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7 箱入り少女

「マジ……か」


 いろんなことが繋がってゆく思考の中、揺ぎがない最悪な事実。

 お世辞にもフカフカとは言い難いベット、小学校の時から愛用してきたタンス、物置き代わりの机。

 それらがくるくる回る感覚に襲われながら、大して広くもない自室の中心で俺は膝から崩れ落ちた。

 自分の帰る場所が俺の部屋に戻っていたのを見て、絶望的ヘコみ方をしていた桜子にも引けをとらないそれ。

 

「スバル。大丈夫か」


「大丈夫というか、大丈夫にしないといけないというか……はあ」


「ごめんなさいなのだ……」


 床に膝をつきながらに見たら、ダボダボのジャージを纏う桜子がしゅんとして立つ。

 サイズ的には妹の洋服がベターだったろうが、『なあシズク。お兄ちゃんに服貸してくんない』とか口が裂けても言えるわけない。

 今は学校の体育着を貸してやることで、下着姿問題は解消されている。

 だが――ホント、だがである。

 これは裏を返せばそれしか手段がないからだ。

 ベストは桜子が自分の服を着ること。そのための手っ取り早い方法は俺が『ゲートリンク』でまた桜子の部屋へ繋げばいい。というか、こっちへ来た要領で、自分んへ帰ってもらえば済むことだ。

 けど、何度自室のドアを開け閉めしても能力が発現しない。念の為玄関でも試したが繋がらない。

 だから不安定な力に頼っても現状は好転しないと見切りをつけた俺は、桜子に誰か迎えに来てもらえないかと打診した。

 桜子からの返答は、電話すれば執事さんが迎えには来てくれる。けれど私がスバルのお家から出らない。とかなんとか変な言い回しのものだった。

 当然俺は頭の中のもやもやを晴らすため、相手に明瞭な説明を求めた。

 求めた結果、俺はこうしてうなだれ、桜子から謝罪を受けている。


「……アレか、どうやっても俺んから出られないのか」


「うん。ダメだった。スバルのお家からなら外へ出られるかもと思った。けれど、いつものように戻されてしまう」


「『天之虚空あまのみそら』だっけ。大層な名前のくせして使えねーアテラレだな」


「あう……黙っていてごめんなさい」


 悪気はなかった。

 でも言い過ぎたようで、俺の愚痴は桜子の小さな体をより縮こませた。

 天之虚空は桜子が宿すアテラレの名。

 つまり桜子は、俺と同じアテラレだったってことだ。

 別に俺は、それを俺に黙ってたことが腹立たしいのではない。天之虚空の能力に対してムカついていたのである。

 桜子のアテラレは一種のテレポーテーションと言える、転移現象を引き起こすもの。

 ただ発動条件は建物から外へ出た時に限られ、その力は桜子を瞬時に元居たところへと強制的に戻す。

 一時前のシズクが締めたドアの影から突然出現したのは、きっとこれなんだろう。

 それで、一番厄介なものが転移現象の制約だ。使えねーばかりか、それは桜子が建物から出られないことを意味するのだから。


「……桜子をどうのこうの責めるつもりはねーよ。謝んなくてもいい。俺がお前の立場だったら、なんかわかる気もするし……お前だってアレなんだしさ」


 聞けば、アテラレによって小学生の頃からあの洋館内だけで生活していたらしいのだから、俺んは外へ出る一縷の望みみたいなものだったんだろう。


「私のアテラレは外へ出られない。けれど、お家の中は平気だ。あの時の私は、もしかしたらスバルの部屋は家の中なので移動できると閃いた。だからスバルからドアを閉められる前に飛び出さないといけないと思った。私は走った。一生懸命走った。私には走りながら説明することはできなかった」


「だから別に隠してたことは怒ってねーから。そんな桜子語りなんて求めてないから。それに説明があったとしても、たぶんあのままドア開けっ放しってわけにもいかなかっただろうし、結局今の状態だったと思うぞ」


