第11話
[ダクニル地方 ベルリナ ベルリナ砂漠]
俺たちがマアヌスから戻った次の日、ベルリナの殆どを占める砂漠であるベルリナ砂漠に来ていた。のだが……俺たちは早く帰りたいと言う思いでいっぱいだった。
「「「あー、暑い……」」」
ベルリナは砂漠地帯なので暑いのは当然なのだが、街には日陰などがあったこともあり、何とか暑さを凌ぐことが出来ていた。しかしここ、ベルリナ砂漠は日陰は無い。
その上、暑さによって和泉さんの【索敵】の範囲が狭くなったり、東堂が弓矢に水魔法を付与できなかったりと弊害があるのだ。
そんな中、緑の物体が近づいてきた。『オニサボテン』だ。さっきから何回か戦っているので、俺たちはいつも通りの対処を始めた。
「また出てきやがった。やるぞ……」
「「「おーう……」」」
東堂がそう言うが疲れているのを感じる。それに関しては俺たちも同じなのだが……1人を除いて。そいつは俺たちを呼びながら走り出した。
「よっしゃあ!行くぞ要!樋口!」
「……なぁ、なんで矢沢はそんなに元気なんだよ……」
「こんなん気合で何とかなるんだよ!うおおりゃあ!」
そう、矢沢だ。こいつは何か知らないけど暑くてバテるみたいなことが無い。いいスキルを持ってるわけでもないのだが。
「ったく……バカ過ぎて体の感覚無くなってんじゃないの?」
後ろの方で永田さんがそう呟いた。永田さんは暑すぎて蒸れるからとガントレットを外して戦線離脱している。
そんなこともお構いなしに矢沢は片手棍を振り下ろした。大剣じゃないのは、大剣が熱くなっていて触れないからだそうだ。
「うっし!来るぞ、要!樋口!」
攻撃を加えた矢沢がさがり、俺と樋口が嫌々前に出る。HPを3分の1ほど減らした『オニサボテン』は、鬼のような大きな2本の棘を飛ばして来た。俺と樋口がその棘を弾き飛ばす。
「よし、行け矢沢!」
「おっしゃあ!……うらぁ!」
矢沢が止めを刺す。『オニサボテン』はアイテムを落として消えていった。
「ふぅ、やっぱ[コニトオアシス]とかの方が楽だったんじゃねぇの?」
俺が東堂に聞く。ここに来る前、ベルリナ砂漠に行くかコニトオアシスに行くか悩んだ末に、ベルリナ砂漠に来ることを選んだのだ。
「……どうせ散策に来ただけだし、戻るか?」
「賛成!よし、帰ろう!早く帰ろう!」
東堂の提案に樋口が賛成して、道を引き返す。俺たちも続いて帰ろうとしたときだった。
「あれ?健一は?」
「矢沢?その辺にいるんじゃ……あれ?」
中村が、矢沢がいないことに気がついた。段々風が強くなってきたこともあり、俺も辺りを見回してみたが矢沢が見当たらない。
俺が矢沢にギルドチャットを飛ばそうとしたとき、矢沢から連絡が入った。
「おーい、お前ら!こっちに来てくれ!すげぇもん見つけたんだよ!」
「いや、こっち来てくれとか言われても分からねぇよ。お前今どこにいるんだ?」
「そこから真っ直ぐ行けば見えてくるから、早く来い!じゃないと逃げるかもしれないんだよ!」
どうやら何か生き物を見つけたようだ。俺たちは嫌々矢沢がいるであろう方向に進んだ。
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「お!やっと来た!これだこれ!」
真っ直ぐに進んでいると矢沢を見つけた。俺が声を掛けようとすると、風が止み、視界が広がった。そこにあったのは何十メートルあるから分からないような大きなピラミッドだった。
「おお!ピラミッドだ!すげぇ!」
