プロローグ
4月8日。春休みも終わり、今日から高校生。俺、佐藤要は新たな生活へ胸をときめかせ、新しい学び舎へと向かうのだった
……というわけでもなく、俺は今までと何ら変わらない通学路を歩いていた。
俺が通っている堤下学園は都内にあるそこそこレベルの高い中高一貫校で、男子校だ。なので学校も変わらなければ、同じ学年の友達も変わらないのだ。
だが、堤下中に通っていた全員が堤下高校に進学するわけではなく、成績が悪かったり、他にやりたいことがあったりして他の高校に進学する人もいる。
俺の仲のいい友達の1人の唐橋哲也と言うやつも大企業で自動車を作りたいと言って、神奈川の工業高校へ進学した。
これから会う機会も減るだろうが、休みの時にはあいつも誘ってみんなでカラオケにでも行きたいな。
電車に15分ほど揺られていると、見慣れた奴が乗ってきた。
「おはよう、要。今日は早いね」
「うっす中村。今日は学校来たのか」
「今日は始業式だしね。ていうか、いつもだって来たくなくて学校に行かない訳じゃないからね?」
俺の友人の1人、中村武之だ。こいつは偏頭痛持ちで週に1回は学校を休んでいる。ただ偏頭痛持ちなだけでなく、体も細く、背も165センチしか無く、小動物みたいな奴だ。まぁ、背は俺も170センチちょっとしかないけど。
ちなみに俺たちは土日にうちの近くで行われる、フットサルクラブにチーム登録していて、俺と中村とあと3人でチームを組んでいる。
俺たちが軽い挨拶を済ませた辺りでもう1人友人が乗ってきた。
「おはよう、健一。今日は早いね」
「ホントだな。今日は雨でも降るんじゃねぇの?」
「朝から失礼な奴らだな!俺だって本気を出せばこれくらい余裕だっての!」
「だったら遅刻ばっかしてんじゃねぇよ」
「今日は担任が誰か分からないから遅刻できないんだよ……これで柳とかだったら最悪だからな!」
「柳先生、時間には厳しいからねー」
「だよなだよな!厳しすぎるよな!あぁ、担任が柳じゃありませんように」
今フラグを立てたのが矢沢健一、同じフットサルクラブのチームメイトの1人だ。体がでかく、筋力もあるのだが、時間にルーズな奴だ。成績は悪くないのだが、遅刻をする回数が特に多いため、先生たち、特に生活指導の柳先生に目をつけられている。だから、健一は柳先生を嫌っている。
柳先生は生活指導の先生で、昔からの考え方を持っている先生だ。数学の授業もつまらないこともあり、生徒にはあまり好かれていないのだ。
そんなことを話しているうちに学校に着いた。もう新しいクラスが廊下に張り出されているだろう。今からそれを確認しに行く。
「お、俺ら全員G組か。んで、担任は小泉先生っと。良かったな矢沢。担任小泉先生だとよ」
「えっ、あっほんとだ!よっしゃぁ!小泉先生なら1年間楽に過ごせるぜ!」
なんだ、担任は柳先生じゃないのか。フラグなんて存在しないのかもな。
「いやー、ほんと柳じゃなくて良かったよ!あんな頭の固い教師今時いねぇよなー」
「誰が頭の固い教師だって?」
「っ⁉柳!先生!」
「教師を呼び捨てにするとは感心しないな。まだ始業式まで時間がある。一緒に生活指導室まで来なさい」
「ういーっす……」
矢沢が連れて行かれた。まぁ、いつものことだし大丈夫だろう
「よっすよっすお前ら。なんで矢沢、柳先生につれてかれてんの?」
「あ、純。おはよう」
「おう、樋口。あいつはいつも通りだから気にすんな。それよりお前も同じクラスなんだな」
「え!お前らもG組?いやー運がいいねぇ。東堂も同じクラスなんだよー」
「え、正人も同じクラスなの?」
「おう、みんなG組だよ。ほんとーに運がいいね。でも、運の悪い要がいるのにこんな運のいいこと起こるんだねー」
「うるせぇなー。いつか今までの分の不運を取り返すような幸運がやってくるんだよ……多分」
クラス分けの紙を見ていたのが、同じフットサルクラブのチームメイト樋口純。背が高くてムードメーカーだが、怒るとまじで怖い。
まぁ、滅多なことじゃ怒らないから、怒った姿を見たことのあるのは俺たちくらいで、他の奴らはそんなこと知らないけど。
「よ、みんな同じクラスみたいだな」
「おう、東堂か。お前も同じクラスなんだってな」
「おはよう、正人。純と一緒に来たんじゃなかったの?」
「ちょっと途中で色々あって樋口には先に行ってもらったんだよ」
「電車の中でJKに逆ナンされたんだよ。よっ、モテ男、東堂正人!」
「誰にも言うなっつったろ!!」
このイケメンがフットサルクラブのチームメイトの最後の1人、東堂正人だ。容姿淡麗で、外では無口なので、電車の中でよく逆ナンされるらしい……くそぅ、羨ましい。しかも、足も早いし、手先も器用。口の悪いのさえ直せば完璧な男なのになぁ。
「ま、まぁ、そろそろ始業式も始まるし、みんな教室に行こう?」
「そうだねー……お、そうだ!今日はどうせ始業式が終わったら帰れるんだし、帰りにカラオケよってかね?高校生だから、学割で安いだろうし」
「おう、行こうぜ。中村と東堂も行くだろ?」
「もちろん」
「うん、俺も行くよ。健一もあとで誘ってくるよ」
放課後の話をしながら、中村に言われて俺たちは教室へ向かった。教室にはみんな揃っていた。
(去年も同じクラスだったやつらも何人かいるな。あれ?矢沢がまだ帰ってきてないな?)
