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第23話

「ほぅ、確かに嫌な気が溜まっておるのぉ」


「ふむ、匂いも酷い。これは早いとこ浄化せねばならんのぉ」


「ガル様ガラ様!よくお帰りになりました!」


 馬車から降りるなり、ガル様とガラ様はそう呟いた。一昨日の時点では綺麗だった鳥居が少し壊れているあたり、ここも堕天使が攻め込んできたのだろう。ガル様とガラ様を見て、クレナさんがその場で膝をつく。


「おかえりみんな!大丈夫だった?」


「こっちはなんとか。アルシアたちこそ、怪我は無い?」


「はい。アルシアさんたちのおかげで大した被害も無く済みました」


「殆どケンイチくんがやっちゃったけどねー」


 クレナさんとアルシアが口々に言う。当の矢沢は本殿の屋根の上に寝転がって昼寝をしている。

 東堂が矢沢に向けて矢を放つ。矢は見事に肩に当たった矢沢は屋根から転げ落ちてきた。


「うお⁉な、なんだ⁉……痛ぇ……東堂!弓矢なんか危ねえじゃねぇか!」


「ったく、敵が来るかもしれないのに寝てるとは……それにこの矢は練習用の矢だからダメージはねぇだろ?」


「え?……お!ほんとだ!なんだぁ、ビビって損したぜ!」


「ったく……早く支度しろ。すぐに[カラネ高山]に向かうぞ」


「ちょっと待って!クレルくんが疲れきってるの!今日はもう休んだほうがいいんじゃないかな?」


「いえ……僕はまだ……」


 優香さんがクレルくんの右手を引きながら東堂に言った。クレルは口では大丈夫だというがもう眠そうだ。


「そうじゃのぉ、今日はもうすぐ日も暮れるし、ここで休んでいくと良い」


「クレナや、お客人を部屋に案内しなさい。クレルはもう寝るといい」


「はい、ガル様。皆様、こちらです」


 俺たちはクレナさんに続いて本殿の奥の建物へ向かう。大部屋には畳が敷かれていて旅館の部屋に似ている。


「私はクレルを部屋に帰してから夜ご飯をお作りしますのでその間は自由にしていただいて構いません。ごゆっくり」


 クレナさんはそう言って隣の部屋へ女性陣を連れていった。


「さて、この後どうする?まだ時間はあるし、フィールドに降りてみる?」


「あ、俺盾を作り直したいから市場に行ってきていい?」


「お?そういや盾どうしたんだ?こっちに来たときに壊れたのか?」


 畳で寝転がっている東堂が俺に問いかける。俺は盾が壊れたことを伝えた。


「あぁ、一昨日さ、ミヤナちゃんを攫おうとしたやつに盾を奪われたんだよ。ま、そろそろ寿命だったからちょうどいいんだけどさ」


「あ、市場に行くなら弓矢を買ってきてくれ。なければ矢じりだけでもいい」


「分かった。行ってくるよ」


 俺はそう言って部屋を出た。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

(ここはもうレベルの高い街だし、NPCの盾も質がよさそうだなぁ。でも自分で作ったほうが愛着が湧くしなぁ……悩ましい)


 俺は歩きながら街を見てまわる。やはり街には獣人しかいないようだ。

 俺が少し歩くと、何やら人が集まっていた。どうやら人間と獣人が喧嘩をしているようだ。


「いやいや!ほんとに違いますから!ちゃんとした人間ですって!」


「ですから!人間である証拠が無いのにそんなの無理ですって!」


「この体が人間そのものじゃないっすか!」


(ん?なんか聞いたことのある声だ……)


 俺が人混みをかき分けて喧嘩をしている人のところへ向かう。そこには馬車を貸してくれたケンタウロスのお兄さんと谷口がいた。どうやら[ヘイムガナ地方]の『セイコー商会』も、もうこの街に来ているようだ。

