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ニートが異世界転生

ニートが異世界転生




「あ、あの……異世界で別の人生をやり直させてくれると聞いてやってきたんですが」


 男は事務所に入ってくるなり、開口一番、ドモりながら言った。

私が、いらっしゃいませ、を先に言う暇すらない。やけに急いている様子だった。というより、おそらくは緊張だろう。やたら早口でまくし立てるような調子だ。


 私が見るに年齢は三十代を少し超えたくらいだろう。仕事上、何人もこういった手前も見てきたので、年齢当てにはなかなかの正確性を有していると自負する。


「いらっしゃいませ、異世界派遣会社ネクストにようこそ。わたくし、一級転生士の工藤と申します。どうぞお座りください」


 カウンターごしに着席を勧める。その対面に私は座った。


「履歴書はご持参いただけましたか? ――あ、はい。それではお預かりします。拝見してもよろしかったですか? はい、では……」


 履歴書に目を通しながら、男を観察する。

 男は落ち着き無く事務所を見回していた。

 年齢は三十二歳、名前は田中謙信、謙信……ね。申し訳ないが、この履歴書を見る限り、名前負けしていると言わざるを得ない。

 履歴書の職業欄には、聞いたこともない三流大学を卒業後、IT企業に就職とある。その後、わずか一年で退職。さらに下へ続く職歴は、アルバイトと派遣を転々とした後に体調不良で自宅療養と記入されていた。療養期間は五年とある。

 事務の女性社員にお茶を勧められ、慌てて礼を言う仕草を見る限り、人間と接するのも久々という様子だ。剃り残した髭を蓄えたあごは、でっぷりしていて二重になっている。この様子では、剣を振って戦うような異世界で生き残るのは難しそうだ。


「ありがとうございます。履歴書に目を通させていただきました」


 田中は、お茶を一息で飲み干して頬を膨らませていた最中だったので、吹き出しそうになっていた。少し咳き込んでいる。


「そ、それで! ど、どうでしょうか工藤さん」


 食い気味に顔を近づけてくる田中から、少し顔を離してにっこりと笑みを浮かべる。もちろん営業スマイルだ。


「はい、お客様にぴったりな転生先がございますよ。これなんかいかがでしょうか。『異世界で農業を営むスローライフ、現代農法を持ちこんで農閥を興し、世界を牛耳ろう』一夫多妻制の世界なので、事業が成功すれば複数人の奥さんを娶ることもできますよ」


 ちなみに私は農業を舐めているわけではない。農業は私のようなサラリーマンをするよりもずっと大変だし、スローライフなんて真っ赤な嘘だ。要は需要と供給だ。

田中に勤まるかと言われれば、微妙なラインだが、今ある転生プランの中では良いほうだろう。

 田中は、一夫多妻制のあたりでかなり惹かれた様子だったが、甘い誘惑を断ち切るように顔を引き締めた。いや、もっと甘い誘惑に誘われるように、かもしれない。


「剣と魔法の世界はありませんか?」

「剣と魔法の世界……ですか」


 よりにもよって、私が一番不向きだと思った世界に行きたいらしい。


「はい、ございますよ。しかし、おすすめはしません。とても危険な世界だからです。ドラゴンなんか、実際に剣で切り伏せることなんかできませんし、剣の才能がないとスライムすらも強敵です。魔法の適正があれば魔法使いになれるかもしれませんが、転生してみないと魔力適性はわからないですし、――って聞いていますか?」


 田中は、夢見るような表情で、私の言葉などまるで耳に入っていない様子だった。


「剣と魔法の世界でお願いします!」

「……わかりました。では、こちらの三つからお選びください。一つ目は年齢を十個程度下げて転生することができる世界、その代わりこの世界は治安が悪いです。それからもう一つは、そのままの年齢で転生する世界、こちらはやや重力負荷が小さいので、転生した際にはよっぽどの力持ちになれます。最後は、時間の流れがゆっくりな世界です。この世界では超反射でモンスターの攻撃を避けたりできるかもしれませんね」


 転生先の世界は、私たちがいま生活するこの世界とは法則にズレがある。一例を上げると、年齢圧縮がもっとも特異な法則だろう。字面の通り、実年齢が減らされ、それに伴って身体も若返る。だが、メリットばかりではない。成長と逆行する身体の変化が生じるため、成長痛とは逆の若化痛というかなりの負担に襲われることになる。

 一つ私に言えることは、生まれた世界の法則がもっとも自分の身体に合っている。


「この三つの世界がございますが、いかがされますか?」

「え、えっと、」

 

