は薄氷のように砕け散った。それを見たルドリスは、空に向かって【ファイアボール】を撃つ。


「お、きたきた。……では!突撃部隊、突撃開始です!」


「「「うおおおおおぉ!」」」


 アインダの指示で、突撃部隊が走り出す。突撃部隊は、城門にたどり着くと、雪崩れるように中へ入っていった。


「その調子だ!1体も逃がすな!見つけ次第殺せ!」


「「「了解しましたっ‼」」」


 ルドリスは突撃部隊を鼓舞しながら奥へと進む。最深部と見られる場所に行くと、そこには数体の堕天使がいた。


「貴様がここのボスか?幹部じゃなさそうだな」


「ほう……お前がルドリスとやらか。名前は聞いたことがある。なんでも首を持ち帰ると幹部にあがれるそうじゃないか」


「お下がりください。ここは私が……」


「貴様に用はない。失せろ」


 ルドリスの前に立ちはだかった堕天使の心臓を、ルドリスは一突きする。そして、光となっていく堕天使には目もくれず、ボスに向かって剣を構えた。


「さぁ、ボス戦と行こうじゃないか」


「ふふふっ……ははははは!面白い!いいだろう!貴様の言うとおり、俺はこの砦『アルニラム』のボスだ!てめぇを殺して、俺も幹部の仲間入りだぁ!」


 堕天使は双剣を取り出し、ルドリスの真後ろに転移する。ルドリスの首元を狙って剣を振るが、振り向いたルドリスに止められる。


「ちっ……これならっ!」


 今度は、一度ルドリスの横に転移し、フェイントをかけたあと、反対側に移り、足元を狙って剣を振る。しかし、これもルドリスに躱されてしまう。


「くっ……何故だ……」


「もう終わりか?ならこっちから行くぞ!」


 ルドリスは目の前にいる堕天使に向かって走り出す。ルドリスが剣を振ろうとした時、堕天使はルドリスの右方向に転移した。


「へっ!てめぇの攻撃も当たらねぇみて……何っ⁉」


 ルドリスは剣を持っていない右手だけを堕天使に向け、ノータイムで【ライトニングスピア】を放った。

 堕天使はとっさに頭と心臓を守るように構えるが、【ライトニングスピア】のぶつかった衝撃で後方に大きく吹き飛ばされてしまう。


「何故……何故だ!俺の転移はノータイムで使える上にどこにでも飛べるのに……」


「簡単だ。貴様の殺気を感じとってそこに警戒する。モンスターを索敵するときの基本だ……死ね、羽虫が」


 そう言ってルドリスは【縮地】で距離を詰めると、堕天使に転移させる暇も与えずに首を撥ねた。


「ルドリスくん。下は全部終わったよ。こっちは?」


「ちょうど終わったところだ。潜んでいる堕天使に注意しながら、拠点として使えるよう整備しろ」


「了解」


 ルドリスはアインダに指示を出し、自分は伝書鳩に載せる手紙を書いた。


『こちらも完了した。だがまだ来るな。堕天使はこの砦を《アルニラム》と言っていた』


 手紙を伝書鳩に括り、アルカルネとフーラに送る。そして、レアナたちを砦に入れる準備を始めた。





「やっぱりルドリス隊長はすごいな!1人であれだけの魔法を捌くなんて!」


「ルドリス隊長のレベルは180くらいらしいぞ!俺の3倍くらいだな!」


「ルドリス隊の人もすげぇよ!あんな雷落とされたのにピンピンしてるんだぜ!」


「うちの隊の平均レベルは70くらいじゃん?ルドリス隊は新人も合わせて平均100を超えてるらしいぜ!」


 ターゴの耳に、部下たちのそんな声が聞こえてくる。やはり、たった数人で城門を打ち破ったルドリスとルドリス隊のタンクは憧れの的のようだ。


「しかし……このままじゃルドリス隊の奴に大隊長の座を奪われそうだな……何かいい手は……ん?」


 城壁の上を周っていた時、西の方角に、うっすらと壁のようなものが見えた。距離はそこまで遠くない。壁はすぐに霧に隠れてしまうが、ターゴは確信した。


「そうか。あれはきっと、諜報員たちが見つけられなかった砦だ。あれを落とせれば……よし!」


