この雨の中で
空は、多少の雲はあるけれど、まあ晴れと言ってもいい天気だった。
それなのに、雨が降っていた。
天気雨、という奴だ。
しかも、これがなかなか強かった。
全身に浴びる雫が、痛い。
せっかく昨日の夜から気合いを入れて選んだ服が台無しだ。
セットした髪も見る影もなく崩れてしまっている。
化粧も大方落ちてしまっているだろう。
それどころか、まあいろいろと酷い顔になっているだろうな。
それでも、私は雨の中に立っていた。
全身に浴びていた。
にわか雨、天気雨。
不意に雨は降ってきた。
でも、別に逃げる暇がなかったわけじゃない。雨宿りに使える場所は周りにいくらでもあったし、実際にそこで今雨を凌いでいる人たちもたくさんいる。
それでも、私はそのままここに立っていた。
何となく、雨を浴びたくなったんだ。
すぐに後悔したけれど。
全身隈なく水浸しだ。アパートまではまだ結構距離があるし、明日には風邪をひいているかもしれない。
身体に張り付いた服が気持ち悪い。髪も頬にべったりくっついていて邪魔くさい。
それでも、もう少しこうしていたかった。
どうして、こうなっちゃったんだろう。
考えたって、しかたないんだけれど。
つい数十分前の、舞い上がっていた自分が莫迦みたいだ。昨日のハイテンションだった自分をひっぱたいてやりたい。
そんなこと言ったって、もうどうにもならないんだけれど。
どこで間違えたんだろう、って考え出すとキリがない。まるで全部が全部間違えてしまっていたようにも思える。
……さっきまでは、全部が全部幸せな思い出だったのにね。
不思議なものだ。
まるで全部嘘だったみたいだ。
悪い夢でも見ていたみたいだ。
雨音が、他の全ての音を塗り潰している。
自分の息遣いの音すらも聞こえない。
音に支配された、無音。
頬を、顎を、雫が伝い、落ちる。
私の、今日までの何かはもう、終わってしまった。
けれど。
私の人生は、まだ終わらない。
だから。
だけど。
せめてもう少し、このまま。
短い雨で、私の抱えてしまった何ものも、洗い流すことなんてとてもじゃないけどできそうにない。
それでも。
もう少しだけ。
雨が止んだら、また歩き出すから。
きっと笑ってみせるから。
がんばるから。
だから。
もう少しだけ、このままでいさせてください。
空を、見上げる。
光と雨を一緒に降り注ぐ空を。
瞳を閉じる。
頬を冷たい雫が打ち、瞼を柔らかな光が透かす。
この雨が止む頃には。
時空モノガタリに投稿したものです。