第七話「魔王と勇者」
「ははっ、・・・何だよそれ」
夜の駅のホームに、俺の乾いた笑い声が響き渡った。
それは何も奴の発言がユーモラスであったからとかでは決してない。そうせざるを得なかったのだ。
この場に俺たちを呼び出したフード野郎、もとい四姫先輩似の女は会話の最中、急に口調が変わったかと思えばその体は宙へと舞い上がった。終いには自分はマオウだと言う。
マオウ。そう聞いて俺が思いつくのは、魔法のマに王様のオウ。ゲームやアニメなんかの世界に出てくる、あの魔王だけだ。もし同じマオウという響きで、この支離滅裂な状況に出てくるだけの万能さを持ち合せる言葉があればすぐにでも教えていただきたい。出来る事なら・・・そう、俺が正気を保っていられるうちに。
「ほほぅ。この世界では、魔王は人間風情に一笑される存在なのじゃな?」
先輩似の女は眼光鋭く、笑みを浮かべた俺の事を睨みつける。その目は漆黒のダイヤのように美しく、見つめていると逆に自分の心の中が覗き込まれるようだった。俺は慌てて緩んだ口元を一文字に縛る。
「まあ、よい。別の世界では魔王であっても、現在この世界においては何者でもないからの。そうじゃな。では友人にでも話しかけるつもりで、気軽にマウラと呼んでくれ」
「ま、マウラ・・・?」
「そうじゃ。何じゃ、聞いておらなんだか?我が名よ。マウラ・リール・ザラ。間違ってもザラと呼んでくれるな。我はそう呼ばれるのが、デミオークの鼻くそを食わされるよりも嫌いなのじゃ」
すると先輩似の女、自称魔王であるマウラは快活に笑った。その笑い方があまりにも豪快であるため、宙を漂う体が右に左に揺れて、まるで雨の日の車のワイパーみたくなっている。感じから察するに、どうもマウラはジョークを喋ったらしい。恐らくは別の世界、あるいは魔王の周囲では鉄板のジョークなのだろうが、俺にとってみれば笑いどころが皆目見当もつかない。まずデミオークって?それが何であれ、確かに鼻くそを食べさせられるのは嫌だけど・・・。マウラはその困っている様子に気がつくと、幾分気まずそうな顔で一つ咳ばらいをした。
「コホン。じゃからの、デミオークの」
「質問していいか?」
何か言いかけたマウラだったが、俺はそれを遮るように訊ねた。目の前にいるのが本物の魔王であるかという問題はさておき、何の補助もなしに空を飛ぶ異常な相手である事には変わりない。であれば一つでも多くの情報を引き出しておかないとこの先どんな行動に移るか予想もできない。・・・予想しようとしてできる相手なのか、それすら甚だ疑問ではあるが。
そのマウラは突然話の腰を折られたことに困惑したのか、見るからに肩を落とした。しぶしぶといった様子で答える。「・・・ああ、かまわんよ」
「じゃあ聞くが、マウラは俺たちの敵か?味方か?」
「うーむ、難しいところよの。魔王とは常に人間の敵となる存在。されど今の我はお主、並びに後ろにいる男に危害を加えるつもりはない。そういう意味では、まだ敵ではないというのが正しいところじゃの」
「つまり、これから敵になる可能性があると・・・?」
「然り。むしろその可能性の方が十分に高いじゃろう」
至極落ち着いた声のトーンで、マウラは言った。今や駅のホームの屋根よりも高い位置まで昇り、体の半分が背後に輝く月と重なっている。足先や肩の輪郭が黄金色に揺らめき、とても神秘的な光景だった。このまま切り抜いて、一枚の絵画として額に入れてしまいたい。そうすれば世界中の有名な画家が一生を費やしたって書けっこない、最高の絵が誕生するのに。
「マウラはどうして先輩に成り済ましたんだ?」
そう訊ねる俺を、マウラはあっけにとられた顔で眺める。幾度となく叱っても所定の場所でトイレができないペットを見て呆れる飼い主のような態度で接してきた。「なんと愚かな。じゃから言うておろう。成り済ましてなどおらん。我がお主の言う先輩、本人じゃ」
「あんたはマウラじゃなかったのか?」
「そうじゃ。我は魔王マウラじゃ。そして、笹条四姫。その人でもある」
