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第1話「転職」


「死ね!糞ニート!!」


午前7時00分。

今日も憂鬱な一日が始まる。


「消えて無くなれ!社会のゴミが!」


カーテンの隙間から太陽の光が差し込み、小鳥の(さえず)りが朝を知らせる。


「スマホ見てる暇があったら就職活動!」


うるさいなぁ…。


「今日も元気にハローワ、、」

カチッと、目覚ましのスイッチを押した。


毎朝7時になると、この『労働意欲向上目覚まし時計』、通称『はたら計』がけたたましく鳴り響き、俺の睡眠を妨害する。

現在無職の俺に妹が買ってきやがったストレス源だ。


可愛い女の子の声ならまだしも、よりにもよってオッサンの声で再生されるものだから、不快感は相当なものである。労働意欲向上どころか余計に働きたく無くなる。


何度も捨てたのだが、次の日の朝には何故かまた枕元に立っているのだ。

怖い。まじ怖い。

今後も毎日よく分からないオッサンの声に怒られながら起きる生活を続けると思うと死にたくなってくる。


押し寄せる絶望を前に、俺は再び目を閉じる。


目の前が真っ暗になった。


さようなら、楽しかった日々よ。


できることなら…、次の人生では…、鳥に…、なり…たい…。


…。


「二度寝するな糞ニート!!!」


バン!と、俺の部屋のドアを蹴り破って妹が乗り込んで来た。


「邪魔をするな妹よ。お兄ちゃんは鳥になるんだ。」


「訳分からないこと言ってないで早く起きる!もう朝ごはんできてるから冷めないうちに食べること!」


「へ〜い…。」


嫌々ベッドから体を起こす。


「ほら!お兄ちゃん目が死んでるよ!ご飯の前に顔洗ってきなさい!」


「へ〜い…。」





「「いただきまーす」」

お米の神様に感謝して、あったかいご飯を頬張る。

朝ごはんを食べることなど、会社で働いていた頃には忙し過ぎて考えもしなかった。


会社を辞めてからは自分の時間が増え、生活にゆとりが出来た。やっぱり働かないことこそが健康を維持する秘訣なのかもしれない。ニート万歳。


「お兄ちゃん。もうずっとニートでいいやとか思ってない?」

「ギクッ」

「あ、やっぱり!ダメだよ働かないと!今は大丈夫でも、そのうち生活が苦しくなっちゃうよ!」


さっきからやかましいコイツは、俺の妹の奈優(なゆ)だ。

黒髪のミディアムヘアが似合う現在19歳の花の女子大生。大学が近いからという理由で元々一人暮らしをしていた俺の聖域に居候をしている。はっきり言って邪魔だ。


「さっさと彼氏作って同棲でもして毎日乳繰り合ってればいいのに…。」

「お兄ちゃん…、怒るよ?」


ヤバイ、口に出てた。


「奈優はお兄ちゃんが就職先見つけるまでは彼氏作らないでずっとここに居るから。」


「じゃあお兄ちゃんは一生ニートだからお前も一生独り身だな。ばあさんになってもカマトトぶって男と手が触れただけでもドキドキしちゃうようなイタイ妹も持つなんてお兄ちゃんは悲しいよ」


「むっ…。奈優だっていつまで経っても働かないで貯金を食い潰すだけの屑なお兄ちゃんを持って不幸そのものだよ!」


「何かさ、そういう無職を(けな)す発言とか労働を促す行動とか取られると、余計に働く気が無くなるんだよね。俺が無職なのはもうお前が全面的に悪いといっても過言ではない。」


「この…!」

妹が今まさにキレようとしたその時、テレビのニュース番組が気になる報道をし始めた。



『債務超過に陥っていたほにゃららカンパニーが、事業の抜本的な構造改革の一環で、100名の希望退職者を募ったことが明らかになりました。同社が2ヶ月前に発表した決算では、約500億もの営業損失を……』