樋口が声をあげて驚いた。俺たちも驚いていたが、俺は気になったことをドヤ顔の矢沢に聞いてみた。
「なぁ、お前逃げるって言ってなかったか?何か他の生き物でもいたんじゃねぇの?」
「いや、逃げるって言ったのはこのピラミッドだ。こいつ、俺が見つけたときゆっくり動いてたんだよ。今も……ほら!」
俺は耳を疑ったが、急にピラミッドが10メートルほど進んでいった。
「どうやら隠しステージのようだな。何かお宝があるかもしれない」
「まじで⁉ んじゃ入ろうぜ!」
さっきまで帰りたがっていた樋口が真っ先にピラミッドに入った。まぁ俺も帰りたかったが……俺たちも続いてピラミッドの中に入ってみることにした。
「おお、ちょっとヒンヤリしてて気持ちいいね!」
「やっぱ日が当たってないだけで涼しく感じるのかな?」
アルシアと西田さんがピラミッドに入ったところで伸びをした。確かに、ピラミッドの中は涼しく感じる。
「それにしても真っ暗ね。何も見えないわよ?【松明】か何か持ってきてからの方がいいんじゃない?」
ガントレットを付け直した永田さんがそう言った。
「それなら大丈夫。【索敵】がちゃんと使えるようになったから暗くても敵が分かる……」
「それじゃあ真っ暗のままじゃん!意味ないよ!」
高崎さんの意見を西田さんがバッサリと切り捨てた。
(あれ?もしかして西田さん……)
「……敵の反応あり。優香の真後ろの闇の中から顔の無い人が……」
「きゃあぁぁ‼」
「わわっ⁉」
(ああ……やっぱり。てかなんでのっぺらぼうなんだよ)
高崎さんが適当なことを言うと、西田さんは驚きながら隣にいたアルシアに抱きついた。目には涙を浮かべている。
それを見た高崎さんがフフッと笑った……ような気がした。
「和泉ちゃん!驚かさないでよ!」
西田さんは目と顔を真っ赤にして高崎さんに向かって怒っている。そんなことを気にせず高崎さんは、
「さ、早く行こう。ピラミッドが大きく動いたら帰れなくなる……ちなみに優香の嫌いなものはお化けの類と暗いところ」
と言って歩き出した。
「待って。俺の火魔法があれば大分進みやすくなると思うよ?」
中村が高崎さんを止める。砂漠地帯では火魔法をほぼMP消費無しで使えるのだ。その代わり、ここの敵には全くダメージが入らないのだが。
「……でもそれじゃあ優香の驚くところが見れない……」
「いいの!そんなの見なくていいの!」
……高崎さんが火を灯さずに進みたいそうだが、危険なので辞めておこう。
高崎さん以外の反対意見が出なかったので、俺たちは、中村が火をつけながら進むことにした。
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俺たちはピラミッドの奥の方まで来ていた。しかし、罠は愚か、敵にすらも遭遇していない。
そんな中、俺たちは分かれている道の先にある宝箱を見つけた。
「おい、あの宝箱。絶対なにかの罠……」
「おお、宝箱だ!ひゃっほーい!」
「待て馬鹿!絶対罠だろ!止まれ!」
樋口が駆け寄るのを東堂が引き止めた。確かに、というか絶対怪しい。しかし樋口は食い下がった。
「なんだよ!罠だとしても宝箱を開けるのが楽しいんじゃんかよ!いいじゃん、死んでも生き返るんだからさ!」
「まぁいいじゃねぇか東堂。それにこんな細い通路なんだから敵が出てきたとしても対処できるっしょ!」
「だよな矢沢!ほら、行こうぜ!」
「あ、おい!……ったく。他の奴らは周りに警戒しろ」
