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誰も残らない --ノーワン・バット --  作者: なつ
第一章 西崎順也の場合
10/27

  5

 赤ワインをそれぞれのグラスに注ぎ、いよいよ前菜を取ろうとしたとき、突然大きな音が鳴った。

 驚いて、みんな顔を上げる。

「何の音?」

「分からない、玄関の音、かな?」

 紺野が立ち上がろうとしたとき、部屋の中に声が響いた。機械で合成された音声だ。

「どうぞ、みなさん、落ち着いてください」

 声は、こちらの反応に呼応するように呼びかける。

「席について、どうぞ、落ち着いてください。わたしは、今回の主催者であります、庵野恩と申します。このような形の挨拶を、お許し願いたい。今は少しわけがあり、本島に戻っておりましてね、ですが、何とか挨拶だけでもと思い、このような形を取らせていただきました」

 西崎は疑い深く、部屋を見渡す。どこから声がしているだろうか。スピーカーのようだ。

「ええ、五人全員が出席していただき、感謝いたします。これは、わたしが考えました余興でありまして、普段からの幾分かの乖離を味わっていただきたいと思うわけです。そのためには、みなさんに知らせておきたいそれぞれのプライベートを一つ明らかにしたいと思います」

 声は続ける。

「まずは、広田葵さん。あなたは友人を裏切りました。裏切らないと言っておきながら、あなたはその舌も渇かないうちに、友人の秘密を売ってしまいました。その結果がどのようなことをもたらしたのか、あなた自身がよくご存知でしょう」

 突然の告発に、広田は顔を上げて震え上がる。

「続きまして、紺野健二さん。あなたは人を殺しました。まだ警察は気がついてないようですが、あなたが殺したことは確実です。あなたは、自殺に見せかけて多くの人を手にかけています。逃れられません」

 紺野も震え上がる。

「西崎順也さん。あなたの罪は贋作を売ったことです。恐れ多いことです。相手が無知なのをいいことに、言葉巧みにだまして十億以上の利益をあげました。見る人が見れば、すぐに贋作だと分かる代物をです」

 彼もその告発に震え上がる。知られていないはずだ。

「続いてはぐれさん。あなたは自分が生き残るために、姉を見殺しにしました。いいえ、正確には突き飛ばしたのでしょう、二人ともが助かる余地は存在しなかった。姉がかばってくれていたのに、その姉を殺した」

 がたんと音をたて、はぐれが目を覆う。

「最後にアデルバート翼。あなたの罪は、両親をいつまでも苦しめていることにあります。自身の無能さを両親に当たるとは愚かなことです。牢獄にいる両親になんと言い訳をする気ですか、あれはあなたの運転のミスだった。明らかなことです」

「ぼ、僕はっ」

「日常との乖離は、ふとしたところに訪れます。この告発が、この日常をどのように壊していくのか、どうか、皆さん、わたしの余興をお楽しみ下さい」

 声が消えた。

 どうして、庵野氏が彼の贋作を知っているのだろうか。知っているはずがない。テーブルの面々を見渡す。みな震え怯え、あるいは怒りに満ちた目を空に向けている。だが、声の主はいない。初めから存在しないかのように。

 これは、悪い冗談だ。

 彼はグラスを手に持った。


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