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第一話「始まり」

 昼休みのチャイムが鳴り、クラスの生徒たちは弁当を開いたり、購買へ向かったりと昼食の準備を始める。

 どこの高校でも見るような、普通のお昼時。しかし、この酉和泉東(とりいずみひがし)高校二年一組では、奇妙な光景が広がっていた。


「びゃっくん! お昼食べよう?」


「ちょっと! 今日は私が食べるの!」


「火乃さんは…この前たべた」


「まあまあ、みんなで食べようよ……」


  皆各々のグループで固まって昼食をとるなか、一際目立っているグループ。七人の女子の中心には、一人の男子、彼を奪い会おうとする女子達を彼がなだめるのが日常風景となっている。


「こうき、このハンバーグ……あげる」


「ん? くれるの? ありがとう!」


「あ、ずるぅい! こうき、私のおかずもあげるよ」


「あ――」


「それならわたしも!」


「わたしだって……」


「「「これ食べて!」」」


「ちょっ……一旦落ち着こう? ありがたく貰うから」


  ――僕の名前は百条(びゃくじょう) 航希(こうき)、少し前までは平凡な高校二年生だったんだけど、最近は騒がしい日々を送っている。というのも、僕が何故だかこの七人に懐かれてしまったのが原因だ。


「こぉくんは毎日私の作った朝食を食べてるの! 食べ慣れてるものの方がいいに決まってるじゃない」


  水無月(みなづき) 涼葉(すずは)、僕のお隣さんであり幼馴染。髪型は肩までかかるロングヘアー、活発で明るいのが取り柄で、最近は仕事で家を空けがちな両親に変わって食事を作ったりしてくれている。


「食べ慣れてると言うよりは、食べ飽きてるんじゃない? 新鮮味のある方が百条も喜ぶわよ!」


  ツインテールが特徴的な火乃(ひの) 加奈子(かなこ)さん、クラスの学級委員でもあり、しっかり者だ。僕の家からは割と近くに住んでいて、登校する時にも度々会ったりする。


「あらぁ? でも加奈子は確か料理ができないでしょ? 私はできるもの、こうき、どうせ食べるのなら美味しい物の方がいいわよ」


  毒島(ぶすじま) 時音(ときね)さん、艶やかな黒髪と姫カットが特徴的で、大人っぽい性格の人だ。バツグンのスタイルはクラスの男子の憧れの的になっている。


「わ、わたしもお兄ちゃんの為に頑張って作ったの! 味は保証するよ!」


  雷堂(らいどう) 香澄(かすみ)ちゃん、何故か僕を「お兄ちゃん」と呼び慕ってくれる素直な女の子、ショートカットで、小さい見た目から小学生と間違えられることもしばしば。


「そもそも……先にこうきにおかずをあげたの……わたし」


  メガネがチャームポイントの風間(かざま) 深奈(ふかな)ちゃん、物静かな性格で、頭が良く、成績はトップクラス。本が好きだそうで、たまに僕もオススメの本を借りている。


「ちょっと! 食べ物のことならモモちゃんが一番なんだから。ね? びゃっくん」


  木崎(きざき) 桃花(ももか)ちゃん、いつも何か食べてるのに、スタイルは崩れないという謎の胃袋をもった女の子。ショートカットにシンプルな銀色のヘアピンが特徴で、運動も得意。僕の事を「びゃっくん」と呼ぶ。


「アスィーナはマスターのご要望さえあれば、どんな料理も今すぐ用意できマスヨ!」


  高性能機巧人形ハイスペックオートマターのアスィーナ=グランドちゃん、等身大の西洋人形に感情を与えたイメージ。僕をマスターと認定してからは学校生活で色々と助けてくれる。因みにできることは人間とあまり変わらない……今のところは。


「私が! 「ワタシよ! 「モモちゃんだもん!! 「アスィーナデス!!」


「「「ワー! キャー!!」」」


  はあ……また始まった。何がそんなに彼女達を駆り立てるのか? 最初は集団ぐるみの悪戯か何かと思ったけど、みんながくれるおかずは普通に美味しく、僕にはますます彼女達の目的が分からなくなっている。もしかしたら純粋に味を見て欲しいだけなのかも知れないし、もう余計な邪推は控えている。

  何はともあれ、この騒ぎはまずい。こうなってしまうと誰かが止めない限り延々とこのままだ。クラスのみんなも見てないで止めてくれれば良いのに。そう思って親友の野坂くんにSOSのアイコンタクト……って、いない! さては逃げたな! いや、よく見たらクラスには誰も残っていない……くっ! 薄情な!!

  しょうがない、やればいいんだろやれば……


「み、みんな! ケンカはやめなよ! 味見ならちゃんと一人づつするから」


  立ち上がり、みんなの注目を集めてから落ち着くように促す。しっかり味見もこなすという意思表示も忘れずにだ。

  しかし何故だか、僕の話を聞き終わったみんなの表情は「お門違いだ」と言わんばかりに微妙な物へと変わっていた。


「はぁ……こぉくん」


「なによ! ほんっとバカじゃないの?」


「そういう問題じゃないのよ」


「え、えぇ……!?」


「そういう問題じゃない」とはどういうことだろう? 目的は味見じゃないってことか? ということは食材に何かしらのトラップが仕掛けてあるとか……でも彼女達がそれをするとは思えないし……何かしらのリアクションを求めてるのは間違いないんだろうけど、女心って難しいなぁ。


「わ、わたしは大丈夫だよ! だってお兄ちゃんだもん!」


「だよねー、びゃっくんだもんねー」


「いつも……どおり」


「もういい加減慣れまシタ!」


「ぼ、僕が悪いの?」


  何だかしょうがない奴だと思われてる気がするぞ……こんなこと、よっぽど女癖の悪い奴でも無ければ分からないって……

  ええい! こうなったら!


