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誰も残らない --ノーワン・バット --  作者: なつ
第五章 広田葵の場合
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  1

 準備は整った。

 動きやすいパンツとシャツに着替えた。荷物の中に、武器になりそうなものはなかった。けれど、武器は持った。

 剣だ。

 最初健二に送られてこの部屋に入ったとき、わたしはベッドに置かれていたこの剣にすぐ気がついた。五十センチほどの、短い刃物で、子どものころに見たアニメに出てきた剣ととてもよく似ている。重くもないし、ためしに紙を切ってみたら、驚くほどの切れ味だ。これがあれば、いくら相手が男であったとしても充分に抵抗することができるだろう。

 扉の前で、もう一度深呼吸をする。

 それからゆっくりと扉を上げると、体を外へ滑らした。一階を覗くと、西側の壁にもたれるようにアデルバード翼は座っている。頭を下げていて、まるで眠っているみたいだ。わたしは剣を隠すように持つと、相手を警戒しながら、二階の廊下を移動した。手前側にある階段を通り越し、奥の階段から下りていく。正面に翼がいるのだが、動かない。

「ごめんなさい、お待たせしました」

 わたしは声をかけてみた。けれど返事がない。ゆっくりと近づいていくと、不自然に翼の周りが赤い。

 血だ。

 心臓が跳ねる。

「ちょっと!」

 驚いて近づくが全く反応がない。右手に、ナイフを握っている。血は、左手の手首から流れている。まだ、流れている。わたしは剣を投げ捨てると、翼の肩をゆすった。

「ちょっと、何勝手に死のうとしてるのよ!」

 反応がない。

「ちょっと、わたしが殺してやろうとしてるのに」

 反応が、やはりない。わたしが肩から手を放すと重力に従うように、彼の体は倒れた。びしゃっと、血が飛びはねる。妙な生暖かさが、わたしの体を侵食する。

 彼の背後に、文字があった。赤い色で書かれている。

「裏切り者」

 ただ、それだけ。

 わたしは最初の日の告発を思い出した。わたしは、裏切っていない。悪いのはわたしではない。わたしは、そんな人間ではない。

 立ち上がると、玄関に手を掛ける。

 バンと音を立てるように開くと、わたしは走り出していた。

 獣道を、途中、何度も転びながら。

 一気に坂道を駆け下りて、海が近くに来た。

 船の姿は見えない。

 どうしてこんなことになってしまったのだろうか。紺野に誘われて、この島に来て。彼はオフ会だと言っていた。

 彼は自殺かもしれない。

 みんな、自殺かもしれない。

 わたしも自殺すればいいのだろうか。

 そうだ、最初からそれが目的だったのではないだろうか。

 生きていることに価値はない。

 仕事に追われて、自分の楽しみなどどこにも存在しないではないか。仕事のための人生なんて、価値は全然ない。そんなことのために生まれてきたのではない。

 もう、死んでしまえば……

 背中に激痛が走る。

「なに?」

 と思ったとき、自分のお腹から、見覚えのある剣の先が飛び出した。

 ああ、そういうことなのか。

 わたしはすべてを理解した。


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