 谷口は俺を見つけると喜んで、俺の肩に手を回してきた。


「よぉ!親友の佐藤じゃないか!どうしたんだ?」


「お、おう谷口。新しい盾と東堂の弓矢を買いにな。それより、親友……?」


「ちょっと話合わせて!」


 俺が怪訝そうにしていると、谷口は俺に小声でそう伝えてきた。よく分からないが、俺は言われた通りにする。ケンタウロスのお兄さんは俺を見て、思い出したように呟く。


「あ!先程ガル様とガラ様とご一緒されてたお客様!そちらの方は知り合いですか?」


「え、えぇ、彼は知り合いの商人ですが……」


「ね!こいつも人間だって言ってるでしょ!」


「まぁガル様たちの知り合いがそう言うなら……」


 なんだか分からないが話がまとまったようだ。谷口は手を打って喜んだ。


「っしゃあ!んじゃお金は後日一括で払うから!また今度!」


 谷口はそう言って歩いていってしまった。向かう方向が同じなので俺は谷口を追いかけて話を聞くことにした。


「おい谷口!今のなんだったんだ?」


「わりぃわりぃ!買い物に来ただけなのに巻き込んじまったな。あの店員が俺のこと堕天使だって疑ってきてさー」


(うん?俺の時は全く疑う感じもなく馬車を貸してくれたけどな?)

「馬車を借りるだけなのに大変だったな。でもなんであんなに大事になってたんだ?」


「いやいや、馬車を借りるためにあそこにいた訳じゃないよ?セイコー商会で買うのよ!」


「へぇ!セイコー商会は馬車を買うのか!」


 俺は馬車を買うという谷口に感心していた。しかし、谷口は俺にドヤ顔を向けて指を振った。


「誰が馬車を買うって?店だ!俺たちは店ごと買うんだ!」


「は?……はぁ⁉」


 谷口は仁王立ちでそう言った。俺は何を行ったのか分からなかったが、事態を理解して大きな声を出してしまった。


「流石に今までで高い買い物だったなぁ。でもこれでうちの商品がヴァルリア中に広まるってわけよ!馬車の利用者からのお金も入るしな……あ!これ、お礼にやるよ!盾作るのに使ってくれ!」


 谷口はそう言って自分のインベントリから鉱石を出して俺に渡した。ずっしりと重たいその鉱石は【リフレクトクリスタル】、SR(スーパーレア)の鉱石だ。


「はぁ⁉おま、これどこで⁉」


「ははっ、じゃあな!これからもセイコー商会を宜しく!」


 俺が鉱石のことを聞く前に谷口は走り去っていってしまった。仕方がないので、俺は東堂の弓矢を買ってネモ神社へと帰った。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 俺がネモ神社に帰ると、部屋には誰もいなかった。どこかのフィールドにでも行ったのだろう。帰ってくるまでに俺は盾を作っておくことにした。


(さて、作るかな。【リフレクトクリスタル】を使って……)


 出来たのは【鏡の盾】。レアリティはSR(スーパーレア)だ。しかし、見た目はただのきれいな盾だ。


(うーん……前の盾よりは強くなってるんだろうけどなぁ……まぁいいや、ないよりはましだろうからな)