「ターゴさん、どうかしましたか?」


「マラネラ、お前の中隊員を全員集めろ。俺たちは、もう1つの砦を攻める」


「はっ。それではルドリス大隊長に報告を……」


「いや、今は一刻を争う。ルドリスは今休息しているから、あとで私から報告する」


「かしこまりました」


 マラネラ中隊長が、城門に隊員を集める。そしてターゴたちは、西に見た砦に向かって馬を走らせた。



 その様子を遠くから見ていた者が1人いた。『リゲルの砦』から北上してきたレアナだ。


「ん?あれはターゴ隊……の一部か?何か指示をルドリスから受けたのだろうか?」


 レアナは少し引っかかりながらも城壁の団員に城門を開けてもらう。


「副団長、ルドリス隊長がお待ちです。こちらへ」


 案内役の団員に連れられて、レアナは仮の会議室に通される。そこには慌ただしい様子のルドリスとアインダがいた。


「やぁルドリス、ここも問題ないようだな」


「……レアナか。今それどころじゃなくてな」


「ターゴさんとその部下の十数人がどこかに行っちゃって……」


「ターゴ……?それならさっき西へ向かっていったのを見かけたが……」


「何だと⁉」


 ルドリスとアインダの話を聞いて、レアナが先程見たことを伝える。すると、ルドリスの目の色が変わった。ルドリスはレアナの肩をがっしりと掴み、レアナに問い詰めた。


「おい!本当にあいつらは西に向かったと言うのか⁉たった十数人で!」


「ル、ルル、ルドリス。何を慌てているのだ?そ、それは、貴様の命令なのでは?」


 思いがけず、ルドリスが急接近してきたことに驚いて、レアナは顔を真っ赤にしてどもりながら答える。

 しかし、ルドリスの目を見ていると、何かよろしくない状況が起こっているのが分かった。


「違う!仲間の命を無下にするわけがあるか!」


「ルドリスくん。落ち着いて。僕たちは西に何があるのかまだ理解出来てないんだよ。そこの説明をしてくれないかな?」


 アインダがお茶をルドリスに渡す。いつになく取り乱していたルドリスは一服して、落ち着いてから、話を始めた。


「お前ら、流石に鼓星とその形は分かるな?」


「「もちろん」」


「鼓星は外の世界では『オリオン座』と呼ばれているそうだ。ま、オリオン座の一部に鼓星があるらしいんだがな」


「それで?鼓星がどうかしたのかい?」


「鼓星の7星には名前がついているらしい。地面に近い方の2星を『リゲル』と『サイフ』と言うそうだ」


「ちょ!ちょっと待って!リゲルとサイフってまさか……」


「……私達とアルカルネが落とした砦と一致する、と?」


 レアナの言葉に、ルドリスは無言でうなずく。そして、今懸念していることを説明する。


「もし本当に鼓星だったと仮定したとき、『ベテルギウス』と呼ばれている、ここから北西の位置にある砦からの増援が問題だ。今ターゴが向かった西の砦を速攻で落として、団長に防衛を任せる予定だったが……」


「十数人で、しかも殆どが遠距離攻撃の部隊でいくなんて……」


「すぐに救援に向かう。レアナ、すぐに10人ほど集めろ。ここが手薄になってもまずいから、アインダはここに残れ」


「分かったわ」


「了解」


 ルドリスの指示を受け、レアナとアインダは動き出す。そしてすぐに、ターゴの救援へと向かった。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「な、なんだ……?あの軍勢は?こちらへ向かってきていると言うのか?」


 ターゴは、空を覆い尽くすほどの堕天使を見て戦慄している。


 ターゴの予測はしっかりと当たっていた。『アルニラムの砦』の西には、【認識阻害】がかけられた小さな砦があったのだ。もしこの砦をすぐに落とせれば、こんなことにはならなかっただろう。