矢沢が樋口に同意して、2人で宝箱を開けに行ってしまった。東堂も止めるのは諦めたようだ。
樋口が宝箱を開けると、中には何も入っていなかった
「ちぇー、はずれかよ……うお⁉」
樋口がガッカリと箱を閉めると、ゴゴゴと壁が動き出した。すると宝箱が置いてあった通路の先に新たな道が出来た。めちゃくちゃムカつくドヤ顔している樋口がこっちを向いて東堂を煽る。
「ふふーん、どうやら隠し通路のようだねぇ。罠じゃ無くて。ねぇ東堂くん?」
東堂はこめかみに青筋を立てているが、樋口のおかげで隠し通路を見つけられたので怒りを抑えている。
「ほら、やっぱり罠も敵もねぇんだよ。先に進もうぜ!」
矢沢と樋口が駆け出して行った。すると矢沢が少し浮いていたタイルを踏み抜き、カチッと音がした。
「っ!離れろ!」
音を聞いた東堂がそう言うが、時すでに遅し、宝箱の周りの数メートル四方が抜けた。落とし穴だ。
俺はたまたま遠くにいたため落ちることは無かったが、近くにいた中村と西田さんが穴に落ちてしまった。
中村は咄嗟に縁の部分に手をかけられたため、下まで落ちることは免れた。西田さんも穴の縁に手をかけたが、砂で手を滑らせ、したまで落ちてしまった。
「西田さん!」
「待て要!」
俺は東堂の静止を振り払って西田さんを追って穴に飛び込んだ。
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(あ、落下ダメージが大きいなぁ。しかし何も見えないな。中村の火があればなぁ……あれ?西田さんは……)
俺が西田さんを探そうとすると近くからすすり泣く声が聞こえた。
「うぅぅ……」
(な⁉なんだ⁉……あ、西田さんか)
「西田さん?聞こえる?」
「か、要くん⁉うぅぅ……」
西田さんは俺の声を聞いてそばによってきた。顔は見えないが、泣いているのは声で分かった。
「と、とりあえずこっから出よう。みんな待ってるだろうから」
「……うぅ、ひっ、ひぐっ」
(こりゃ相当だなぁ……)
俺は西田さんのためにも急いでここから出ることにした。
少し手探りで壁を触っていると、1ヶ所だけ道があった。俺たちはここを進んでみることにした。
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「うわ、これは……」
俺たちが道を進んでいると、少し明るいところに出た。のだが……
「ひいぃぃ⁉要くん、引き返そうよぉ!」
「いや、引き返しても何も無いから……」
壁際にはミイラのようなものが並んでいるのが見えた。その上、薄暗いオレンジ色の光がさらに西田さんの恐怖を増長しているようだ。
俺たちは警戒しながら先に進む。西田さんはさっきから俺の背中に抱きつきながら進んでいる。
(嫌な気は全然しないんだけどなぁ……歩きにくい。あと、涙と鼻水を拭かないで欲しい……)
俺がそんなことを思いながら進んでいると、急に真横にいた2体のミイラの目が紫色に光った。
「きゃああ⁉【シールド】【シールド】【シールド】【シールド】【シールド】‼」
(何その技⁉そんなことできんの⁉)
「ちょっ、待って西田さん!」
西田さんは【シールド】を多重発動しながら走って行ってしまった。
【シールド】は本来、1枚の光の障壁を発動するスキルなのだ。大きさはその人のMPやステータスに依存するが、一度に何枚も発動は出来ないと聞いていた。しかし西田さんは1人で何重にも発動している。
(って、感心してる場合じゃねぇ!)