「はぁ?だからそれが分かんねえんだっての。つまりアレか?二重人格とか、そういう話か?」
「全然違うわ。はぁ・・・・。束矢と言ったか?お主、相当に頭が悪いのう」
マウラは小さく首を振った。ここまでコケにされて、さらにため息などつかれた日には常に温厚な俺でも流石にカチンとくる。俺は抗議の意味も込めて指を刺す。人に対して指を刺す行為がどれほど無礼であっても関係ない。だって奴は魔王なのだから。
「うるせえな、自分の頭の悪さくらい自覚してんだよ。喧嘩売ってんのか!」
「別に売ってやってもよいがの。どうせお主が死ぬだけじゃし。・・・ふむ、そうじゃな。では、我がお主の先輩であるという証拠を見せてやろう」
するとマウラは静かに目を閉じた。体勢こそそのままで何やらぶつぶつと口の中で唱えている。しかしその声は小さすぎてこちらまで届かない。相変わらず聞こえてくるのは、散発的に通る自動車のタイヤが回転する音だけ。そのドライバーだって、まさか深夜の駅でこんな奇想天外な事件が起きているだなんて思いもよらないだろう。
「まだかよ。早くその証拠とやらを見せてくれよ」
「しばし待て。・・・よし。笹条四姫。十七歳。身長161センチ、体重51キロ・・・・・・・」
その後も、スリーサイズから足のサイズ、手の長さに至るまでのべつ幕なしに並びたてたうえ、喜々とした顔で「どうじゃ?」と確認を取ってくる。
「どうじゃと言われても・・・」
「あっておろう?全て」
えらく自信満々なご様子。だが、またしても的外れなマウラの対応に、俺は苦笑いを浮かべた。
「あってるかも知れないけどさ。そもそも俺、先輩のスリーサイズ知らないし」
ついでに足のサイズと手の長さもね、と付け加える。その調子で一歩マウラの方へ踏み出そうとした時、それを彦次郎がシャツを掴んで止めた。
「気をつけろ。相手は何をしてくるか分からない。これ以上近づけば反応が間に合わなくなるぞ」
「お、おう。そうか、悪い」
それを見たマウラが今度は彦次郎に話しかけた。
「すまんすまん。付き添いがいる事を忘れておったわ」
しかし話しかけられた彦次郎は返事をしない。どうやら今も最大限の警戒態勢をしいているようだ。瞬きすらも惜しむように、じっとマウラの事を睨みつけている。
だがまあ、恐らくこのヒコのリアクションこそが現状において至極真っ当な対応なのだろう。俺のように得体の知れない相手とべらべら会話している方が、まったくもって『変』である。
「さっきのやり取りを聞く限り、マウラはヒコの記憶について何か知っているようだな」
「あぁ」
「何をだ、何を知っている」
「んー、そうじゃな。別に隠す気などない。教えてやることもやぶさかではないよ。ただのう、」
一呼吸置いたマウラが、頭上から見下ろすようにして俺たちに問いかける。
「その男、耐えきれようか?」マウラは不気味に笑った。
異常、異形、まさしく化け物の類。そう思わせるに足る、笑み。一歩踏み出そうとしていた足が、自然と後ずさる。
後悔の念に激しく襲われた。開けてはいけない扉を開けてしまった。触れてはいけない禁忌をに触れてしまった。しかし一度動き出した厄災は止まらない。何かを破滅させるまでは。
「我が唯一認めた勇者よ。いや、今は信念すら忘れた、ただのガラクタじゃったか」
みるみるうちに、彦次郎の顔色が青白く染まっていく。
「貴様がこうしてる間、姫はどこでどうしておろうのぉ?」
その言葉を聞くなり、あのいつも冷静で顔色一つ変えない彦次郎が頭を抱えてもがき苦しみ始めた。
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DJ504年、世界に新たなる魔王が誕生した。
名をMaura Lilla Zaraと言い、歴代初の女魔王である。
人はおろか、魔族にも忌み嫌われた魔王。その誕生日は祝福などとは無縁であったが、命ある物すべての記憶に深く刻み込まれた。