 俺は盾をインベントリにしまう。すると、廊下から声が聞こえた。みんなが帰ってきたのだろう。


「あー疲れた。あ、要。帰ってきてたんだ」


「おぉ、今さっきな。お前らはどこ行ってたんだ?」


「[神秘の森]ってところだ。もうあそこにはあんま近づきたくねぇな」


「ん?そんな大変だったのか?」


 中村に変わって東堂がそう言う。俺が問いかけると全員の顔が暗くなった。いや、樋口はヘラヘラしていたが。


「中に入ると方向感覚が無くなるんだよ。マップも開けなくなるしね。なのに純が……」


「あぁ⁉俺が何したっていうんだよー!」


「てめぇと永田が何も考えないで歩くから道に迷うんだよ!!この脳筋共が!!」


『誰が脳筋よ!』


 東堂の声に反応して隣の部屋から椛さんの声が聞こえた。東堂に変わって中村が話し始める。


「それに敵が強いんだよね。攻撃も防御も硬いのに透明な蜂とか出てくるし……」


「そうそう!しかも数が多いんだよなぁ。中村の範囲魔法がなかったらどうなってたか……」


 そういって矢沢は畳に寝転がった。やはりそれだけ大変だったのだろう。そう思っていると、俺は東堂に話しかけられた。


「そういや、弓矢は買えたか?」


「あぁ、買ってきたよ……あ、そういえばさっき谷口に馬車屋のところで会ったよ。あいつらもイツラスに来てたんだな」


 俺は東堂に弓矢を渡しながらそう言った。


「谷口のことだから馬車を借りるんじゃなくて買ってそうだよな!」


「いや……馬車屋を買ってた」


 俺がそう言うと、樋口がお茶を吹き出した。東堂と中村はポカーンとしていて、矢沢はまだ理解出来てないようだ。


「ええと……俺たちの借りた馬車屋を買ったと……あいつ、いくら稼いでんだ……?」


「店って買えるんだね……。流石、考えることが違うよね」


 東堂と中村が口々にそう言った。確かに、普通にプレイしていたらお店を買うなんて思いつく人はプレイヤーの一握りもいないだろう。


 俺たちは少し休憩してからクレナさんの作った夕食を食べ、明日に備えて寝ることにした。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 [翌日]


「さて、準備は出来たかのぉ?神社は老人に任せておくと良い」


「クレナや、クレルとミヤナを頼むぞよ」


「ガル様、ガラ様、行ってまいります」


 ガル様とガラ様に挨拶をして俺たちは馬車に乗り込む。目指すは南の端の[カラネ高山]だ。俺たちはカラネ高山の麓で馬車を降り、山頂の方へ歩いていった。



「……敵の気配がしない……おかしい」


「確かに、ここまで来て敵が全く出ていない。だが警戒は緩めるな。普通のモンスターすら出ないのは異常だ」


 東堂が気を引き締め直した。すると、前を歩いていたクレルくんの耳がピクピクと動いた。


「あの……何か聞こえませんでしたか?堕天使の羽音みたいな……」


「えー?なんも聞こえなかったぞー?」


「いえ、確かに聞こえました。距離は……15キロと言ったところでしょうか」


 クレナさんが何かとの距離を教えてくれるが遠すぎてよく見えない。すると、和泉さんが何かを感じ取ったようだ。


「……!山頂の方向から一気に飛んでくる。50……いや、30くらい」


「なら問題ねぇな。中村、全部撃ち落とせ」


「はいはーい。〈雷の天使よ、風の天使よ。そなたらの融合されし力、我に与えよ〉【バーンディザスター】!


 中村が見たことの無い魔法を放つ。放たれた魔法は堕天使の群れの中で大きな嵐になり、堕天使を飲み込んだ。堕天使は塵も残さずに消えていった。


「ちょ⁉は?中村⁉今の何⁉」


 俺は動揺しながら中村に聞く。中村はドヤ顔で俺に教えてくれた。


「すごいでしょ。昨日ガル様に教えてもらったんだ」


「急に仕掛けて来やがったな。急ぐぞ」


 東堂がそう言って足を早めた。俺たちも追って山頂へと向かった。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 俺たちが山頂に着くと、そこには斜に構えているイブリースがいた。


「……あいつ以外にも反応がある。気をつけて」


「おいおい、遅ぇなぁ!ビビって仲間を集めてきたのか!あ?」


「ミヤナ様をどこにやった!」


 クレナさんが薙刀を抜いた。しかし依然としてイブリースは余裕ぶっている。


(なんだ?周りに仲間がいるからこんなに余裕なのか?いや、さっきの中村の攻撃は見てるはず、あれを受けても死なないやつ……まさか……)