「西田さん!止まって今すぐシールドを解いて!じゃないと……」
「うぅ……」
「西田さん!」
西田さんはその場に倒れ込んでしまった。
2体のミイラ型トラップはそれぞれ、MPとSTの自動回復を一定時間無効にするデバフをかけてきていた。【シールド】を何重にも発動することでMPを使い切り、ただでさえ少ないSTを走りすぎて無くしてしまったのだ。
「あー、STとMPが切れちゃってるね。デバフが切れるまで待とっか」
「うぅ、もうこんな所やだよぉ」
倒れたまま西田さんが反対する。早くここから出たいようだ。
(そんなこと言ったってあなた自力で動けないでしょうに……はぁ)
「分かった。俺がおぶってくよ」
「ふぇ?あ、ちょっ」
意を決して、俺は西田さんを背中に乗せて歩き始めた。敵が出たら一巻の終わりだが、今までの様子から敵は出てこないだろう。俺が進んでいると、後ろから西田さんの声が聞こえた。
「要くん、ありがとね。私、要くんが助けに来てくれてすごく嬉しかったんだ」
「あ、えぇと……ど、どういたしまして」
俺は急に感謝を向けられて戸惑ってしまった。
恥ずかしさから少し足を早めると、ちゃんと明るく、大きな部屋に出た。奥には階段がある。あそこを登れば中村たちと合流出来るだろう。
「西田さん、あそこに階段があるよ。あそこからなら戻れるんじゃない?」
「え?あ、ホントだ!早く行こ!」
西田さんの声が明るくなった。俺が歩き始めると、石でできていた床が砂状になり、部屋の真ん中が低くなった。
「うお⁉何だ⁉」
「か、要くん。なんか出てくるよ?」
俺が砂に足を取られないように気を付けながら真ん中を見た。そこには肌色のアリジゴクのようなモンスターが出てきた。『スナカゲロウ』と言う生き物らしい。
(あれ?アリジゴクってウスバカゲロウの幼虫であって、普通のカゲロウはアリジゴクと関係ないんじゃないか?まぁいいや、ヤバイことに代わりは無いし)
去年の授業中に聞いた気がする、中途半端なアリジゴクの知識を引き出している間に、『スナカゲロウ』は大きな砂の塊を飛ばして来た。
(まぁこれくらいなら躱せるけど、動くと不味いよなぁ……)
「西田さん、ちゃんと捕まってて」
「う、うん」
俺は剣を抜き、砂の塊を弾き飛ばした。足元の砂が崩れる気配はない。
(よし、これならあいつらが来るまで時間稼ぎを続けてればいける!)
俺はそう思い、『スナカゲロウ』に向き合った。『スナカゲロウ』がもう一度砂を飛ばして来たので、俺が剣で弾き飛ばそうとした。
「要くん!その砂も敵モンスターだよ!」
「え?」
俺は西田さんの言葉の意味が分からず、砂を剣で弾き飛ばした。すると、砂は爆発を起こした。
(うわ、爆発した⁉)
「今のやつ、名前が出てたよ。『サンドボマー』だって」
西田さんの説明が終わる前にまた砂を飛ばして来た。俺は必要最小限の動きで躱すがどうしても足が取られてしまう。
(くそっ!攻撃も出来ないし、このままだと死ぬぞ!)
俺がそう思ったとき、俺たちのデバフの効果が切れた音がした。
「あ、MPもSTも回復した。要くん、ありがとう。私も戦えるよ!」
西田さんが俺の背中から降りた。完全回復してやる気満々のようだ。
「分かった。この場所は足を取られるから短期決戦で行くよ!」
「うん!」
俺たちは『スナカゲロウ』に向き合った。『スナカゲロウ』は西田さんに向かって砂を飛ばすが、西田さんは【シールド】を張ってその爆発から逃れた。
「行くぞ!」
俺は『スナカゲロウ』に斬り掛かった。投げてくる砂は全て西田さんが防いでくれる。俺は『スナカゲロウ』の体に剣を振り下ろした。
(よし、半分減った……)
「要くん、危ない!」
俺が背中を向けているうちに『スナカゲロウ』は巣から飛び出してきて、俺に噛み付こうとしていた。
西田さんが『スナカゲロウ』の歯と俺の間に【シールド】を滑り込ませてくれた。しかし、『スナカゲロウ』の歯から出てくる液体によって、【シールド】が溶かされていたのだ。
俺はその間に退避してすぐに、【シールド】は溶けて無くなった。
(何あれ⁉毒か?てか、アリジゴクって前に進めるの⁉)
俺が毒に驚いていると、今度は西田さんの方に『スナカゲロウ』は襲いかかった。西田さんが【シールド】を張るが溶かされるのも時間の問題だ。
