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赦し屋とひこじろう  作者: 刃下
第一章「赦し屋とひこじろう」
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第九話「Continue」

「ビ、ビームサーベルじゃないか」


彦次郎の腕にあるそれを見て、思わず叫んでいた。

持ち手の部分に当たる懐中電灯から、真っ直ぐに伸びた光の剣先。わずかに動かすだけで、その周りで小さな放電現象が起き、バチバチと音を立てた。その姿は、まさに夢にまで見た、かの有名なSF映画に出てくる武器と瓜二つ。今がそんな場合じゃないと分かっていても、ワクワクせずにはいられない。


「ふん、そのような子供だましで何が出来る」


俺の興奮をよそに、二度も投擲を邪魔されたマウラはかなりご立腹な様子で、彦次郎の武器を眺めながら吐き捨てるように言った。もはや空中を飛んでいることに違和感はなくなり、手に乗せた巨大な炎弾が、暗闇の中で彼女の半身をくっきりと浮かび上がらせる。

確かにマウラの言う通り、彦次郎の手に握られた剣は、目の前の巨大な力に対抗するにはいささかひ弱に映る。けれど当の彦次郎といえば、そんな事はお構いなし。それどころか、口元にうっすらと笑みを浮かべ、今にも手に入れたばかりの獲物で斬りかかりたいのを、うずうずしながら我慢しているようだった。


「ヒコ、本当にそんな小さな剣で大丈夫なんだろうな?」

「さあ」

「さあって、お前」

「だが、負ける気はしない」


彦次郎がそう呟いた時、今度は一切の忠告なしにマウラが三度目の投球モーションに入った。恐らく今回はどこからも横やりは入らないだろう。お互いの力が、まともに正面からぶつかり合うはず。

宙を舞うマウラから放たれた炎の玉が、まるで落下する隕石のような軌道で俺たちの方へ迫る。対する彦次郎は一歩もその場を動かず、けれど手に持った懐中電灯をぎゅっと握り直したのを、俺は確かに見た。

その後の力と力の衝突については、俺は断片的にしか把握できなかった。

じりじりとマウラの炎が近づいてくるのを、彦次郎はゆったりとした構えのまま見守っていた。かと思えば、残り数メートルという段になった途端、剣が稲妻を外へ露出させ、一際強く光り輝いた。両手で剣を振り上げ、その切先が天を刺すと同時に振り下ろす。その振り下ろす動きのあまりの速さに、俺の目には光の残像だけが残り、次の瞬間には巨大な爆発が起きて、何もかもが炎と煙の中に消えた。

俺は飛んでくる石や火の粉から頭を守りながら、ヒコの名前を大きな声で呼んだ。途中、何度も砂煙でむせ、咳で何を言っているのか自分でも分からないくらいだったけど、それでもヒコの名を呼び続けた。

そして、煙が風よって運ばれていき、彦次郎の背中が見えた時には夢中で走り出していた。東の空はうっすらと白み始めていた。


「ヒコ、大丈夫か?」

「・・・あぁ」

「俺たち、あいつに勝てたのか?」

「どうだろう、出来る限りの事はしたが」


すると、それまでマウラが飛来していた辺りの空から、黒い物体が落下してくるのが見えた。それは紛れもなく意識を失った四姫先輩で、何かしらの補助によって浮いていられたのが、その何かしらの補助を失ったせいで、無視していた地球の重力の法則に従って、地面へと吸い寄せられている真っ最中だった。

残念ながら空から月は落ちてこなかったが、代わりに魔王が降って来たらしい。


「ちょっと待て!やばいだろ、これ!」俺は先輩の落下予測地点で、右往左往する。こうなれば俺の身を犠牲にしても、どうにか先輩を受け止めなければ。


しかし、その決死の覚悟は徒労に終わった。地表で待つ俺、その体にぶつかるギリギリの高さで、四姫先輩は意識を取り戻し、落下のエネルギーを全て打ち消すように、ふわりと宙に浮かんでみせた。安心して大きな息をつく俺を置いて、そのままどこかへ飛び去ろうとする。


「やはり依代では不十分か。ここが最も『アチラ』との繋がりが強い場所とはいえ、月の庇護も失えばこれ以上の力の供給は望めまい。となれば、ここは一旦引かせて貰うとしようかの」

