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5 シズク


 気合を入れて外側から開けたなら、嗅ぎ慣れた家の匂い。

 眼差しを向けた先にリビングの光がこばれていたので、とりあえずテレビでも見ているか夕食の支度でもしているだろうお袋にぼそりと帰宅の挨拶。

 すぐ側の階段へ荷物を放って玄関の明かりをつけた俺は、一週間前の出来事をイメージしながら、ビターブラウンの扉の前に立つ。


「まあ、”外から”だったからな。次の”内側から”が本番だ」


 握るドアノブに力が入る。

 焦るな焦るなと言い聞かせ、目に飛び込んで来る不思議に備えるため深呼吸。

 よし。


「さあ扉よ、まだ見ぬ世界へ繋がれっ」


 開扉――。

 いつもの不快な音の向こうにあった世界は、植物を飾らない植木鉢を置くタイル、記憶に新しい門柱、街頭に照らされる先々週舗装された道路。

 イエス。いやオウノーで、限りなく異常のない世界であった。

 ばたん、ぎい。ばたん、ぎい。

 最後に、ばたん。

 数回扉の開け閉めをして感じた。

 今回はダメっぽい。

 だから何か、条件を満たしていないからのような気がしてならない。


「着ていた物は制服で同じ……けど、履いているパンツが違うな。身につける色が影響しているとかか」

 

 いやいやそれはないだろ馬鹿らしい、と思いつつも発動条件であれば看過できないのだからして、大真面目であの日と今の相違点を考える。


「待てよ、ここはありがちな時間帯だろうか……」


 アテラレは狼男や魔女の類ではない。が、映画やマンガだと満月の夜にしか本領発揮できないとかよくある話だ。


「陰陽道のいん的な感じで、ポージングの線もあるな」


「ねえお兄ちゃん。ドアに向かって何ブツブツ喋ってるの。ちょっと怖いんですけれど」


 不意に後ろから、聞き慣れた声を浴びせられた。

 固まる首をギギギと回すと、Tシャツにパーカー、ショートパンツのラフな出で立ちをした予想通りの人影。

 短い髪を耳の後ろで二つ結びにする妹のシズクは、不審者でも見たような訝しげな表情である。


「ああ……と、シズクさん。一応俺、実の兄で怪しい兄ではないからね。そ、それで、いつからそこに居たのかなあ……なんてお尋ねしてみたり」


「そうですね~。『まだ見ぬ世界へ繋がれっ』とかなんとか痛いこと叫んだ方のお兄ちゃんが、ぱったんばったん玄関を開けたり締めたりしてる辺りでしょうか」


「ほうほう、そんなところから居たんだ。そうかそうか。なんかうるさくして悪かったなあ、ハハハ」


 乾いた笑い声を隠れ蓑にしてスニーカーをこっそり脱いでいた俺は、狭くなっていた視界で階段を見据える。

 通り掛けに妹の肩へ手を乗せた後、背中が受ける刺さるような視線に耐え黙々と二階へある自室を目指し階段を上がった。

 自分の部屋に入って、深く深く息を吸う。

 吐くと同時に――思いのまま転がった。

 頭と膝を抱えながら背中でゴロゴロしたっ。右から左、左から右へ高速回転で往復したっ。


「だああっ、やっちまたっ。ちょおおおお、やっちまったっ。いやあもう恥かしいっ、恥ずかし過ぎんだろ俺っ。ぬわあああっ。どこか穴はないかっ。頭からダイブしたいいいっ」


 手狭な部屋のカーペットの上で、ぴたりと止まっては束の間、思い出したかのように転がりバタバタと悶える。

 俺はそれを、隣の部屋の住人であるシズクから苦情込みの連絡があるまで繰り返したのだった。

 どうやら晩飯の用意ができているらしい。






 晩飯時のリビングは家族の団欒の場でもある。

 お袋と妹が閑談を交え和やかに食事をする中、食卓にスマホを置く俺は一人戦地でのディナータイムだ。


――玄関でのこと、話題にしないだろうな。


 それはもう敵襲を警戒する兵隊の気持ちで、ハラハラどきどきシズクの言動へ聞き耳を立てた。

 だから自室へ戻った頃、すでに今夜のおかずがなんだったのかすらうる覚えだコンニャロめ。

 ベッドを背もたれ代わりにノートパソコンを弄り、『マイパッド』のような大きいタブレット端末が良かったなあ、とないものねだりをしていれば、風呂が沸いたとの連絡が届く。

