第19話
[日曜日 東京 郊外]
俺は東京の郊外にある[青田駅]に来ていた。ここの目の前には大きなアウトレットモールがあり、その中には服飾店はもちろん、フードコートやゲームセンター、更には小さな水族館もついているのだ。
駅で少し待っていると、東堂がやってきた。しかし、東堂は俺に気付かない。それを確認した俺は、あるグループチャットにコメントを送る。
『東堂を確認した』
するとすぐに3つの返事が帰ってくる。
『了解』
『おっけー』
『ちょっと遅れるかも』
俺はそれを確認すると、東堂の追跡に戻る。そんなことをしていると、すぐに樋口と矢沢の姿が見えた。
「こっちこっち!」
俺は小さな声で2人を呼んだ。2人は東堂には見えない位置を通って俺のところへ来る。
「おい、東堂は?」
「あそこ。まだ細野さんは来てないみたい」
矢沢に聞かれて俺は東堂を指さす。東堂は何やら本を読んでいるようだ。
「あいつ、難しい本読んでのぞみちゃんにアピールしようとしてるに違いないぞ!」
「お前だって同じ状況なら絶対あれやるだろ……ん?本をしまったぞ?」
俺が樋口に呆れていると、東堂は本をしまい、自分のスマホを取り出した。なにやらチャットを送っているようだ。
「おい、もしかしたら細野さんがそろそろ来るかも知れない。1回離れたところから様子を見よう」
「うーん、この位置じゃあのぞみちゃんが来てもなんも聞こえねえし、もっと近く行こうぜ!」
俺の提案を無視して矢沢と樋口が近づいていく。俺は呆れながら2人に続く。10メートルほど離れた柱の影に隠れていると、東堂に動きがあった。
「あのぉ、すみません。1人ですか?もし時間あったら私たちとお茶しません?」
東堂に話しかけているのは、3人組の女性だ。ギャルって感じではない、普通の女子高生だろう。東堂はちらりと目線をあげ、
「すみません、連れがもうすぐ来るんで」
とだけ言ってスマホのチャットアプリに目線を落とした。
東堂の言う連れとは俺たちではなく、のぞみさんのことだ。
いつだったか、樋口がピラミッドの情報を漏らさないようと口止めをしたときに、のぞみさんに東堂を1日貸すという約束をした。そのときに東堂とここのショッピングモールに来る約束をしたらしい。
そんな面白い話を俺たちが見逃すわけがない。俺たちゲブラーの4人は今から東堂を尾行するのだ。
逆ナンに失敗した女性たちは東堂から離れていく。それを見ていた樋口が柱に拳をぶつけている。
「くっそぉ、なんでだ。なんであいつばっか!」
「分かりきったことでしょ?諦めなさい」
後ろから4人目のメンバーの声が聞こえてきた。振り向くとそこには椛さんがいた。
「おぉモミちゃん、遅かったじゃん」
「その呼び方するあたり、あんたが樋口くん?なんかイメージ変わるわね」
「あぁ、俺ちょっと顔いじってるからねぇ……がっかりしちゃった?」
「もともとあんたには期待してないから大丈夫よ。それより、ほら、あそこ」
樋口が軽くショックを受けているようだが無視する。俺が指さされた方を見ると、そこには細野さんがいた。
細野さんに気付いた東堂が軽く手を挙げる。それを見つけた細野さんが顔を明るくして東堂に近づいていく。ゲームではメガネをかけていない東堂がメガネをかけているのを見て不安になったのか、細野さんが一応確認のために声をかけた。
「えっと……東堂さん、ですよね?」
「あぁ、のぞみ、だな?」
「はい!お、お待たせしてすみません!」
「今来たところだ。さ、行こうぜ」
「は、はぃ!」
東堂とのぞみさんはそう言って歩き出した。俺たちも続こうとすると、樋口が待ったをかける。
「矢沢、先にあいつらを追っててくれ」
「あ?いいけど、お前ら何すんだよ?」
「大事な話があるんだよ。だけどさ?誰か1人が追いかけてないと見失うじゃん?あとで、お前にも教えるから先に行ってて欲しいんだよ」