恐らく世界はその時からすでに崩れ始めていたのかもしれない。
人の歴史は、すなわち魔王の歴史。
前魔王が滅して早五年、魔王マウラによる魔族の駆逐作業も大方終わりに差し掛かっていた。その圧倒的な力で前魔王の忠臣を皆殺しにし、それに反発して起きた対魔族戦争も時間だけがダラダラと長引くだけ。結果は魔王の圧勝。そんなのはハナから知れている事だった。
魔王マウラとしては、歯向かう者は絶対に許さず、去る者は追わない。とはいえ前魔王および忠臣までも消された魔族たちが怒り狂わないはずがない。多くの魔族が、忠義とプライドの前にその命を散らせていった。
そんな時代の流れにおいて、人間などは最初から魔王の眼中になく、諸国の王による忠誠と年数人の生贄によって見逃されていた。人々は自分たちの頭上で巻き起こる参事をただ呆然と見守るだけであった。
時に人の世には勇者と呼ばれる存在が誕生する事がある。類まれなる身体能力に、疑う余地のない才能。中には魔法をその身に宿して生まれてくる者もいた。そういう者達の将来は決まっている。王直々に召し抱えられ、それが人同士の戦争なのかあるいは別の何なのかは分からないが、とにかく国の非常時に表舞台へと担ぎ出されるのだ。
ここ最近も欲をかいたどこぞの王が秘蔵の勇者とその仲間たちを魔王の城へとさしむけた。だがきっと返り討ちにあったのだろう。だろうというのは、その後の情報が一切ないからである。送り出す時はあれほど希望的な言葉で飾り付け、大々的に式まで行ったというのに。
この件で魔王から人間に対し、何か罰があったかといえばそんな事はない。それほど寛容な魔王なのか、あるいは魔王にとってみれば反乱にも満たぬ些細な出来事だったのか。ただ独断で勇者を送った国王だけは、諸国の王によるトップ会談にてめでたく王位はく奪という憂き目を見たらしい。というよりかは自業自得である。
人間国家で一番大きな国。アルトイエルバン。広大な国土と肥沃な土地。確かな農業技術を有し、強国とは呼べないまでも食うには困らぬ平和な国だ。何よりその国には賢王がいた。キング・ズラタン。魔物の襲撃によって崩壊しかけた国を二度立ち直らせた手腕は、人間世界のみならず魔族の間にも轟いている。そんな国の唯一の欠点と言えば、勇者が不在である事。不在というよりは、王は最初から召し抱える気も、探す気もなし。民は皆が平等であるというのが、王が信ずる国の在り方であった。
ある年、その国の姫が生贄に選ばれた。名をピナモンティ姫。王の三人目の子である。
王は姫を魔王へと差し出した。三日三晩、悩みに悩みぬいた末の決断である。決断を下し、自室から出てきた王は、自慢の黒髪が蜘蛛の糸のような真っ白に変わっていたという。
しかしその決定に文句がない国民たちではなかった。姫や王子は、その国の民にとってみれば自分の命よりも大切な存在。日々魔族に虐げられる生活の中では生きるための糧に等しい。だが生贄は何と言っても魔王による直接の指名。こればかりは覆しようがなく、もし渋れば世界から人間という種が消されかねない。国民は皆、不満や文句を心の奥にしまい込んだのだった。
だが一人の青年はそれを許さなかった。徹頭徹尾反対し、農民の位でありながら王の元まで直談判へと向かったのだ。
先ほどその国は勇者不在と言ったが、実はちゃんと勇者は生まれていた。ガラハ・キルスターク。農家の長男として育ち、家族六人で畑を耕しながら暮らしている。
青年は謁見が許されると、王の目の前まで行ってその胸倉を掴まんばかりに罵った。そもそも会う事すら断れたはずの王だったが、そうはせず。青年の無礼を全て許した上で決断への理解を求めた。この件で一番辛い思いをしていたのは他でもない、王自身であるというのに。
しかしわざわざ城に乗り込むまでの気構えをした青年の心が変わるはずもなく、最終的には国王の反対を振り切って姫を助けに向かってしまった。
当然、仲間などは誰もついてこない。単身で魔王のねぐらへと乗り込む他なかった。
