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姉の独白

「ダメな子。」

そう指摘される度に弟は開き直ってへらりと笑った。

きっと彼自身も気付いていない。その弧を描く口から見えない嗚咽が零れていることを。彼が思っているほど、彼の心は丈夫ではないことを。

彼自身も気付けなくなった嘆きがその口から漏れ出るのが、私は痺れるほど好きなのだ。




----------


私は世間一般で言う、いい子であった。

ずば抜けて頭がいいというわけではない。ただ、平均よりも上であるだけだ。要領よく立ち振る舞い、目立ちもしないが叱られもしない。それが私、アリシア・シルヴィークである。


私には二人の弟がいる。四つ下のダリアスと六つ下のジュリアスだ。たぶん兄弟仲は世間から見ればいい方。特にダリアスと私との仲の良さは両親に近親相姦と勘違いされる程には仲がいい。というか私が一方的に好き好きと全開で構いに行っているのが問題であるのだけど。もちろん私に弟への恋愛感情のようなものはこれっぽっちもないので安心してほしい。


けれど、昏い気持ちを抱いていないのかと問われれば否と私は答えざるを得ないだろう。私はダリアスが欲しい。私のことを一番に考えて、死ぬ時もそばにいて、他を捨てて私だけを求めて欲しい。たちの悪い独占欲だ。キスも情交も熱の篭った視線もいらない。赤子が母を求めるような、魚が水を求めるような、絶対的な存在だと望まれたい。ダリアスには私がいないと死んでしまう子になって欲しいのだ。この感情が世間一般では不吉で気味の悪い感情であることも私はちゃんと知っている。けれど、ダリアスという存在全てを手に入れたい。ダリアスに依存される未来を描いてみてはダリアスの全てを渇望してしまう。止まれはしないのだ。


その為の下準備はもう十分にできていた。


「姉さんを見習いなさい。」


それは母の口癖で悪意はないのだろうが、弟達に劣等感を与えるには十分な言葉だった。

例えばテストの点数、習い事の進歩、学園での成績、表彰された絵、生徒会長や新入生代表という役割。比較されることは多かった。同じ学園、同じ習い事、同じ兄弟。私たちはいつも同じ土俵に立たされていたのだ。適当にやっても上位な私、真面目にやっても平均な弟。初めから弟には勝ち目のない争いだった。


そして弟達の性格は二分した。


末弟のジュリアスはうまく闘争心を煽られたようで、何かにつけては私をライバル視するようになり、勝ち負けに異様にこだわるようになった。努力家で真面目、比較の言葉をうまく受け取って、いつの間にか私よりもできる子という立ち位置を手に入れていた。


けれど、私のすぐ下の弟、ダリアスは違った。言葉をうまく受け取れず、全ての言葉を自分に突き刺していった。毎日遊ぶことに明け暮れて、身近な快楽に逃げるようになった。真面目に努力することを嫌悪するようになり、自らできない子を自称するようになった。ヤル気という言葉を忘れてしまったように無気力で、そのことを危惧した両親により唯一の逃げ場である友達とも引き離された。そう、私の思い描いた通りに。



「何をやっても貴方はダメね。」


「こんな簡単なこともできないなんて、知恵遅れかしら?」


「レベルの低い子達と遊ぶからそうなるのよ。」


「貴方を誰が求めてくれるのかしら。」



私は毎日隣で卑下の言葉と態度で、囁き続けた。





「だけどそんな貴方も私は好きよ。私のかわいいダリアス。」






どれだけ愚かなことをしようと、全ての人に見限られようと私は笑ってここで両手を広げて待っていよう。不出来な貴方を私は愛でよう。叱られる貴方を私は匿ってあげよう。無気力な貴方を私は許してやろう。世の中で必要とされない貴方を私は必要だと叫ぼう。嫌われて蔑まれてボロボロになった貴方を、真綿で包んで他の全てから守ってあげよう。 


だから早く私を求めて?


貴方の居場所はいつも私の元にあるのだと。私は今日も隣で囁く。














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