「えぇ、俺だけ省かれんのかよ……」
「違う違う!要は馬鹿だし、モミちゃんは尾行とか出来なさそうだから、お前にしか頼めないのよ!」
「なんだ!そういうことなら行ってくるぜ!」
丸め込まれた脳筋が東堂たちを追う。樋口がニヤリとした辺り、何かの作戦でもあるのだろう。矢沢を見送ったあと、樋口がある提案をした。
「なぁなぁ、4人で動いたら人数が多くてバレそうだし、2人ずつで移動するべきだと思うんだ!どう?」
「ま、いいんじゃない?確かにバレるリスクは下げた方がいいものね」
「でっしょー?というわけでモミちゃん!一緒に行こうぜ!」
「嫌よ」
「えぇ⁉なんでだよー!」
「あんたうるさいからすぐバレるじゃない。わざわざバレるような方は選ばないわよ」
「くっそー……こうなったら要!じゃんけんで決めようぜ!」
(なるほど、じゃんけんするなら人数が少ないほうがいいから矢沢を追っ払ったのか……あれ?消去法で俺になったんじゃ……まぁいいや)
俺たちはじゃんけんをする。樋口はどうしても椛さんと一緒になりたかったようだが、勝ったのは俺だ。
「くっそぉ!要なら運が悪いから大丈夫だと思ったのにぃ‼」
「ほら、負けたんだから早く行きなさいよ」
椛さんは少し嬉しそうにそう言った。そこまで樋口と組みたくなかったのだろうか。樋口は渋々矢沢の向かった方へ行く。
「さ、私たちも行きましょ。早くしないと追いつけなくなるわよ?」
椛さんが俺の手を引いて歩き出す。俺は椛さんに引かれてショッピングモールへと向かっていった。
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俺たちは東堂たちが入っていくのを確認して、水族館へと足を運んだ。
ここの水族館へ来るのは初めてだが、なかなか評判がいい。俺たちは、東堂たちを見つけて数十メートル後ろについていた。
「思ってたより広いなぁ。あれ?樋口たちは?」
「あそこ。ったく、あんなに近いと振り向かれたらバレるわよ?」
俺は椛さんが指さした方を見る。樋口と矢沢は東堂たちの後ろ3メートルほどのところにいた。
(おいおい……あれじゃバレるだろ……)
俺はそう思っていると東堂たちが足を止めた。どうやらクラゲの水槽を見ているようだ。
「うわぁ、こんなにいっぱいクラゲが!」
「あぁ、これはすごいな」
「ふわふわぁってしてて、幻想的だなぁ」
「のぞみはクラゲが好きなのか?」
「いえ、そんなことは無かったんですけど、こんなにいっぱい見たの初めてで……」
「確かにな。こんなに多いクラゲを見る機会なんかそうそうないしな」
「あ、あっちにペンギンがいますよ!行ってみませんか?」
「あぁ、行こうか」
なんだかんだ東堂は上手くやっているようだ。俺がそう思っていると、服の裾を引かれた。
「なにボサっとしてんのよ。行くわよ!」
「あ、うん。次はペンギンエリアかな?」
「えぇ。ほ、ほら、先に行っちゃったし、早く行きましょ」
椛さんがソワソワしながら俺の裾を引く。どうかしたのだろうか。
「椛さん、どうかした?」
「べ、別に!楽しんでなんかないわよ!馬鹿なこと言ってないでさっさと行くわよ!」
(あれぇ……俺、どうかした?としか聞いてないんだけど……ま、いいや)
俺はそう思いながら椛さんの後についていった。
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俺たちはペンギンがいる水槽を見に来ていた。今立っている通路の上下左右は水槽になっていて、まるで海の中にいるかのような感覚になれるというエリアだ。
バレないように距離を保ちながら、東堂の話を聞く。
「わぁ!ほんとに海の中にいるみたいですね!」
「ほんと、ペンギンがすごく近いな」
