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2 先輩

 ほとんど揺れない高級車に揺られ、選択肢がなかった任意でどこぞへ連れて行かれるらしい俺。

 本来なら意にそぐわないこの状況に、ふてくされた態度こそが相応しいのであるが、俺はどちらかと言わずとも幸せ気分満載のそれだった。

 すぐ側で感じるいい香りがする温もりを一瞥すれば、そこにとても可愛い女子がいるのだから。

 経緯はどうあれ、車内という密室の後部座席で肩を並べ座っている事実は揺るぎない幸福だ。

 けどこの喜びは、車が快適に走れば走るほどに怪しい雲行きとなっていた。


「なるほど、この絵のお陰で俺は……。なら、実在するってことになるのか……うーん」


 俺は手にするスケッチブックを眺め、自分が置かれている状況をボソボソつぶやき確認する。

 用紙には、毎日鏡で目にするざんばら頭の人物がデッサン調で描かれており、いかにも寝癖だろう頭頂部の毛束を跳させた無造作な髪型がよく再現されていた。


「格好良く描き過ぎたから実物とは似てないかも、と桜子ちゃんは謙遜していましたけれども、そんなことはありませんよね。すごくそっくりだと私は思います。本当に櫻子ちゃんは絵が上手ですよね」


 隣からのお褒めに、俺はどんな反応が正解なのだろうかと小首を傾げつつも、桜子ちゃんとやらがイケメン度増々で描いたという『俺の顔』、その絵の上手さにはすんなり同意する。


「確かにウマ――じゃなくて、じょ、お上手でございますですね。これ、こちらはやっぱり俺、僕でござりまするな」


「ふふ、ご丁寧にありがとうございます」


 慣れない上品な言葉使いで大恥を掻いたからだろうか。それとも隣から向けられる眩しい笑顔に照れるからだろうか。

 ともあれ顔がやたらに熱い。


「でもスバルさん。いつものお喋りの言葉でお話して頂けると私は嬉しいです。学年が一つ違うだけなのですから、お気遣いなくですよ」


 年齢よりも登城家に対して気を遣っていたのであるが――、


「じゃあその、そういうことで、えっと善処しま、致します。登城さ……先輩」


「はい、ありがとうございます。では続きをお話しますね」


 登城先輩は緊張する俺とは対照的な明るく晴れやかな声で言うと、言葉通りに口を開く。

 その柔らかなそうな唇からは、俺が体験したあの『玄関開けたら知らない女の子がいました』が夢でも幻でもなく現実であったことを説明された。

 にわかに信じ難いそれも、妄想全開だなと大笑いした向島しか知らない話を縁もゆかりもない登城先輩が知っていたことや、一度目撃した少女から描れたらしい俺の絵が、ここにこうして存在しているのだから納得してしまう。


 ならば現実だったと受け止めるとして、そこからどんな結果が生まれるだろうと俺は今考えさせられている。

 あの出来事が世界の摂理的に許されていいものかどうか、非常に疑問が残るところだが、別の差し迫った重要案件が発生している。

 活き活きとした表情で話す先輩から心を奪われながらに相槌を打っていると車の行き先が判明した。

 俺への伝えるべき順序としておかしい気もするが、目的地はくだんの少女宅のようだ。


 登城先輩と少女がどういった繋がりなのかはっきりしない。しかし、結構親しげな間柄だと推察できる。

 わずかな時間でしか顔を合わせていない相手をわざわざ絵に描いてまで見つけたい少女に、俺をのぞき魔として探していた先輩。

 名推理の必要もないその真相は……おそらく謝罪をしろってことだろうな。

 のぞきで土下座する俺かあ。

 不可抗力とは言えまじまじ見ちゃったし謝る気がないわけではないが、なんとも惨めだ。

 でも親にバレることもなく、警察沙汰にもならず解決するなら……いや待て待て、待つんだ俺。今どきの中学生のことだ。俺の土下座姿を写真におさめてネットで晒したりしないだろうか。