・・・・・・一体何なんだこの記憶は?何故俺は別世界のことを、こうも詳しく話すことができる。
まさか。まさかこれは俺の記憶なのか?俺が失っていた記憶、彦次郎になる以前の記憶。どうして俺はこんな大事な事を忘れてしまっていたんだ。
「お主、アルトイエルバンの生まれか?お主の国の王はそれは賢い男じゃ」
「王という奴はどれだけ気品があろうと鳥の卵をぶつけられれば必ず怒る。しかし奴だけは怒る素振りも見せなんだ。じゃから次は貴様の娘を生贄として差し出せと言ったら、それすら飲みよる」
「命の数で計算ができる者はそうおらん。位、性別、事情、色々絡むからの。それが身内であれば、なおのこと」
「馬鹿は、人間のくせに一人で魔王の城にやって来たお主だけじゃな、はっはっはっ」
辺りを見回せば、目を見張るような調度品の数々。その中に一つ、水槽のような器の中に生首が収められていた。銀髪にエルフ特有の三角耳。昔、父より聞き及んだ前魔王の特徴そのままだ。
「お主は国に勇者として認められず、一人でのこのこ魔王の城までやって来た」
「歯向かうだけの力もなく、それを補う仲間もいない」
「じゃがな、我とて一緒よ」
「力はあれど、女であるために魔族に嫌われた」
「女であるが故にすべてを失い、一人になった」
「我ら、どことなく似ておらぬか?」
「こちらに来い、勇者よ。お主は我の下でこそ意味をなす。力も少々なら与えよう」
「姫ならば無事じゃ。望むならくれてやる」
「さあ、勇者よ。我と共に世界を・・・・・」
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膝から崩れ落ちた彦次郎は十秒ほど苦しんだ後に叫び声をあげ、そのまま動かなくなってしまった。駅のホームに膝立ちで、両手を体の横にぶらんと垂らしている。口を中途半端に開けたまま、目は虚ろ。声をかけても肩を叩いても無反応だ。まるで重度の精神病患者のよう。その隣にいる俺はといえば、明らかな異変を前に狼狽えることしかできない。
まずいまずいまずいまずい。ようやく俺の脳ミソも警戒レベルを最大限まで引き上げたらしい。ワンワン鳴り響く警報をBGMに、ひたすら状況の整理を行う。
そうだ、とりあえず一旦この場を離れよう。恐らくヒコがこうなってしまったのは奴が原因に違いない。であれば一刻も早く奴とヒコを遠ざけるべきだ。上手くいくか分からないが、最悪背中にヒコを乗せて逃げればいい。家に連れて帰って布団に寝かせて・・・いや、まずは病院か?とにかくヒコを正気に戻さなければ。
色々思案しているうちに、隣にいたはずの彦次郎の姿がなくなっている事に気がついた。俺はフクロウのように忙しなく首を回して彦次郎の影を探す。しかし、ようやく発見できたのはフラフラと歩く彦次郎の左足がホームから線路上の何もない空間へ踏み外した瞬間だった。
「くそっ!止まれ!」
俺は必死に体をよじり手を伸ばすが、間に合わない。彦次郎の体が線路内へと落ちて行った。
俺は急いでホームから飛び降りた。「ヒコ、大丈夫か!」
彦次郎の体は、足を踏み外した場所のちょうど真下にあった。どうやら固い線路への直接の落下は免れたらしい。線路横の砂利にうずくまり、微かに震えている。服が破れたり手足に切り傷があるものの、頭部に怪我はなさそう。不幸中の幸いとはいえ、抱き起した彦次郎は先ほどと同じく目が開いているのに反応がない。カメラのレンズみたいに、じっと前だけを眺めている。
するとその様子を遥か頭上から見下ろしていたマウラがゆっくりと降りてきた。マウラの体が地面が近づくにつれ、まるで見えない翼が羽ばたいているみたいに辺りの砂利が吹き飛び、砂埃が舞い上がる。
「人間とは何と脆い生き物よのぉ」
「てめえ・・・ふざけやがって。ヒコに何をしやがった!」
「ふっ、何もしちゃおらんよ。此奴は勝手に記憶を取り戻して、自らの罪に臓を焼かれただけじゃ」
「はあ?こんな時にまで訳分かんねえこと言ってんじゃねえぞ」