「和泉さん。ちょっと……」


「……ん?」


 俺は和泉さんに小声であることをお願いした。本当に来るかどうかは分からないが、念の為だ。俺らが話している間に、東堂がイブリースと話を進めていた。


「なんの為にミヤナを攫った?」


「へっ!てめぇらにはルシファー様の計画なんざ知らなくていいんだよ!」


「ルシファー?」


「俺ら堕天使の親分だ。ま、んなこたぁどうでもいいな!なんせお前らはここで死ぬからなぁ!」


 そういってイブリースは右腕を上げた。全員がイブリースへと武器を向ける。しかし、イブリースの作戦は、やはり別にあったようだ。和泉さんが俺に呟く。


「……佐藤くんの言ったとおりアルシアの真後ろあたりから強い気配を感じる」


「やっぱり……飛び出してきたら教えて。後ろに守りに行くから」


「ん……今!」


「よっしゃ!」


 俺は和泉さんの合図で後ろへ飛び出す。アルシアの後ろから昨日殺したはずの堕天使、タムズがアルシアに斬りかかっていた。


「⁉なんでバレた⁉」


 俺は驚いているタムズの双剣を盾で受け、剣で右肩を斬りつけた。そのまま首を討とうとしたが、タムズは空を飛んで躱し、イブリースの元へ降りた。


「ったくよぉ!折角の作戦が台無しじゃねぇか!もっと静かに近寄らねぇからバレんだよ!」


「な⁉あなたの演技が酷かったせいだ!あんな分かりやすく余裕ぶっていたら、周りを警戒されるに決まってる!」


 イブリースとタムズが喧嘩を始めた。東堂がその隙を逃さずに、後ろを向いているタムズに弓を放つが、既のところイブリースがその気配に気付き矢を片手で掴み取った。


「ちっ、喧嘩は後でやるか。行くぞタムズ!」


 そう言ってイブリースは俺たちに【発勁】を飛ばしてきた。俺たちは散開するが、散った先に堕天使が飛ばした光弾が飛んでくる。タムズかイブリースが呼び寄せたのだろう。


「矢沢と中村とガキは雑魚の処理をしろ!永田とクレナさんとアルシアは双剣使いを、要と樋口は俺と一緒に武闘家を殺るぞ!!」


「「「おう!」」」


 樋口はイブリースに【居合い切り】をした。ダメージが少し入ったので俺も攻撃しようとするが、イブリースの右腕で止められ、イブリースは左フックを入れてきた。俺は体を退いて躱す。


(あ!新しい盾を作ったんだ!忘れてた忘れてた。性能確認がてら1発攻撃を受けてみようかな?)


「おいおい、その飾りみてぇなキラキラした盾はなんだ?やる気ねぇのか!」


 イブリースの気に触ったようで、イブリースが殴りかかってくる。俺が盾で攻撃を受けると、盾がパキッと音を立てた。それを聞いてイブリースが大笑いをする。


「ふ、ふははは!おいおい!壊れてんじゃねぇか?これで本当にぶっ壊してやるよ!【発勁】!」


 イブリースは盾に向かって【発勁】を撃ち込んできた。すると、盾が輝き出してイブリースの【発勁】を吸い込んだ。そして、同じ威力の【発勁】をイブリースに向かって飛ばす。


 この場の全員が何が起きたのか分からないまま、イブリースの腹に【発勁】が撃ち込まれた。地面を軽く抉るような【発勁】だ。イブリースのHPは半分ほどに減っていた。地に膝をついて呻いているイブリースが口を開いた。


