07
「潤葉!」
予想通り、催事場の戸を開くと大きな金切り声が飛んできた。
部屋の中は騒然とした空気を放ち、従兄弟達が一線を引いた様な眼差しでこちらを伺っている。
「兄さんの遺骨はどうした!?」
掴まれた肩に指が食い込むのではないかと思う程に、痛みを与え、揺さぶられた事で脳まで揺れる。
ヒステリックに叫ばれた声が鼓膜を貫通するし、あぁ、帰ってこなければ良かったと内なる自分が溜め息を零す。
父を預けてきた事だけは正解だった。感情を振り乱した十嘉ならば、無理矢理奪い取ったに違いない。
「遺骨は此方で納骨させていただきます」
揺さぶられた身体を止めてくれたのは緑だった。
五哉の手を払い、肩を引いてくれた。
「そんな勝手な事をされては困りますよあんず堂さん」
「勝手ではありません。先程もお伝えしましたが、生前、八積さんに供養の方法は伺っております。書面もありますが、見ますか?」
懐から取り出した封筒を五哉が手にする。
三つ折の紙を破れんばかりに覗き込む二人、そこに記されていた内容はこうだ。
息子、潤葉がまだ幼くその方針について責務を果たせない場合、最も信頼の置ける友人、小鳥遊緑に全てを一任する。
この未来が父には見えていたのだろうか。
「うちも既に支払い済みだ。なんなら葬儀分が浮いたくらいだ。残りは墓の修繕なんかに回させてもらうからな」
「そんな、そうやってまた私達から兄を奪うっていうの?」
十嘉の表情が曇っていくのを見た。彼女なりに思う事だってあったのだろう。
「なら、潤葉からも父親をこれ以上奪わないであげてください」
水を打ったように騒然としていた部屋は静まり返る。
あんなに煩かった十嘉も口を結び、五哉にいたっては目を合わせる事さえしなかった。
そして緑は、もう一つ言葉を添えた。
「潤葉の事ですが、まだお話が纏まりそうではない様なので、よければ一度、我が家で預かりたいのですが」
嗚呼、彼が言った「何処にも行かなくても良い」とは此処に居れば良いとの事だったのか。自分の居場所を作ろうとしてくれている。
突然の申し出に驚く様子はあったが、誰かが待ったをかける事もない。
俺自身、ほっと胸を撫で下ろしていた。彼に対する気持ちは行き過ぎた嫉妬、この親戚達と居るよりかはずっとマシだと思えたからだ。
「勿論、修行という訳ではありません。皆さんのお話が済むまでの事です。その方が潤葉にとっても良いでしょう」
その声がどんどん冷たく低くなっていく事を知り、名ばかりの親戚達はこぞって目を逸らした。体良く厄介払いをされたと知った。
悲しいとかでは言い表せない感情が、口から漏れそうになるのを堪えれたのは、背中に当てられた手の温もりが父を思い出させたから。
緑達が先に背を向けると、どこからか「葬儀屋が」と腹に響かせた声がした。
面と向かって言える程の度胸はないのだと、自ら申告している様で、その他の人間達も皆、物言いたげだがそれ以上口を開かなかった。
気にすることを止め、身体を背けて、緑達の後を追った。
履き慣れたせいか、サイズの合わない靴はもう、足音をつれて来る事はない。
「葬儀屋は俺一人だろ」
外に出ると、聞こえていたのか煙草の煙を燻らせ渋い顔をしていた。
見下した言い方をしたのには違いない。
「潤葉、覚えておいて。僕達は葬儀写真を追想写真と呼ぶ。死を迎えた時、その人の人となりが分かる。それを残すのが僕達の務めだ。彼の人が来てくれたと振り返る為に、亡くなった人だけではなく、見送った家族の為にあの日を思い出せればいい。嫌な事も幸せだった記憶も」
その芯の通った声は、いつも昨日の事の様に思い出され、その瞬間からずっと胸の中で小さな明かりを灯している。
雨が上がり、星達が漸く目を覚ました。