 結果論だけどな。

 ゲートリンクは一度扉を閉めてしまうと異能の効力がなくなる。

 だからあの時閉めなければと後悔はするが、そうしたのは俺だから何も言えないし、事前に桜子のアテラレを知っていたとして、こいつは結局飛び込んで来たに違いない。

 またいつ発生意する機会なのか、わからないからな。


「あんま気にすんなよ。あと……残念だったな。ウチからも出られなくて」


「うん。残念だった」


 桜子は内容の割に、あっけらかんと言い放つ。


「残念そうに聞こえないんだけど」


「そうか。残念な気持ちに嘘はないのだ。でも今は残念がっていても仕方がないのだ。だから、後で残念がることにしたのだ」


「よくわからんが、そうしてくれると、まあ俺としても助かる……な」


 確かに嘆いても問題が解決されるわけじゃないし。

 俺はベッドへ腰掛け天井を仰ぎ見る。

 桜子のアテラレの性質によって、俺んから出られない桜子。

 下手に外へ出ると、どの場所へ戻されるか本人にもわからない転移が起こる。

 なので、疑っちゃいないけど、桜子の能力を確認するのは止めておいた方が良いだろう。

 お袋やシズクの場所に転移したら大騒ぎになるから……なんだけど。、


「なあ、やっぱアテラレ、俺のじゃなくて桜子のヤツな。転移を俺の家族に見せるってのはダメなのか?」


 えんじ色のジャージへ問う。

 俺のゲートリンクが発動しない限り桜子は家に帰れないわけだから、我が家に泊まることになる。

 これが非常にマスい。

 最悪桜子が家族の誰かに見つかった場合、友達として家族紹介することはできる。

 だが、ウチへ泊まるなんてのは絶対に無理だ。

 年頃の女子たる桜子がお泊りなんて許可はまず以て下りないし、黙ってそんなことをしてるのがバレたら俺は親父から勘当されかねない。

 ならいっそ、打ち明けた方が良いかもと思う。

 家族を話だけで納得させるは難しい。

 だから俺みたくアテラレを体験してもらう。そうすれば、さしあたっての危機は回避できる。


「私は……うう」


 唇とにゅ、と突き出し桜子は唸る。


「なんかダメっぽいのは見てわかんだけどさ」


「京が怒ると思う。アテラレは関係ない人に教えてはいけない。秘密にする約束なのだ」


 俺と重なるようにして桜子が喋る。

 京は人のように聞こえたそれに、頭の中では関係ない登城先輩が微笑んでいた。

 秘密と約束。

 桜子ん家へ行った時、先輩は他言無用とか秘密にして欲しいとか言っていた。

 力を発現できない俺は向島から馬鹿にされると思って話題にしなかったアテラレ。

 先輩とはそのアテラレを秘密にする約束を交わしていたことが、今わかった。

 

「そっちの秘密かあ。うーん約束か……。理由を、いやいい。理由なんて関係ない。約束したんだから守んなきゃな」


 半分は桜子へ。もう半分は自分への言葉だった。

 オレモラルに於いて、約束を守るは俺の大切な誓いだ。


「じゃあ、私はアテラレをスバルのお父さんやお母さん、妹さんに内緒にしてていいのか」


「桜子よ。そういう言い方されっと、すごく背徳感出るからヤメてくんないかな」


「ごめんなのだ」


 桜子の明るい顔と弾んだ声はまた言葉にそぐわないもの。

 でもそれが正解だ。


「さてさて、どうっすかな。飯はコンビニ……風呂は夜中にこっそりでなんとかなる気はするけど、家族には内緒にしたままやり過ごすってのもいろいろ限界あるなあ……。くそ、ゲートリンクさえ発動すれば、条件さえわかれば問題解決なんだけどな」