「ぐふぁっ……て、てめぇ!何をしやがった⁉」


「いや、俺も何がなんだか……」


 俺が腹を抱えているイブリースを見ていると、イブリースの額に矢が刺さった。そして、樋口が【居合い切り】を入れる。


「多分要の盾は敵の魔法の類を跳ね返す性質があるんだろう。その分、物理攻撃に弱そうだがな」


「くっそ……舐めやがって……タムズがいれば盾なんか……おいタムズ!こっちを手伝え!」


 イブリースが立ち上がりタムズを呼ぼうとする。しかし、椛さんの【発勁】とクレナさんの薙刀を躱すことしか出来ていないタムズがイブリースに加勢することは叶わなそうだ。 


「これで終わりだ!」


 タムズは曲がる光弾を5発同時に椛さんに飛ばした。


「そんな光弾なんかで死ぬとでも?」


 そう言って椛さんは最初の2発を躱し、残り3発の光弾も跳ね返してしまった。


「今よ!やりなさい!」


「【紅舞】!」


 竜化しているクレナさんが大技を放つ。タムズは粉々になり、光となって消えた。

 それとほぼ同時に、堕天使の討伐も終わる。それを見ていたイブリースが苦虫を噛み締めたような顔をする。それを見た東堂がイブリースに問いかける。


「てめぇの仲間は全員死んだみてえだな。狐のガキはどうした?今すぐ返すってんなら楽に殺してやるぞ?」


「あ?てめぇ、勝ったつもりでいんのか?舐めやがって……てめぇら皆殺しにしてやらぁ!」


 イブリースは天高く飛び上がり、俺たちに雷を落とした。それも今までとは威力が違う。優香さんの【シールド】はすぐに突き破られ、俺たちは吹き飛ばされた。


(ぐはっ!……なんとかスタンはせずに済んだか……他に起き上がれるのは……やべぇ!クレルくんだけかよ!)


 俺は周りを見渡し、起き上がっていたクレルくんの元に駆け寄った。


「クレルくん!大丈夫?」


「は、はい……でも、皆さんが……」


「お?クソガキは起きたのか。面倒な奴が減って楽になったぜ」


 イブリースはゆっくりと俺たちの目の前に降りてくる。クレルくんが薙刀を抜くが足が震えている。


「あぁ、狐のガキがどこかって言ったな。ここの中だ」


 そう言ってイブリースは手のひらサイズの水晶を取り出した。水晶は黒ずんでいるため、中はよく見えない。


「こいつは【堕天牢結晶】っていう持ち運び式牢獄だ!持ち主が許可を出すか死ぬかするまで、こんなかの物は出てこれないようになってる。つまり俺を殺さなきゃ狐のガキは返ってこねぇ!」


「ミヤナちゃんをどうするつもりだ!」


「あ?特にどうもしねぇよ。この街の結界を貼り直す時間稼ぎのためでしかねぇからな。ただ殺して終わりだ」


 イブリースは興味が無さそうにいう。俺は【堕天牢結晶】を奪おうとイブリースに斬りかかった。しかし、イブリースは俺の剣を躱し、俺の顎にアッパーを入れてきた。なんとか盾で受け止められたが、威力が高く後ろに吹き飛ばされてしまう。


「てめぇは後回しだ!まずはガキからだ!」


 イブリースはそう言ってクレルくんに殴りかかった。


「……さない」


 クレルくんがボソリと呟いた。それと同時に、イブリースの喉元に薙刀が突きつけられる。


「っ⁉なんだ、今何が……」


「許さない……お前を殺して……ミヤナちゃんを取り戻すんだ!」


「クソガキが……舐めんなぁ!【発勁】!」


 イブリースは後ろに飛び、その位置から【発勁】を飛ばす。俺はクレルくんの間に入ろうとしたが間に合わない。

 すると、クレルくんは薙刀の先を動かし、【発勁】を斬り裂いた。

 よく見ると、クレルくんの体は大きくなり、尻尾も長くゴツくなっている。竜化することに成功したのだろう。


「ちっ、竜化しやがったか……」


「ミヤナちゃんを返せ!」


 クレルくんがイブリースへ走って向かっていく。イブリースは頭と胸を守るように腕を構える。すると、イブリースは突然膝をついた。クレルくんがイブリースの足を斬ったのだ。その上、切断面からイブリースの体が消滅しているように見える。