 しかし、慎重な性格のターゴは、城壁の堕天使を確実に仕留めてから、門を開けた。その間に、他の砦に救援要請が言ってしまったようだ。


「マラネラ!俺は上空の堕天使に攻撃を行う!他の団員を呼んで来い!」


「はっ!」


 マラネラが砦の中に急ぐ。ターゴは少しでも数を減らそうと、上空に弓矢を向ける。


「行けぇ!【サウザンドアロー】!」


 ターゴが放った弓矢は無数に分裂して、上空の堕天使に突き刺さる。何百もの堕天使が墜落してくるが、焼け石に水だ。


「ターゴさん!団員を連れてきました!」


「よし!全ての堕天使を撃ち落とすぞ!この砦を守り抜け!」


「「「はっ!」」」


 ターゴの指示で全員が魔法と弓矢を上空に放つ。しかし、堕天使も殺られるだけでなく、魔法を城壁に向かって放ってきた。直撃した団員がその場に倒れ込む。


「っ‼怯むなぁ!撃てぇ!」


 ターゴが団員に指示を出す。しかし、仲間が倒れているのを見て、士気が上がる者などいなかった。更に追い打ちをかけるように、魔獣兵が地上から押し寄せてくる。



 魔獣兵とは、魔獣の上に乗っている堕天使の総称だ。堕天使の保有している魔獣も騎士団のものと同じようにモンスターをテイムしたものである。

 今砦に向かってきているのは『メルトスパイダー』と呼ばれている蜘蛛をテイムしたものだ。


 『メルトスパイダー』は石を溶かす液体を吐き出し、地下に潜る。石でできた城壁に突撃されたら、すぐに陥落してしまうだろう。



「空にも陸にも堕天使か……もはや、ここまでか……」


 ターゴがその場に座り込む。死を覚悟したその瞬間、小さな光が空に飛んでいった。小さな光は大きな音と眩い光を放つ。


「これは……【ホーリーボム】?」


「情けないな。それでもヴァルリア騎士団の大隊長か?」


 光に目を細めているターゴに、砦の中に入ってきたレアナが肩を叩く。レアナの姿を見たターゴ隊の隊員がざわつき始める。


「おい、レアナ様だぞ!堕天使の幹部を一撃で殺したって噂の!」


「もしかして、レアナ様がいれば勝てるんじゃないか?」


「全員!よく耐え忍んだ!それでこそ騎士団員だ!我々レアナ隊が残りを引き受けよう。皆はよく休むといい」


 レアナがそう言うと、ターゴ隊から歓声が上がった。ターゴ隊がみんな砦の中に戻った後、ターゴがレアナに気になっていたことを問いかけた。


「副団長、あの……ルドリスは?」


「あぁ、あいつならあそこだ」


 レアナは城壁の真下を指さす。そこには1人佇むルドリスがいた。


「申し訳ございません……俺、ルドリスとかロイとかが頑張ってんのに、なんの役にも立ってないから……」


「なんの役にも立っていない?現にこうしてこの砦を守っていたではないか。お前が折れていたら、この砦はもちろん、お前の部下も全滅していただろうな」


「…………副団長……!」


「私は戦う。お前はどうする?」


「…………やってやる……俺はヴァルリア騎士団の大隊長だ!この砦を守り抜く!」


「その意気だ。まぁ、地上は彼に任せておけば問題ないだろうがな」


 レアナは微笑みながら城壁の下のルドリスを見る。ルドリスに向かって、魔獣兵が突撃してきた。


「なんだ、ただの蜘蛛か。道理で進軍が遅いわけだ」


 そう言うとルドリスは【縮地】で近付き、先頭を歩いていた『メルトスパイダー』の足を切り落とした。体制を崩した先頭の『メルトスパイダー』が倒れ込む。それによって、後続の魔獣兵たちが足を止めた。


「死ね、羽虫ども」


 ルドリスはそう言い捨てて、先頭の『メルトスパイダー』めがけて【ライトニングスピア】を放つ。【ライトニングスピア】はまっすぐ『メルトスパイダー』を貫いていった。


「くそっ!レアナにターゴ、ルドリスがいやがる!撤退だ!逃げ……」


「逃がすか!」


「俺だって……まだ戦ってやる!」


 レアナを始めとするレアナ隊員が、空に逃げた堕天使の心臓を貫いた。そこには、ターゴの姿もある。もう無理だと判断した殆どの堕天使が、北へと逃げて行った。

 

「ふぅ……なんとかなったな」


「レアナさん。ありがとうございました……みなさんがいなかったら、俺……」


「気にするな。私は部下を守っただけだ。それに、お前も自分の部下を守るために戦った。それに胸を張っていろ」


「……っ!はい!」


 ターゴが頭を下げて、隊員たちのいるところへ向かおうとする。その時、砦の外に大きな雷が落ちた。大きな音に驚いて、雷の落ちたところに目をやると、そこには1体の堕天使がいた。