 俺は側に転がるスマホを手に部屋を出た。

 ささっと入浴を済ませ、リビングのジュースを頂いてから二階へ。

 そこからどれくらい経ったのか……ダラダラ部屋で過ごすうち、風呂から上がったさっぱりした気分はもう忘れていた。

 名ばかりの勉強机の上にある充電器からスマホを手にすれば、その画面は『23:15』を示す。

 着信音はならさず俺の舌打ちを鳴らした黒い電子機器を、おりゃっと叩きつける――ような真似は絶対にしない。

 これを手に入れるため、俺がどれだけ粘り強く親父おやじと交渉したか。


「たくっ、掛かってこねじゃねーかよう。何してんだあのチビっ子」


 愚痴って、ビクっとする。

 言った側から『桜子』の着信画面なのだから、そりゃ驚くってもんだ。

 盗み聞きされていたんじゃないだろうなとばかりに、部屋を見回す馬鹿をやってから、手にあるスマホを操作して耳元へ運ぶ。

 俺の落とす腰を受けるベッドが軋しむ。

 

『あう、繋がった…………。どちら様ですか』


「おーい。そっちから電話してんだから、それおかしいだろ」


 どうしてだか、心の声を電波に乗せてしまう失態。

 向島や妹じゃないんだ。

 会って間もない相手からしたらフレンドリーさゼロ、ただの嫌味なヤツの台詞でしかない


「悪い、今のナシでおねが」


『ユイちゃん以外の久しぶりな電話だった。だから、少しおかしくなったのだ』


「ああ、左様で」


 電話口からでも十分伝わる自信満々な回答に、無用の神経を使ったようだと思い直した。

 そんでもって、そこそこ予期していた事態が、まったく予期しない速さで発生した。

 俺の二言目を最後に、チクタクチクタク。時を刻む針の音が鮮明な世界。

 散々待たされた向こうからの電話だったんで、ちょいとばかし意地悪な気持ちがあったから俺は待った。

 オレタイム換算だと、カップラーメンにお湯を注ぎ、出来上がったそれをごちそうさまするくらいには待った。

 だがもう、この無言の時間帯は耐え難い。


「桜子さ。ソリティアがどうのこうの言ってたよな。今ノーパソで見てたらそれっぽいのがあるんだけど、全然やったことないからさあ、ルールとか教えてくんない?」


 話題に事欠く桜子へ助け舟を送る。


『わかったのだ。私はスバルにソリティアのルールを教えるのだ』


「あ、あんまり詳しくはいいから。基本的なことをざっくりでお願いします」


 跳ねた声に注文をつける。

 教えを請いていて申し訳ないが、話のネタとして取り上げただけで、遊ぶのは今だけだし。


『ソリティアのルールは一日一時間。簡単なのだ』


「なるほどでもないんだけど、そっちのルールかいが正解なのか、ざっくり過ぎんだろが正解なのか、その真面目な感じは素なのかボケなのか……いろいろ悩むな」


 正直な悩みを打ち明ければ、またしても沈黙が訪れてしまう。

 女子と話すことは苦手じゃないけれど、俺自身は女子が喜びそうな話題を用意できない。

 だから、この””は仕方ないことだった。

 それで、何か桜子と話す目的があったわけじゃないけど、なんだかんだで会話のキャッチボールが続いた。

 ゴロっだったり暴投だったりしたが、球は返ってくるようになっていた。

 そうして、相手が緊張していたんだなと感じた頃、桜子との電話は終了した。

 脳にフル回転させたから長話をした気でいるが、たぶん、そんなに長くは話してない。


 スマホを充電器に差し込み、ベッドへごろり。

 寝転がり天井を眺める俺は、アテラレの条件のことでも相談すれば良かったなと今更ながらに思う。

 

――また明日、電話でもすればいいか。


 悔みを解消させた俺はどうやらこのまま、眠りにつくようだった。




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