「おい、待て。どこ行く気だ。先輩の体を返せー!」

「案ずるでない。次に目が覚めた時よりは、いつもの笹条四姫に戻っておる。趣味の悪い覗きも控えるでな、安心して存分に乳繰り合うがよい」

「そうか。いや、そうかじゃねえよ!納得できるか、おい!」


ノロノロと空を漂うように飛んでいく四姫先輩の着ている制服は、所々が破れてボロボロだった。あの爆発のせいだろうか。四姫先輩、いやマウラが放った炎を、彦次郎は電気を帯びた光る剣でねじ伏せてみせた。言葉にしてみれば何とも非現実的だけど、大きくえぐれた駅のホームや吹き飛んできた石で穴だらけになった看板なんかを見ていると、それが夢や幻の類でなかったとつくづく思い知らされる。今夜起きた出来事の全てが現実で、その現実はずっと流れを保ったまま、これから先も続いていく。極度の疲労からか、その事実に対する恐怖心は薄く、それよりもこの滅茶苦茶な夜を生き残れた安堵感の方が強かった。何度も何度も命の危機に晒されながら、けれどどうにか俺とヒコはこうして生きている。

そうとなれば、いつも折り目正しい四姫先輩の、胸元がざっくり破れたセクシー制服姿は、その俺に対するご褒美として、ありがたく受け取っておくことにしよう。


「勇者よ、貴様なかなか愉快な男を味方につけたようじゃな」

「・・・・」

「そやつに免じて、ここは一時休戦。貴様の処遇も、様子見としようかの」

「・・・・」


返事をしない彦次郎に代わり、傷だらけのくせにやたらと偉そうな魔王に俺が噛みついた。「ちっ、何が休戦だ。てめえが勝手に戦争ふっかけてきたんだろうが。ほら、ヒコも言い返してやれ」

そう言って後ろから肩を叩くと、彦次郎はそのまま線路端の地面に、前のめりに倒れてしまった。「って、おおい!?」俺は慌てて彦次郎を抱き起す。


「束矢」

「ヒコ、平気か?今、救急車を呼んでやるからな」

「束矢、すまん」

「いやいや、謝るのは俺の方だって」

「違う、そうじゃない。束矢に・・・聞きたい事があるんだ」

「はぁ?こんな時にか?いいから静かにしてろよ」

「頼む、どうしても聞きたいんだ」

「あー、もう分かった。で、何だよ!?」


彦次郎は朦朧とする意識の中、消え入るような声で訊ねた。


「RPGって、何だ?」




時は進み、摩訶不思議な激闘から三日後。俺は珍しく予鈴よりも早くに教室についており、朝のSHRにやってくる担任を、自分の席で頬杖つきながら待っているところだ。

その後の四姫先輩は、去り際のマウラが言った通り、普段と変わらず学校に来て、今まで通りの学校生活を送っている。どうやらあの時の記憶はすっかり消されているらしい。さらには別の記憶の書き換えまで行われていた。週明けの月曜日、つまりは激闘の最中に迎えた朝がもう一度夜になり、また朝になる事でやって来たその日。前日に何通も何通も送ったメールは全て返事がなく、俺の心配がMAXに達した状態で訪れた二年生の教室で、四姫先輩は猛然とおじいさんの家で過ごした週末の思い出を語ってくれた。その無邪気な様子は、どこからどう見ても、俺の知る正真正銘の四姫先輩で、空を飛んだり手から火を出したりしたあの四姫先輩とは同じ人間だと思えなかった。

ちなみにメールに返事がなかったのは、どこかで携帯を落としたからだとか。しかし肝心のどこで落としたかや、いつ落としたのかなどはまるで見当が付かないようで、「おかしいなぁ」としきりに首を傾げていた。

あの夜を生き延びた、もう一人の登場人物であるヒコは、意識を失った直後に俺が呼んだ救急車に乗って、かかりつけの病院に急行。けれど明らかに体中ボロボロであるはずなのに、医者には体に特に異常はないと言われ、経過観察の意味で一日だけ入院すると、翌日にはさっさと退院してしまった。今朝も相変わらず、店の手伝いに勤しんでいる。要するに、今まで通りといえば今まで通り。あの戦いの中で開花した不思議な能力、それと失っていた別の世界での記憶を除けば、だが。