「西田さん!」
俺は急いで駆け寄り、『スナカゲロウ』を吹き飛ばした。優香さんはぎりぎり大丈夫だったようだ。
俺は『スナカゲロウ』が次の動きをする前に、近付いて剣を振り下ろした。『スナカゲロウ』はアイテムをドロップして消えた。
その瞬間、砂状だった床は元の石の床に戻った。俺は一息ついてから西田さんに近付いた。
「おつかれ。大丈夫だった?さ、上に行こう」
「うん、大丈夫。でも、またMP切らしちゃって……」
「そっか、じゃあちょっと休憩してから……」
「ねぇ、またおんぶしてってよ要くん」
「えぇ……まあ、いいけど……よっと」
(別にMP切れたって歩けると思うけどなぁ……)
「ふふっ、ありがと」
俺はMP切れを起こした西田さんをおぶって、階段を上っていった。天井が狭く、普通に登ると西田さんが頭をぶつけてしまうので俺は少し屈んで登っていく
「西田さん、頭ぶつけないように気をつけてね」
「ありがとう……ねぇ、ずっと気になってただけど、私たちは名前で呼んでくれないの?」
俺は急にそう言われて、少し足が止まる。西田さんは俺に顔を近付けて話を続ける。
「ほら、要くんアルシアちゃんとか由依ちゃんは下の名前で呼んでるじゃん?私たちは呼んでくれないのかなって」
「由依さんはともかく、アルシアに名字はないんじゃないかな……それに、永田さんを急に下の名前で読んだら怒られそうだし……」
「椛ちゃんのあれは照れ隠しみたいなものだと思うよ?……椛ちゃんの名前を呼ぶためにも、まずは私の名前から呼んでみない?」
なぜか永田さんの名前を呼ぶのが最終目標みたいになっているが、ここで断るのも失礼な気がする。こんなところで2人きりで名前を呼ぶのはすごい緊張する。俺は息を整えてから声を発する。
「じゃ、じゃあ……ゆ、優香さん……えっと、これでいい……かな?」
「うん!……えへへ。なんだか恥ずかしいね」
優香さんは恥ずかしがってか、俺の体をぎゅっと掴む。俺は耳まで赤くなっている自身がある。あいつらと合流すると茶化されそうなので、頑張って平静を取り戻す努力をして、階段を登った。
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階段を登りきるとそこは大広間だった。さっきと似たような造りになっている。すると奥の階段から足音が聞こえた。きっと中村たちだろう。俺の予想は当たり、中村が顔を見せた。
「あ、要!大丈夫だった?」
「おう、何とかな。でかいアリジゴクと戦ったけどな。そっちはなんかあったか?」
「いや、宝箱は特に無かった。こっちではコウモリと戦闘になったぞ……それよりお前、危険な真似しやがって」
後ろから上ってきた東堂が代わりに応えた。そしてすぐに俺に説教を始めた。
「いいか、もしあれが即死トラップだったらお前の軽率な行動で前線を1人余計に失うところだったんだ。西田には悪いが、少し様子を見てからでも遅くなかったはずだ。
それに今回のタイプの罠でも、お前が上にいれば【縄梯子】を作って下ろしたり、中村の風魔法でどうにか出来たかもしれないんだ……とにかく、今後はトラップにかかっても無闇に動くな。いいな?」
俺は東堂に反論するつもりだったが、東堂の話はもっともだ。たしかに感情だけで動くのは俺だけじゃなく、他のみんなも危険に晒すことになる。俺は反省すると同時に、あの一瞬でそこまで考えていた東堂を改めて尊敬した。
「わるかった。これからは気をつけるよ」
「何、無事だったんだから結果オーライだ。それに、今回1番やらかしたのはこいつらだしな」
東堂は振り返って手招きをすると、後ろからバツの悪そうな矢沢と樋口が永田さんに連れられて俺らの前にやってきた。
「あの……西田ちゃん。俺が罠のスイッチ踏んだせいで落とし穴におとしちゃってすみませんでした」
「優香ちゃん、俺も矢沢と一緒に調子乗っててすんませんした」
そう言って矢沢と樋口は頭を下げた。俺も優香さんも面食らっている。
「えぇ⁉大丈夫だよ、こうやって無事だったんだから。頭上げて?」
優香さんに言われて、2人は頭を上げ、恥ずかしそうに大広間を散策している中村たちに合流した。
それを見届けていると永田さんからジト目を向けられた。
「で?あんたはいつまでそうしてるの?」
(え?俺なんかしたか?)