「此奴の真名は、ガラハ・キルスターク。我と同じ世界におった勇者じゃ。ちょいとお姫さまを連れ戻しにこちらの世界まで寄こしたのじゃが、・・・どうやら転移の際に記憶に鍵がかかってしまったようじゃの」
真剣な表情で説明するマウラは一度だけ彦次郎の方を見た。
今度はジョークを言っているようには見えない。だからって彼女の言葉をすんなり受け入れるには無理がある。夢物語か、出来の悪いファンタジー小説の抜粋を聞かされている方がまだマシだ。
「何だよ、そのデタラメ。彦次郎が勇者だって?お前と同じ世界から来ただって?」俺は半ば狂ったように叫んだ。
「彦次郎ではない、ガラハじゃ。デタラメだと思うのは構わんが、お主とて少しくらい心当たりがあるのではないか?」
そう訊ねられた俺は、ふとこれまでの彦次郎との日々を頭に思い浮かべていた。
工事中の駅に倒れていた青年。記憶がなく、常識にも疎い。けれど教えれば何でも覚える。覚えは抜群に良い。運動神経は常人と比べ物にならず、度胸もある。その性格の根幹にある『正しさ』への追及は、時に行き過ぎであるかのようにも映った。
「さてと、どうやら我がただ一人認めた勇者も凡庸の域を出なかった様じゃな」
そう言って、一歩二歩と俺たちの方へ歩いてきたマウラは手のひらを広げてみせた。
「お、おい、何をする気だ。それ以上近づくな」
「転移の障害があったとはいえ、己の命を投げ打ってまで求めた者を忘れるなど見込み違いも甚だしい。お主とのお喋りにも飽きたし、そろそろ幕引きといこうではないか」
『Bambola(私の可愛いお人形)・Piccola camera(静かな小部屋)』
するすると手の届く距離まで近寄って来たマウラが、俺たちに向かって何かを唱えた。途端に俺の体は頭から足の指先に至るまで、ぴくりとも動かなくなってしまった。
「Bambolaは、我が目に留まりし生物の自由を奪う呪文。Piccola cameraは、空間に幕を張って外部からの干渉をコントロールする呪文じゃ。どうじゃ、静かになったであろう?」
しかし、いつまで経っても返事が帰って来ない事に気がついたマウラは、「あっ」という顔をした。
「おお、そうじゃった。お主の自由は我が奪っておったのじゃった。とりあえず首より上を自由にしてやろうかの」
「・・・・・・くはっ、はぁはぁ。てめぇ、何しやがる!?」
「じゃから今説明したではないか。ちょこまかと逃げ回られては敵わんのでな、先に自由を奪わせてもらった。じゃが・・・」マウラは俺が体を支える彦次郎の方を見る。「それも不要であったかもしれんの」
俺は全く力の入らない手足を見限り、動く事のできる首より上を使ってマウラに怒声を浴びせる。
「チクショー、何なんだよ。先輩に変身したり、空飛んだり、果ては催眠術かよ。てめえは吸血鬼か!?」
「待て待て。それは聞き捨てならんの。我とあのようないけ好かない者達とを一緒にされては困る。先日も引っ越しの報告を兼ねてこの街におる吸血鬼を訪ねたが、昼間から薄暗い部屋の中で小さな箱に噛り付いておったわ。そこで我が親切心からカーテンを開けてやろうとしたら、「ヤメロ、カエレ」などとぬかしよる。さらには祝いのパーティーすら開かずに追い出そうとするもんだから、去り際に顔目がけて十字架を投げつけてやったわ。わっはっは」
この街には魔王どころか、吸血鬼まで住んでんのかよ。俺の知ってる平和な田舎街はどこにいったんだ?
「先ほども言うたが、人間という生き物は脆すぎる。生きているうちに世界の全てを知ろうというのが土台無理な話なんじゃ。だからお主は安心して死ねばよい」
奴の目が怪しく光る。
くそくそくそくそ。体は動かないし、周りの音は聞こえない。けど心臓の音は爆音で聞こえるし、汗だけはやたらと流れ出る。
俺の顎から垂れた水滴が彦次郎の洋服に玉状の模様を作った。空には同じく玉状の琥珀色した月が笑っていた。
よければ感想をお願いします
未成年委員会による日本の壊し方(連載)も同時に書いてます
暇だったらそっちも読んでみてください