「わっ!真下にいます!かわいいなぁ」
2人はゆっくりペンギンを見ながら通路を進んでいく。俺が2人を追いかけようとしたが、椛さんがついてきていない。
「椛さん?どうか……おぉ」
椛さんが見ている水槽にはペンギンが1匹、じーっと椛さんを見つめている。椛さんは中腰になって、目をキラキラさせながらペンギンを見ていた。
なんだか珍しい椛さんだったので、そのまま見ている。少しして、椛さんは俺を見つけるとビクッとして顔を赤らめた。
「な、な、なによ!」
「えぇ⁉いや、東堂たち先に行っちゃったから……もっとペンギン見ていく?」
「見ないわよ!大体、私はペンギンが好きなわけじゃ……」
椛さんが何かを言おうとしたところで、椛さんと見つめ合っていたペンギンは泳いでいってしまった。
「あっ……」
椛さんが寂しそうな声を漏らす。やはりペンギンを見ていたかったようだ。
俺がなんと声をかけようか迷っていると、樋口から電話がかかってきた。
「もしもし」
『おい、お前ら今どこにいるんだよ!東堂はもう水族館から出てるぞ!』
「あぁわりぃ。今ペンギンのところにいて……」
『ペンギン?まぁいいや。今から飯食いに行くみたいだから、早く来いよ!』
そう言って樋口は電話を切った。樋口の声は大きく、椛さんにもちゃんと聞こえていたようだ。
「んじゃ、そろそろ行くわよ。次は食事って言ったかしら?」
椛さんがさっさと歩いていく。俺もそれについていくが、椛さんの足が止まった。
「……どこのお店よ?」
「あ、やべっ」
俺は急いで樋口に電話をかけ直し、教えてもらった場所へ向かった。
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東堂たちはショッピングモール内のカフェにいた。数席離れたところに樋口たちが座っている。しかし、生憎席が空いていなかったので、俺たちはかなり離れたところに座ることになってしまった。
「うーん……ここからじゃなんも聞こえないな……」
「あれじゃ近すぎるわよ。これくらいの距離でちょうどいいわ。それに、ここならバレる可能性も低いわ。もしバレたとしても2人だけなら……その、デ、デデ、デ、デートだって言い張ればいいし……」
椛さんが顔を赤くし、声を裏返しながらそう言った。すごく恥ずかしいが、最悪それで乗り切れるだろう。
「そ、それはいいから!樋口くんに電話してもらえる?」
「え?いいけど、なんで?」
「電話越しに2人の会話を聞くためよ。あと、イヤホンある?」
「あぁ、そういうことなら……」
俺は椛さんの話に納得して、樋口に電話をかける。俺がスマホにイヤホンを繋ぐと、数回コール音がなったあと、樋口が出た。
『おーい、お前ら今どこにいんの?』
「あぁ樋口、席が空いてなくてかなり離れちゃったんだよ。だから電話越しに様子を教えて欲しくてさ」
『おーけーおーけー!これで聞こえる?」
そう言って樋口は静かにした。喧騒とした中から東堂とのぞみさんが楽しそうに話す声が聞こえてきた。
「おっけー。聞こえてきた。ありがとう」
『ほいほーい』
俺は樋口にお礼を言い、椛さんに片方イヤホンを貸して東堂たちの話に耳を向けた。椛さんはなんの躊躇もなくイヤホンを自分の耳に嵌めた。東堂の話を聞くのに夢中なのか、気付いていないのか分からないが、今この状況はすごく恋人同士っぽい。そしてそのことを俺だけが意識しているのが恥ずかしい。
「おぉ、ここのサンドウィッチ美味しいな!」
「良かったぁ。ここのお店のサンドウィッチすごく美味しいから、東堂さんに食べてほしくて」
「あぁ、すごく美味しいよ。のぞみのそれは違う種類なのか?」
「あ、はい!こっちのはツナサンドなんです!」
「そうなのか。一口分けてくれないか?」
「えぇ⁉い、いいですけど……」
「ありがとう……うん、こっちも美味いな!お礼に、はい」