「え?いつまでって……」
「あんたじゃないわよ!優香、あんたいつまで佐藤くんにおぶられてるのよ!早く降りなさいよ!てかなんでおんぶなんてされてるのよ!その……みっともない!」
「え?あぁ、ちょっとMP切れちゃって。もう大丈夫かな?ありがとね要くん!」
「お、おう。大丈夫そうで何より」
何やら永田さんが少しお怒りのようだ。
(そりゃあ危険なダンジョン内でおんぶなんて警戒心が足りないだろうけど、そんな怒ることなのか?……いや、永田さんも東堂みたいに俺らの安全のために叱ってくれてるのかも知れないしな)
俺が自分の中でそう結論付けていると、何故かこちらにも飛び火した。
「あんたもあんたで何でずっとおんぶしてるのよ!MP切れくらいなら歩かせなさいよ!」
「え、あぁごめんなさい……」
「大体、あんたは誰にでも甘すぎるのよ!この前も……」
「……まぁまぁ、今回はしょうがない……」
何か関係ないことで怒られそうになった所を高崎さんが救ってくれた。
「……優香は地下でずうっと泣きじゃくってた。だから要くんが心配して優しくするのも当然……」
「な、泣きじゃくってなんか無いもん!」
優香さんが顔を赤くして否定した。俺は余計なことを言わないようにと口を閉じているのが精一杯だった。
すると今度は中村たちと散策をしていたはずのアルシアが後ろから背中に飛びついてきた。俺は態勢を崩しかけたが、どうにかアルシアを支えることが出来た。
「カナメくん!私もおんぶして!」
「ちょ、アルシア⁉急に乗ったらバランス崩すから危ないって⁉」
(うわ……何だろ、降ろしたくない……)
「ちょ、あんた何やってんのよ!降りなさい!」
(永田さんが怒っているなぁ……でも下ろしたくないしなぁ。もうちょっと?でもこれ以上は…………うーん…………降ろそう)
「ほらアルシア。降りて」
俺は背中の感触と怒っている永田さんを天秤にかけた結果、アルシアを降ろす事にした。これ以上怒らせると怖い。
「ちぇー、せっかくカナメくんと遊べると思ったのに……」
「優香さんとは別に遊んでた訳じゃないからね?」
「全く……油断も隙も無い」
「おーいお前ら、こっち来てくれ」
俺たちが遊んでいると、東堂に呼ばれた。どうやら大広間の中央に何かがあるようだ。俺たちは東堂のいる場所へ向かう。
「わりぃな永田。お前まだ要におんぶしてもらってないのに呼び出して」
「はぁ⁉べ、別に私はおんぶして欲しいなんて思ってないし!大体あんた前から思ってたけど……」
「話を始めるぞ。この真ん中に書かれている魔法陣を見てくれ。多分これは……」
「ちょっと!聞いてるの⁉」
東堂が永田さんをガン無視して話を始めた。どうやらこの魔法陣は魔力を流すと装置が作動するタイプらしい。これを見つけたというアルシアがドヤ顔をしていたが、とりあえず放っておく。
とりあえずMPの最大値が1番多い中村が魔力を流し込む事にした。
「そんなものに魔力なんか流して大丈夫?敵とか出てくるんじゃないの?」
「ま、モンスターなら倒せば良いだろ。中村、魔力を流してくれ。他の奴らは少し離れて警戒だ」
不安そうにしていた中村が東堂に言われて魔力を流した。少し魔力を流し込んだところで床の魔法陣が光り、ゆっくりと床から大きな棺が出てきた。
(おお、棺だ……いやでかいな!)