そう思っていると、矢沢が教室に入ってきた。
「やっと開放されたー!あいつ同じことばっか言うから眠くなるんだよなぁ。高校生の自覚がー、って。今どきのAIでももっと良いこと言うだろ!」
早速文句を言ってる矢沢に呆れていると、担任の小泉先生が教室に入ってきた。小泉先生は生物の担当で、優しい男の先生だと生徒からは人気がある。
「おはよう。君たちの新しい担任の小泉だ。ようし、お前ら、今から始業式が始まるから各自体育館に向かえ」
軽く挨拶だけして先生は体育館へ向かった。俺たちもばらばらと体育館へ向かう。
(いつも思うけど、今は1クラスあたり40人ほど、それが7クラスずつ5学年、全部で1400人が体育館に集まっている今日は中1がいないからそんなもんだけど、いつもはもっと多いからかなり狭い。もっと別の場所でやればいいのに)
そんなことを考えているうちに、始業式が終わった。
(よし、カラオケに行くか)
と、思ったら高校1年生だけ体育館に残れ、とのこと。なんでも、この学校の卒業生でVRMMOの権威、栄峰大学の教授の神楽坂涼介が来てるらしい。
(なんかの講演か?でも、なんで高1だけ?勉強の意欲を上げるためとか?
……そういえば栄峰大学がVRMMOの新しいゲームを作ったってニュースになってたな。
今までのVRMMOよりも容量を大幅に増やして、さらに全てのNPCにAIを搭載したんだっけ?発売は3年後以降になるらしいから、お金を貯めて買おうかな)
そんなことを考えていると神楽坂涼介が出てきた。
彼は数年前に2次元の世界に入ることが出来るシステム、所謂『VRMMO』と言われるシステムを開発した。
必要な機材が高価なものであることや、安全性への不安から、すぐには広まることは無かった。
しかし、その後も開発が進み、庶民にも徐々に普及していくようになった。今では、多くの人がVRMMO体験をしたことがあるし、家に専用の機材がある人も少なくないだろう。
俺も、親が仕事で使っているのを借りたことがある。
神楽坂は一礼をしたあと、話を始めた。
「堤下高校の1年生の皆さん、はじめまして。私は栄峰大学で教授をやっている神楽坂といいます。単刀直入に話します。皆さん、栄峰大学へ入学しませんか?」
(あー、やっぱり。大学の良さを伝えて勉強のモチベーションをあげさせようってことか……長そうだな)
そんな俺の予想は大きく裏切られることになる。
「明日、入学試験を行います。受けたい人は全員受けられます」
(へぇー、入学試験……はぁ⁉何を言い出してんだ⁉)
栄峰大学と言ったら、この国の未来を担うようなエリートが集まる、日本最高峰の私立大学だ。特に、コンピューターの開発や、ゲーム制作の技術は他の大学はもちろん、有名ゲーム会社をも凌ぐほどと言われている。
「今頃高3の先輩が必死に勉強してるのに、俺たちが大学受験をするのか?」
「受験のための勉強もしてないのに受けたって無駄だろ」
同じ学年の生徒の中から、そんな声が聞こえてくる。俺も同じようなことを思っていると神楽坂涼介は話を続けた。
「というのも、ただのテストではありません。知っている人もいるでしょうが、私達は新しいゲームを作りました。しかし、容量が多すぎてデバックに手が回りません。そこで、皆さんにデバックをやってもらいたいのです」
学年全体がざわざわとし始めた。それも無理はない。世界中に名を知られている男から、急にゲームをしてくれと頼まれているのだ。しかも、それが入学試験に関係あると言うのだ。
柳先生が静かに話を聞くように全体に注意する。学年中が静まったのを確認して、教授は話を続けた。
「具体的な内容を説明します。皆さんにやってもらうのは新作ゲーム〈Archangels Online〉です。
このゲームはプレイヤーが7つの領土に別れてラスボスのいる城の攻略を目指すRPGゲームです。
クラスごとに7つの領土に別れてもらいますが、堤下高校以外にも、梅崎高校、真城高校、栄峰大学附属栄峰高校、長橋工業高校の4つの高校の1年生も参加します。