「はあ・・・」


元気溢れる若人の集まる学校の朝には似つかわしくない、大きなため息。魔王、魔法、勇者、気になる事は山ほどあり、正直ここ数日は大好きな読書(女性が全裸のエロ本)もあまり捗っていない。

その山ほどある気になる事の中の一つ。あの戦いの中で聞こえてきた歌、ラグドール。アイドル平嗄(たいらなつ)が歌う曲で、CDも発売されている。しかしあの時歌っていたのは、紛れもなく別人だった。彼女の特徴は力強い歌声。しかし、あの時聞いた歌には力強さというより、包み込んでくれるような優しさがあった。言うなれば、平嗄の歌声は戦場に赴く戦士のような雄々しさに対し、あの歌声はその戦士の無事を祈る聖女のような感じ。


「なーに、朝から辛気臭い顔してんだよ」


クラスメイトで仲の良い佐久間祥吾(さくましょうご)が、わざわざ俺の机の前までやって来て話しかける。 


「なあ、たばやん」

「その呼び方やめろって言ったろ」

「えー、かっこいいのに。んじゃ束矢、知ってるか?」

「何が」


興味なさそうな俺の顔を確認したくせに、佐久間はわざと勿体ぶるようにして答えた。「今、巷で噂の、岩戸駅の怪」


クラスメイトの口から飛び出した、まだ新鮮な苦い記憶の残る駅名に思わず心臓が跳ねる。


「し、知らねえよ」

「なんでもよ、駅で大爆発があったらしいぞ」


それなら知っている。知りすぎているほどに。 


「けど駅や周りの監視カメラが全部止まっちゃってて、何で爆発が起きたのか、爆発を起こした犯人がいたのかとか全然分かってないんだって。しかも、それには一週間前に見つかった映画館の落書きが、実は関係してるとかで。ま、ただの噂だろうけど」


そう言いながら、佐久間は眠そうな目を擦り欠伸を浮かべた。

ある程度予想はしていたが、やはり大事になってしまったようだ。一夜にして駅が丸々使用不能にまで追いやられていたのだ、そりゃあ大事にならない方がどうかしてる。それもこれも全て、あのいい加減な魔王が悪いのだ。考えなしにボンボン火柱なんか立てるから。

あの夜に駅の周囲にいた人物、特に貨物列車で駅を通過した運転手は軒並み警察の事情聴取を受けているらしい。もしも俺たちがあの夜、駅のホームに忍び込んでいたなんて警察にバレたりしたら、かなり厄介なことになりそうだ。駅とは別の場所に救急車を呼んでおいて、本当に良かった・・・・。


「じゃあこっちは知ってるか?何と今日、転校生が来るんだって。珍しくね?こんなタイミングにさ」


佐久間は黒板の上にある時計を確認し、もう少しで予鈴が鳴ると分かると自分の席へと戻って行く。


「しかも、ある筋からの情報だと転校生は二人いるらしい」

「どの筋だよ」

「両方とも女の子だといいなあ」

「・・・A growing youth has a wolf in his belly.」


予鈴が鳴ると同時に教室の扉が開いた。ジャージに身を包んだ担任教師が入って来る。 


「突然だが、このクラスに二人、新しいクラスメイトが加わる事になった。さ、入りなさい」


担任教師の呼びかけに応じ、教室前の扉から入って来たのは、二人の少女。まだ新しい制服に身を包・・・んあ!?


「あ、あの時の・・・」


先頭で入って来たのは金髪のショートヘア、いつぞやのクジ引き大会で俺と最後まで争った彼女。その後に続いて入って来たのが、長い黒髪に太めの眉、そして少し色黒の肌。怯えながら金髪少女の影に隠れるリアクションは、そのまんまあの日と同じだった。

思わず椅子から立ち上がり指を刺す俺。それをクラスメイトと担任教師、それに二人の少女が見つめていた。(一人は睨んでいた)



一章終わり 二章に続く


未成年委員会による日本の壊し方(連載)も同時に書いてます

暇だったらそっちも読んでみてください

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