「ぐあぁ!……てめぇ、調子に乗りやがって……」


「堕天使!これで終わりだ!うおおぉぉぉぉあ!!」


 クレルくんはそう言って薙刀を構え直し、走りながらイブリースの胴体を真っ二つにした。。剣筋は輝きながら弧を描いていた。イブリースの亡骸はその場から消えていった。


「あれは……竜人族(ドラゴニュート)奥義の1つ、【山紫水明】……まさかこんな短時間で習得するなんて……」


 体を起こしていたクレナさんがそう呟く。竜化状態から戻ったクレルくんはイブリースの死体の場所で何かを拾っている。

 よく見るとそれは【堕天牢結晶】だ。持ち主のいなくなった【堕天牢結晶】は強い光を放ち、パリンと割れる。そこからミヤナちゃんが出てきた。


「クレルくん!私、私ぃ……」


「ミヤナちゃん!無事で良かった!迎えに来たよ!」


 ミヤナちゃんはすぐにクレルくんの胸に飛び込んだ。クレルくんは少し恥ずかしそうだが、満更でもないようだ。


「ミヤナちゃん!これからも君に何かあったら僕が守るから!神社に帰ろ!」


「クレルくん……うん!約束!」


 ミヤナちゃんはそう言って小指をさし出した。クレルくんは一層顔を明るくしてミヤナちゃんの小指と自分の小指を結んだ。


(微笑ましいなぁ……あ、そういえば倒れている奴らを起こさないと……)


 俺は倒れていた皆を起こして、[ネモ神社]への帰路に就いた。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


[堕天の城]


 [カラネ高山]での戦闘から数時間後、タムズとイブリースは王の間に連れて来られていた。2人とも両手両足を縛られている。


「なんだぁ?俺たちが生き返るや否やなんの真似だ?」


「そりゃあ、失敗したこと怒られるんでしょ。てか、あなたは誰に殺されたの?」


「ドラゴニュートのガキだ……あいつ、次会ったらただじゃ済まさねぇ……」


「やはり世界最強の種族なんて言われてるしねぇ……おっと、来たみたい」


 玉座にルシファーが腰をかける。さっきまで軽口を叩いていたイブリースたちもルシファーに気圧されて口を閉じる。


「……イブリース……お前は本来の命令に従わずに遊んでいた。その結果がこれか……タムズ……お前は一度殺されるのに飽き足らず、そこの馬鹿と遊んで死んだ……」


 ルシファーは玉座から立ち上がり、2人の前に立つ。そして、右手に込めた力をタムズにぶつけた。


「⁉……ぐああぁぁ‼体が……体がぁぁぁ‼」


 タムズは悲鳴を上げながらその場に倒れ込んだ。だが、普通なら光となって消えるのにその気配がない。イブリースが不審がっているとルシファーがイブリースを横目に見ながら説明する。


「堕天使なら生き返れると思っているのか?この攻撃を食らうと堕天使であろうと苦しみながら死ぬ」


 ルシファーが右手に力を込め、完全に怯えきっているイブリースの顔の前に出す。


「貴様にはもう一度チャンスをやる。その時に失敗すれば……分かってるな?」


 言葉を失ったイブリースが頭をコクコクと振る。ルシファーは玉座の横に控えているグザファンに問いかける。


「外の世界の様子はどうなっている?」


「はっ。氷の大陸には着々と堕天使の移動が進んでおります。ただ……ヴァルリア内で不審な動きをするものがいくらか現れています」


「ふむ……騎士団か……騎士団の幹部はどこにいる?」


「全員ファルパーラか中央区に駐屯中でございます」


「……よし、辺境の地の騎士団の詰め所を襲わせる。準備をしておけ」


「御意」


 グザファンがそう言って転移する。当然、ルシファーが騎士団を潰そうとしていることに気付くものは誰もいなかった。ある1人を除いては……。

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