さて、皆さんが気になっている栄峰大学入学の話ですが、ラスボスを攻略することに成功した人たちの中から、先着で50位までを栄峰大学の特待生として、51位から100位までを栄峰大学の合格者として迎えます。特待生は学費のほとんどが免除されます。
あぁもちろん、ある程度の成績があることは大前提ですが、それぞれの高校の定期考査レベルですので、皆さんならあまり問題はないと思いますが。
また、このことは全国の有名大学が興味を示しており、100位以降でクリアしたものでも、他の大学の目に止まれば推薦を受けることができます。
もちろん、クリアしたものたちの中で私の目に止まるものがいれば、栄峰大学の特待生として、声をかけさせていただきます」
神楽坂涼介がそう言うと、体育館のざわめきはさっきよりも大きくなった。
選ばれた5つの高校の中で、たった100人しか確実に栄峰に入れないことに落胆する者もいれば、ゲームさえ上手ければ殆ど勉強をせずに大学へ行けることを喜んでいる者もいた。
神楽坂涼介が咳払いをする。興奮気味だった俺達はすぐに口を閉じて、壇上に注目する。
「注意点をいくつか、まずゲームの中で死んだからと言ってペナルティは基本ありません。存分に恐れることなく、敵と戦ってください。
また、このゲームは開発中なのでバグが起こるかもしれません。
そんなときは、報告をお願いします。もし、報告されたものが新たに発見されたバグであった場合、ゲーム内で使えるお詫びをプレゼントします。
最後に、プレイ可能な時間は、月曜日の朝8時から、金曜日の夜6時まで、その間は夜中もプレイできますし、ずっと続けてプレイしても構いません。
ただ、土日とお盆、年末年始は定期メンテナンス等を実施するのでプレイできません。タイムリミットは3年後の4月9日です。皆さん、頑張って下さいね」
そう言うと、神楽坂涼介は舞台袖に消えていった。どうやら終わったらしい。そのまま各自教室へ向かうよう指示があったが、みんな頭の中を整理するのでいっぱいのようだ。
(えーと、まだちゃんと理解できてないぞ。確か、ゲームをクリアすると栄峰に入れるって言ったか?しかも期間は3年間?うますぎる話じゃないか?
でも、向こうは、3年間学生をこき使って、ほとんど出費もなくデバッグが出来る。こっちは大学に勉強もせずに入れる。……いや、大学に入れるのも確実じゃあなかったな。他校の生徒数もうちと同じくらいと考えると……上位7%くらいに入らなきゃいけないのか……。
これはWin-Winな関係なのか?受けたい人は受けられるとか言ってたけど、これは全員受けるだろう。
そういえば、長橋工業高校も参加するって言ってたな。もしかしたらゲームの中で唐橋に会えるかもしれないな)
俺が今の話のことを尋ねようと中村に近づいていく。すると、俺たちのところに駆け寄ってくるや否や、まだ興奮が冷めていない樋口が口を開いた。
「ねぇねぇ!栄峰大学だってよ!しかも、特待生!これは頑張って上位目指さなきゃ!今年は俺ら全員同じクラスだから、協力してクリア目指せば、簡単にクリアできるよ!きっと!」
「俺、VRMMOやってみたかったんだよ!こんな機会与えられるなんてほんとラッキー!しかも、フィールドがめちゃくちゃでかいんだろ?すげー楽しみ!」
樋口と一緒に矢沢もはしゃいでいる。
「栄峰に入れるとは限らねぇだろ。そんな簡単にクリアできるもんでもないだろうし。でも、ほとんど勉強をしなくても大学に入れるのか……面白そうだな」
と、東堂も乗り気だ。
「ゲームの世界で偏頭痛になるのかな…」
と、中村はなんかよく分からない不安を抱えている。
そんな中俺は1つの考えにたどり着いた。
(これ、クリアしたらって言ってたけど、クリアできなかったら3年間棒に振るってことだよな?しかも、栄峰大学の入試なんて、すごい難しいらしいし、適当なことやってたらやばいんじゃないか?)