「スバル。ゲートリンクとはなんなのだ」


 カーペットの上にペタンと女の子座りをした桜子が見上げてくる。

 純粋無垢の素直な質問だとは百も承知だ。でも桜子さん。そこは聞くなよっ。んで、俺も口に出してんじゃねえよっ。


「ああ……と、俺のアテラレの名前……」


 恥ずかしがり屋の俺は微かに聞こえるくらいの声量に調整して教えた。


「なるほど。スバルのアテラレはゲートリンクなのだな。ゲートとリンクなのだな」


「二回言うな、分けて言うな。俺のアテラレの名前なんてどうでもいいんだよ。

それよりも、だ。お前家に連絡した方がいいんじゃないのか。俺の家族と違って槇家の人にアテラレ隠す必要はないよな?」


 家から出られない桜子が見当たらなかったら、家の人は心配してるだろう。


「うん。瀬良爺は私がアテラレなのは知っている。電話してもいいか?」


「俺に断んなくても自分のスマホ持ってんだから、適当に電話しろよ」


 あと京とか瀬良爺とか、ぽんぽん名前出されても俺は知らん人だし。


「瀬良爺は、私のお家にいた執事さんだ」


――ごわっ。


「ななな、なんで俺の考えてることわかった!?」


「スバルの顔を見てたら、なんとなくわかった」


「そ、そうか。顔に書いてあるってやつか。勘ならいいんだけど……。念のためっていうか、アテラレの力で俺の心を読んだとかじゃないよな?」


「スバル。アテラレは一人に一つなのだ。私はお家から出られないアテラレを持っているから、他のはないのだ」


「だよな。そうだったよな」


 良かった。桜子が泊まるとしていろいろ考えてた最中だったからな。


「お風呂なら、さっき入ったから問題ない」


「くそ、やっぱお前、なんか読心術的な能力で俺の考え読んでんだろっ」


 ベットから立ち上がり見下ろせば、嬉しそうな桜子。

 疑心暗鬼になる俺の心は焦る、焦る、すんごい焦ってる。

 夜中風呂に入ったら怪しいから、俺と一緒にとか、替えの下着とか――うわああ、読まれる読まれるっ。


「頼む桜子。正直に答えてくれ。本当はお前、俺の心を読めるんだろ? そうなんだろ」


 俺は桜子の側で正座し頭を下げた。


「私はスバルの心を読めない。本当なのだ。さっきのは少し前にスバルがお風呂とか言っていたので、当てずっぽうで言ってみたのだ」


「本当だろうな」


「本当に本当なのだ」


 にい、とした桜子の笑みに疑うことのない悪戯を感じた俺は、回帰した落ち着きで、確認のため、桜子の馬鹿とか桜子のアホとか桜子のマヌケとか、散々罵倒して反応をうかがった。

 うむ。にこやかなままだ。信じよう。

 しかしそれはそれとして。


「たく。お前、自分の置かれている立場わかってのか。家に帰れないんだぞ。アテラレがバレるピンチなんだぞ」


「うん、わかっている。私はスバルの家の箱入り娘になってしまった」


 桜子の黒い瞳は、昔はあんなことがあったな~みたいな感じで、どこか遠くを見つめていた。


「おいおい、勝手にウチの秘蔵っ子になんなよ。だいたいお前の場合は、物理的な意味での箱入り娘、つーか箱入り少女だかんな」


「心配するなスバル。どうにかなるのだ」


 すくっと立ち上がる自信のたっぷりの桜子。

 なんだ? と眺めていると俺に背中を向け部屋のドアへ向か――おうとしたので取っ捕まえた。


「おい桜子。お前今、この部屋から出て行こうとしただろ」


「私はスバルのお家をよく知らない。だから探索しなくてはいけないのだ」


 どこぞの冒険家きどりの桜子が、つかむ手を離してくれと差し向けた強い瞳は、まるでおもちゃ屋に訪れた子供のようなきらきらがあった。

 お前全然わかってない。


「ご武運を! てな具合で敬礼なんてしねーからな。行かせねーからな」


「あうう」


 俺は握る柔らかい腕をぐっと引っ張り、引き寄せた桜子をカーペットの上に正座させる。

 そうして説教だ、このスットコドッコイめ。




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