「ふえぇ⁉じゃ、じゃあ一口だけ……あーん……と、とても美味しいでしゅ!」
「そっか。良かった」
「と、東堂さんと……か、間接キス……はゎゎ」
チッ
電話越しに樋口の舌打ちの音が聞こえてきた。まぁ大体東堂たちが何をしているのかの察しはつくので、樋口の気持ちも分かるのだが。
「東堂くん、割と大胆に出るわね。普通間接キスだなんて付き合ってない子には恥ずかしくて出来ないわよ?」
「いや、あいつはそういうの気にしないからじゃないかと思うけど」
「そう?流石に女の子と一緒なら……あっ」
椛さんが声を漏らした。何かあったのかと俺が首を傾げていると誰かにイヤホンを取られた。驚いて後ろを振り返ると、そこには眼鏡をかけたどこか見覚えのある女性が立っている。
「あれぇ?顔見たら分かると思ったんだけど……あ、眼鏡?これで分かるでしょ!」
そう言って聞き覚えのある声の女性は眼鏡を外した。顔を見たときに俺はあっと声を漏らす。
「ゆ、由依さん⁉」
「しーぃっ!バレちゃうから!それで?2人も尾行?それともデート?」
「違っ⁉デ、デートじゃないわよ!尾行よ尾行!」
「そうなの?まぁいいや!それでのぞみちゃんたちは?」
「あぁ、あっちにいるけど……ん?なんか揉めてる?」
俺が東堂たちの方を指さすとなにやら数人の男が東堂がさっきまでいた席の周りにいる。東堂たちは移動したのだろうか。すると、樋口と通話中のスマホから、樋口の声が聞こえてくる。
「要!要!今やべぇんだよ!」
「うお!びっくりした!なんだよ。東堂を見失ったのか?」
「あーいや、東堂はちょっと席を外してんのよ。それで!そのせいでのぞみちゃんが絡まれてんの!どーする?助けに入る?」
「絡まれてる⁉と、とりあえずそっち行くから!」
俺たちは慌てて樋口たちと合流した。細野さんの席を見ると3人の男に絡まれていた。
「いいじゃーん、1人でしょ?俺たちと遊び行こーぜ?」
「い、いや、あの、私は……」
「どうせ暇っしょ?まぁいいじゃん!行こ行こ!」
俺らと同い年かちょっと上か、それくらいの年齢のチャラチャラした奴らがのぞみさんの腕を掴む。
「もう!私ががつんと言ってやろうかしら……」
「待って!椛ちゃん、1回隠れて!要くんも!」
椛さんが出ていこうとしたところを由依さんに止められる。由依さんの目線の先には東堂がいた。俺たちは人混みに紛れて東堂の様子を見る。
東堂は両手にクレープを持っている。これを買いに行っていたのだろう。少し楽しそうにしていた東堂の顔から笑顔が消える。
「おい、お前ら何してる」
「あ?なんだお前?」
東堂がすっと近づいて男たちを睨みつける。男たちは負けじと東堂を睨み返し、東堂の胸ぐらに手を伸ばした。しかし、掴まれる前に東堂は先程よりも低い声で男たちに問いかけた。
「俺の彼女に何してんだって聞いてんだ、あ゛?」
東堂が威圧感を放ちながら男を睨む。睨まれた男たちはさっきまでの威勢はどこへ行ったのか、すっかり怯えてしまっている。
(分かる、分かるぞ。東堂が本気で睨んでくるときってすげぇ怖いからなぁ……)
俺が男たちに同情していると、男たちはもう退散していた。東堂が細野さんに近寄ってクレープを渡す。
「悪いな、大丈夫だったか?はい、クレープ」
「あ、ありがとうございます……俺の彼女……えへへ……」
「ん?どうかしたか?」
「い、いえいえ!なんでもありません!お、美味しいですよ?食べましょ!」
「あぁ、そうだな」
2人が席についたことで、東堂たちを見ていたギャラリーも落ち着きを取り戻した。
「いやぁ、東堂くんかっこいいねぇ。あの2人、この後は買い物して帰るみたい。私はバレないうちに退散するけど、2人はまだデートしてくの?」
「デ、デートじゃないって言ってんでしょ!ま、私達もそろそろ帰りましょうかね?」