でも、これをみんなに伝えて水をさすのも良くないだろうと思い、伝えなかった。
それに、3年もあるんだ。クリアするだけならなんとかなるだろう。そんなことを考えていると、中村が、
「そういえば、他校の生徒もいるらしいね。要、大丈夫そう?」
「あ、JKもいっぱいいるのか!かっこいいとこ見せれば彼女できるかも!東堂!俺はお前と同じリア充の世界に行ってやるぜ!」
「俺は全部断ってるからリア充じゃねぇよ」
東堂と樋口がお約束のような会話をしている。中村はそれを無視して、俺のことに話を戻した。
「このゲームは多分、他の人と交流するのも大事になってくると思うよ?他校の女子との交流は避けられないんじゃないかな?」
そこそこゲームをやる中村はそう言って俺を心配そうに見た。
中村が俺のことを心配するのも無理は無い。俺は男子校に通っていたせい(?)で女性と、特に妹以外の年の近い女子と話すことが苦手なのだ。
別に、女子が嫌いな訳ではないし、寧ろ女の子たちとは仲良くしたいのだが、話そうとしても、どもってしまうのだ。なんでこいつらは大丈夫なんだろうか。
そんなことを考えていると、矢沢が笑いながら俺の代わりに返事をした。
「大丈夫だよ!急に話しかけてくるやつなんていねぇよ!」
「そうだな。確かに、最初は仲のいい友だち同士でパーティを組むだろう。それに、多分他のパーティと交流をするとしたら中村あたりだろうしな」
続けて東堂がそう言う。俺は納得させられて、顔を明るくする。
(確かに、こいつらとパーティを組めれば俺が他校の女子と話す機会は確実にないな。
人との会話が得意な中村と、イケメンの東堂がいるし、矢沢だって整った顔立ちをしているし、樋口は背が高い。俺なんかに話しかけてくる人はいないな……それもなんか嫌だな……)
そんなことを考えながら、教室に戻ると、ゲームの世界に入り込むためのヘルメットが教室に運び込まれた。バイクのヘルメットに近い形状だ。
小泉先生から明日のことについて説明された。明日は少し早めの8時に登校し、新規登録、キャラメイキングをして、ゲームを始めるとのこと。
ゲームの詳しい内容は先生も知らないらしい。親には今日行われる予定の保護者会の席で伝えられる。
(明日からもう始まるのか……試験と言ってもせっかくのVRMMOゲームだし、楽しまなくちゃな)
俺は帰りにカラオケに寄って、その日はみんなと別れた。
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次の日、俺たちはいつもの時間に学校に向かった。ちょうど8時になる頃だ。ヘルメットを装着しながら時間を待った。登録が完了し、ゲームの世界に行ったらあいつらと合流する予定だ。
(向こうはどんな世界なんだろう。こういうゲームは初めてだな。
俺は記憶力がそこそこいいし、魔法とか覚えて使うのもやってみたいな。あ、でも素早く移動して敵を倒すのも楽しそうだな。
いや、やっぱり大剣かな。威力も高そうだし、一撃で敵を倒すのも気持ちいいだろうなぁ。)
そんなふうに俺が高揚感を覚えていたとき、カチッと時計の針が8時を指し、俺の意識は闇の中に落ちていった。
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[8:00 神楽坂研究室]
都内にある日本一の大学。そこのとある一室で頭を抱えている男が1人。神楽坂涼介である。
デスクに置いておいたスマホのアラームが、8:00を知らせる。それを聞いた神楽坂は一層暗い顔をする。
「始まってしまったな……私の判断は正しかったのだろうか?未来ある若者が犠牲になるかもしれないのに……」
「教授、お時間です」
「あぁ、今行く」
(今更色々考えてももう遅い。あと3年か……奴らが現れる前に、我々も全力でバックアップしなければ……)
研究員の女性が神楽坂を呼びに来る。神楽坂はそんなことを思いながら、席を立った。