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8 親父


 リビングのソファにて膝の上に乗る手を組み、側の相手へ顔を向けるでもなく俯いて座る俺は、神妙な態度だけは見せる。


「お前からは何か言いたいことはあるか」


 圧力の濃度が半端ない親父おやじの声が、頭上に落ちてくる。


「……別に」


 もう隠す意味は失われたんだから、何も言うことなんてないさ。

 呆気なかった。

 油断とか甘さと考える隙もなく、親父おやじに桜子のことがバレた。

 晩飯の後、こっそり仕入れたカップラーメンを桜子がすすっていたら、

部屋のドアがノックもなしにバンっと開いて『スバル、ちょっと来い』の低い一声。

 俺は親父と繋がる見えない鎖に引っ張られ、ズズズと美味しそうにカップ麺を食す桜子を残し、仕事から帰ったばかりなのか。背広も脱いでない背中の後を渋々ついて行った。


「お前の部屋にいたあの子、槇さんだったか。彼女はなんだ」


「……なんで親父があいつの名前知ってんだよ」


 耳にする名に顔が上がる。

 脱いだ背広を背もたれに掛けるソファに、親父おやじがどっしり腰を据えた。

 テーブルをあいだに俺は親父と対面する。

 

「こっちが質問したつもりだったが、まあいい。さっきな父さんの携帯に上司から電話があってな。なんでも至急この俺と連絡を取りたい人がいるって連絡を受けた。取引先からのクレームだとうかとヒヤヒヤしたんだが。直後に掛かってきた電話、相手が誰だったかお前に分かるか」


「話が見えねーし、親父の電話した相手なんて俺がわかるわけないだろ。んなことより」


「あちらはお前のことを知ったような口ぶりだったが。知り合いではないのか」


「は? 何が、誰がだよ」


「電話の相手は登城グループ会長のお孫さんだ。登城ユイさんと言ったか」


「うがっ」


「知ってるじゃないか」


 はい、もちろん知っています。

 登城先輩がどうやって親父と渡りをつけたのかなんてのは先輩が登城家だからでいい。

 それよりこのタイミングで、わざわざ俺の親父と話していたことの方が重要だ。

 桜子の仕業だろうか。きっと先輩は俺達の今の状況を知って――、


「それで親父っ。先輩は、登城先輩とは何を話したんだよっ」


「静かにしろ。座れ」


 犬のように言われてしまったが、素直に従う俺に親父はこっちの期待していたものを命じた口から吐いてくれた。

 上司の顔を立て、我が家で桜子を預かることにした親父。

 

「会社の大株主からの頼みでもあるからな。断り辛くもある。

しかしなぜウチなのかが腑に落ちなくてな。だからお前に彼女はなんだと聞いている」


「桜子は……友達だから」


「友達か」


 ソファから、親父がよいしょと立ち上がる。


「父さんが頼まれた以上、彼女は父さんのお客として預かる。それでいいな」


「ああ、それでいい」


 嬉しさを噛み殺し、素っ気なく答えた。

 けど、心の中じゃウシ、ウシ、ウシ、とガッツポーズの嵐だ。


「スバル」


「ん? な、何」


 親父が滅多に崩さない真顔を、更に固めて座る俺を見下ろす。


「もし登城さんからの話が父さんになかったら、お前はあの子のことをどうするつもりだった」


「どうするつもりだったって言われても……」


 口ごもる。

 家族には桜子のことは黙っているつもりだった。隠すつもりだった。

 痛い。

 後ろめたさからか、心が雑巾を絞るかのごとく締めつけられる。


「言えないか」


「……俺が悪いのはちゃんとわかってる」


「ならスバル。これから父さんはお前の頬を叩こうと思う。どうする」


「ど、どうするって、わざわざ聞かなくてもいいだろ」


 親父が叩く気満々なのは、纏う空気でまるわかりってんだ。

 俺は覚悟を決めて、すくっと立ち肩を並べる。

 それで、顔を差し出すつもりだったが、思い直して後ろに身を引き、


「逃げるって選択肢ある?」


 折角だからと試しに聞いてみた。


「それでも構わんぞ」


「いいのかよ」


「ああ。ただ父さんは、友達だろうと家族から隠すようにして年頃の娘さんを自分の部屋に連れ込むような愚息に、今後部屋を貸し与えてやるつもりはない。ここは父さんの家だからな」


「ぐぬぬぬ」


 親父め、親父め。ぎりり、と歯を噛みしめる。

 他所の家はどうか知らんが、池上家では親父がそう決めれば、本当にそうなる。明日にでも俺の部屋は物置部屋になるはずだ。


「スバル。どうする」


「どうするもないだろうさ」


 ずい、と親父の前へ一歩。


「いいか親父。俺は部屋欲しさに殴られるわけじゃない。これはケジメだ。俺は悪かったと思っている。だから文句も言わねえ。けど、これだけは言わせてくれ。桜子とは絶対に、アレだ、そのなんつーか、親父の思っているようないかがわしい、いや親父が思っているようなことまではないと――ぐぎ」


 たぶん平手に違いなかった。

 でも、パンじゃなかった。パチンでもなかった。ドンと重たい衝撃が脳を揺らした。

 体が宙に浮いた気がしなくもない。

 我に返れば、耳がキーンとする。目の前がチカチカする。

 俺は床に転がっていて、ソファがあんなにも遠い。

 俺……よく生きてんな。


「父さんはこれからこずえさんのお宅に電話する。お前は部屋に戻れ」


「はひはひい」


 へいへい、わかりましたよ。

 顔半分を擦る。まだ熱さの方が優っているので痛みはそんなにない。

 麻痺したような感覚の顎がちゃんと動くだろうかと、あいーんあいーんさせながら廊下を目指してふらふら歩く。


「明日にでも、ちゃんと紹介しろよ」


「だふぁら、そんらんじゃねーって」


 俺は背中で言って、リビングを出た。




全体的に粗雑さは否めないこの作品ですが、

どうにもこの八話は特にいただけないなと、感じるかえる。

読まれた方に心苦しいばかりですが、目を通して頂きありがとうございました。

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