「そうだね。んじゃ、樋口たちに連絡して、と……」
俺は樋口たちに帰ることを伝える。あの2人ももう帰るようだ。俺たちは東堂にバレないように席を立ち、そのまま駅へ向かった。
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[月曜日]
俺はいつも通り自分の部屋にログインする。今日は何をするか、そう思って部屋を出たときだった。
突然横から飛び出してきたアルシアと中村に押さえつけられる。俺は何が起きたのか分からず、されるがままに体を縛られてしまった。
そのまま庭に運ばれ、いつのまにか打ちつけてあった杭に縛り付けられる。俺の他にも樋口や矢沢、椛さんに由依さんまで縛られている。
「さて、質問だ。お前らは昨日何をしていた?」
東堂がリビングから弓に手をかけながら聞いてくる。真っ先に答えたのは樋口だ。
「はぁ⁉家でゲームしてたぞ?なんだこれは!」
「そうだそうだ!俺たちが何したって言うんだ!」
樋口に続いて矢沢が声を出す。東堂は顔色1つ変えずに、弓矢を1本放ってきた。弓矢は樋口の足元に刺さる。
「要ぇ!お前は何してた?」
「お、俺は……」
(やべぇ⁉どーする⁉ホントのこと言ったら殺されるし、椛さんとデート?いやいや、椛さんに怒られる!)
「なるほど、永田と千田とデートか。分かった」
(全部バレてる!?いやハッタリの可能性も……)
「えぇ⁉カナメくん⁉」
「ちょ!違うわよアルシア!私たちはただ……」
デートと聞いて驚いているアルシアに椛さんが必死に弁解している。そこまでしなくても、と俺がおちこんでいると、東堂は大きなため息をついた。
「お前らが青田のショッピングモールにいたのは知ってんだよ。何か言い残すことはないか?」
「待て、とうど……」
「無いか。分かった。中村、燃やしとけ」
「りょーかいっと〈火の天使よ、風の天使よ、そなたらの融合されし力を我に与えよ〉【ケマルストーム】!」
「「「ぎゃあああぁ‼」」」
その後、こっぴどく叱られたのは言うまでもない。
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[同日 夜9時 東京 栄峰大学]
この時間にもなると学生や教授は基本的に家に帰っている。しかし、今日は珍しくまだ残っている人がいる。
「はぁ、はぁ、も、もう1回だ。松川!」
「先輩!もう何時間やってるんですか!俺じゃもう相手になりませんよ!」
大西と松川はとある実験室にいた。
ここの実験室は広い割にものは何もない。人の体に機械を取りつけて実際に歩く、走るなどの動きをしてもらうことで、より人間に近いNPCを作り出すことが出来る。それのデータを取るための場所なのだ。
しかし、大西たちの目的は別のところにあった。
「先輩。あの日からずっと頑張ってますが頑張りすぎです。少しは休んでください!」
「だめだ!もしあれとの戦いになったら俺の責任だ。俺がケリをつける必要があるんだ!」
体の中に入り込まれた堕天使を現実世界へ引き連れてきた大西だが、咎められたり、処分されることは無かった。
教授の人柄もあるが、バイタルチェックをサボっていたのは大西だけではない。
他のサボっていた人たちも同じように自分が堕天使に寄生されていた可能性もあったのだ。誰も大西を責めることはできない。
大西はあの日教授に言われた言葉を思い出す。
『近いうちに戦争が起こるのは間違いありません。あなたはゲーム内と現実と、両方で己を鍛えてください。決して無駄にはなりませんから』
大西は戦争が起こる可能性があるのは神楽坂の話で理解できていたが、なぜゲーム内での自分の実力を高める必要があるのか分からなかった。それでも、罪滅ぼしの意識から大西は自分を鍛えるしかなかったのだ。