「ヤケ食いしてやる!」


  箸を持ち、弁当箱の中身を掻き込む、こういう時は無心で食事に徹するのが一番だ。


「何? そんなにお腹空いてたの? じゃあ私のおかずあげるね!」


「私のもどうぞ!」


「私のもあーげるっ」


「はい! お兄ちゃん!」


「食べ盛りだからいっぱい食べなきゃ!」


「お待たせしまシタ! アスィーナの愛情弁当、食べてくだサイ!」


「ハンバーグ……あげるね」


「モグモグモグモグ!!――うまーい!!」





「うえっぷ」


  苦しい……明らかに食べ過ぎてしまった。だってあんなに勧められたら断れる訳ないじゃないか。

  それに、実は昼休みの始まる少し前から体調が優れていなかったんだ、体育の時間後だったから少し疲れているだけかなと思っていたんだけど。妙に寒気もするし、きっと風邪でも引いてしまったのだろう。


「だ……大丈夫? 」


  前の席に座る火乃さんが、心配そうな表情でこちらを覗き込んだ。


「まあ、なんとかね……」


  口では強がってみたが、風邪気味も相まって、正直今すぐにでも吐きそうだ。


「ごめんなさい、調子に乗りすぎたわ」


  強がりが見透かされたか、それとも火乃さんの正義感からくる自責の念なのか、彼女は一層表情を沈ませた。よく見ると目尻には雫が滲んでいる。

  僕は慌てて弁解した。


「いやいや、素直に全部食べた僕が悪いんだから。みんなが気にやむことじゃないんだよ?」


  そう言うと、火乃さんの表情が少し柔らかいものになった、それを見てホッと胸を撫で下ろす。

  それでも、と彼女は言った。


「体調が悪いなら、無理せずに保健室へ行きなさいよ? なんだか顔色が悪いから」


  どうやら他人からも分かるほど酷い風邪らしい、もしかしたら食べ過ぎのせいもあるかも知れないけど、それは口に出さずに置いておく。


「いやぁ、どうやら風邪も引いちゃったみたいでさ……」


 視界の端で涼葉がグリン! とこちらを向いた。この心配性め。

  同じように火乃さんも少し目を見開いて言う。


「ええ!? た、大変じゃない! 今すぐにでも保健室へ向かった方が……」


「いや……今授業中だし、流石にそれは――」


  別に授業が終わってからでも遅くない、きっと火乃さんなら先生に断りを入れて僕を保健室へ行かせるのだろうなぁと思って、事前に遠慮しておこうとしたけど……


「先生! こぉくんの体調が悪いそうです! どうか保健室に行かせてやって下さい!」


「す、涼葉ぁ!?」

「水無月さん!?」


  どうして急に割り込んできた!? それとなんか言い方が腹立つ!

 火乃さんも涼葉も過保護な所があるんだよなあ、きっと火乃さんは正義感や責任感からで、涼葉は幼少の頃からの付き合いからだと思うんだけど……火乃さんはともかく、涼葉は流石に心配性過ぎるんだよなぁ、別に子供の頃だってそこまで心配かけるようなこと………………………………あれ?



 子供の頃の涼葉って、どんな子だっけ?



  まあ、いっか。

  今日は実際に体調も悪いし、ご好意に甘えて家でゆっくり休ませてもらおう。

  僕は保健室で許可票を貰い、一足お先に家に帰ることにした。荷物を纏める時に、教科担当の先生の機嫌が良かったのが、妙に引っかかった。





  帰り道、携帯電話のデジタル時計を見ると、後少しで午後一時が終わる所だった。


  教室を出る前、みんなに声をかけられた。それぞれ個性がありながらも、その内容は全て僕を労ってくれるものだった。なんだかんだ言いつつもやっぱり彼女達は優しいのだ。

 自由奔放な彼女達に振り回されながらも案外楽しいなんて思えるのは、きっとそう言うことなんだろう。

  明日が来るのが少し楽しみになってきて、僕は大きく一歩、踏み出した――











  ――少年は、そこにただ、立ちすくんだ。何故か? 『異常』だからだ。何が? 『全てが』

  真っ赤に染まる空も真っ黒に塗りつぶされた影も自らの存在さえも…………。


  混沌とした思考の中、震える唇を動かしながら、少年は声を絞り出した。そうしないと、自分が消えてしまいそうな気がして、空気に押しつぶされてしまうような気がして。

  少年は、呟いた。


「『俺』は、何を…………していたんだ……?」


  そんな少年の小さな叫びに応えるように、現れる影が一つ。

 その影は、軽やかに、少年の背後から、「始まり」を告げる。


  彼――航希の日常は、『もう一度』狂った。


「ようこそ、裏のチャンネルへ」

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