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追想写真  作者: 那智
一枚目
8/10

07

「潤葉!」


予想通り、催事場の戸を開くと大きな金切り声が飛んできた。

部屋の中は騒然とした空気を放ち、従兄弟達が一線を引いた様な眼差しでこちらを伺っている。


「兄さんの遺骨はどうした!?」


掴まれた肩に指が食い込むのではないかと思う程に、痛みを与え、揺さぶられた事で脳まで揺れる。

ヒステリックに叫ばれた声が鼓膜を貫通するし、あぁ、帰ってこなければ良かったと内なる自分が溜め息を零す。

父を預けてきた事だけは正解だった。感情を振り乱した十嘉ならば、無理矢理奪い取ったに違いない。


「遺骨は此方で納骨させていただきます」


揺さぶられた身体を止めてくれたのは緑だった。

五哉の手を払い、肩を引いてくれた。


「そんな勝手な事をされては困りますよあんず堂さん」

「勝手ではありません。先程もお伝えしましたが、生前、八積さんに供養の方法は伺っております。書面もありますが、見ますか?」


懐から取り出した封筒を五哉が手にする。

三つ折の紙を破れんばかりに覗き込む二人、そこに記されていた内容はこうだ。

息子、潤葉がまだ幼くその方針について責務を果たせない場合、最も信頼の置ける友人、小鳥遊緑に全てを一任する。

この未来が父には見えていたのだろうか。


「うちも既に支払い済みだ。なんなら葬儀分が浮いたくらいだ。残りは墓の修繕なんかに回させてもらうからな」

「そんな、そうやってまた私達から兄を奪うっていうの?」


十嘉の表情が曇っていくのを見た。彼女なりに思う事だってあったのだろう。


「なら、潤葉からも父親をこれ以上奪わないであげてください」


水を打ったように騒然としていた部屋は静まり返る。

あんなに煩かった十嘉も口を結び、五哉にいたっては目を合わせる事さえしなかった。

そして緑は、もう一つ言葉を添えた。


「潤葉の事ですが、まだお話が纏まりそうではない様なので、よければ一度、我が家で預かりたいのですが」


嗚呼、彼が言った「何処にも行かなくても良い」とは此処に居れば良いとの事だったのか。自分の居場所を作ろうとしてくれている。

突然の申し出に驚く様子はあったが、誰かが待ったをかける事もない。

俺自身、ほっと胸を撫で下ろしていた。彼に対する気持ちは行き過ぎた嫉妬、この親戚達と居るよりかはずっとマシだと思えたからだ。


「勿論、修行という訳ではありません。皆さんのお話が済むまでの事です。その方が潤葉にとっても良いでしょう」


その声がどんどん冷たく低くなっていく事を知り、名ばかりの親戚達はこぞって目を逸らした。体良く厄介払いをされたと知った。

悲しいとかでは言い表せない感情が、口から漏れそうになるのを堪えれたのは、背中に当てられた手の温もりが父を思い出させたから。

緑達が先に背を向けると、どこからか「葬儀屋が」と腹に響かせた声がした。

面と向かって言える程の度胸はないのだと、自ら申告している様で、その他の人間達も皆、物言いたげだがそれ以上口を開かなかった。

気にすることを止め、身体を背けて、緑達の後を追った。

履き慣れたせいか、サイズの合わない靴はもう、足音をつれて来る事はない。


「葬儀屋は俺一人だろ」


外に出ると、聞こえていたのか煙草の煙を燻らせ渋い顔をしていた。

見下した言い方をしたのには違いない。


「潤葉、覚えておいて。僕達は葬儀写真を追想写真と呼ぶ。死を迎えた時、その人の人となりが分かる。それを残すのが僕達の務めだ。彼の人が来てくれたと振り返る為に、亡くなった人だけではなく、見送った家族の為にあの日を思い出せればいい。嫌な事も幸せだった記憶も」


その芯の通った声は、いつも昨日の事の様に思い出され、その瞬間からずっと胸の中で小さな明かりを灯している。

雨が上がり、星達が漸く目を覚ました。

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