そこには俺が勤めていた会社が映っていた。


「お兄ちゃん…、本当に辞めて良かったの…?」


「いいんだよ。元々辞めようと思ってたし、いいキッカケだったよ。」


嘘じゃない。残業が常態化している上に正当な残業代すら支給されない。上司とも反りが合わず、精神が蝕まれていくのを日々実感していた。


「この会社はブラック企業だった。しかし、おかげで今は無職である自分に誇りを持てている。感謝しないとな。」


「こら。そうやってすぐに自分を正当化しないの。あ、そうだ。」


思い出したかのように奈優がスマホをいじりだし、画面をこちらに見せてくる。


「奈優なりにお兄ちゃんの再就職先を探してみたの!ねぇねぇ、こんなの面白そうじゃない?」


「ははは。あのお笑い芸人逮捕されたんだ。チョーウケルー。」


「ちゃ・ん・と・こっ・ち・を・見・な・さ・い!!」


「はぃ…。」


奈優ちゃんが怖いので仕方なく画面を見てあげる優しいお兄ちゃんの姿がそこにはあった。


「えーと、なになに…。」



『正社員募集。私達と一緒に魔法少女を育ててみませんか?』



「…。奈優ちゃん。」


「え、何?何で急にそんな真剣な顔をするの?」


俺は妹の肩をガシっと掴み、目を見て語りかける。


「奈優ちゃん。君は多分、マルチとか宗教とか、あと変なのとか、そーゆー何かよく分からないものに引っかかるタイプだろうけど、大丈夫。いざというときはお兄ちゃんが助けてあげる。ニートだけど。」


「何かヒドイ上に全然頼りない!!!」


真面目な顔でこんな頭おかしい求人を見つけてくるなんて、本当にコイツの将来が心配である。


「いいじゃん別に!面白そうじゃん!ていうかもうエントリーしちゃったし!」


「…は?奈優ちゃん、就職するの?」


「違うよ!お兄ちゃんの代わりに応募しておいてあげたの!」


「…。エ、ナニソレ、イミワカンナイ。」


「お兄ちゃんがいつまで経ってもこういう活動しないから、荒療治と思って応募してみたの。言い忘れてたけど、今日の午後から面接あるから、バックれないでちゃんと行くこと!履歴書はあと写真貼るだけの状態まで作っておいたから、じゃ、頑張ってねー!」