 うぬぬぬ、やりかねん。


「私には少し顔が青ざめているように見えます」


 腕を組んでうなだれる俺の側に、のぞき込むようにして登城先輩の顔がっ――近っ。


「ご体調が優れないようでしたら、横になって頂いても構いませんよ」


 それは膝枕でですか! なんて願望は微塵も抱くことなく平常心、平常心と高ぶる鼓動へ言い聞かせ、ロボットのような動きの硬さで相手との適度な距離をはかる。


「い、いえ、ちょっと考えごとをしていただけで、なんというかなんでもないです。全然平気っす。その、なんか話の腰を折ってすみませんっす。はは」


 俺はドギマギする自分を誤魔化すように、意味もなく車の窓から空を望むのであった。






 大昔に建てられた御子守みこかみ神社などの歴史ある建造物が点在する古き時代の面影を残す街、などと言えば聞こえもいいのだろうが、お気楽に山林を目にすることができる自然豊かな土地柄は、有り体に言わなくてもただの田舎である。

 そんな一面の田園が広がる街の郊外に、我が家とは比べ物にならない立派な洋館が建つ。

 春の夕焼けに染まるレトロな赤錆色のレンガ壁。

 石畳に停まる車から降りて間近にすれば、どことなく俺をノスタルジックな気分にさせやがる。


「それでスバルさん。一つお願いがあるのです」


 洋館の入口へと向かう最中、前を歩く登城先輩がくるり振り向き、ふわり髪を揺らして言う。


「ここでのことは他言無用、つまり秘密にして欲しいのです」


 口元には、人差し指が一つ立てられていた。


――はい、可愛いです。


 ではなく、のぞき魔のレッテルを貼られるのはこっちなので、そうして欲しいのは俺の方なんだけど、と眉をしかめた顔を返してしまうも、即座に考えを改めた。

 きっと年頃の女子の気持ちってのは、俺が知るより複雑で繊細なのだろう。

 もしかすると俺の謝罪も含め、あられもない姿を見られたことそのものを隠したいのではなかろうか。


「秘密……了解しました」


「約束ですよ。ではでは参りましょうか。桜子ちゃんが首を長くして待っていますから」


 後ろ手にして軽い足取りで向かう先輩の後を、重い足取りでついて行く。

 ポーチと言うんだろうか? レンガ壁から外側に伸びているひさしの下、

重厚な両開き扉が俺を飲み込むように大きな口を開けて待っていた。

 一歩、踏み入れたところで俺の足は止まる。


「おお……すこぶる金持ちの家だ」


 視界に映る奥行きのあるエントランスホールに圧倒された。

 正面には、学校の階段より横幅があるんじゃないかっていうくらいの途中に踊り場を設ける階段がどーん、とあって、上階から流れるようにして階段を這う絨毯は、その落ち着いた色を床いっぱいに広げている。

 花が飾られる壁に目をやれば絵画が掛かる。芸術の善し悪しなんてわかりもしない俺にわかるのは、お洒落な額縁だなってことくらい。

 見上げれば吹き抜けの天井に、王冠を模したシャンデリアが吊るされている。キラキラのデカデカだ。

 極めつけは、登城先輩や俺を笑顔で迎えてくれた白髪の老紳士の存在だ。

 扉脇で佇む控えめな燕尾服に、なま執事さん見ちゃいました、と心のツイートボタン連打である。


「スバルさん、こちらです」


 呼ぶ声に引っ張られ足が歩き、その下半身が上半身を引っ張っていく。

 俺のキョロキョロが治まったは、行き着いた先の扉が登城先輩の手でノックされ時だった。

 反る体がシャンと真っ直ぐ伸びる。

 つむる目。

 俺は深く息を吸い、ふうと吐いてからマブタを上げる。

 そうして扉が開かれた一室へと、その眼差しを向けた。

 壁一面の格子状の枠を持つ大きな窓ガラスから夕陽が射し込む部屋。

 そこには、確かにいた。あの時見た黒い髪の少女がいた。





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