「……この砦はもうだめか……【無情】」


 堕天使はそう呟きながら、右手の人差し指を鉄砲のような形にする。そこに紫の光が集まっていく。


「っ!伏せろ!」


 壁の下にいたルドリスがそう叫びながら、【跳躍】で城壁に登る。その瞬間、堕天使は砦に向かって光線を放った。


 ルドリスが咄嗟に盾を取り出して構え、光線をずらすことに成功する。しかし、ルドリスは大きく後ろに吹き飛ばされた。


「「ルドリス‼」」


「……あれを弾くとは……でも、これはどうだろう?」


 そう言って堕天使は手のひらに、人の頭ほどの大きさのどす黒い玉を生み出した。


「くっ……ターゴ!下がっていろ!私が……!」


 そう言ってレアナが【光剣グラーゼ】を抜く。どす黒い玉がレアナに向かって飛んでくる。


「副団長‼それに触っちゃだめだ‼」


 レアナがレイピアに力を込めようとしたとき、ターゴがレアナを後ろに引っ張り、自ら堕天使の魔法を受けに行った。


 ターゴの体に着弾した瞬間、どす黒い玉は大爆発を起こした。ターゴの右腕の一部がルドリスの足元に飛んでくる。近くにいたレアナは爆風に飛ばされかけるが、すぐに踏みとどまり、ターゴの元に駆け寄った。


「ターゴ‼おいターゴ!」


「あーあ……人に当たっちゃった……しょうがない……今度はもっと大きいのを……」


 ターゴを殺した堕天使がもう一度魔法を放とうとしたとき、突然目の前にルドリスが現れた。


「死ねえぇぇ!羽虫風情があぁぁ!」


 ルドリスは首を撥ねようと、剣を薙ぐ。ルドリスの鬼気迫る表情を見て戦慄した堕天使は、咄嗟に退いて避けようとする。ルドリスの剣は堕天使の目に当たった。


「ちっ……一度帰るか……また来るよ」


 そう言い残して、堕天使は高く舞い上がって、北へ逃げていった。ルドリスは【縮地】と【跳躍】で砦に戻り、ターゴの元へ行く。


 ターゴの腹には、大きな穴が空いていて、手足の先から黒くなって砂のようになっていっている。恐らく、呪いのようなものをかけられたのだろう。


「……ルドリス……ごめんよ……命令に従っておけばよかったね……」


「……俺が初撃で吹き飛んでいなければ、あるいは……」


「ふっ……お前らしくもない…………ルドリス……ヴァルリア国民と……うちの部下をよろしく頼む……レアナさんも大事にしろよ」


 そう言って、ターゴは微笑んだ。それが彼の、最期の言葉であった。





 結局、ルドリスの指示で動いていたアインダ隊が『アルニラムの砦』の東側の砦も占拠し、ヴァレリア騎士団は合計5つの砦を落とすことに成功した。負傷者はいるものの死者はたったの2人。世間からすれば大金星である。


 帰還後、フーラやアルカルネやロイが、笑顔で帰還を喜ぶ人に手を振っている中、ルドリスやレアナの顔色は曇っているままだ。


 そんな中、ルドリスは誰かを探している老人の姿を見かけた。ターゴの父親だ。老人はルドリスを見かけると、近寄ってきた、


「ルドリスさん。うちの息子を知らんか?大隊長をやっているはずなんじゃが?」


「ターゴのお父さん……おい、例のものを」


 と言った。しかし、ルドリスが部下に箱を取りに行かせたのをみて、全てを察した老人は、膝から崩れ落ちる。ルドリスは老人の目の前に膝をつく。


「これはあなたの息子の身につけていたものです。…………ターゴは……堕天使に殺られて……そのまま」


「そうでしたか……いつかはこの日を迎えるだろうと思っていました……1つ、お伺いしても?」


「もちろんです」


 ルドリスが許可を出すと老人は立ち上がり、ルドリスに問いかけた。


「ターゴは……うちの息子は、人様のお役に……すこしでも立てたのでしょうか?」


「少し?とんでもない。ターゴのは、砦を守るため、そして数十人の部下や我々のために死にました。彼がいなければ、もっと被害が拡大していたでしょう」


 ルドリスがそう伝えると、老人はよろよろとしながら顔を覆った。そして、ルドリスに深く頭を下げた。

 ルドリスは横で俯いているマラネラの肩を叩く。


「マラネラ、お前がターゴの後を継げ。あいつが命がけで残したものを、しっかりと守ってやれ」


「っ!……はっ‼」


 ルドリスにそう言われ、緊張気味にマラネラは敬礼をする。ルドリスは、初々しいマラネラを見てふっと笑いながら、騎士団本部へと歩いていった。

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