 田中はなんだか少し恥じるように頬を掻いた。


「年齢が低くなる世界でお願いします。僕も、もう若くないので。若くなってやり直したいんです」


 三十二歳なら考え方一つで、やり直しが十分にきくだろうと思ったが、これが私の仕事だから口出しはしない。


「かしこまりました。失礼ですが田中様、全財産はいかほどございますか?」


 異世界に一度転生したなら、通常は元いた世界に戻ってくることはできない。だから、私たちの報酬は依頼人のすべてだ。


「実は、そこでもご相談があって、全財産合わせても五千円くらいしか……」

「五千円……ですか。田中様、ご家族はいらっしゃいますか?」

「両親は生きてるけど、僕は家を追い出されまして。彼女もいません。あはっ」

「承知しました。では見積もりを作ってまいりますので」


 私は、田中が自虐的な笑い声を上げるのを見て、妙な不満話になる前に席を立った。

 全財産が五千円というところで別に驚きはしない。転生を望む人間は、この世界で相当に追い詰められている者が多い。家族がいるか尋ねたのは、転生前に家族へ財産を引き渡してしまうことがあるからだ。そういう場合は、財産を引き払って得られるであろう料金を試算して請求する。


「お待たせしました。転生費用は税込五千円です」

「えっ、五千円でいいんですか!?」


借金が無ければ、料金は五千円でも構わない。百円でも同じだ。私たちが報酬をもらうのは何も転生依頼人からだけではない。転生先の世界から対価をもらうのが、半分と言って良い。

なぜ、転生先から報酬が与えられるのか、それはひとえに転生先となる世界で人員が足りていないからに他ならない。なぜ人員が不足するか、それは供給される人間がどんどん消費されてしまうからだ。要するに死。


「ありがとうございますありがとうございます」


 田中は、涙を流しながら両手で私の手を握ってきた。

 事務の女の子が隠れてクスクス笑っている。


「あー、では重要事項説明をさせていただきますので、よろしいですか?」


 田中を落ち着かせて、私は重要事項説明を始めた。

 重要事項説明とは、重要事項説明書という契約書の一種を用いた、異世界転移法の順守事項の一つだ。

 要するに転生先が、どのような世界なのか明確に説明していないうちに、異世界へと依頼人を放り込むことはできない。


「世界の名前はアルフガルド、ドラゴンとエルフと人間が三つ巴になって、戦争の真っ只中です。その中でも人間は劣勢です。さらにモンスターから構成された魔王率いる魔軍というものが存在し、この三勢力すべてと敵対しています」

「ドラゴンにエルフと魔王! いいですね、わくわくしてきましたよ!」


 ゲームか何かと勘違いしているのだろうか。承諾すれば、我が身に降りかかるリスクになるにも関わらず、田中はそれすら手放しに喜んでいる様子だった。

 しかし、私も客商売をやっている身、それを指摘して客の気持ちを落ち込ませても仕方がない。


「田中様が転生するのは、一番平和な町であるニルエラからにしましょう。所持品と衣服は一緒に転移できないので裸です」

「えっ、真っ裸ですか?」

「マッパです」


 衣服と一緒に送ることもできるが、コスト的に五千円では無理だ。


「最後に当社は、この転生業務によってご依頼人の身に生じた危機に対する一切の責任を負いかねますのでご了承ください」

「わかってます。僕はここで一度死ぬんです。死んでから生まれ変わるんです」


 悲愴美に酔ったような田中の台詞に、私は苦笑いを浮かべそうになる。

 人間はそう簡単に死なない。怠けてふてくされた意識もなかなか消えない。変わろうと思わなければ、人間は変われない。変わろうと思っても、変われないこともある。

 

「以上で契約は完了です。ではさっそくですが、こちらの転移部屋へどうぞ」

「やった! これで糞みたいなこの世界とオサラバできるんですね!」


 ええ、そうですよ、と私は曖昧な笑みを返す。

 経験上、田中のような人間が異世界、それも剣と魔法の世界で成功するのは難しい。けれど、それを懇切丁寧に説明して、今の世界でもうひと頑張りしろ、と説得しても依頼人が怒り出すのがオチだ。私は、そういったミスを若いころに何度も重ねて学んでいる。

 結局のところ、現実から逃避しようとして、異世界に逃げても何ひとつ変わらないのだ。

むしろ状況が悪くなる例も少なくない。

私は、なぜこんな仕事をしているのだろうと、ふと考えるときがある。その度に、単純明快な回答にたどり着く。


「工藤さん……どうかしました? 早く転生したいんですが」

「はい、かしこまりました」


 それが私の仕事だからだ。


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