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日比野重三は電気を落とした部屋でパソコンの画面を見ている。
「みなさん、こんばんわー<Aio」
「Aioさん、めずらしくない、この時間に来るなんて<テツ」
「最近残業が多いのだよ。でも日課だし?<Aio」
「そうだよね、いつもこの時間に落ちてるのに<ゲンジ」
「忙しいに越したことないよ、仕事なんて。うちなんて、いっつも超暇<ゲンジ」
「自分の仕事ならね。他人の仕事なんてやりたくないって<Aio」
「もっとうまく切り抜けなきゃ<テツ」
「そんな要領持ち合わせてないよ<Aio」
スーサイダー・バーサスというサイトのニュクスという掲示板だ。スーサイダー・バーサスは自殺志願者が集まるサイトであり、残っている他の掲示板を読むとところどころで集団自殺を匂わせる記述がある。Aioは、先の事件で逮捕された女性の同僚だった広田葵のハンドルネームだ。あの事件以来掲示板への書き込みが少なくなっているのはいい傾向なのかもしれない。だが、彼女の文章を読む限り、彼女は止める側としてあそこの掲示板にいたのではない。つまり彼女には自殺願望がある、否、少なくとも、あった。
ブラックコーヒーを飲みながら、Aioの最近の書き込みを読む。
「それじゃあ、また明日<Aio」
この文だけなら、普通の挨拶だ。
「こちらこそ、楽しみにしているよ<ゲンジ」
掲示板だけを読んでいてもゲンジがそのような返事をする要素がなかった。別の掲示板か、ツーショットの機能を使って会話をしたのだろう。
だが、たったこれだけの記述に対して警察を動かすことはできないし、個人で動くのも不自然だ。広田葵のメールアドレスは知っているが、このことを問い正したとしても、はぐらかされてしまうだろう。
コーヒーに口をつけようとしたが、すでに飲み干していた。
どうも、嫌な予感がする。日比野はそう感じたから、先の事件を早く終わらせようとした。そのために純正芹沢学園にいる篠塚桃花に助言を求めた。もっともその学園に彼が何の理由もなく入ることは不可能であるので、純正芹沢学園で先日起きた脅迫事件の経過を学園長であり、脅迫を受けた芹沢雅に報告をする、という名目が必要であったが。
できれば再び彼女の助けが必要とならなければいいのだが。