4 <歯車の収集>
「それは、もう謎が解けた、ということでしょうか」
「さあ、分からないけど。直接聞きたいことがあるみたいだったよ」
「やはり文章だけではうまく状況を伝え切れませんからね」
日比野に電話をすると、すぐにでも伺いたいとのことだったが、名目が必要だと言った。確かに純正芹沢学園のセキュリティーは高い。何の理由もなく、しかも公権力が敷地内に入るのは容易くない。前に訪れた時は、香川が起こした一連の事件の事後処理、という理由があった。そこで今回の名目は、その事件の際に甲斐雪人に迷惑を掛けたので、その謝罪、ということにした。もっとも、それすらも公ではなく、非公式、という形にしたのだが。とにかくそういうわけで、一人で来た日比野警部を図書等に連れて入った。もう少し遅い時間からでもよかったのだけど、早く来てくれたのだから、早く案内をしたい。けれども、この時間帯に篠塚桃花の部屋に行くのは、別の危険が伴う。そこで二人は、とりあえず入って右手奥にある、団欒のスペースに移動した。
「それで、レポートの最後の件について、聞きたいんですが」
「いや、それは聞かれても答えることはできません」
「ですが教えてくれた」
「教えるべきだと、思ったからです。それがどういう意味があるのか、わたしには分かりません。芹沢家が抱えている問題なのでしょう。ですが、彼らからしましたら、瑣末なことなのかもしれません。雅様は、確かに直接の血を受け継いでいないようですが、誰であれ彼女がお嬢様にふさわしいと認めるでしょう」
「むしろ、もものほうが、お嬢様に向いていないよ」
その言葉と同時に、パコーンと心地よい音がして甲斐の頭は大きく傾いた。
「全くお前らは、勝手に話を進めるんじゃない」
「相変わらず、お元気なようでなによりです」
「日比野はやつれたの」
「おかげさまで、それも報われそうです」
「日比野よ、お前ならばもう犯人の目星は付いているのだろう?」
「残念ながら今回は……」
「警察全体としてはどのような動きになっているのだ?」
「客観的に考察しまして、無人島に五人、その全員が死んでいた。全員が殺されたのかもしれない。という状況ですので、六人目の人物がすべての犯行を行い、そして島からいなくなった。という方向で動いています」
「まるで、あの小説のようですね」
アガサ・クリスティーの「そして誰もいなくなった」だ。迷宮入りかと思われたが、犯人の告白が流れ着いたおかげで、事件の全容が明るみになった。
「模倣している、と考えます。ですが、まだ特定ができない」
「期待しているところ悪いが、まだ分かっていない。いくらか聞きたい内容があるのだ」
篠塚は椅子を引くと甲斐の隣に座った。
「堂々と出てきて、大丈夫なの?」
「大丈夫だといっておるだろう。また変な噂が流れるだけだ」
「それで、質問というのは?」
「葉月美優は、ベッドで寝ていたときに殺されたのか?」
「いいえ、ベッドの奥に座って、胸を刺されていました」
「胸のナイフはレプリカではなかったか?」
「本物です。抵抗しようとしたのか、抜こうとしたのか、彼女は右手でナイフの刃を支えていました」
「自殺の可能性は?」
「否定はできません。が、かなり勇気と意志の必要な方法です」
「紺野健二は後頭部を殴られたことか、二階から落ちたこと、どちらが致命傷なのだ?」
「落とされたことです。後頭部は、カバーの着いた鈍器で殴ったのでしょう。気絶が目的だと思われます。あるいは、音が出るのを防ごうとしたのか」
「二階から落ちれば音がするだろう」
「誰も気がつかなかったようです」
「広田葵が正面から刺された可能性は?」
「ありません」
「彼女は逃げていて、海辺で追いつかれたのか?」
「そういうことになります」
「後藤剛が自殺である可能性は?」
「不可能ではないと思います。広田葵を殺したあと、屋敷に戻り、自らの手首を剣で切り、投げ捨てて、レプリカのナイフを握る」
「意味が分からないな」
「分かりません」
「ナイフは確実に握っていたのか?」
「死後硬直のせいもありますが、握っていたのは確かのようです」
「別のものを握っていて、レプリカに代えられたかもしれないだろう」
「分かりません」
「西崎順也は、殺されたのか、自殺なのか」
「それも分かりません」
「招待状があったと報告に載っていたが、誰が招待したのだ」
「庵野恩という人物です。あの島を買ったのも彼です。屋敷を建てたのも彼です。ですが、偽名であると思われます。それが誰か今のところ分かりません」
「最後の質問だ。事件が発覚したのはいつのことだ?」
「先週の月曜日です。送り迎えを頼まれていた船がありまして、船で十五分ほどの距離のところにあります。彼ら五人を送り、三日後に迎えに行ったところ、誰も待っていない。その代わりに、死体が一つ。すぐに無線で連絡を入れ、彼も本島に戻ったそうです」
「彼も庵野恩とか言う人物に頼まれたのか?」
「そうです」
「日比野よ、お前はこのレポートで最初に述べている。集団であるが、すべてが自殺ではない、と。この事件で、誰が自殺ではないと思う?」
「スーサイダー・バーサスというサイトの住民であった広田葵と紺野健二、この二人に関しては明らかに他殺です。まず紺野健二は後頭部を殴られている。もしもこの傷がなければ、自殺の可能性があった。それに、広田葵も後ろから刺されている」
「そうだな」
「残りの三人は、すべて自殺で説明できないこともない。西崎順也は自ら毒を飲んだ。葉月美優は、自ら胸にナイフを刺した。後藤剛は自ら手首を切った」
「が、全員殺されたという説明もできなくもない」
「そうです。特に刃物での自殺はかなりの意志が必要です」
「最後の三人が殺された時間は?」
「まだ判明していません。ですが、それを待つ時間が惜しい」
「うむ。よい考えだ。実際の問題はお前からのレポートだけでほぼ分かっていたのだがな。冷静に考えれば、日比野であれ矛盾に気がついただろう」
「矛盾、ですか?」
「正確に言えば矛盾ではないが。とにかく、単純に何が起きたのか、ということは日比野のレポートがあればおよそ推測ができる。だが、実際に何が起きたのか、ということはやはりこうして直接話を聞かなければ、確信にいたれなかったな」
そこで篠塚は言葉を切ってから頷く。
「これで、事件の歯車はすべて揃った」