「ちょ、まっ、はぁああぁあぁああぁぁああぁあああ!??!?!?!?」


今日、午前7時22分、妹の手によって平穏なニート生活に核爆弾が投下されたのであった。


これから面接に行く会社が想像の遥か斜め上を行く頭のおかしい会社だとは、この時の俺はまだ知らない。


—————————————————————————————————————


「ほら、髪の毛ちゃんとして、ネクタイ締めて!」


ボサボサだった俺の髪を整えてくれるお兄ちゃん想いの健気な妹、奈優。


この悪魔は今日、意味不明な会社にお兄ちゃんの魂を売りやがった。

コイツが生まれてから19年間面倒を見てきてやったが、今日ほど腹パンしてやりたいと思ったことは無い。


「面接で喋る内容考えておいた?」


「あぁ、もちろんさ。てか奈優ちゃん何でまだ家にいるの?大学は?」


「お兄ちゃんを監視するために自主休講。友達に出席頼んでおいたからノープロブレムです。」


ちっ、これだから大学生は…。コイツが大学行っている間に面接行ってきたことにしようと思ってたのに。


「お兄ちゃん。最初に言っておくけど、面接に行ったフリしてカフェとかで時間潰すのは無しだからね。」


「ななななな、何言ってるんだ妹よ。そ、そそんなことするわけないだろう。」


「…。後で採用担当の人に確認の電話するから。」


「…。」


「行ってないことが判明したらもうお兄ちゃんのご飯作らないから。」


「…。ガンバリマス。」



悪魔の手により逃げ道を完全に塞がれた俺は、渋々家を後にする。

家から自転車で行ける距離なので交通費が浮くのが唯一の救いだ。


俺は愛車の綾野号(あやのごう)にまたがり、目的地を目指してペダルを踏む。

「乗る」ではなく「またがる」という表現をあえて使っているのは、この愛車の外見的な特徴に起因する。

何しろこの綾野号(ママチャリ、購入金額9千円)は、近所のクソガキのイタズラでサドルだけが行方不明の状態なのだから。かわいそうに…。


サドル無き自転車に乗っているスーツ姿の30歳の男を見て、学校帰りの小学生が指を指して笑ってくる。


いいさ別に。今の内に笑えばいい。お前らもきっと近い将来、社会に絶望し、ニートになり、サドルの無い自転車を漕ぐ日がやってくる。

その時になったら俺の姿を思い出せ。きっとお前らはこう思う。「嗚呼、あの日見た男は神だったのだ」と。



そんなどうでもいいことを考えながら疾走していると、気付けば目的地周辺に到着していた。


俺は綾野号を近くの駐輪場に止め、誰にも盗まれないように厳重にチェーンをかけた。


自販機でお茶を買い、喉を潤したあと、俺は目の前にある7階建のビルを見据える。

今日、16時からこのビルの5階で受けたくも無い面接を受ける。しかし、何というか、もう帰りたい。


ビルの1階にあるテナント企業名一覧を見ているわけだが、5階に入居している企業名を見た瞬間に吹き出しそうになった。



『株式会社 魔法少女プロダクション』



正気かこの会社…。ヤバすぎだろう…。

会社の商号からしてもう嫌な予感が漂いまくっている。

でもちゃんと面接受けないと妹が怒るし…。


「はぁ…。」


いいや、やっぱり帰ろう。

ヤバイ会社だったから犯罪に巻き込まれる前に撤退してきましたと言えば、奈優も何とか納得してくれるかもしれない。


綾野号が盗まれていないかも心配だし、さっさと撤退しよう。

そう思い、俺は(きびす)を返した。しかし、それ以上後戻りすることは出来なかった。


目の前に女性が立っていたからである。


綺麗な人だ。ブロンドの髪をハーフアップでまとめ、外国の人なのだろうか、瞳が青色に透き通っている。身長は低いが、短いスカートから覗く脚はスラリと細長い。外見に対して強いて難点を挙げるとするならば、胸が小さいことくらいだろうか。ブラジャーの必要性を一切感じさせない程に断崖絶壁である。


胸元を凝視していると、その女性は手でササッと隠し、俺に向かってこう言った。


「あの…私、魔法少女プロダクションの者ですが、もしかして、今日面接を受けに来てくれた人…ですか?」


「………。」


「あの、何で目を背けるんですか?面接希望者ですよね?」


「……………。」


「……………。」


「……。チガイマスヨ。」


「何ですか今の間は!?絶対そうじゃないですか!!まだ暑さの残るこの時期にネクタイ締めてジャケット着てるような人なんてそういう活動してる人しかいないんです!はい!面接希望者決定!!」


「何でだよ!!違うって言ってるでしょ!!たまたまここに通りすがった迷い人Aだっつーの俺は!!」


「もう迷い人AでもBでもZでもゴリラでもチンパンジーでも何でもいいです!!面接しましょう!今すぐ!」


「じゃあチンパンジー採用すればいいだろ!!必死すぎて引くわ!!」


「お願いしますううう!!社名が胡散臭いから不審がって誰も面接に来てくれないんですううう!!人手不足で残業時間がえらいことになってるんです!!助けてください!!何でもしますからああああ!!!」


「うるさあああい!!泣きながら頼んだって嫌なもんは嫌だ!!アンタ見て確信したわ!!この会社ヤバイわ!!地雷臭がプンプンするわあああ!!」


女は鼻水を垂らしながら必死に俺にしがみついてくる。


一瞬でもコイツのことを可愛いと思ってしまった少し前の自分を殴りたい。

やっぱり人は外見だけでなく中身も重要だ。

今の状況を食事で例えるとしたら、「最高級カレーです」といって目の前に出された美味しそうなカレーを食してみたら、実は犬のウンコを煮込んだだけでしたみたいな、そういう状況なのだ。


しがみついて離さないウンコウーマンを引き剥がそうと二人でドタバタやっていると、そこへチュッ◯チャップスを口に咥えた一人の女子高生が近寄ってきて、俺たちに向かって話しかけてくる。


「…。何やってるんですか?」


黒髪のショートカットが似合うその女子高生は、完全に白い目でこちらを見ている。


「あっ!ともちん!丁度良かった!この人捕まえて!面接希望者なの!」

「むっ…。何と…。そうでしたか。」


しまった。このウンコウーマンの仲間か。しかし相手は女二人、いざとなれば力尽くで突破できる。


「しかし、泣き落としとはサリーさんも随分面倒臭いことをしていますね。気絶させて強制的に連れて行けばいいでしょう。」

「へ…?」


そう言うと、女子高生の掌に謎の光が集まっていく。

そして、その手を俺の方に向ける。


…。何これ。嫌な予感がするのだが。


「ちょ、まってともちん!それは…、、」


「死ねえええええええええええええ!!!!!!面接希望者ああああああああああああ!!!!!」


次の瞬間、眩い光と激痛が俺の全身を駆け巡り、そこで俺の意識は途絶えた。


薄れゆく意識の中で、俺は誓った。

もう絶対に就職活動などしないと。





目が覚めると、俺は知らない部屋で椅子に座っていた。

手足はロープによって固定され、身動きが取れない。

目の前には先程サリーと呼ばれていたウンコウーマンと、ともちんと呼ばれていた女子高生が座っている。

目を細めて彼女らを見ていると、サリーさんが口を開く。


「で、では…、これから面接を始めます。」


「…。」


ふざけるな。絶対に不採用になってやる。

面接という名の、人生をかけた死闘が始まろうとしていた。




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