現れた棺は10メートル程の長さだ。どうやって開けようか考えていると、ガタッと音がし、中から巨人が現れた。体にはボロボロの包帯が巻かれているからミイラなのだろう。
「おいこいつ、何で『キングマミー』って名前なんだ?母親なのか?」
樋口が緊張感の無い質問を飛ばしてきた。それに中村が応える。
「マミーってのにはお母さん以外にミイラって意味もあったはずだよ?」
(へぇ、知らなかったな……)
俺が感心していると、アルシアが弓を放った。アルシアの弓は『キングマミー』の眉間に刺さったのだが、ダメージは入っていない。
「わわっ!ダメージ0?そんなぁ……」
「もしかしたら遠距離攻撃は効かないのかもな」
アルシアと東堂が後ろで話している。『キングマミー』が腕を振り下ろしてきたので、俺たち前衛4人はそれを躱して攻撃に移る。しかし、『キングマミー』のHPが減る気配が全くない。
「うらっ!……くそ!全然減らねぇじゃん!」
「あぁもうじれったい!【発勁】【発勁】!」
永田さんが【発勁】を2発打ち込んだ。すると少しだけだが、HPが減った。すると中村が何かを思いついたようだ。
「もしかしたら、物理攻撃が効かないのかも……全員離れて!〈火の天使よ、風の天使よ、そなたらの融合されし力を我に与えよ〉【ケマルストーム】!」
中村が爆発もどき魔法を『キングマミー』に打ち込んだ。すると『キングマミー』が燃え、うめき声をあげ始めた。
「やっぱりHPが3分の1減ってるね。魔法ならダメージが入るみたい。こいつは俺に任せて」
「おうし、任せた!これで俺たちの仕事おーわりっと」
何もできないから仕方ないが、ここは中村に任せて、俺たち前衛も下がることにした。あとは攻撃を躱すだけ。
そう思ったとき、床の魔法陣が突然光り、地面から数十体の小さいミイラが出てきた。名前を『ソルジャーマミー』というらしい。
『ソルジャーマミー』は俺たちに襲い掛かってきた。
「数が多い!全員、中村がデカイのを仕留めきるまで小さいのの相手だ!中村を守れ!」
「「おう!」」
俺は錆びた剣を持って斬り掛かってきた『ソルジャーマミー』を剣で吹き飛ばした。そして、数メートル飛んだ『ソルジャーマミー』が光となって消えた。どうやら『ソルジャーマミー』には物理攻撃が効くようだ。
「お前ら!ちっこいのには物理攻撃が通るぞ!」
「ナイスだ要!……っ!まだ増えるのかよ!要!樋口!お前らは西田と高崎を守れ!」
『ソルジャーマミー』がまた数十体増えた。特に、攻撃手段を持たない優香さんと和泉さんの近くには多くの『ソルジャーマミー』が集まっている。
(さて、高崎さんの方には樋口が行ったし、俺は優香さんの方に……何あれ⁉怖っ⁉)
俺は優香さんのところへ向かおうとしたが、そこはまさに阿鼻叫喚だった。
優香さんは攻撃手段が無いので【シールド】を張って対処していたが、『ソルジャーマミー』は障壁を破ろうと押し寄せてきている。
しかも、『キングマミー』もなのだが、『ソルジャーマミー』は元々死体のため、顔が腐っていたり、体が欠けていたりする。なので優香さんは涙目になっていた。
俺は障壁の周りにたかる『ソルジャーマミー』を切り捨て、優香さんに声をかけた。
「優香さん!大丈夫?じゃないか」
「要くん!ありがとう、助かったよ。防御なら私に任せて!」
俺は優香さんの目の前に立ち、『ソルジャーマミー』の群れに剣を構えた。
『ソルジャーマミー』が襲い掛かってくる。俺は大きく剣で薙ぎ払うが如何せん数が多いので幾らか倒し損ねた個体が襲ってくるのだが、その攻撃は全て優香さんが防いでくれた。