「お疲れ様です大西くん、松川くん。遅くまでご苦労様です」
休憩していた大西と松川のところへ神楽坂教授がやってきた。2人は立ち上がって頭を下げる。
「いえ、お気になさらず。それより、大西くんに合わせたい方がいるのです」
教授は2人を手で制して、何やら機械をいじりだした。すると、さっきまで何もなかった部屋にいきなり空間の歪みが生まれ、それはやがて、映画で見るようなワープホールへと変わっていった。
「驚くのも無理はありません。この先はゲームの世界です。向こうの人を呼ぶことも出来ますが、本当の狙いはそこじゃない。大西くん、この中へ1回入ってください。すぐに出てきていいですよ」
教授はそう言ってワープホールの前から動いた。何がなんだか分からない大西だが、やるしかない。そう覚悟を決めて、ワープホールへ飛び込んだ。
中は暗いが怖いとは思わなかった。むしろ驚きが強すぎたのだ。
「な、なんで、俺は夢を見てるのか……?」
大西の体には、ゲーム中で使っている装備一式とNPCから買った刀【黒影】が装備されていた。急いで後ろを振り返り、ワープホールへと向かう。
「せ、先輩⁉その格好は⁉」
「お、成功したようですね。あの暗闇の中はゲームの世界です。今のあなたはゲーム内の大西くんと同じ力と装備を持っている。試しに、ステータスを開いてください」
言われるままに大西はステータス画面を開く動作をする。レベルは74、そのまま自分の数値だった。
「さて、これを踏まえて、こちらの方とpvpをしてもらいたいと思います……どうぞ!入ってください!」
「pvpですか……?」
教授は外の人を呼ぶ。すると、外から背の低い老婆が入ってきた。
「フォフォ、やっとこの老いぼれの出番ですか。それで、私は何を?」
「こちらの男性とpvpをしてもらいたいのです」
「この強そうな男児と?フォフォフォ、私の勝ち目など無いのは分かっているであろ?」
「いえいえ、あなたが負けるはずがありません」
「ふむ、そう言うのなら……若いの、こんな老いぼれが相手をさせてもらうぞ?」
そう言って老婆は大西にpvp要請をしてきた。大西はよく分かないが、教授の言うことなので、何か考えがあるのだと、受諾した。
pvpのスタート音がなった。先手必勝。一撃で仕留めようと、大西が走って【居合い切り】をした。
老婆は1歩も動かない。勝ちを確信していた大西はその期待を大きく裏切られた。
「若いのよ、刀使いがみな持っている【居合い切り】などじゃ、私の首は取れんぞよ?」
老婆は親指と人差し指で刀を掴んでいる。驚いた大西は素早く退いて、次の攻撃に移る。
遠くから斬り込むのではだめだ、そう判断した大西は、近くで老婆の首を討とうと刀を振っている。
しかし、全ての剣筋を見られているのか、老婆は素手で全ての攻撃を受け止め、流された。
「教授さんや、すまんが年のせいで立ってるのも辛くてのぉ。もう疲れました。終わらせていいかのぉ」
「そうですか、分かりました。あなたにお任せします」
「フォフォ、では……」
そう言って老婆は攻撃を仕掛けてきていた大西の刀を掴み、しわがれた声で、
「【悪壊】」
と唱える。するとみるみるうちに、大西の刀は砂と化していった。大西が驚いていると、教授が間に入る。
「今回のpvpは終わりですね。フーラさん、ありがとうございました」
「フォフォ、こんな老婆が何かの役に立ったのなら重畳、またいつでも呼ぶと良い」
そう言ってフーラと呼ばれた老婆は消えていった。ゲームの世界へ戻ったのだろう。
「今の方は一体……」
松川が声を漏らす。しかし、大西は教授に別の言葉を投げかけた。
「教授、この先、何が起こるのですか?」
帰ろうとしていた神楽坂の足が止まる。
「私の想像でしかありませんが、この先……」
神楽坂の話は大西を奮い立たせるには十分すぎる、この世界の未来の話だった。