そうこうしているうちに『ソルジャーマミー』は全滅した。あとは『キングマミー』を倒すだけだ。
「よっしゃあ!やっちまえ中村!」
矢沢が叫んだそのとき、中村と交戦中だった『キングマミー』の目が光った。その瞬間、全員のMPが0になった。
「もー、面倒くさいことを……高崎さん、回復できる?」
「……了解。ただ、魔力の反応がある。攻撃に警戒」
高崎さんが中村にMP回復の魔法をかけようとすると、『キングマミー』の左手に魔法陣が浮かび上がり、そこから赤い東洋の龍のような形の炎がすごい勢いで飛び出してきた。
「【ドラゴフレイム】だ!全員躱せ!」
「……MPの回復が済んだ」
「了解!〈火の天使よ、風の天使よ、そなたらの融合されし力を我に与えよ〉【ケマルストーム】!」
魔力が回復した中村がすごい剣幕で叫び、これ以上危険を増やすまいと『キングマミー』に止めを指しに行った。
しかし、放たれた【ドラゴフレイム】はどうすることもできない。【ドラゴフレイム】は真っ直ぐ優香さんに進んでいった。
「これはちょっとやばいかも……」
「え?……優香さん⁉」
敵を深追いしすぎて優香さんから離れていた俺が振り返ると、優香さんの周りには【シールド】が無い。『キングマミー』の呪いのせいで回復が間に合っていないようだ。優香さんなら【シールド】を張れるからと安心しきっていたため、近くには誰もいない
「優香さん!下がれ!」
1番近くにいた俺は優香さんの前に滑り込み、盾を構えた。
「要!そんなんじゃ【ドラゴフレイム】を受けるのは無理だよ!躱せ!」
中村がこっちを向いて叫ぶが、優香さんの回避が間に合ってなかったのでこうするしか無い。
俺の構えた盾に【ドラゴフレイム】が着弾し、俺は吹き飛ばされた。HPはギリギリ残っているが、俺は動けない。どうやらスタンを引いたようだ。
目の前が数秒暗くなったあと、パッと明るくなると不安そうな優香さんが俺を覗き込んでいた。
「あ、要くん!大丈夫?はい、【回復ポーション】!」
「あぁ、ありがとう。無事で何より。それより『キングマミー』は?」
「中村くんが倒したわ。もう!無茶なことして!これで死んでたらどうするのよ!」
「あー、ごめんなさい……」
「でも……助けてに来てくれてありがとう。今日はずっと助けてもらってばっかりだね」
「要!優香ちゃん!早く来いよ!宝箱があるぞ!」
俺が優香さんに軽く怒られ、感謝されていると、樋口に呼ばれた。みんな棺の周りに集まっている。樋口が棺の中の宝箱を持ちだしている。木でできた箱が10個ほど出てきたようだ。
「おう!今行く!何があるんだ?」
「ちょっと待ってろ……うお!何かの装備があるぞ!」
「こっちは……何だこれ?砂?」
樋口と矢沢が棺の中にあった宝箱を開けている。1つだけ何やら良さそうな装備が入っていたのだが、他は全て砂が入っていた。
「ちぇー、当たりは1つかー。ええと……【オレンジのチェストプレート】?なんだこれ?ハズレか?」
「いや、こういうのは全て集めると効果があるんじゃないか?何周もして集めるんだろ」
(はぁ⁉そんな面倒くさいものなのか⁉)
樋口の疑問に矢沢が応えた。それを聞いて俺は驚いたが、他の人は納得している。他のゲームでもあり得るものなのだろうか。
「さて、問題はこっちの砂だが……」
「誰かが来る。10人くらい、多分プレイヤー……」
東堂が砂の処分について考えようとした時、高崎さんが呟いた。俺たちは通路の方を警戒する。
通路から5人の男が出てきた。互いに警戒しあっていると、
「あれー?要くんたちじゃん!やっほー!」
と気の抜けた聞き慣れた声が聞こえてきた。




